寇討の天子   作:御代川辰

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大暴れ

(俺は……何を見せられているんだ?)

 玉京の防衛のために参陣していた将軍理丸(りがん)は、自らが仕える主である天嗣、熾照(ししょう)の蛮勇に驚愕していた。

 方や天子、方や高家、要するに貴人と呼ばれる血筋の生まれという共通点はあるものの、天賦の才がある上に毎日毎晩好きな時に鍛練ができる自分とは違い、熾照(ししょう)は特別武芸に秀でた才能があるわけでもなく、かといって武術の稽古以外の時間で自主的に訓練ができる立場でもない。

 ならば、これはなんなのか。大鉄鎚(おおかなづち)を振り回して、自分や味方に近付く敵兵を殴り飛ばしながら考える。

(よもや、(いにしえ)黒霜(こくそう)族の血が目覚めたのか!?)

 並々ならぬ殺意を剣に纏わせ、素人目で見ても有り余る覇気を全身から放ち、獅子奮迅に敵を蹴散らす様は、まさしく戦乱の世で活躍した武将たちの姿そのもの。

 中でも泰皇天帝、ひいてはその末裔である天子一家の生まれである黒霜(こくそう)の一族には、その武勇にまつわる神懸(かみがか)り的な逸話が多く残されている。これが事実なら、今自分が見ている御子(みこ)の戦いぶりは、さながら現代に(よみがえ)った伝説。

 成年してわずか半年しか歳を重ねていない若者が、暴れに暴れ夷狄を薙ぎ倒す様に、確かに一度は茫然自失となった。だが、今しがた改めて勇猛な姿を見れば、開戦前の熱意が再び血肉を沸き立たせるのが分かる。

(……今は関係ない)

 隙ありと見て突撃して来た騎兵が乗る馬の顎を叩き潰し、勢いを殺さず足を一歩前に出し、今度は人間の脳天へと振り下ろす。戦に馴れているのであろう敵兵を、今日初陣したばかりの兵が蹂躙するという荒唐無稽な状況は、もうしばらく続くだろうという自嘲が(よぎ)るが、返り血に濡れた顔には余裕が見てとれる。

「天嗣に続け!夷狄どもを追い返し、力を見せつけてやれ!」

 威勢良く(とき)の口上を叫び、敵陣へ向けて突っ走る。血と脂にまみれた大鉄鎚(おおかなづち)を手に、一切の(おび)えも見せずただ正面へ。

 

 

 

 その時、(ゲート)から新たに竜騎士を背に乗せた翼竜(ワイバーン)が現れた。これを見た帝国の兵は奮起し、不利を(くつがえ)すべく攻勢に出る。

 敵は恐らく陸軍国だが、いかに地上戦に優れていようとも、空から攻撃を受ければひとたまりもないであろう。制空権を奪えば戦況はこちらに傾く、と考えた司令官の判断である。

 更に数十騎の竜騎士に続き、多数の兵や怪異が続々と(ゲート)から現れ、形勢逆転とばかりに次々と突撃。皇宮側の一万、南門側の一万、そして東門と西門に続く大通りの計二万八千がそれぞれ鎮座する黎國軍の包囲陣と、文字通りの正面衝突を開始したのだ。

 地上の様相には目もくれず、竜騎士たちは翼竜(ワイバーン)を駆って散開。蛮族の都を焼き、皆殺すべく突撃する。

「《AVRIE FVNJÆ QVNOT(空の戦いを) BARBEOD NVS DVIVVEJUF(知らぬ蛮族よ)ENSKVITOEM SVBBR(己の無知を) COHNVX OS MARIVKH(思い知るがよい)!》」

 竜騎士の一人が先行して黎國軍の頭上を越え、本陣の天幕に向けて火炎放射を浴びせかけようとしたその時、天幕と翼竜(ワイバーン)(おお)う影が現れた。

 その直後、天幕とその周囲に翼竜(ワイバーン)と竜騎士の肉片と骨が落ち、影が曲がりくねって前線の方向へと頭を向ける。血溜まりを目の当たりにし、真上に覆い(かぶ)さる影に驚いた兵の一人が見上げれば、そこにいたのは龍。

 前足には赤黒く染まった肉塊の残り(かす)を握り締め、背には防寒着を着こみ、龍の胴と命綱で繋がれた十人の弓兵が立っている。頭と胴の付け根部分に立つ隊長格の兵が鏑矢を放つと、はるか上空から翼の生えた虎や巨大な鷹の群れが姿を現す。

「《墜降蛮夷(墜ちろ蛮族)》」

 隊長格の兵が一言呟くと、背に騎兵を乗せた巨大な飛行生物たちは、未知の敵に混乱する竜騎士の群れへ向けて突撃を仕掛け、空中での格闘戦が始まった。

 

 

 

 見上げた兵の一人が叫ぶ。「もっと離れろ、建物が壊れる」と。市街地での空中戦は、地上で戦う兵たちにしてみればたまったものではない。翼竜一匹が落ちてくるだけで人間などあっさり潰れる。

 建物に落ちれば当然崩れる。何より兵を殺さずとも、建物に火を()ければ敵の退路など容易に断てる。夷狄どもは過去の経験則のみに基づき、広い十字路の中心に出入口を設置したわけではない。

 敵地の中心部に本陣と前線を繋ぐ通路を設置し、退路の確保と攻城の効率化という重要な戦略を同時に完成させる、極めて効果的な侵攻手段である。

 この方法は形こそ違えど発想は同じであり、大央華全土で戦乱が渦巻いていた時代に、[敵地の背後と自陣を地下坑道で繋ぎ、前後から挟撃する]という戦術が用いられたという記録もあるほどだ。

 とは言いつつも、今は悠長に戦局を眺め、戦術を練っている場合ではない。うかつに翼竜を墜とせばその死体は味方に降り注ぐ。だが制空権を奪われるわけにはいかない。ならばどうするべきか、しかし敵はそれを考える猶予など与えてはくれない。

 戦局が傾くのは時間の問題だった。

(ん?しかし……)

 この時、領武(りょうぶ)は改めて気付いた。敵の前線部隊が未だ味方の前線を食い破っておらず、こちらの陣に近付く事すらできていない事に。

 味方の損害は少なく、(しかばね)を積み上げているのは敵ばかりという、実戦経験の差に絶望的な開きがあることを忘れさせるかのような、味方が理想的なまでに優勢な状況が広がっている事に。

 何より、味方の被害を最小限に抑え、憎き夷狄どもに大打撃を与える作戦の元となる挙動は、つい先程味方の龍が見せてくれたのだ。

(賭けてみよう、この老害の浅知恵にな!)

 老将軍は一羽の鷹に合図を送るよう幕僚に命じ、自らも大槍を持って陣へと姿を現す。自信満々のその笑みは、かつて守るべきものを奪われた愚鈍な老将のものではなく、天子と仰ぐ真の友を叱咤する忠臣のものであった。

 

 

 

 帝国軍による前線構築は失敗し、本陣の兵員も減少しつつある。時間が過ぎるとともに増える敗走報告、開戦から七日足らずで悪化した戦況、何より膨大な人数の戦死者。帝国側の幕僚たちは、己をこのような死地に追いやった皇帝を呪う。

 ある伝令から聞けば「翼のないドラゴンが翼竜(ワイバーン)を自陣に投げつけて来た」、「齢14か15の少年が鬼神の如く首を兵の首を狩っている」、「下手な魔物より巨大な熊や虎が軍馬を食らっている」と、耳を疑うような報せが。

 また別の伝令から聞けば、「火を吹いて追いかけて来る鉄の槍に翼竜(ワイバーン)が落とされた」、「緑色の服を着た蛮族の兵が杖から金属の粒を放つ魔法を使う」、「鼻先から爆発魔法を打ち出す化け物を手懐けている」と、やはり荒唐無稽な報せが。

 もはや、ここアルヌスで戦線を維持できるような兵力は、帝国側には残されていない。最初に開いた(ゲート)の繋がった先に大した防備はなく、軍はわずかな損害で蛮族四千人以上を“誅殺”せしめて街の半分を制圧した。

 更に幸運な事に現地の蛮族は驚くほど平和ボケしていたらしく、最前線に陣を敷く作業に四日もの猶予ができたのも手伝い、更なる攻撃体勢を整えるのも手間はかからず、第二の(ゲート)の開門にも支障はなかった。

 これが今日この日の大損害を、帝国史上最悪の大失態を許す油断を生んだのである。第二の(ゲート)の蛮族はこちらの予想を遥かに上回る強固な防御体勢を施して迎撃、第一の(ゲート)の蛮族は帝国軍にとって未知の兵器を用いて反撃し、今度はこちらが劣勢に立たされている。

 もはや敵の剣先が本陣に届くのも時間の問題。

「《DERRVI(撤退を)……》」

 ならば、逃げる他に手段はない。一人の幕僚の呟きを耳にした司令官は保身も兼ねて撤退を決断し、直ちに伝令を放つ。

 両(ゲート)の前線に[《HAMINN LIGIVN DERRVIO(全軍撤退), GÆTH VN HASHVRUE VVENTDAO(門と陣は放棄せよ)》]と言う命令が下されたのは、兵がほぼ壊滅してからの事であった。

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