寇討の天子   作:御代川辰

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悪辣
傷痕


 およそ六時間後。街を襲う脅威が去り、何とか平穏を取り戻したイタリカの街は、人の往来こそないが大きく動きを見せている。嘉扇(かせん)が作り替えた地形を元に戻した後、殺した野盗たちや戦死したイタリカの防衛兵たちを供養するため、死体の山を漁ってイタリカに運び込む第三偵察小隊。

 その帝国兵は死体に慣れている者が多いらしく、黙々と死体を仮設の火葬場に運ぶが、今回参加した自衛官の多くは死体を扱う事に慣れている者が少ないためか、中には嘔吐を(こら)えて作業をしている者が見られる。

 また、テント内で傷の治療を受けている兵たちに交じり、一人だけ全身に包帯を巻き、無線機越しに聞こえる狭間(はざま)の怒鳴り声をBGM代わりに、淡々と報告書の作成作業に没頭している糸崎(いとさき)の姿もある。

『分かっているのか糸崎(いとさき)二尉!今回の任務は陸路の偵察と特地側の現地協力者の確保だったんだぞ!』

 見た事のない道具から聞き慣れない言語で聞こえる説教が耳障りだが、全身刀傷だらけの体を包帯に巻かれたまま何かしらの書類をまとめ、同時に道具に向けて受け答えしているのを見ると余り強い言葉をかけられない。

 むしろ邪魔をするのはまずいと直感し、仕方がなく耳をふさいでやり過ごす者もいるようで、糸崎(いとさき)が上司から御叱りを受けるという珍しい光景であるが、フォルマル伯の(やかた)では伊丹(いたみ)小邦(しょうほう)の二人が、仁科(にしな)黒川(くろかわ)の補佐を受けつつ関係書類をまとめている。

「ねえ、茉莉(まり)お嬢さん」

 ふと、やはり帯を緩め戦衣をはだけただらしない格好で、四人の同僚を目の前にして堂々と任務をサボっている潘廻(はんかい)が、ボーゼス……というより、薔薇騎士団から奪い返したのであろう艶本を片手に、ソファに寝そべりながら話しかけてきた。

 この上なくうざったい声かけに、黒川(くろかわ)(はらわた)が煮えくり返っており、心底恨めしそうな目付きで睨み付けながら返事をする。

「…………何ですか(こん)副隊長」

 ドスの利いた一声を耳にしても全く態度を改める様子を見せず、むしろ反応を楽しんでいるかのような表情で彼女を見やると、持っている本で顔を隠し、小馬鹿にした言葉使いで更に問いかける。

知夏(かずな)お坊ちゃんの傷は見なくていいの?」

 確かに、今回のイタリカ防衛戦に際し、自衛官三十人中唯一の白兵戦をやってのけた糸崎(いとさき)が、戦闘によって受けた傷の具合は決して浅くはない。

 むしろあれだけの大傷を受けていながら出血量が異常に少なく、さも何もなかったかのように重体の防衛兵二人を抱えて戻って来た時には、余りの衝撃にこちらが失神しかけた程である。

 しかも脇腹に刺さったまま折れた槍の穂先を、特に痛がる様子もなく抜き取った時にはもう驚愕を通り越して恐怖さえ覚え、慌てて応急処置をしたのも記憶に新しい。

「詳細なら伊丹(いたみ)隊長補佐か栗林(くりばやし)ちゃんに聞いて下さい」

 ここで本人に聞きに行け、とは言わないのが彼女流である。詳細を知っているとは言え、本当に自分に振られるとは思いもしなかった伊丹(いたみ)はぎょっとした顔で黒川(くろかわ)に目を向け、潘廻(はんかい)は手に持つ本をソファに置き、早速狼狽(うろた)える三十路男の元へと近付いて行く。

 方やストレス解消のために上司を生け贄にする自衛官、方や常時怠慢状態で酒浸りのずぼら軍人。伊丹(いたみ)は蛇に睨まれた蛙のように萎縮し、作業が遅れない程度に質問を受け流す事すらできず、結局必要書類が完成したのはまたもや夜になってからの事だった。

 

 

 

「参議場への出頭命令ですか……また面倒な事を……」

 夜間の基地内見回りの途中、自衛隊側の柳田(やなぎた)(あきら)に声をかけられた黎國の兵。話の内容に疑念と嫌悪感を含んだ表情で言葉を返し、柳田(やなぎだ)も困り顔で腕を組んでいる。

 与野党協議で半ば強引に可決された〈銀座事件〉、及び〈辛丑夷寇〉に端を発する一連の参考人の国会招致。その白羽の矢が立つのは避難民の代表者二名、捕虜の代表者二名、その他現地の代表者一名。

 自衛隊からは旧第3偵察隊隊長、現第三偵察小隊隊長補佐である伊丹(いたみ)耀司(ようじ)、黎國派遣軍から総司令官(ゆう)熾照(ししょう)、副司令官(きん)領武(りょうぶ)、そしてなぜか療養中の()()使()(こん)鵬陽(ほうよう)にまで招致要請がかかっている。

 発狂させるどころか廃人にでもするつもりだろうか。

黎國(そちら)ではしないんですか?こういうの」

 柳田(やなぎだ)は頭を抱える兵に向け、何となく問う。が、兵は「しない()()らしいです」と即答し、そのまま見回りに戻る。余りにもあっさりした返答に一瞬呆気にとられたが、文化が違うと言うよりは純粋に日本側に譲歩しているものと解釈し、溜め息を吐く。

 地球では米中露を中心とした大国が、(ゲート)の利権を巡ってめちゃくちゃに争っている。今回の参考人招致も野党側の工作であり、対応によっては国連の強制力を利用して特地と大央華を引っ掻き回すつもりなのだろう。

 与党の支持率が下がっている今、政権奪取による方針転換も容易であるため、全くもって頭が痛い。

伊丹(いたみ)糸崎(いとさき)……死ぬなよ)

 柳田(やなきだ)は力なく呟き、自身の持ち場へ戻る。寂しげなその心情を表すかのように、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

 

 

 

 その頃のイタリカでも国会への参考人招致の命令が、他でもない狭間(はざま)の口から無線を通じて告げられている。ピニャ曰く人伝(ひとづて)の話との事だが、過去に門を開いた事例は五十回以上を数えるらしい。

 だが同じ世界に門が開いた事例は一度だけで、その世界こそが大央華の玉京であり、ファルマートの暦で27年前の事だと言う。黎國は実に二度に渡り実害を受けているのに、日本のように参考人招致を為さないのは、自国のみならず世界にまで甚大な損害を与えた日本側、そして帝国側の政治が(とどこお)らないようにするための配慮という一面が強い。

「《……厚顔極致(厚かましい)》」

 だが、まだ心身が落ち着いていないのに、まるで馬車馬を働かせるかの如く、精神的に不安定な人間たちを自国に呼びつけると言うのは、迷惑千万(はなは)だしい。

 また自衛隊側に不利な発言をさせるためなのか、自国内にも大勢いるはずの捕虜まで参考人と呼びだそうとしているのも、目的からもって明け透け極まる。

 黎國の将兵は皆、潘廻(はんかい)ですら怒りに震えており、手に持つ瓢箪を握り潰している。小邦(しょうほう)は静かに雨曇りの夜空を見上げ、心中で吐き捨てた。

(どうやら一度、目にもの見せる必要がありそうだ)

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