寇討の天子   作:御代川辰

47 / 62
地獄で仏

 黎國関係者の常人離れした身体能力を利用し、各々の目的地へ向けて強引に突っ走るという、豪快かつ命知らずな手段でマスコミその他を回避し、熾照(ししょう)たちはそのまま国会議事堂に、ピニャたちは逆に首相官邸へと足を進める。

 この無謀極まる危険行為に伊丹(いたみ)らは目を白黒させ、領武(りょうぶ)たち三名の老体も、このように超人的な身のこなしが出来る事に驚愕していた。

「スーツ姿でこんな運動なんかしてますけど!膝とか足首とか、特に心臓は大丈夫なんですか!?」

 衛生科に所属し医師として務める黒川(くろかわ)としては、平均年齢70歳超の老人たちが最低限の準備運動もなしに、このような無茶な運動をするのは黙って見ていられない。

 自分を横抱きに抱え長い槍を背負う迫界(はくかい)を始め、武器を持ちながら自衛官たちも抱える諸将もそうだが、衣服以外何も身に付けていないとは言え、関節や筋肉に多大な負担をかける運動をするのは、かなりの命知らずと見える。

 (おとろ)えが生じている体でなんと言うことを、と思うのは普通の事だが、能徳(のうとく)はこちらを振り返り、済ました顔で答える。

「心配には及ばんわい。筋肉痛と関節痛が後から来るだけじゃ」

 高齢者の関節痛や筋肉痛など、心配するべき事を心配するなと言ってのける自信はどこから来るのか。これには元帥たちもほとほと呆れているようで、余り言葉を発さない。

 元帥たちから聞くに、年齢を重ねるとこのような激しい運動をする事は()()()()()のは黎國でも同じらしいのだが、頻度が低いだけでする事があるというのは、いくら何でもおかしいのではないか。

 これ以上の無理は命に関わるのもあるが、「急な運動、または移動中の事故で一国の来賓が死亡した」という最悪の事態も回避したいため、できれば運動をさせたくはない。

「なら今日の運動はこれだけにして下さい!」

 と、黒川(くろかわ)が力いっぱい叫ぶと、すかさず伊丹(いたみ)が「万一亡くなられても責任は取れないので」と顔面を蒼白にして続け、雅信(がしん)はやれやれと苦笑いを浮かべる。

 先ほどの門周辺の状況を見るにとても保証出来かねる案件だが、ここで一人の死人でも出せば、ただでさえ綱渡りどころか糸渡りの外交関係が更に危うくなるため、より気を引き締めて臨まねばなるまいと、視線を真っ直ぐ整えた。

 とても記者が生身で着いて来れるような速さではないためか、後ろを追って来る取材用自動車の姿もない。自衛官たちがヘリコプターと呼ぶ乗り物も高く、遠くに見えるが、同行する記者は流石に操縦士の技能を把握しているようで、今は高見の見物を決め込んでいるらしい。

「げ」

 街を飛び跳ねて駆け回り、いよいよ国会が見えて来る。だが、一同はその手前の道の惨状を見るや、やはり(さまた)げや(さわ)りのないまま目的地まで到着する事はできないと判断し、やむを得ず人通りの少ない路地裏に降りて一度足を止める。

 前回の特使団派遣の際にも今回のように国会の正面入り口にマスコミが集まり、押し合い()し合いの大騒ぎの様相を作っており、見ていて気分が悪いばかりだった事を思い出す。

 上空から見ると人でごった返す様子が更に不快に見え、本当に今すぐにでも全員殴り飛ばしてしまいたいとさえ思う。こうも一ヶ所に寄って(たか)り、一般の通行者の往来の邪魔をしてまで自分たちの主張を押し通す機会が欲しいのかと、腹の底から怒りが湧く。

「先ほどの約束は守れそうにないですね……申し訳ありません」

 宋娟(そうえん)は心底申し訳なさそうに、将たちの手から解放された自衛官たちに頭を下げるが、頭を下げるべきは散々迷惑をかけているこちら側である。

 日本側が政府の公報を通じ、過剰な報道や取材を(つつし)むように呼び掛けているにも関わらず、マスメディアが全く従わなかった結果こうなっているのだから、日本側に謝罪する理由はあっても謝罪される筋合いはない。

 ロゥリィは戟斧(ハルバード)を片手で持って余裕綽々だが、テュカ、レレイ、トレアス、リハルドの四人はげんなりと座り込み、早速スーツに皺を作っている。

 決して長くはないが、上下左右に揺られまくる全力運動は、実際全身にとても負担がかかるため、通常の運動のは疲労の具合もけた違い。特にリハルドは乗り物酔いを起こし易いが、今回もかなり息苦しかったようで、顔色からもかなり気分が悪そうに見える。

「《……DOGIO OTE(すまない)……QVEZE MAIR HEQVIB(少し休ませてくれ)……》」

 だが彼らが去るのを悠長に待っていては、質疑応答の開始予定に間に合わない。かと言っていきなり国会の敷地に上空から登場すれば、ただでさえ興奮状態にある記者たちが、国会議事堂に無許可で進入するという前代未聞の大問題を起こす可能性さえある。

 流石に官邸では同じような事態になっていない事を信じたいが、こちらで起こっている以上は望み薄と断言してもいい。

(だが……手段はある)

 今こちらには連絡手段はなく、唯一本位(もとい)と直接連絡を取り、連絡先を知っていると思われる広良(こうりょう)もいない。その代わりに目立たないものの道が狭く、袋小路も多い路地裏に隠れているため、ここに集める事が出来れば必然的に逃げ場は上になり、一般人である彼らには追い付けまいと、理丸(りがん)は考えた。

 しかし、脳内で思案したその作戦は即座に大邦(だいほう)に見破られ、危険という至極もっともな理由であっさり却下されてしまう。この万事休すとしか言えない状況では、もう素直に姿を現す他に手段がない。

 万一遅刻した時の言い訳はこちらででっち上げる、という糸崎(いとさき)の後押しもあり、一行はうすら暗い雰囲気を微かに残したまま、足取り重く路地裏から出る。

「よう、伊丹(いたみ)糸崎(いとさき)!助けに来たぜ!」

 その時、一同の目の前に颯爽と現れたのは、警察官駒門(こまかど)英世(ひでよ)率いる公安警察の一団だった。なぜ自分たちがいる場所を正確に把握し、こうして絶好のタイミングで到着したのかは定かではないが、ここは彼らの御厚意に甘んじる事にし、今度こそ路地裏から離れる事になったのである。

 

 

 

 その後、国会前に集結していたマスコミ関係者への対応のため、予定より大幅に増員された警察官たちの助太刀で、何とか国会まで辿り着いた一行。

 全員が改めて衣服の皺を整え、また土埃(つちぼこり)を落とし、改めて質疑応答に備えて呼吸を落ち着けている。

「……疲れた」

 しかし、総勢38人のうち自衛官10人と元帥3人は国会での待機が決まったのだが、残る14人はまたも呼び出しを食らう。というのも当初ピニャ、広良(こうりょう)、外務大臣が集合すふ予定と()()()()()()官邸での会談は、実は広良(こうりょう)の早とちりであった事が分かり、本来の開催場所である帝国ホテルまで、ボーゼスを含めた三人の護衛として馳せ参じなければならなくなったからだ。

 残る11人は疲れきった表情で、衆議院議場へ通じる扉を見つめている。特に熾照(ししょう)は完全に目が死んでおり、その背中からは憎悪の感情が(にじ)み出ている事が分かる。

 その様子にロゥリィはクスクスと小馬鹿にしたように笑い、テュカとレレイは首を傾げ、その他の大人たちは呆れと、各々反応は異なるが、それでも悪感情は変わっていない。

(大嫌いだよ、本当)

 雅信(がしん)は心の中で一言呟く。誰に向けたものでもない、率直な感想だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。