寇討の天子   作:御代川辰

37 / 62
天之御子

 イタリカで激戦が始まった頃、黎國の玉京でも動きがあった。それは鹿沢(しかさわ)たちがだらだらと冷や汗を流しながら作業をする(かたわ)らで、朝廷への報告書の提出のため、一時帰国した駐日黎國大使館の職員から睨み付けられている場面から始まる。

 度重なる迷惑な来客の対応の末に、ノイローゼで大使の首がすげ代わり、直後に警備と職員が増やされたところで、一日で業務が楽になるような事はない。

 よって、現状最も身近な()()()である鹿沢(しかさわ)たちに八つ当たりしているという訳だ。

(この責任は帝国にもあるけどね)

 日本に届ける予定の風説書(ふうせつがき)を持参し、日本大使館にやって来ていただけの雅信(がしん)はこの様子に溜め息を吐き、職員を連れて直ぐに退室する。

 帰国途中に地球諸国の工作員らに突然襲撃され、これらを何とか撃退したのだが、特使として派遣されただけなのに散々な目に遭わされた事で、官僚や武官たちの怒りは頂点に達している。

 国交がない事を口実に拉致・暗殺を実行しようとした暴挙に対し、各国首脳に抗議文を送り付けるため、大使館を通じて改めて関係諸国の外交官やインターネットから情報を引き出し、情勢を整理している最中である。

「とは言っても……今後の対応はどうしましょうか?」

 帰国職員は駐日黎國大使館から届けられた報告書を手に、先ほどまでの不機嫌な表情から一転し、深刻な顔で雅信(がしん)を横目に見つめている。

 今日中に大交代の大使を派遣する事はできず、かと言って迷惑行為が減るはずもないため、職員や警備兵たちの負担は重い。今後更に増えるであろうマスコミからの取材、排斥主義者からの弾圧、地球諸国からの国交開設交渉、そして亡命先の提供要求。

 これら全てを捌き切るのはもちろん不可能で、この上で大使館の移設にすら食い付いて文句を言って来るような、およそ(まつりごと)(ないがし)ろにしている連中の相手もしなければならない。

「というか、戦争以外の目的で国外へ軍用騎獣を連れ出すのは黎國(こっち)の法律的にも駄目でしょう!?」

 騎獣たちを連れた兵が廊門を(くぐ)って現れた時、大使館職員たちもその場にいた自衛官たちも度肝を抜かれ、慌てて獣医を呼びつけたために保健所や付近の動物病院にまで迷惑をかけ、勤務中にも関わらず十人程の職員が謝罪のため丸一日大使館を離れていた事も記憶に新しい。

 聞くところによれば今回の大使交代と騎獣連れ込みの件で国会や国連でも荒れに荒れており、今は黎國の生体兵器の運用に特例法を(もう)けるべきか否かで紛糾し、日本国外では帝国の生体兵器運用を棚に上げ、騎獣の解放を求める署名活動まで行われている始末。

 常識が全く異なる以上善かれと思って実行した事で、知らぬ間にここまでの騒ぎになると予想がつかないのは仕方がない。だが今回の行為は「知らなかった」どころか、「理解していながら」のものであり、朝廷としても擁護する訳にはいかない。

「別に出来心でもふざけてもないよ」

 だが今は国の存亡がかかっている。こちらが強気な姿勢で臨まなければ、地球側の国々のトップがこちら見下すような態度で、それも一方的に関係構築を求める事をやめないであろうと、証拠はないが半ば確信している。

 廊門の向こう側に広がる未開の地に住む人間が、自分の利益になり得る存在なら、何度断られようと脅しや賄賂を使ってしつこく迫り、使い潰す機会を得るまで引き下がる事はしない。

 一度国交を結べば最後、何をしようが相手に損をさせ、自分たちだけが得をする関係を強要し、用済みになったら国を滅ぼし、そのまま領域を乗っ取って我が物顔で居座るに違いない。

 …………という、普通の人間であればまず考えつかないような偏見を、政府どころか国民単位で植え付けるに充分な所業を、本当にやってのけている連中が実在しているのがまた厄介なところ。

「それに、泰皇天帝として……」

 だからこそ、本来であれば悠長に情報収集などしている(いとま)などない中で、こうして仮装敵たちの弱点を知り、可能な限り隙を探って対等に渡り合おうとしているのた。

 大央華と地球は廊門二つとアルヌスに隔てられ、情報の往来は決して容易ではない。が、同時に防諜の強化に一役買っており、正式に国交を持つ国は日本のみという優位性もまた、地球諸国の腹積もりを知るに最適な状況である。

 未知を恐れず、されど既知に惑わされず、着実にこちらが有利に運ぶようにすればいい。

「大央華黎民百五十億の命と未来を預かっている以上、民意に背いてでも民を優先するのは当然だよ」

 雅信(がしん)はいつの間に到着した自室の扉に手を掛け、ただ答えた。

 

 

 

 玉京が着々と報復の準備を進めている一方、(いま)だに銀座(ゲート)付近のプレハブ小屋にある黎國大使館の前で、総勢400人近い正体不明のデモ隊が大使館に向けて怒声や罵声を浴びせている。

 手には色とりどりの文字が書かれたプラカードや横断幕を掲げ、服装にも統一性がない。更にこのデモ隊は様相を見れば見るほど異常であり、一言で表すならば“不自然に国際色豊か”なのだ。

 まず人種は日中韓の東アジア系のみならず、東南アジア系やアラビア系、白人や黒人なども多数()ざっており、まさしく混沌の様相である。

 確認できる文字もひらがなや漢字のみではなく、アルファベット、アラビア文字、ハングル、簡体字、ヒンディー文字、ヘブライ文字、キリル文字、果てはクォックグーのものまで。

 よくもまあここまで集められたものだと呆れや感心を通り越し、もはや不快感さえ醸し出している。

「《過微満一月(たった一ヶ月で)仮方事凶行為酬(ああなるものなのかよ)……》」

 警備兵が呆れている通り、国交を結んで間もない国の大使館に対して毎日のように取材が押し掛け、迷惑行為を繰り返す事はまずあり得ない。それが日に日に過激になって行き、昨日は大使が体調を崩して帰国したばかり。

 そして今日、領事館・大使館設置からほぼ半月の節目で、訳の分からないデモ隊の襲撃という憂き目に遭っている。デモ隊の方は自分たちの使う言語が理解できていないと思い、こうして罵詈雑言を浴びせているのであろう。

 だが自衛官たちとの日常的な会話や毎日のように押し掛ける外国人迷惑客への対応、希にやって来る善意ある人々がどこからか仕入れている外国語の辞書、あるいは翻訳本などのおかげでマルチリンガルになりつつある職員たちにとって、外国語はもはや「使い慣れた道具」となっている。

(こういう時に限ってあの胡散臭い連中は来ないんだな……)

 また一つ人間の醜悪な一面を学習した警備兵たちは無視を決め込み、昨日までの通り監視にとどめて動きを見せる事はしない。

 これに腹を立てたデモ隊は、何を考えたのか大使館に向けて投石まで始めるが、この様子は通行人を通じてインターネット上に広まり、更なる物議を醸す事になる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。