寇討の天子   作:御代川辰

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道のり遠し

 帝国領域の案内人として同行させているリハルドとロゥリィ、葬儀の参列のために特別に同行を許可したレレイとテュカという四人のイレギュラーを抱え、総勢六十名超の第三偵察小隊が東へと進む。

 道中でテュカの集落とコダ村で簡素ながら葬儀をしたが、明け方に出発したために日はまだ高い。そもそも高速で長距離を移動できる高機動車の燃料が、事実上無制限に使用出来る事になった上、最高速度こそ高機動車に劣るがスタミナと燃費に優れる龍の存在もあり、前回までの調査では向かえなかった場所まで、自力で行けるようになった事が大きく影響している。

「邪魔がないのは気楽でいいわね」

 と、暢気(のんき)な表情で呟くのは、姉褒羽(ほうう)の後任として第三偵察小隊に着任した龍、(にょ)嘉扇(かせん)。男勝りで感情表現豊かな褒羽(ほうう)とは対照的に、感情の起伏が少なく穏やかな印象の彼女だが、今回の任務でややテンションが上がっているように見える。

 実際に帝国軍に召集された属国の軍を損害軽微で撃退した事実、そして意思のある災害と呼べる炎龍を一個小隊という少数で、かつ全くの無傷で駆除したという実績は、少なくとも特地の住人にとっては脅威。

 しかし日本と黎國にしてみれば、前者は今後の戦略的目標の達成を(さまた)げる火の粉を振り払っただけであり、後者もたまたま遭遇して襲って来たところを撃退しただけだ。

 だが、脅威が減ったという事実に変わりはなく、白昼堂々敵地を横断しようとしても、邪魔が入らないのは確かに(よろこ)ばしい。

「あのねぇ……」

 楽観的にも聞こえる発言をした嘉扇(かせん)に対し、呆れと(なま)けを込めた口振りで(たしな)めるのは、勤務中であるにも関わらず無許可で持参した酒を食らい、同僚から強奪した艶本を堂々と読み漁るだらしのない女。

 階級は環監、名を(こん)潘廻(はんかい)と言い、今日この日まで駐留大使として日本の黎國大使館に勤務していた鵬陽(ほうよう)の姉であるのだが、当の本人は出征以来戦場から後ろ、特に民草や政治の事など何も知らない。

 妹がノイローゼになっているというのに安否の確認すらしない辺り、どの口が言えたことかと張り倒したくなるほどのうつけ者と言える。

「兵隊四十万とか蜥蜴一匹とかで大騒ぎしすぎなのよ」

 と、本人は軽く言い放つが、このような言動が出来るのは実力と実績、そして結果に見合う過程ありきである。本人は一応佰長首を十五人以上を討ち取る戦果をあげているのだが、普段の勤務態度が余りにも悪い上に部下へも迷惑をかける他、彼女自身もでたらめを言うために信用はされていない。

 だが、そのような人物が大部隊を指揮し、そして前線に出なければならないほど状況が逼迫しているのも、悲しい現実と言うものである。

「……妹さん、今頃泣いてるわよ」

 嘉扇(かせん)の嫌味には答えず、またも酒を(あお)る。緊張感の欠片もない彼女の様相を見下ろし、小邦(しょうほう)はこれも時代の流れと苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 偵察小隊五個の出発を見送ってから時間が経ち、正午になったアルヌス協同基地には、簡素ながら避難民用のキャンプが(しつら)えられ、早くも黎國兵と自衛官双方との交流が始まり、諸王侯連合軍の捕虜の協力のもと、幼児への教育も行われている。

 リハルドが日黎側の客将として帝国に渡っている今、三百人以上の捕虜たちを纏め上げるのは、自衛隊と黎國軍の猛攻の最中、片足を失いながらも生き延びたエルベ藩王デュラン。

 そしてもう一人は、黎國地軍が誇る仟人長十人を一手に相手取り、うち三人を討ち死にさせる大金星を挙げた傑物、ウラチアエ国王トレアス(THOREATH)アグアン(AGVAN)

「《RIGTA DJVRAN(デュラン殿), QVOS SODINER VA OMBVLATV(また散歩ですか)?》」

 トレアスがデュランに声をかけたのは、ちょうど自由時間になったのを見計らい、こっそり監視施設から抜け出そうとしていた時だ。このデュランという老体は、病み上がりだと言うのに「体が(なま)る」と言って聞かず、義足に慣れるために散歩を日課とするストイックな好々爺である。

 対してトレアスは、毎日のように義足で歩き回るデュランを制止し、半ば強引に自室に連れ戻すのが日課となっており、今もこうして安静にさせようと出入口に仁王立ちしている。

「《NOLE MOI FRVHÆBRI(止めてくれるな). QVE ITVNZ FIACESF EZA(何度もこのやり取りをさせないでくれ)……》」

 もちろん脚を取り戻したデュラン自身、こうして勝手に歩き回るのは余り好ましい事ではないと理解してはいるが、それでも運動不足の方が体に悪いと言い放ち、強行突破を(こころ)みて走り出すのであった。

 

 

 

 弟子のレレイが偵察小隊に同行するのを見送り、避難民として基地内のキャンプに残り、ちゃっかり魔法の研究を続けているのがカトーである。

(また喧嘩をしておるな?毎日飽きもせずよくやりよるわい……)

 デュランとトレアスが争っているであろう、監視施設の方角を遠目に見やると、すぐに手元の本に視線を戻してノートにメモを取り始める。彼が今熱心に読み込んでいるのは、黎國の兵に頼み込んで特別に翻訳させた“氣”と“氣術”に纏わる書物であり、自身が持つ魔法との関連性、相違点を調べるために利用している。

(ふむ……ふむ……なるほど……)

 書物を読み解くと、大央華の世界に満ちて流れる氣と、ファルマートに満ちて(ただよ)魔力(メイゴス)は微妙に性質が異なるが、本質はほぼ同じである事が分かる。

 ファルマートでは、魔力は大きく四種に大別される。一つは大気中を(ただよ)う魔力。第二に(ただよ)う魔力とは別に、“(ウイア)”と呼ばれる安定的な流れを持つ魔力。

 第三に生物の体内に蓄積される魔力。最後にある一つの地点、“焦点(スポット)”と呼ばれる部分に集まる魔力。ファルマートの魔法はこれらの魔力と魔力以外の元素を組み合わせる事で使用するが、その目的によって戦闘魔法と生活魔法の二種に分けられる。

 前者は純粋に殺傷力と破壊力、後者は利便性と汎用性に重点が置かれたもので、その強度は魔法使いの才能の高さと想像力の柔軟性に依存するものが多い。

(それにしても素晴らしい!何千年もかけて研究されているだけはある!)

 対して、氣は魔力と異なり更に細かく分類され、その種類は大央華とは異なる天体に由来するものを含め、合わせて十種にも及び、性質は同じだが働きが異なるとは、実に興味深い。

 さて本題だが、大央華での魔法にあたる技術である氣術は、五行に(なぞら)えて五種に分類される。第一の氣功術は、全ての氣術の基本となるため“土能”と呼ばれる。

 生物が自らの体内の氣を練って患部の損傷や病気の進行を軽減し、健康状態を長く維持するための技術であり、黎國の民は皆必ず親から教わるほどに普及している。

 第二の氣應術は“金能”と呼ばれ、体内の氣を体表面に()み出させ、体外に露出し全身に纏う技術。針仕事や測量、鍛治に鋳造など、繊細な技術が求められる作業で用いられ、氣功術に次いで習得人口が多い。

(そして凄まじい……彼らが本気で攻めて来ていたら、今頃は大陸ごと更地になっていたかも知れんな…………)

 ページを捲って現れる第三の氣放術は、氣の性質に例えて“水能”と呼ばれる。体表面まで(あふ)れさせた氣をそのまま切り離し、空気中にとどめる技術であり、主に道具に纏わせて機能を高めたり、強度を高めて長持ちさせる目的で使われる。

 そして、普通の人間は氣功術、氣應術、氣放術の三種しか使わないと言う。これらより更に一歩段階を進めた、第四の氣操術は“木能”と呼ばれる。

 体外に放出した氣を大気や大地といった自然物の中に潜り込ませ、地面であれば地震や地滑り、水であれば洪水に津波、雲であれば落雷や吹雪、風であれば突風に竜巻などなど、思いのままに自然現象を(あやつ)る事ができるらしい。

 最後に第五の氣術、仙氣術は「全てを無に帰す」の意味で“火能”と呼ばれる。ここまで来ると神や創作行為の領域であり、不可能な事と言えば「全知全能を以て不可能」とされる行為だけである。

 基礎知識だけでも膨大、しかしその分取り込む価値はある。

(まだまだ学ぶ事は多い。レレイのためにも精進せねばな……)

 自分の納得のいく形で人生を終える事ができるのは、まだまだ先の事であると実感したカトーは、より一層の進歩を目指し決意を新たにした。

 彼が氣を研究する事によって得た新しい知恵が、愛弟子(まなでし)レレイに如何なる影響を与えるのか。それは、まだ誰にも分からない。

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