寇討の天子   作:御代川辰

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決着

 イタリカ残兵二千三百に日黎連合六十を加えた防衛戦は、血で血を洗う激闘を極めており、しかし防衛側優位で展開している。まず目立つのは、小銃と拳銃一丁ずつで一番槍を務める糸崎(いとさき)の、黎國将兵には劣るが充分過ぎる程に高い身体能力。

 褒羽(ほうう)が起こした天変に着想を得たリハルドが、過去に参加した戦闘での経験に基づいて立案した的確な作戦と、彼の生還で士気が劇的に快復した帝国兵。

 そして嘉扇(かせん)の氣操術によって作られた防衛側に有利な地形。これらが絶妙に絡み合い、数的優位と戦闘経験の差で有利だった野盗の軍勢は、正面からの突撃と左右に出現した丘の上からの挟撃で、一気に不利な状況に立たされている。

「リアルにご都合主義的な状況だな……」

 糸崎(いとさき)の暴れっぷりを目の当たりにした伊丹(いたみ)は、彼がフラストレーションとストレスを相当に溜め込んでいた事に気付き、その危険性を再確認しつつ()()へと向かった。

 その狂戦士(バーサーカー)的な蛮勇は凄まじく、自分が小銃を手に持っているのも忘れ、野盗から剣を奪ってめちゃくちゃに振り回したり、自分で殺した敵の死体を盾に突っ込んだりと、自分が責任者の一人である事を忘れているかの如くやりたい放題である。

 あの狂気が自分たちに向けられたら、と思うと肝が冷える案件であり、本人には悪いが規則違反は規則違反なので、きっちり始末書を提出して貰わねばなるまい。

「いいわぁっ……ああ……」

 死体の数が増え、血が溜まってゆくに連れ、ロゥリィに不吉な事象が起こり始める。とても未成年には見せられない恍惚とした表情で、次々と人が物言わぬ(むくろ)と化す戦場を見つめ、妙に(なまめ)かしい手つきで戟斧(ハルバード)を撫で回している。

 違和感を覚えた嘉扇(かせん)が、ロゥリィのいる場所を見下ろした瞬間、絶句して思考を止めた。戦場となっている東門周辺からロゥリィに向かって靈脈が延び、ちょうどロゥリィのいる地点で氣孔が(ひら)いている。

 さらに靈脈には今この場で死んだ野盗や帝国兵のものと思われる霊魂が、浄霊もされないまま流れ、そのままロゥリィの立つ氣孔へと吸い込まれている。

「もぅ……耐えられないわぁ!」

 突然叫んだかと思えば、一気に城壁の上へと駆け上がり、そこから一足飛びに東門の戦場へと飛び降り、身の丈と同じ大きさの戟斧(ハルバード)を振り回して斬攪し始めた。

 彼女から聞いた話では、彼女が仕える神エムロイ(EMROJH)は戦士の守護者にして断罪の女神。時に自ら武器を取って戦う狂気の死神。いわば戦を(つかさど)る軍神という立ち位置だと。

 ならば彼女が武器を持ち、こうして命を奪う事に躊躇がないのも、神の思想に従って行動しているだけであると考えれば納得がいく。しかも帝国のような戦争立国ともなれば、軍神や死神への信仰は自然と強いものになる。

 戦場で目立つ人物は二人。狂気的な笑みを浮かべ、返り血で黒い衣装を赤く染めながら、尚も戟斧(ハルバード)を振り回す少女。行き場のない怒りをぶつけるが如く、鬼神を思わせる暴れ様の青年。

「……あの小僧は、これから更に苦労するな」

 潘廻(はんかい)の呟いた言葉に(うなず)くのは、彼女を背に乗せる嘉扇(かせん)のみ。そして、野盗は撤退どころか回り込みをする様子すら見せず数を減らし続け、激戦は更に熱を帯びていく。

 気が動転して判断力が低下しているとは考えられない。防衛側の作戦も挟撃であって包囲ではない。では、何が起きていると言うのか。それは後方を見ればよく分かる。

「あれでは(のが)れようにも逃げられないでしょうね」

 前方の状況がよく分からないため前に出ようとする後方の兵と、後ろから押されて前に進むしかない中腹の兵で退路が(つっか)え、魔法らしきもので作られた丘に登ろうとしても敵に邪魔をされ、なかなか手の内を掴めない。

 よくもまあこのようなあくどい策を考えて実行させ、しかも成功させたものだと、リハルドの知略に感心してしまう。本来このような作戦は谷や山のような起伏の大きな地形を使い、正面と後方両方を火や洪水で(ふさ)いだ後に、敵に近付く事なく挟撃するもの。

 また今回のような平地、それも街や城に籠っての防衛戦となれば、一方向から侵入できなければどうしても回り込まれてしまい、挟撃するにも兵に負担がかかる。

 ならば敵の数の利を逆に利用し、身動きが出来ない状況を作ればよいという考えに至るのは自然であり、実際に野盗どもは後方に居座る味方と丘に陣取るイタリカ兵、そして突然現れたロゥリィの猛攻のせいで、自分たちを左右から見下ろす丘を越える事さえままならない。

(それに、私の姿を見て怖じ気付いた腰抜けもいるみたいだし……)

 嘉扇(かせん)は東門を無視して南北の門を目指す一部の野盗たちの姿を再度確認し、凌霄(りょうしょう)の背に乗る小邦(しょうほう)に合図を送ると、迷いなく南門へ向かう一隊の元へと飛んで行く。

 そして、上空を飛ぶ龍と鵬鷹(ほうよう)が南北へ別れて飛び去ったのを見計らい、まだ街の中に残っていた騎兵たちは、今まで足元に置いていた獲物を手に取り、軍馬に股がって東門を飛び出す。

 もちろん、歩兵たちも彼らに続いて出撃する。そして同じ頃に北門の門扉が開き、高機動車が軽快なエンジン音を響かせて走り出した。

 

 

 

 確実な成功を予想して開始された六度目の攻勢の出鼻を挫かれ、三時間近くも足止めされている野盗の軍勢の残兵はおよそ三千。イタリカ側の増援は巨大なドラゴンを連れており、地形そのものを作り替えるという反則ものの魔法を使うに止まらず、不死身の神官ロゥリィと名将リハルドをも味方につけ、鉄壁の布陣で立ちはだかっている。

 東門をいつまでも攻撃し続けるより、兵力が少ないであろう北門と南門から侵入するべきという判断に至るまでに、余りにも時間をかけすぎてしまったのも野盗たちの失敗の一つと言える。

 こちらの騎兵は二百にも届かない少数で、しかもそれらを二つに分けて門を目指さなければならない。対して敵の騎兵もまた百以下だが、向こうも温存していたらしく今まで確認できていなかった。

 夜襲に(こだわ)り過ぎたがために、こちらも敵の戦力を正確に把握できていなかったという凡庸な失敗は、まさに自分たちの命運の決め手となっていたのである。

 まず北門へと向かっていた一隊はまず凌霄(りょうしょう)の鉤爪の餌食となり、投げ飛ばされ、切り刻まれ、引き裂かれて絶命し、更に自衛隊の大口径小銃の銃弾と榴弾に阻まれ、生き残りの大部分は戦意喪失し、瀕死の野盗を見捨てて逃走した。

 また南門を目標としていた一隊は自分たちに接近する嘉扇(かせん)を迎撃するが、龍の鱗に並みの矢が通る訳もなく、潘廻(はんかい)の急襲と妨害部隊の反撃で壊乱。

 こちらは逃亡する(いとま)もなく、最後は嘉扇(かせん)の氣操術で全滅。別動隊が全滅し、正面突破できるだけの戦力も失った野盗は、ついに敗北を悟って撤退した。

 斯くしてイタリカ防衛戦は、最終的に日黎の援護を受けながらも、防衛側の勝利で幕を降ろした。

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