寇討の天子   作:御代川辰

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暴挙

 特地から帰還した自衛官、日本に再訪した黎國上層部、そして始めて日本に来た者たちの反応はそれぞれ違うものだったが、その理由はすべからく同じであり、門周辺のマスコミの集まり具合を目の当たりにしたためである。

 実のところ午前10時頃には既に、MuteMutteをはじめSNS上で新聞社やテレビ局への非難が始まっており、どうやら取材陣たちは早朝から銀座一丁目に集結し、門から日本からの帰還者、そして黎國と帝国からの来訪者を待ち構えていたらしい。

 国会の開始予定時刻は午前11時30分なのだが、このすし詰めの中を進もうと思っても身動きも取れず、今の状態では間に合わなくなってしまう。同じマスコミの業務も妨害しているあたり、実のところ同じ穴の狢なのかも知れないが。

 百歩譲っていち早く来訪者の姿を国民に見せるため、あるいはより迅速な報道のためならまだマシだと言えるが、今回集合している記者団はまるで規律がなく、度重なる迷惑行為で黎國からの信頼は完全にない。

 よって、政府及び国会としてはこの馬鹿げた行為をなんとしても止めさせ、直ぐにでも解散させる必要があるのだが、余りの人数の多さに警察の動員が間に合っていないのが現状。

「警官を増員しろ!帝国からの代表者はともかく、黎國は正式な同盟相手だ!明確な外交問題だぞ!」

 官邸で本位(もとい)は吠える。ただでさえ大使館に損害を与え、それを黙認して貰っている状況だと言うのに、これ以上の問題を起こされれば確実に敵を増やす事になる。

 その事を分かっていながらにしてなお、国民に危険を及ぼしかねない行動を止めないのは、諸外国から賄賂を受け取っている可能性も疑われる。ならば目的は日本の敵を増やす事、ただ一つ。

(余計な仕事ばかり増やしてくれやがって……)

 防衛省大臣嘉納(かのう)太郎(たろう)も、心中で愚痴を吐いて席を立った。

 

 

 

 一方、満を持して門を抜け、各々の目的地へ向かおうとした矢先、目の前に現れた無数の人間の壁に行く手を阻まれ、完全に八方塞がりとなった一行は、完全に途方に暮れている。

 警備のために連れて来られたはずの騎獣たちは、この大騒ぎの中にありながらまるで微動だにしておらず、職員の警護役として派遣されたはずの兵の姿も、大使館の中にはない。

 恐らく壁の外の警察官たちに()じり、記者たちを押さえ込んでいる鎧兜の男たちが警護兵なのだろう。

「邪魔しないでくんないかなぁ……」

 伊丹(いたみ)はがっくりと肩を落とし、門の向こう側にいる記者たちの姿を見つめる。今まで予備の弾薬や食糧の補給が遅れる事は何度かあったが、ここに来て本当に足止めを食らうとは誰も思わなかったのだろう。

 いや、誰しも予測は出来ていたのだが、この状況にならなかったという都合の未来などあり得ず、かと言って今この状況から好転するような奇跡が起こるはずもない。

「また誰かが殺されないと理解できないみたいですね」

 左目の傷が目立つ青年、(れん)龍煌(りゅうこう)は物騒な発言とともに槍袋から槍を取り出そうとするが、直ぐに隣に立つ迫界(はくかい)に止められ、渋々槍袋を持ち直す。

 全くどうしたものか、見ているだけでは彼らは去らず、受け答えれば滅茶苦茶な質問がなされ、返答に都合が悪い部分があれば改竄される。そのような事を平気でするような相手に、普通でなくとも関わりたいとは思わないのが人間。

 今までもゴミと呼ばれて当然の事はしていたが、それでもまだマシだったと言うのに、〈事件〉以降は報道を露骨かつ過激、必要以上に大々的に行い、黎國が出現してからは反黎・嫌黎を煽るような報道姿勢まで見せるようになったため、人伝(ひとづて)にその話を聞くだけでも本当に疲れる。

「ではどうしましょう?日程を改めますか?」

 その頃の広良(こうりょう)は、大使館内に設置されている固定電話を通じて本位(もとい)と連絡を取り、より詳しく現状を見極め、今後の動向を定めるべく思案している。

 邪魔者たちの所為(せい)でろくに動けず、だがこのまま引き返す事も出来ず、これ以上黎國の生物を持ち込む訳にも行かず、本当にお手上げなのだ。

 せめて門と壁の出入口周辺を塞ぐ人間が退()いてくれれば、少なくとも質疑応答の開始予定時刻には間に合う。だが本位(もとい)は「今増員の警官を送っている、できるだけ早く退避させるから辛抱してくれ」と言う。

 この程度の事で遅刻などすれば、日本との関係に亀裂が入りかねないどころか、非政権側の参議の思惑通りだとするならば、断交からの敵対まで一直線に進んでしまう。

 こちらは民の命運を守るため、下っ端の卒員から老齢の太上夫婦に至るまでが一丸となり、必死になって奔走しているのに、地球側の国々は日本が受けた攻撃で、経済という重要な部分で間接的に被害に遭っているにも関わらず、日本一国が全ての損害とその責任を取るように仕向け、自分たちは尽きる事のない利益ばかりを得ようとし、救いの手を差し伸べる事をしない。

 しかも日本国内ではこの様な不条理極まる扱いに、真っ向から異議を唱える人間は見向きもされないように工作する者がおり、逆に侵略者である帝国や諸外国を擁護しているように見える言動が目立つようにすり替え、正当な報復行動であるはずの派兵を侵略と(のたま)い、被害拡大を後押しする者が幅を利かせている体たらく。

 この様な末期(はなは)だしい国と(よしみ)を交えるに至ったのは、黎國にとっては〈壬辰夷寇〉で三百万の命が(うしな)われた事実にも劣らない、まさに空前絶後の不幸と言うべきであろう。

(なら、やらなきゃ。多少遅刻しても、今は目的地に到着しないと)

 移動が荒くなる上せっかく用意して貰ったスーツも汚れるが、今思い付いた方法以外ではとても目的を果たせそうにない。広良(こうりょう)は深呼吸をして精神を整え、受話器に口を近付けて「警察官の増員は不要、少し遅れますが必ずそちらへ向かいます」と短く答えると、本位(もとい)の返事も待たずに電話を切る。

 そして大使館を出るとまず家族らの元へ向かい、もはや信頼できる移動手段が(おのれ)の身一つである事を告げ、元帥たちにも同じように伝えた。

 ほとんどの自衛官たちは、泰皇天帝后の言っている事の意味が分かっていない様子だが、黎國の将兵の鍛錬を間近で見ていた糸崎(いとさき)富田(とみた)は嫌な顔をし、栗林(くりばやし)とトレアスは青ざめる。

「……それ、マジでやらなきゃダメ?」

 伊丹(いたみ)も怯えきった表情で聞き返すが、元帥たちはその言葉を一切否定せず、むしろ全員が乗り気な様子で(うなず)き、手元の得物を持ち直し始める。

 要するに、自衛官たちと帝国の代表らを、黎國の将たちが運ぶと言っているのである。できれば穏便に道が開くのを待ちたい自衛官たちだが、そこへ追い討ちをかけるようにロゥリィまでもが賛成派にまわり、「今行く手を塞いでいる連中を振り切って追い回されるよりはマシ」と一蹴され、やむなく黎國の将たちに甘んじて運んで貰う事になった。

 

 

 

 そして数分後。門を囲む壁の中から七人の男女が勢い良く飛び出し、続いて自衛官を一人ずつ抱える十人の将、更に帝国人を一人ずつ抱える六人の将、合わせて42人の人物が現れ、報道陣を無視してビルの壁や歩道を走り、恐ろしい速さで駆け抜けて行く。

 〈事件〉からまだ二ヶ月も経っていない時期だが、休日の昼ということもあり人通りが多く、周囲の建物もまだ崩れていて窓ガラスも多く残っているため、人にぶつからず、足を踏み外さず、かつ力加減にも細心の注意が必要となる。

「官邸までは古田(ふるた)さんの案内に従ってください!議場までは伊丹(いたみ)さんたちに案内を任せます!」

 門からある程度離れた地点で熾照(ししょう)が言い放つと、ピニャを抱える潘廻(はんかい)、ボーゼスを抱える均奈(きんな)、案内役の古田(ふるた)を抱える将、そして広良(こうりょう)の計七人が、道を逸れ始めた広良(こうりょう)の後を追うように方向を変える。

 また残っている者たちは熾照(ししょう)の後を追い、アスファルトの道を駆け走り、コンクリートの壁を飛び跳ね、迷う事なく進む。

 抱えられている自衛官やピニャ、レレイたちは壁や人、将たちの持つ獲物、街路樹に()()()()()()()になり、気が気でない。

 だがその異常な身体能力はロゥリィも感嘆する程であり、数日前に彼らと稽古をした時とはまた少し違う様相に、興奮を隠せないらしい。

 若い将たちは眉一つ動かさないが、領武(りょうぶ)能徳(のうとく)宋娟(そうえん)の三人だけは一滴汗を(こぼ)し、「また筋肉痛になりそうだな」とぼやいた。

 斯くして、危険を(かえり)みず生身で街という街を飛び回り、国会を目指して疾走するこの暴挙は世間に知れ渡る運びとなり、この様子を映した動画は「世界最高のスタントアクション」として長らく人気を博す事になる。

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