寇討の天子   作:御代川辰

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防衛戦開始

 イタリカの街が夕暮れで朱色に染まる頃、フォルマル伯の(やかた)に将たちが集められ、野盗対策の軍儀が開かれる。参加しているのは自衛隊から伊丹(いたみ)糸崎(いとさき)

 黎國から小邦(しょうほう)潘廻(はんかい)。そして帝国からリハルドとピニャ。現在イタリカは五度に渡る野盗の襲撃で交易どころか満足に外出ができないため、まさに八方塞がりの状況である。

 五万人以上の民間人の命を守る事も、二千人以上の兵を含めた人々の腹を満たす事も儘ならず、日に日に士気は下がり、戦死者も増える一方で、いつ防衛線が崩壊するかも分からない。

「匪賊の規模は把握できているのか?」

 この不利な状況を乗り切る上で重要なのは、敵の規模や武装などの情報を正確に把握し、かつ味方の現状を精査する事。コダ村の生存者を始めとした避難民たちは幸運にも盗賊に襲われる事がなく、結果日黎側は帝国隷下諸王侯連合軍が壊滅した後の事を知らないため、実際に野盗と戦っているピニャに問い(ただ)す他はない。

 が、しかし。彼女自身がイタリカに到着するまでに二回、その後アルヌスから第三偵察小隊が現れるまで三回、計五回の襲撃を受けているが、その全てが夜襲であり、帝国側でも詳細な姿を確かめる事ができていない。

「深夜に三百程度の少数で奇襲して来て、夜明け前には撤退する。という事を繰り返していた。正確なところは分からぬ」

 と、困り顔で返す。だが、これまでの襲撃で認められた野盗の多くは装備が整っている者で、その中に雑多な装備の人間が散見されており、恐らく壊滅した諸王侯連合軍の残党が野盗となる際、既存の盗賊団をいくつか吸収する形で味方に付けたと推測される。

 逃亡兵およそ四万のうち、最低でも千はそのまま盗賊に転身したのだろう。これまで少数での夜襲に専念していたのは、手の内を探らせずに精神的負担をかけ続け、不眠や疲労を誘って士気を下げ、自分たちに有利な状況に持ち込むためであったと断言できる。

 夜戦で充分に弱らせた後は、夜明けと共に総攻撃を仕掛けて来るはずだ。

「具体的にはどの方角からだ?」

 卓上のイタリカの地図を指差してリハルドが問うと、ピニャは迷いなく街の南側に指を置く。夜に襲撃を仕掛け、夜明けと共に撤退するのは、実のところ太陽が見えていなくても不可能ではない。

 晴れてさえいれば、影を見れば一目瞭然だからである。では何故野盗たちは南からの夜襲に(こだわ)っているのか、実のところ理由は単純なもの。

 攻撃側が決まった時間帯に一方向からのみ攻撃を仕掛け続ければ、防衛側は自然とその部分に兵力を集める。防衛側の兵が離れて手薄となった部分から、少し時間をずらして攻撃すれば、如何に堅牢な(とりで)であろうと容易に攻略できる。

「お前たちは指揮の経験が浅い。敵側はそれを知ってたんだ」

 この状況は完全に経験の差が現れていた結果だ。戦の定石に従って戦うだけで、ここまで追い詰められるほど経験のない相手なら、些細の慢心では直ちに隙になるという事はない。

 全方位からの攻撃はあり得ないが、複数方向からの攻撃は少数でも可能。故に一方向からの攻撃で敵の注意を引き付け、別方向から侵入する戦法を選んだのだろう。

「それじゃ、次にどう対策するかだが……」

 こうして軍儀は日が沈むまで続き、街の住民たちの協力も得て迎撃の準備が進められていく。初対面時「アルヌスから来た異界人の軍隊」という悪印象から住民から避けられていたが、リハルドを無傷で連れて来た事は好意的に受け取られていた。

 だが捕虜返還交渉の前準備と亡命申請を帝国側に報告する事は、現在の帝国側の情勢を(かんが)みて見送りとなるが、これが地球諸国の混乱の遠因となるとは誰も気付いていない。

 

 

 

[[2015年 十月上旬 1日\20XX年 10月2日]]

 

 夜明け前。諸侯連合軍残党から野伏(のぶせ)りへと変貌し、周辺の盗賊やならず者を吸収して五千近い勢力となった野盗たちの陣地に、斥候から善からぬ報告が届く。

 曰く、「アルヌスからの使いと思われる六十弱の兵が、生存していたリハルドとロゥリィを連れてイタリカに入城した」と。元から野盗だった連中には何の事か分からないが、敗兵崩れの野盗たちは震え上がった。

 五万足らずの少数の兵で、三倍以上の大軍を壊滅させる程の兵器と武勇を持つ敵が、死と冥界の守護神に仕える亜神と現役時代は“常勝無敗”とまで呼ばれた名将を引き連れ、愚鈍な小娘が居座るイタリカに苦もなく進入したのである。

 こちらの手の内を知り尽くす男と、殺しても死なない亜神。この二人が敵回るだけでも相手にしたくはないと言うのに、アルヌスを占領している異世界の軍が、例え少数でも敵側につけばもはや勝ち目がない。

「《QVEI VALCO(どうするべきか)……》」

 日本軍は設置式弩弓(バリスタ)よりも精度が高く、投石器(カタパルト)よりも威力の強い兵器を、遠い距離から一方的に攻撃できる。

 黎國軍は怪異よりも知能が高く戦闘能力にも優れる生物を手懐(てなず)け、兵一人一人が不死身の生命力と亜神に劣らない戦闘能力を持つ。

 このような敵との戦いを経験してしまえば、一気に士気が下がるというもの。野盗の首領は無謀な戦いを避けるため、陣地を解いて別の街を目指そうと提案するが、目の前にあるイタリカの街しか頭にない手下たちからは「たかが六十の増援で弱腰になるな」と聞き入れられず、全滅の覚悟ができていないままイタリカ襲撃の決行を命じたのであった。

 

 

 

 無線機から『敵襲』の声が聞こえたのは、ちょうど日の出の時刻になった瞬間。リハルドが上げた狼煙(のろし)を合図に、北門、西門、南門に展開していた部隊が一斉に東門へ向けて移動を開始し、小邦(しょうほう)の駆る凌霄(りょうしょう)の後ろへ、潘廻(はんかい)を乗せた嘉扇(かせん)が続く。

「《気概上々機本脚際(ずいぶんやる気あるけど)為有何事尓(何かあったのか)?》」

 と、大声で呼び掛ければ、

「《悪子矮嬢奪色艶書(ボーゼスって小娘に艶本盗られて)小寸不快是(機嫌が悪いだけよ)!》」

 と、しょうもない答えが返ってくる。実際、イタリカが野盗の手に墜ちれば日黎側にとっても厄介になるため、これを阻止するという意味でもモチベーションは高い。

 嘉扇(かせん)は遊び感覚で戦に臨む小邦(しょうほう)と、欲望のために武器を取る潘廻(はんかい)に心底呆れつつ、凌霄(りょうしょう)らと共に東門上空へと到着。

 そしていざイタリカに進軍しようとしていた野盗が驚愕して動きを止める様子を見下ろし、全身の氣を空気中に放出するとそのまま地面へと()()()

「《DVI(さあ), THIMPAX ET BIELVBEG(戦争の時間だ)》」

 リハルドの宣言と同時に、地面が二つの列を成すように盛り上がり、東門へと続く道を残して丘状の土塁を形成。同時に東門の門扉が開かれ、防弾装備を一切身に付けない軽装の糸崎(いとさき)を先頭に、集結したイタリカ兵千五百が続いている。

 野盗による六度目のイタリカ襲撃は、防衛側の先制攻撃によって火蓋が切られた。

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