寇討の天子   作:御代川辰

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 地球側の国々は混乱に呑まれつつも策謀を巡らせ、黎國が着々と反撃に備えて力を(たくわ)えている間、帝都は相変わらず安定的な平穏を思わせる気配で満たされており、帝都市民は他人から奪って得た日常を謳歌している。

 だがおよそ八万もの大軍が完全武装で帝都中を闊歩し、連日連夜帝都の上空を何十頭もの翼竜(ワイバーン)が飛び回り、特に宮殿と元老院議場の周辺には厳戒体制が敷かれ、物々しい雰囲気は拭いきれていない。

 帝国の領内でも特に忌避される程に治安と衛生環境が悪い事で知られ、元老院からも無視を決め込まれている悪所街さえも例外ではなく、このところ毎日のように軍兵(ぐんびょう)が行き交い、商売も難しくなっているのが現状である。

 そして、ここにも現状を嘆き、しかし行動を起こす事ができていない者たちがいる。

「商売あがったりだな……」

 悪所街と帝都南門周辺の街を隔てる路地裏に、ひっそりとした(たたず)まいの建物がある。周囲の建物の関係上窓がないためやや薄暗いが、過度な装飾が少なく落ち着きのあるその屋敷は、隠れ巣穴(クーニクルム)と名付けられた酒場であり料理屋。

 比較的秩序寄りで善玉とされる悪所の住人たち、マッレスス(MALLESVS)一家の根城であり、そして悪所で唯一中立地点と認められた場所。

 その奥に隠された密造酒の蔵の更に奥の部屋には、帝国では珍しい地下室とそこへ通じる階段が(しつら)えられており、そこに()()の事務所があるのだが、今は店舗を掃除している従業員と事務所で頭を抱える頭目、そして護衛役の若頭の数人しかいない。

「戦が始まってもう一月(ひとつき)半が()つが……そろそろ店終(みせじま)いをせねばならんか」

 隠れ巣穴(クーニクルム)の経営者であり、ここを拠点とするマフィアの頭目を務める老齢の男、フォルトゥス(FORTVS)(DE)マッレスス(MALLESVS)は隣に立つ若頭、フィレスコ(FIRESCO)(DE)フュシアン(FVSCIAN)に愚痴を吐く。

 表向きには料理屋を(いとな)んで市民と(よし)みを結び、裏では密造酒を売り捌き違法賭博で稼ぎ、時には他のマフィアと抗争するという二足の草鞋(わらじ)

 このような悪所での生活様式に慣れてしまった身としては、やはり戦争ごときで自分たちの領域が荒らされるのを黙って見てはいられないが、武力で太刀打ちできるような相手でもない。

「でも、僕らに行く宛なんてありませんからね……」

 兵の出入りが増えて治安が急激に向上し始めた事で、マフィアが関わる店や建物の周辺には外界からの人間が近付かなくなり、それに併せて悪所の住人も距離を置き始めて閑散としている。

 やはり咎人には救いがないという事だろう。また風の噂に耳を傾ければ、アルヌスに陣取る異世界の軍隊は帝国軍以上の技術と武装を持っているらしく、先月派遣された諸王侯連合軍を一方的に殲滅し、二匹現れた炎龍のうち一匹を難なく討ち取ったと言う。

 なのにイタリカを通じて届けられた炎龍の鱗は確かに本物で、十五万も動員された帝国軍が退(しりぞ)けられ、しかも諸王侯連合軍と合わせて二十万以上の戦死者を出している事実がある。

 これだけの証拠が揃っているにも関わらず、帝都市民の大多数は炎龍討伐の情報を嘘と断じて信じもしない。悪所の牛耳を執る四大一家すらも、炎龍退治はまやかしだと根拠もなく一蹴し、近頃現れた新顔への八つ当たりに(うつつ)を抜かしており、本格的な抗争を恐れて更に人が流出している事は気にも留めていない。

 為政者、民衆、犯罪者さえも安定と一方的な戦争に慣れきってしまった結果、時代は終末へ、世界は混沌へと進んでいる。この流れが神々の思し召しならば、無理に押し止めようとするのは危険というもので、いっそのこと傍観しているべきなのだろう。

(帝国は一度、滅びるべきかも知れんな)

 フォルトゥスが席を立ちフィレスコを連れ立って事務所を出ようとした頃、元老院では怒声と罵声が響き渡り、まさに混沌が渦巻いている最中。帝国の今後を決定付ける重要な局面で、内輪揉めの激化が始まっていたのである。

 

 

 

 元老院と皇帝に断りなく、額面通りの独断でアルヌスを占領する蛮族との講和交渉へ向かう事を決意した皇女ピニャ・コ・ラーダ。そして護衛として志願したボーゼスの二人をアルヌスに見送り、一足先に帝都へと帰還した薔薇騎士団からの報告に元老院は紛糾した。

 皇位継承権が低いとはいえ一皇族の単独行動をおめおめ許したのもそうだが、消息を絶ったまま行方不明だったリハルドがまさか生存しており、その上で敵側に寝返り、客将としての待遇を受けていた事実に恐怖しているのだ。

 彼は領内で多忙極まる生活をしていた事で、帝国の事情を完全に把握していないとはいえ、従軍中に積み重ねた経験を(あなど)る事はできない。それこそ過去の帝都参勤に際し、帝国の命運を左右しかねない情報を引き抜かれていれば、まさに帝国にとっては天敵以上の存在となり得る。

「講和など断じてあり得ん!」

 抗戦派の議員の弁は「蛮族ごときがこちらと対話をするわけがない」と言う、偏見と侮蔑に基づく根拠のない主張からなる。事前に降伏要求をしたところで従うはずもなく、条約の条文にさえ難癖をつけるのだから、こちらから先制攻撃をしても問題はない。

 蛮族はその存在自体が天地の(ことわり)をも歪める大罪人なのだから、反抗の有無に関わらず誅殺し絶滅すべしなどと、状況無視どころか発狂しているも同然の発言まで、見苦しいこと(はなは)だしい。

 その議員の声もまたうるさく、まるで洪水に混じる土砂の音を聞かされているかのようで、耳が痛い事この上ない。ハミルトン(HAMILTON)ウノ(VNO)ロー(ROV)は耳を塞ぎたくなるような騒音に耐え、力強い反論を述べる。

「継戦こそ命取りです!」

 シグルドは戦線の拡大に反対してこの元老院の議場で殺され、リハルドは異国と結んだ条約をいとも簡単に破棄する外交方針に異論を唱え、結果今回の諸王侯連合軍の出陣に際して殺されかけた。

 そして今、自分たちも同じ状況に立っている。日本と黎國の軍事力を詳しく知る今、講和論へと方針を変える議員が増え始めている。しかし継戦派は少数だが行動が過激になる可能性がある。

 議員の多くは領地を持つ帝国貴族の家督であり、(おおやけ)にしていないだけで私兵を隠している可能性が非常に高く、今この場で殺されなくとも後から不意討ちを食らうかも知れない。

 もちろん死ぬのは怖い。イタリカで戦った野盗たちの仲間の亡骸(なきがら)への凶行を、自分たちの目で見てしまった以上、なおさら恐ろしい。

「残存兵を帝都へ集めた理由は、敵から帝都を守るためなのでしょう!その兵を使って再び侵略を(はたら)くのは、自殺行為に他なりません!」

 だからこそここで引き下がる訳にはいかない。帝国を救い、無辜の臣民を戦禍から守るためにも。だが今彼女たちは、捕虜返還交渉の予定がある事を知らず、またその交渉に必要なものが手元にない、最悪な状況に身を置いている。

 どこまで時間稼ぎができるかは、完全に運次第。

 

 

 

[2015年 十月上旬 7日\20XX年 10月8日]

 

 他の偵察小隊に先んじてアルヌスに帰還した第三偵察小隊の面々は、避難民六百人と捕虜三百人の手により、基地を通り越して小規模な城塞都市へと変化しつつあるアルヌスの様相に感嘆、あるいは驚愕していた。

 特にピニャは帝国にいない珍しい生物を連黎國軍に強く興味を示し、基地内で産まれたばかりの武狼(ぶろう)の赤子と丸日間(たわむ)れ、逆にボーゼスは自衛隊の有する兵器の数々に度肝を抜かれ、帝都に戻った騎士団の身を案じて震えているなど、これから講和交渉の前準備へ向かう人間とは思えない反応を見せていた。

 こうして迎えた日本への出向当日の午前10時、身支度を整えたピニャとボーゼスがいざ門へ向かおうとすると、黎國水軍の都督(りゅう)均那(きんな)が一同に待ったをかける。

「ほら、早めの昼御飯よ」

 何事かと指差す方向を見ると、一時帰国する伊丹(いたみ)たち旧第3偵察隊の面々、そして黎國軍の元帥号を持つ者たちが料理の置かれた机を囲んでおり、またロゥリィたちもその輪に入って食事を摂っている。

 どういう事かと問い掛ければ、均那(きんな)はやや保れたように「万が一のためよ」、と答えた。腹拵(はらごしら)えは確かに重要だが、朝食を摂って時間も余り経っていないのに、今から食い溜めをする必要などないはずだが。

「……万が一というのは」

 ピニャがもう一度問うと、均那(きんな)はもはや何も言うまいと顔を背け、懐中時計を見せて更に説明し、不機嫌な表情の少年と、左目に傷がある優しげな青年が座る席の間に、不自然に(もう)けられた二つの席に強引に座らせる。

 そして避難民にでも作らせたのであろう、帝国料理を乗せた皿を二人の目の前に置き、自分の席に戻って食べ掛けの料理を再び食べ始める。

 ピニャとボーゼスは訳が分からないまま目の前の料理を食べ、周囲を見回す。帰国する自衛官は10人程度の少人数で、全てイタリカにやって来た者たちであり、来賓である自分たちの護衛も兼ねているのだろうと思われる。

 対して日本へ向かう黎國の将兵は20人以上の大所帯であり、得物を入れた箱や袋が足元にあるのも、襲撃者との戦闘を想定しているからだろう。

貴女(あなた)たちにお伝えし忘れていた事がございます」

 隣に座る元帥から急に声をかけられ、ピニャとボーゼスは思わず変な声を出してしまい、手に持つサンドイッチを落としそうになる。隣の席に座る青年に「驚かすな」と抗議すれば、彼は丁寧に謝罪の言葉をかけ、茶を飲みながら続ける。

「この(たび)は我が黎國の皇族御一家も参られますので、(わたくし)共も同行する事になりました。どうぞよろしく」

 彼が挨拶を終えて軽く頭を下げると同時に、黎國と繋がる廊門の闇の中から、夫婦と思われる老人一組と、顔の良く似た男女一組、合わせて四人の人物が現れるのが見える。

 そして、自分たち二人を含め全員が黙々と昼食を食べている中で、唯一食事に手をつけておらず不機嫌な顔をしていた少年が、彼らの姿を目にした途端、ぱっと表情を明るくして席を立ち、手を振って呼び掛け始めた。

 ピニャとボーゼスはこの時になって、先ほど隣の男が口にした皇族一家が彼らの事だと気付き、パンを口に運ぶ手が止まる。が、しかし、余りの緊張で金縛りにあったようになり、彼らに言葉をかけられなかった。

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