寇討の天子   作:御代川辰

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予後不良

 東京で本位(もとい)が奔走している頃、深夜のワシントンD.C.でも動きを見せる者がいた。その男は人呼んで「アメリカ史上最も野心に溢れる大統領」、ディレルである。

「《Hurry makes a mistake(急いては事を仕損じるか)……do not be impatients(よく言ったものだ)》」

 特使帰国の日程に乗じてCIA工作員に黎國の特使団を拉致させ、彼らを人質として日黎両国を牽制するという計画が、仮想敵国である常任理事国を含めた諸外国、実に八つもの国々が送り込んだ工作員との潰し合いに発展してしまった。

 しかも生き残った工作員たちは自暴自棄になったのか、そのまま撤退すれば良かったものを満身創痍のまま特使団を襲撃し、返り討ちにあって日本で拘束されるという、合衆国の歴史上(まれ)に見る大失態を犯してしまったのである。

 本来であれば世界的に非難を浴びせられ、国際的な立場も危うくなるところであるが、(さいわ)いにも黎國側には日本と帝国以外の国を同時に相手取る余裕はなかったらしく、今のところ抗議や苦情は寄せられていないのだが、その後に開設された黎國大使館への対応が不味かった。

「《President(大統領閣下), it's hard to say, but(事態は悪化の一途です)》」

 先ほど副大統領が机の上に置き、今ディレルが疲れた顔でページを(めく)っているのは、日本大使館からの公開文書と諜報員からの報告書の山であり、特大のファイル六冊分のページが全て埋まり、辞書にも劣らない分厚さになっている。

 本来であれば大使館からの報告書は国務省で処理、分析され、大統領府に直接届くのは内容が省略されているものであり、そもそも大使と元首、あるい大使と首脳が直接やり取りをしあう事は滅多にない。

 しかし、今回はこのような事例とは毛色が違う。各国が日本にある自国の大使館を通じ、黎國との国交開設を求めて更なる特使の派遣を働きかけていたが、これ自体はさほど問題ではない。

 では何が問題なのか、それはファイルの内容を確かめれば容易に分かる。

「《Why japanese mass medias(日本の新聞記者は) Respecting freedom(報道の自由を) of the press(振りかざすが), only impose(ろくな教育を受けた) trouble on others(人間はいないのか)?》」

 不貞外国人や日本国民の迷惑行為に始まり、多国籍のデモ隊による大々的な嫌厭演説(ヘイトスピーチ)と排除行動、また野党党員によるネガティブキャンペーンは茶飯事。

 日本に駐留している外交官や大使館の職員、大使自らが出向いてはしつこく国交開設交渉の日程組みを誘われ、時折無関係な自称外交官、あるいは大使館職員などがやって来る事もあるという。

 またテロ(まが)いの行為を仕掛けて来る人間が現れる事もあり、白昼堂々火炎瓶を投げ付けて来た集団を相手に()使()()()()()()しようとし、職員らに制止されたとさえある。

 だが最も酷かったのはやはりマスコミ関係者であり、その内容は目を(うたが)うようなものばかり。早朝、真昼、深夜、夕方とどの時間帯であろうと構う事はなく、隙ありと見るや予約も無く集団で取材に訪れ、無許可で大使館に機材を持ち込もうとするばかりか、何食わぬ顔で職員の作業をも(さまた)げる。

 こうして世界中どこであろうと非難を(まぬが)れない迷惑行為を、報道の自由を盾に率先して(おこな)い、都合が悪くなれば置き土産に不快な一言を吐き捨て、その場で偏見極まる記事を書き上げた上で去って行くというおまけ付き。

(日本のマスコミはもともと腐りかけてはいたが、〈事件〉を機に完全に末期へ進んだな)

 SNSを見れば更に顕著であり、黎國への偏見を煽るような投稿が目立つようになったのも領事館であった頃からの事。銀座一丁目を占領する門から程近い位置にある、黎國大使館前で行われた大規模なヘイトデモと投石の様子が撮影され、インターネット上で広く知られるようになった事も記憶に新しい。

 だが日本では新聞のおまけ記事にもラジオニュースにもならず、高まる批判には答える事もしない姿勢を見せている。日本国内では黎國については大々的な報道が少なく、特地に注目が集まるような情報操作が為されている事は、こちらとしては好都合。

 だが、今回は余りにもやり過ぎている。大使がノイローゼで帰国した事は散々にこき下ろした挙げ句、交代の大使の素性が不明で派遣時期も未定である事にも難癖をつける報道内容。

 “文化的に中国似である”という事実を利用し、差別意識を植え付ける腹積もりであるのは明白で、逆に黎國側が地球諸国に偏見を抱いている可能性は巧妙に隠蔽している始末。

 このまま報道の過激化が進めば黎國側の警戒心は更に増し、最終的には日本とさえ断交した上で第二の〈銀座事件〉を起こしかねない。そうなれば現状の目的である特地と大央華の利権独占計画は、完全に白紙に戻さなければならなくなってしまう。

「《this's poor prognosis(予後不良だな)……》」

 アメリカンドリームは所詮、(はかな)い夢物語なのだ。西部開拓時代、境地(フロンティア)と黄金に夢を見た者たちは、多くが(おのれ)(しかばね)を納める(ひつぎ)を用意できず、土塊(つちくれ)まみれのまま夢(なか)ばにその骨を散らした。

 ならば今回の(ゲート)という未開の地は、アメリカにとっては(はかな)い天の星となり、日本の独擅場(どくぜんじょう)となるのか。

 もしもそのようになるのならば、阻む他に打つ手はない。だが今阻めば、より(ゲート)から得られるものが遠ざかる。今は機を待つしかない。

 

 

 

 中華人民共和国の北京にも、日本が黎國と特地から来賓を招聘する旨の情報は伝わっている。国家主席徳愁(とくしゅう)の無茶振りが原因で工作員の殉職者が発生した事により、日本国内での活動を大幅に縮小しなければならなくなり、現地協力者の状況を無視して情報収集に徹し、機を(うかが)っていたのである。

 だが諜報活動で得られる情報、大使館から公開される情報が増えるに連れ、黎國の常識外れぶりに度肝を抜かれ、万一関わりを持つとなれば、今後の工作活動はおろか不穏分子の追放計画にさえ支障を(きた)す水準の負担になりかねない事が分かり、判断は慎重にならざるを得ない。

「《就算城门连着北京(もしも門が北京に開いていたとしても)恐怕也不会和日本一样(恐らく日本と同様の関係には)……》」

 国外からの工作員の排除やメディア規制、諸外国への圧力などで黎國との関係を独占できたとしても、黎國と中国は文化的側面、歴史的側面が似通っているだけで、主義思想や国民の意識といった根本的な部分は全く違う。

 六年前に十三人億を突破し、五年後には十四億人に届こうとしている人口の抑制政策に失敗するばかりか、反抗的な少数民族さえ武力で弾圧しなければ制御ができないこちらとは違い、世界人口を上回る三桁億人の人間、一千以上の民族を一つの国で統治していながら、千年以上もの間一つの血統が国を支配し、平和を保ち続けている。

 軍事力、技術水準、経済力は地球側、特に北半球の国々が優れるが、政治の安定性は黎國に軍配が上がると見てとれる訳だ。もしも敵であるなら非常に厄介な障害となり、対処には手間取るだろう。

「《……我不想与他们为敌(敵に回したくはないな)》」

 中華人民共和国成立から60年以上が経過するが、いずれの年代を見ても政治的に安定していた時期はない。また諸外国との勢力争いが激化した頃に門が出現し、新たな脅威となり得る存在も現れている。

 危険物は誰も気付いていないうちに取り除いて処分し、安全を維持するに越した事はない。徳愁(とくしゅう)は早くも暗雲が立った祖国、そして共産党の未来を憂い、手元の電話に手をかけるのであった。

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