寇討の天子   作:御代川辰

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安堵

 現在地球という舞台において、日本に出現したゲートとそれに(ともなう)って発生した侵略戦争を発端とする、全世界を巻き込む大混乱の様相は、第二の局面へと向かおうとしている。

 この舞台の主役となるのは、あらゆる国難への対処に追われる最中、諸外国からの干渉と国内での工作により、政治的に混迷を極める日本国。

 日本との最大の同盟国であり世界唯一の超大国という立場から、ゲートとゲートに関わるもの全ての独占を目論むアメリカ合衆国。文化的に似通うもう一つの国、黎國との関係構築のため、虎視眈々と機を(うかが)う中華人民共和国。

 国際連合常任理事国に名を(つら)ねる資源大国として、日本が資源国化する事によって発言力が増すのを(さまた)げたいロシア連邦の、合わせて四ヶ国。

「……黎國から見れば、今の地球の情勢は完全にいじめなんだろうな……」

 しかし脇役扱いの中堅国、更にその後塵を拝する途上国と言えども、行動力からして(あなど)る事はできない。反日反共を地で行く過激な思想国家、大韓民国。国力に見合わない軍事力を有する世界最悪の独裁国家、朝鮮民主主義人民共和国。

 かつて人類史上最大の帝国を築き、四億人もの人々の命運を思いのままに(もてあそ)び、今もなお国際社会に多大な影響力を持つ連合王国。絶対王政時代の余韻を引きずり、共和制を確立してなお人種宗教問題を解決できず、しかし核保有国として発言力には(おとろ)えがないフランス共和国。

 超大国の後ろ楯と歴史ある宗教の(もと)での結束により、現代に至ってなお戦乱に煽られる中東で独立を固持するイスラエル共和国。中国に次ぐ人口大国として南アジアの広大な亜大陸に領域を構え、また世界からの非難を恐れず核兵器を有する事で、軍事大国の一角に君臨するインド連邦。

「どうして世界はこんな事になったんだよ……」

 いずれも諜報、工作を目的とした巨大な国家機関を有しているが、門が開いてからは日本国内での活動を活発化させており、先月来日した特使が帰国する際にはイスラエルからモサド、アメリカはCIA、イギリスのMI6、そしてインドのRAWの工作員が特使団を襲撃している。

 さらに捕縛した工作員らの証言から中国国家安全部、韓国国情院、ロシアSVR、北朝鮮など、実に10ヵ国近い国々から特使の拉致、または暗殺を実行する主旨の指示を受けた工作員らが集まっている事が分かり、世界情勢は完全に末期の方向へ向かっているようだ。

 現に安保理は、常任理事国全てが利益独占の足掛かりを作るため、あるいは日本への工作を推し進めるために拒否権を連発し、平和維持軍の派遣決議すらも決定できず、組織としてまともに機能していない。

「総理、嘆くのはいいですけど、今は……」

 在職して一ヶ月以上が経過してなお業務が減らない事を嘆く総理大臣、本位(もとい)が胃薬を飲み干すと同時に、担当秘書から黎國宰相と丞相の連名で届けられた親書を手渡されると、こんな忙しい時に手紙なんてと更に落胆した様子を見せ、力なく親書の内容に目を通した。

 

 

 

 時刻は正午前、イタリカには(いま)だに街に(とど)まり、リハルドらと話し合っている第三偵察小隊の姿があった。到着に乗じて加勢した防衛戦を乗り切り、任務目標である竜属の鱗や不要な甲冑の売却など、帝国の通貨獲得を無事に果たした事で、(ようや)くアルヌス基地に帰還できると皆で喜んでいた矢先の国会招致命令。

 名指しで出頭する事になった伊丹(いたみ)は完全にお通夜になり、普段なら呆れるであろう栗林(くりばやし)も同情せざるを得ず、(まつりごと)(うと)く頭でっかちな小邦(しょうほう)さえ(なぐさ)めに徹するなど、薄暗い雰囲気が(ただよ)っている。

「捕虜の代表者は俺とトレアス殿で問題ないだろうが、民間人の代表が心配だな……」

 今後の停戦、または講話交渉をより対等な形で進めるためにも、帝国が犯した(あやま)ちの清算と国内からの改革を始めるため、自ら同行を志願したピニャの命を何があっても守るのは当然の事。

 と言うより、今この場にいる帝国の政権側の人間は、今のところ皇女のピニャしかいないのだが。しかしこちらが抱える最大の問題は、恐らく野党、そして背後の地球諸国が、日本政府に不利な言質を得るべく招致するのであろう、帝国側の民間人の代表者を誰にするかというもの。

 失言も裏切りもしないという強い信頼を置くことができ、かつ日黎連合側に有利で、野党側に不利な言質を握らせる事ができる人物である必要があり、自然に人選は厳正を極める。

 しかし、リハルドの発言の直後、早速立候補する者がいた。

「私もニホンへ行く」

 危険極まるこの旅の一員となる事に、躊躇なく返答したのはレレイ。まず彼女自身が学者気質であり、地球で発達している科学や帝国では見られない技術への興味が尽きず、アルヌス基地では見られないものを見てみたいという好奇心本意の立候補である。

 15歳の少女らしからぬ欲望丸出しのキラキラと輝く目に、糸崎(いとさき)は呆れて何も言わず、潘廻(はんかい)は笑って酒を呷る。

「じゃあ……私も」

 次に恐る恐る挙手したのは、意気消沈して一歩も歩こうとしない伊丹(いたみ)の隣に立つテュカ。彼女も長い間集落から出た事がなく、エルフの中では特に若かった事もあり外の世界に強い興味を示していたため、今回の参考人招致は好機だと思ったらしい。

 黎國側の懸念としては、彼女の耳である。地球、特に日本国民の間では特地と帝国は等号(イコール)で紐付けられており、レレイはもちろん、帝国では被差別層であるらしいテュカも帝国民として見られるだろう。

 また耳が長く尖っている人間の姿をした知的生物は、日本では妖精として表現される事が多いらしいのだが、そのような人間が実在するなら完全に奇形である。

 (さいわ)いイタリカでは、テュカのような奇形や肌の色の異なる異人種、果ては獣人などと言った化け物への差別意識は、先代領主の意向に基づく教育によって無いに等しいらしい。

 これはミュイの周囲にも狼の獣人や猫の獣人、あるいはゴルゴーンのような使用人がいる事から、教育水準の高さと徹底ぶりがよく分かるのだが、創作文化が盛んな日本ではそうはいかないだろう。

 耳の長い人々に纏わる伝承が残る地域出身の者や、その伝承を知る他の地域出身の者ですら、テュカの耳を先天性の奇形と勘違いしたのだ。仮にテュカを擁護する者が現れたとしても、帝国におけるエルフの実態を知ってしまえば、過剰な報復意識の助長に繋がりかねない。

「……石を投げつけられる覚悟があるなら」

 小邦(しょうほう)のドスの効いた声で投げ掛けられる半分冗談、半分本気の問いかけに、テュカが迷いなく「ついていく」と即答した事で二人目の同行者が決まる。

 最後の一人だが、田舎の集落からの避難民が帝国領内の事情に精通している訳がなく、かと言ってイタリカの町人を適当に引き抜き、日本に連れて行くような事もできない。

 そこで本人が妙に伊丹(いたみ)糸崎(いとさき)に入れ込んでおり、自衛能力と言語能力に関しても申し分ないとして、自然とロゥリィが同行者として選出される事になった。

 

 

 

 視点は改めて日本に戻り、首相官邸。執務室には短い休憩時間を使って親書への返事を書く本位(もとい)の姿がある。その目付きは悪いままだが明るくも見え、手元も疲労を忘れているかのように筆が軽い。

(……人生何があるか分かったもんじゃないな)

 決して長くはない内容の親書は挨拶と(ねぎら)いの文言から始まり、次に朝廷の現状と日本からの大使と職員たちの健康状態の報告、継いで今後の特地調査の簡単な予定案が続いていた。

 だが驚いたのは更に後の内容である。それは、前任の大使と大使館の職員らが(こうむ)った迷惑行為、そして特使団の帰国以来音沙汰がなかった、特使襲撃を計画した各国や関係各所への抗議文を、インターネット上で半永久的に公開するための協力を求める、というもの。

 特使団襲撃の一件の後、当事者たちは気にする素振(そぶ)りも見せなかったが、そもそも頭に来ていて当然である。まだ黎國に感心が向けられているうちに牽制をかけ、行動範囲に制限を付けおきたい狙いらしい。

(本当に敵にならなくて良かった……)

 自衛隊と黎國軍の交流と、大使館からの情報開示が進むに連れて、彼らの住む大央華の実情とその潜在的な危険性が見えてくる。

 経済や産業的な視点から見れば、黎國を新たな市場や資源国として魅力的に見えるかも知れないが、政治や軍事の視点から見れば、当然ながら評価は違う。

 地球の総人口を大きく上回る数の人口を抱え、その多くが尋常ならざる力を常日頃から扱っているのだ。特に軍人は身体能力も超人的であり、帝国が運用する翼竜やオークなどとは比べ物にならない生体兵器をも手懐(てなず)けている。

 将兵の数でも練度でも、個人毎の身体能力でもこちらを上回る軍隊が、もしも近代兵器を装備していたとしたら、考えるだけでも恐ろしい。

 本位(もとい)は手早く手紙を書き終えると、改めて黎國が味方である事に深く感謝した。

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