寇討の天子   作:御代川辰

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再来

 日本への出向準備と必要物確認が進められる中、熾照(ししょう)とピニャはできる限り時間をかけて問答を繰り返し、いつしか食事を忘れて互いを知る事に意識を注ぎ、気付けば出発時刻の11時まで15分を切っていた。

 だがこの頃には互いが互いに向けていた警戒心が解けており、先ほども熾照(ししょう)が口にしていた「偏見をなくす」という言葉は、まだ不完全だが実行されているとも思える。

 食卓の上の食器を片付け、改めて身支度を整え直しながら、同じく出発の準備をする少年を見やる。

(精神の成長が早いのかと思ったが……どうやら見立て違いのようだ)

 家族を相手取って話しかける様子を見るに、精神性と感性自体は確かに年齢相応、成人したばかりの少年と言える。数分前まで憤怒と軽蔑に満たされていた彼の目は、本当に怒りのやりどころが見つからなかったために、ただ近くにいる憎い者に感情を向ける事に他ならない。

 本当にまだ子供から大人に成りきっておらず、幼心(おさなごころ)からまだ抜けていない事がよく分かる。だが背伸びしがちな性質か、と問われればこれもまた違う。

 皇太子ゆえに教養があるとか、精神の成長が同年代の者より早いとか、あるいは特別賢いと言うよりは、周囲の大人の言葉遣いや、立ち居振る舞いを真似しながら成長していった結果、今の人格が形成されたとするべきだろう。

 教養と精神性、賢さ、好奇心の強さは常人並みだが、周囲の人間の影響を受けやすく、頑固と呼ぶほどではないが柔軟とも言い(がた)い、難解な性質の人間に育ったと見るべきである。

「殿下、間もなく時間です」

 やがて、熾照(ししょう)は兄と思われる男性の手を引き、後方に家族を連れ、こちら側へと足を進め始めた。その様子をぼんやりと眺めていると、不注意だとボーゼスに肩を叩かれ、同じく彼らの向かう方向にある門を指差され、足取り重く列へ並ぶ。

 しかし周りの自衛官や黎國の将たちの服装を見れば、自分たちが着る衣服とは全く異なる事がよく分かる。伊丹(いたみ)ら自衛官たちの服装は、昨日まで着ていた戦闘服と思われる緑を基調とした(まだら)模様のものではなく、濃い緑色ですらりとした衣服へと替えられている。

 対して黎國の将たちが着る服も、先日までの動きやすい戦闘服と鎧ではなく、黒を基調とした珍しい(よそお)いで、特に皇族たちは平民の私服を思わせる色彩の少ない衣装を着込んでいる。

 気になったピニャはさりげなく伊丹(いたみ)の近くに歩み寄り、迷惑にならないようなるべく静かに声をかける。食後にも関わらずあくびをする彼に、「なんだ?」と返されると、迷いなく熾照(ししょう)たちを指差した。

「レイ国の皇族たちはなぜあんな格好なのだ?」

 藪から棒に問われた伊丹(いたみ)は面倒臭そうに頭をかき、小さく溜め息を吐いて皇族たちを見やる。あんな格好、と言えば確かに地味な私服だが、派手な鎧と洋服を疑問なく着込んで日本へ向かおうとしているピニャとボーゼスには、彼らの意図が分からないのは当然ではある。

 向かう先も目的もバラバラだが、どうせ本質同じなのだから早め早めに伝えた方がよいと判断し、頭に帽子を被る帽子を整えながら返答する。

日本(むこう)に着いたらすぐに着替えるんだよ」

 二人はこの答えに一瞬「は?」と思ったが、続けて「自分たちも着替えさせる」と言われさらに頭が真っ白になる。いくら文化が違うと言っても、正装までは変える必要はないと考えていたからだ。

 これから交渉、あるいは質疑応答に向かう身としては、ただでさえ面倒な着付けを何度も手直しするのはかなり負担になる。特にピニャは左手首をまだ痛めており、余り動かし過ぎるとまた包帯で固定しなければならなくなり、万一の際は枷になってしまうかも知れない。

 こんな事なら到着時点で伝えて欲しかったと心中で愚痴を吐くが、これもただの伝え忘れと言うよりは偏見から来る不信に近いものと思えば、自然に納得できてしまう。

(先が思いやられるな……)

 このような調子で和平交渉などできるのだろうか、と無力に天を仰ぐピニャであった。

 

 

 

 ────門を抜けると、天を衝く柱の群れが広がっていた。日本の兵はそれらを、摩天楼と呼んだ。と、ピニャは記している。銀座一丁目の門の周辺には既にコンクリート製の壁が作られているが、現在はそれらを天蓋(ドーム)状に繋ぎ、門を覆い隠すような形で増設する計画が立てられている。

 と言うのも、もともと建設予定自体はあったのだが、余りにも特地と大使館への取材や外交官の入来要望、さらに妨害行為が多過ぎた事で安定して建設工事を進められなかったため、中途半端な仕上がりなのだとか。

 門から離れてドームの門扉の前へと立つとよく見えるが、誰の許しを得ているのか真正面には何百人とマスコミ関係者が(あふ)れており、警察官が制止を呼び掛け押さえ込んでいるものの、とても人の出入りができる状態ではない。

 上空にも何かが飛んでいるのが見え、ピニャやテュカたち帝国の人間は初めて見る光景に呆気に取られるが、自衛官や黎國の元帥らは呆れを隠さずに溜め息を吐いた。

「お父様」

 いくつかあるプレハブには、全て扉に《黎國大使館》の看板がかけられており、大使館の職員たちの影が小屋の中に見えるが、よく見ればプレハブの周りを囲むように騎獣たちが休んでいる。

 これは知らされている事であるため何も言わないが、熾照(ししょう)が気になったのはまた別の部分。移動トイレ程度の大きさの小さなプレハブが十、大使館の隣にあるのだ。

「あの……小さなプレハブ?はもしかして……」

 日本での礼服に着替えるために私服でここに来た能徳(のうとく)宋娟(そうえん)雅信(がしん)広良(こうりょう)熾照(ししょう)の五人はもちろんとして、残る五つは誰のためなのか。

 自前の私服があるため着替えないレレイ、(かたく)なに着替える事を嫌がったロゥリィを除外するとなると、リハルド、トレアス、ピニャ、ボーゼス、テュカのためのものとなるが、余り意義を感じられない。

「まあ、見た目だけでもって事さ」

 父が言うのならまあ仕方がない、と苦笑いを浮かべ、一足先に着替え用のプレハブへと向かう。その後雅信(がしん)たちがリハルド以下五人を呼び寄せ、プレハブへと押し込む。

 そして、手伝いの自衛官たちの助けを借りながら着替え、プレハブから出て再び列に並ぶ。着替えた後の衣装は全員黒を基調としたスーツ一式であり、宋娟(そうえん)以外の女性陣はタイトスカートを穿き、男性陣は黒いネクタイを着けている。

 またブラジャー、シャツ、パンツなどの下着と肌着も用意されていたため、こちらは大使館職員らの気遣いらしい。まだ貿易もしていない中、どのようにして日本円を取得し日本で商取引をしたのかと謎はあるものの、今回は気遣いに甘んじる事にした一行。

 が、しかし、問題はまだ解決していない。

「《…………多乱殴打是対排(ぶっとばしたい)》」

 まずはこの迷惑者たちをどうにかする必要がある。目的地である国会議事堂と、首相官邸までの道のりは遠い。事前に昼食を摂っておいてよかったと、改めてそう思った。

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