寇討の天子   作:御代川辰

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再会

 イタリカに到着した第三偵察小隊六十名と一頭と一羽、そして案内等のため同行している現地人四名は、西の方角に建てられている門の付近まで移動し、市長への挨拶と装備品の点検のため、一度各々が乗る物から降りる。

 降りたメンバーの中から代表者として小邦(しょうほう)潘廻(はんかい)、リハルドの三人が門に近付き、小邦(しょうほう)が堅く閉じられた門扉を叩き、帝国語で中の人間へと呼び掛ける。

「《BENTVSS(ごめんくださーい), NVO QVEN IHI ESO(どなたかおられませんか)?》」

 飛行中に大声で会話をしなければならないという関係上、天軍の将兵の声はかなり大きくなるが、取り分け声量の多い小邦(しょうほう)の声に耐えられず、後方の自衛官や黎國兵たちの何人かと、ロゥリィを除く特地人全員が耳をふさいでいる。

 だがこれ程までの大声が響いているにも関わらず、返答らしき声はなく、そもそも人の話し声なども全く聞こえない。こちらの存在に気付いて警戒しているのか、それとも罠なのか、分からない。

 前者なら勝手に入城させて頂く他にないが、問題は後者であった時だ。万一属国の敗残兵がイタリカに逃げ込み、帝国の兵を(たの)みに策略を練っていたとしたら、とても交渉ができるような状況にはならないだろう。

 無駄な犠牲を避けて損害を最小限に抑えるため、少数精鋭になりがちなこちらを確実に迎え撃つ、何かしらの対応策を仕掛けて来る可能性は大いにあり得る。

(“論より証拠”作戦が上手くいく保証もないしなぁ……)

 何よりロゥリィからもたらされた「もう一頭の炎龍は今も帝国領にいる」という情報は、六百人もの避難民をまだ災害の渦中にある元の居住地に帰し、今まで通りの生活を許す事を躊躇(ためら)う程に危険な事だった。

 更に言えば、ドラゴンを殺せるような人間などそうそういないこのファルマートで、「少数の兵力で炎龍一頭を殺した」と宣伝される事事態、こちら側にとっては不利な状況を作りかねない。

 更なる危険生物の駆除に割けるような余裕はなく、生態系を崩してしまう可能性もある。だからこそ、少数の権力者にのみ炎龍の死体の一部や不要になった特地側の武装を渡し、資金源兼口止め料とする代わりとして、日黎側に情報を供給する間諜として動かす。

 という、誰が聞いても無謀にも程がある策を、交渉ができる人材を一人も連れず、こうして実行しようとしているのだ。

「《PZESNÆA MO OVDINRVI(俺の声聞こえてますかー)?》」

 尚も声かけを続けるが、一向に返事がない。リハルドも焦りを見せ始め、嘉扇(かせん)も辺りを見回して何かしら迫って来てはいないかを確かめ、自衛官や黎國の兵も臨戦態勢をとりつつある。

(イタリカの住人は既に皆殺しにされたのか?)

 と、思い込むの者がいるも無理はなく、小邦(しょうほう)の隣に伊丹(いたみ)も加わり、負けじと力一杯門扉を叩いて呼び掛けるが、全く返事がない。

 これが罠であれば一度退くしかないが、万が一ということもあり得るため迂闊に離れられないのも歯がゆい。しつこいまでに呼び掛けを繰り返し、二人して手を痛めて門扉から離れた頃、やっと答える者が姿を現した。

ZITVO(うるさい)NVOS IEDVVT JVONGAN(扉に傷が付くではないか)!」

 ちょうど門扉……ではなく、門扉の隣に(もう)けられている隠し扉を内側から開けたのは、憂さ晴らしに外を出歩いていた帝国皇女ピニャ・コ・ラーダであった。

 のだが、彼女が隠し扉を開けた時、ちょうど隠し扉がある場所に立っていた仁科(にしな)哲也(てつや)一曹の、それもヘルメットを脱いでいた事で露出していた後頭部に扉が直撃し、その場に倒れこみ鈍痛に悶絶させる結果となる。

 

 

 

 その後リハルドの姿に驚愕するピニャへ事情を説明し、何とか街への駐留の許可を得ることができた第三偵察小隊一行は、イタリカとその周辺の町々の領主であり、リハルドの義妹でもあるフォルマル伯ミュイと面会。

 そのミュイも義兄の存命に感極まって大泣きしてしまう、というちょっとしたトラブルを挟みつつ、何とかイタリカ来訪の表向きの目的である“関係締結交渉”へと持ち込む事ができ、リハルドが生存している事もあって差し支えなく会議を進め、つい四半刻前に円満の内に終わった。

「お兄様……本当に無事で何よりです」

 そして現在。無事に会議を終えたミュイは、およそ半月に渡って離ればなれになっていた義兄の無事に改めて安堵し、こうしてリハルドと共に団欒の席にある。

 遺書を読んだ時こそ半信半疑であったが、諸王侯連合軍が敗走し、リハルドも消息不明と告げられた時は悲しかったし、さらに義姉ルシアンナまでもが皇后の位から放逐されたと知らされては、両親のいない自分に頼れるものは何もないと、(おさな)い精神に(こた)える絶望まで味わった身である。

 だが彼女を支える者たちがいたのも事実であり、野盗との戦いの果てに七百人以上が討ち死にしてしまったが、義兄と義姉を強く慕うが故にイタリカに残ってくれた兵たち。

 悲しみは自分以上であるはずなのに、涙を(こら)えて慣れない政務を手伝ってくれた姉。目的が同じという理由だけで助太刀に馳せ参じ、自分が持つ以上の悩みと苦心を隠してまで戦ってくれているピニャ。

 いずれの人物も、ミュイにとってはかけがえのない人々。

(姉上にも……お前()()にも大事がなくてよかった……)

 リハルドはミュイと束の間の再会の(よろこ)びを噛みしめた後、自室へと戻る。そしてしばらく、そこで待っていた妻の側を離れる事はなかった。

 

 

 

 リハルドが家族との再会に心を癒す一方、ピニャは帝国ではみられない“喋るドラゴン”嘉扇(かせん)に私用で呼び出され、「日本兵たちが帰って来るまでの暇潰し」と称し、大々的な模擬戦を繰り広げる黎國の将兵たちの姿を見せられている。

 またこの模擬戦にはロゥリィも加わっており、正しく実戦さながらの剣劇の様相が広がっている。

(……全力の亜神を相手に、息切れひとつもなく戦っている……)

 今日までに五回このイタリカは野伏(のぶせ)りに襲われ、うち三回は自身も出陣して追い返しているが、あそこまでの動きができた者は、薔薇騎士団には一人としていない。

 そして戦いの最中に疲労で倒れた者も数知れず、油断を突かれて三人が重傷を負い、二人はそのまま殺された。自分たちは敗兵から成り下がった野盗にすら遅れを取るのに、敗走した帝国軍や野盗と化した諸侯の兵は、あれ程の化け物を相手に戦わされたと言う。

 圧倒的な力に敗れ、挙げ句逃げ出すような者が、弱いものへ力を向けようと考えるのは、ある意味自然の摂理であると言えよう。

貴女(あなた)、うちの天嗣様より歳上なのね」

 ふと、隣で寝そべるドラゴンが話しかけてくる。いきなり何を言い出すのかと思えば、彼女が仕える君主とその御子の話で、嘉扇(かせん)はピニャを始め帝国の皇族たちの年齢が気になっている様子を見せた。

「私は19だが……テンシ?の(よわい)はいくつなのだ?」

 変な質問に困惑しながらも自分の年齢を教え、逆に天嗣とやらの年齢を問うと、嘉扇(かせん)は少し含み笑いを込めて答える。

「今年成人したのよ。三ヶ月ほど前に16歳になったわ」

 16歳というと、日本軍と黎國軍に同行しているレレイという娘の一つ上である。黎國では数え年15歳で成人となり、帝国でも成人は15歳からであるため、別段不思議とは思わない。

 だがそのすぐ後に元気のない口振りで続けた言葉に、ピニャは思わず立ち上がり、驚愕を隠さずに隣のドラゴンを見つめる。

「それは……誠か?」

 日常的に対外戦争を繰り返す帝国では、皇族が成人してすぐに親征し、初陣を飾るのもまた歴史書で頻繁に目の当たりにする事だ。だが初陣や親征と言っても基本的に前線で戦う事はなく、諸将や兵の厳重な警護のもと後方で指揮を執るのが普通であり、成人したばかりともなれば絶対に前線に出させる事はない。

 だが二千年近くの永きに渡り、(わだかま)りの欠片もない平和を謳歌していた黎國の皇子、(ゆう)熾照(ししょう)は初陣で首25を討ち取る勲功を立て、その後のアルヌスの戦いでも合わせて五十近い首を討ち取り、直近では炎龍一匹を討伐せしめる指揮能力まで発揮している。

 戦闘能力でも指揮官としての能力でも、自分より三歳も年下の人間に劣っているのは、恐ろしいショックだ。

(帝国ももう、末期なのだな)

 過去と歴史を改めて振り返り、帝国が末期である事、そして自分が努力不足である事をも思い知ったピニャであった。

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