寇討の天子   作:御代川辰

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到るは何処

 カトーが張り切りのセリフを言い切った瞬間と、レレイが盛大なくしゃみをした瞬間は同時だった。テュカは突然響いたくしゃみに思わず体を震わせ、ロゥリィと栗林(くりばやし)は心配そうに声をかける。

 しかし彼女は全く気にする様子はなく、まず「大丈夫」とだけ言って制し、次いでアルヌスの方角に目を向けてぼそりと呟く。

「……師匠……ちょっと張り切り過ぎ……」

 同乗する者たちには、カトーが何を張り切っているのか、という事に心当たりはない。だが、日本語に央華語、エルフ語、英語を数日で修得できる程に優れた才能を持ち、また未知の知識にも貪欲なレレイの師の事である。

 何かしら興味深い研究対象にでも出会い、レレイが戻って来るまでにその研究をより高い段階へ進めようとでもしているのだろう。

(負けてられない……)

 と、言葉に出さず奮起する。青は藍より出でて藍より青しという(ことわざ)があるが、僻地の村で過ごしていたにも関わらず、レレイが間近で目にしていたカトー自身の努力を結果に繋げる力、知識の吸収力もずば抜けて高い可能性がある事も相まって、やはり師弟なのだと感じさせる。

 一方、彼女の決意には気付く素振りも見せず、車内は再び静かになり、響くのはエンジン音のみとなった。

 

 

 

 時間は(およ)そ一時間ほど進み、視点はまたイタリカの一人の少女にうつる。現在その少女は街の南門近くの建物にいるが、表情は暗い。後方を見やれば石畳の道の到るところに、石を詰めた樽や箱のバリケードが敷かれ、人通りは(まば)らで活気もない。

 町民は度重なる野盗の襲来にすっかり(おび)え、死傷者が増えて行くに連れて鎮護にあたる兵たちの士気も下がり、昨夜には遂に薔薇騎士団からも三人の重傷者と二人の殉職者を出してしまい、防衛に支障が生じるほどまでに気力が下がっている。

(……私がこの大傷では……皆にも父上にも顔向けが出来ぬ……)

 イタリカ防衛側が受けた損害はこれに止まらず、ピニャ自身も左手、それも手首の腱を傷つけられる深手を負い、もはや武器を握る事も出来ない。

 包帯で縛られた自分の左腕を力なく見つめ、泥のように眠る部下たちを見やり、溜め息を吐いて椅子から立ち上がって、治療室を出る。自分が何をしているのか、もはや何も分かったものではない。

 門から現れた異界の蛮族に一掃され、匪賊と化した諸侯軍の残党の討伐という無謀極まる行為を遂行し、父たる皇帝への孝行とするためだけに遠路遥々親征したは良いが、実戦経験のない頭でっかちの小娘ごときが、いくら武器を持って群れたところで何の役にも立ちはしない。

 実際にイタリカに着いてから日が経つ毎に焦燥感に駆られ、自己満足の善意で身勝手に動き回り、ただ周囲に迷惑を振り撒いているだけではないか、と自己嫌悪に(おちい)る程に追い詰められている。

 その上で自分と大差ない歳若い二人の少女が、同じ人間の手によってあっさりと命を散らした挙げ句、およそ死者を侮辱しているとしか思えない行為をされている(さま)まで、その一部始終を目の当たりにしてしまったのだ。

「あ……殿下……」

 いくら帝国に怨みがあるとは言え、死者を(はずか)しめてまで敵を挑発し、あるいは追い詰める事があろうか。おぞましいにも程がある醜悪な姿を見せ付けられ、心が折られて戦意を喪失した騎士団員も少なくない。

 ピニャに声をかけ、すぐに顔を背けたボーゼス(BOZES)(CO)パレスティー(PALECETI)もまた、野盗の行為に心折られた人物の一人である。彼女自身は野盗が撤退して間もない夜明け頃にイタリカに到着した事で難を逃れ、彼女が率いる小隊も一人の欠員もなく集合している。

 だが、幼少の頃から長く連れ立った友人が、(おのれ)の預かり知らぬところで最悪の死を迎え、挙げ句その亡骸(なきがら)にまで暴行を加えられた事を知った時には、この世の終わりに直面したかのような顔を見せていた事を覚えている。

(本当に済まない……)

 あの様子では、まだ立ち直る事は出来ないであろう。否、今後立ち直る事などあり得ないとさえ錯覚するほど、少女たちの絶望具合は凄まじい。

 特にピニャは片腕の怪我が治るまでは、完全に無用の長物と化している。このまま野盗がイタリカに侵入すれば、ミュイを守る事もできないまま犬死にだ。これだけは御免(こうむ)りたいと、力の入らない左拳を握り、気分転換とばかりに壁伝(かべづた)いに西門へと向かう。

 

 

 

「あれがイタリカ。まだ俺の義妹がいるはずだ」

 第三偵察小隊が見える道に沿い、東に向かってひた走っていると、石煉瓦造りの壁に囲まれた都市が見えて来た。嘉扇(かせん)はかなり嫌そうな目を向け、潘廻(はんかい)は興味を示さず寝転がったままで、自衛官たちの多くは特に驚く様子を見せず、ここまで案内したリハルドはやや感慨深そうな表情を浮かべ……

 と、リアクションは各々異なるが、(おおむ)ね可もなく不可もなくといったところであり、今のところ大きな波が立ちそうな様子はない。

「ザ・近世ヨーロッパの城って感じだな……」

 伊丹(いたみ)は徐々に近付いてくる城を見つめ、あんぐりと口を開けているが、糸崎(いとさき)らは伏兵を疑ってやや警戒を強めている。

 帝国軍や諸王侯連合軍は火砲らしきものを運用していなかったが、こちらに手の内を悟られないようにするため、()えて持ち込んでいなかった可能性が浮上したからだ。

「ところで耀司(ようじ)さん」

 糸崎(いとさき)から声をかけられ、伊丹(いたみ)はやはり面倒臭そうな態度で返事をする。何を言われるのかは想定内、と言いたそうな作り笑顔に、栗林(くりばやし)は三割の嫉妬と七割のムカつきを覚え、黒川(くろかわ)は呆れて声も出ない。

「あの()()()()()、どうしましょうか?」

 現在潘廻(はんかい)嘉扇(かせん)の背中の上にいるため、下からは様子が分からない。が、幕僚会議の席ですら配られる水には手を付けず、代わりに持参した酒を飽きる事なく飲み干し、狭間(はざま)領武(りょうぶ)から怒鳴り付けられても、微塵も反省する様子を見せなかったらしい。

 本来であれば即時解雇相当の案件なのだが、これがまた両津勘吉よろしく「軍以外の職業では(ことごと)く、経済的混乱を生じさせかねない事案を起こす」という、致命的なまでに社会の癌であるため、仕方なく従軍させ続けているのだとか。

 それはともかく実は出動前、リハルドの言うイタリカに到着した際に備え、自衛官と黎國兵が担当する役回りを決めなければならなかったのだが、潘廻(はんかい)が深酒で寝坊したために役割分担が終わっていない。

 なので、彼女に任せる務めは何にするべきか、と伊丹(いたみ)に問うている。

「まあ口が上手そうな人だからさ、この際交渉事を押し付けちゃおうよ」

 と、このだらけ小隊長はあっさりと即決し、リハルドはミュイに降りかかるであろう苦労を憂いた。

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