寇討の天子   作:御代川辰

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応答

 いろいろと問題はあったものの何とか国会に到着し、黎國の関係者らとロゥリィが持参した武具を警備の警察官に預け、国会入口のメディア関係者が侵入を諦めたのを確かめた後、開かれた扉を通ってやっと衆議院議場へと入る事が出来た一同。

 熾照(ししょう)無然(むぜん)は二度目の来訪であるにも関わらず、前回の雰囲気から変化した、という気配が微塵も感じられない議場を見て、思わず溜め息を吐く。

 対して雅信(がしん)と祖父母らは、この纏わりつくような不快感を前に、眉一つ動かさない自衛官たちにも驚きを覚えている。

(……とても戦時中の……それも戦場とほど近い場所にある議会の様相とは思えぬ……)

 特に日本に現れて二度目の驚愕を覚えた能徳(のうとく)は、報告にあった「日本は混沌としている」という文言が、決して誇張ではなかった事を再確認し、演壇側の証言者席へと向かう。

 通路を進む間も自分たちを睨む視線に曝される嫌悪感に耐え、半円状の壁に囲まれた建物の奥へ足を進め、各々が席に着く。そして長ったらしく退屈な、目的等の説明を聞き流しつつ、いよいよだと気を引き締めて息を深く吸った時、議長の宣言とともに現状報告を兼ねた質疑応答が始まった。

 

 

 

 まず与党側からの口頭による報告の要求に応じるのは、自衛官糸崎(いとさき)知夏(かずな)二等陸尉である。目を閉じて軽く息を吸い、立ち上がると同時に息を吐き出し、背筋を正して演壇へと向かいマイクの前に立つと、質問者席から早速最初の質問が投げ掛けられる。

 この内容は「黎國軍と自衛隊との間にトラブル、問題はなかったか」という、誰もが気になる単純な事だが、今後の関係を左右する重要なもの。

 民間ならまだ行政が大々的に関与する必要はないが、現在最も積極的に交流しているのは、武装した軍事組織同士である。大きな問題が起きた、または起きているといった事は早期に解決しなければならないため、政府としては最も知りたい事と言っていい。

「一つだけですが……避難民の受け入れに関しては、多少意見の対立がありました」

 糸崎(いとさき)は間髪を入れず返答する。実のところ避難民への待遇に際し、自衛隊側と黎國軍側の意見に齟齬が生じており、齟齬の発生には「避難民と増援部隊は炎龍との交戦地点までの道中で遭遇したが、やむなく地上部隊が避難民をアルヌスまで護送し、航空部隊がそのまま進行」したという経緯(いきさつ)が関係している。

 結果的に味方、避難民共に一人の犠牲もなく終結したのだが、自衛隊側の現場責任者である狭間(はざま)に対して事前の直接連絡がなく、更に報告にあった「避難民護送中」という内容と大きく乖離していた状態であったために、幹部らを激怒させる事態になってしまう。

 自衛隊側は「後方への事前連絡なく、護送中の避難民を部隊から離れさせる」という判断を、「独断による必要行動の放棄」と見なして処罰し、また基地内の敷地の猶予が捕虜の収容施設でほぼ埋まってしまっていた事もあり、避難民の基地での受け入れを断る方針を固めていたという。

 だがここで待ったをかけ、方針を改めさせたのが黎國側の元帥府である。

「具体的にはどのような流れで……」

 と、与党議員からの質問を一度制止し、呼吸を整えて続ける。自衛隊の方針転換までの経緯(いきさつ)は、まず黎國側の主張から始まる。「炎龍と交戦するにあたり、指揮権を行使しているのは黎國側の人間」であるとし、その上で「護衛を放棄し避難民のみを優先的に退避させる、という判断を下したのも黎國の将」である事を強調する。

 これ自体は事実であるため、「他に有効な手段がないために、自衛官は現場指揮官の意向に納得して従った」と続け、また「六百人もの民間人を全員現地で護衛し、その上で味方の被害を出さず炎龍を退ける事は不可能」と()き、何とか落ち着かせた。

 実際のところ避難民、自衛官、黎國兵の犠牲、そして装備品の損害もなく、使ったものと言えば燃料一時間分、弾薬五百発程度という軽微なものであったため、最終的な判断は「両部隊全員を三日の間謹慎」という破格の処分で終わった。

 が、問題の主軸は第3偵察隊と東方第二斥候班が途中まで連れ、最終的にアルヌス基地まで辿り着いた避難民の方であり、先述の通りここで一度意見が分かれている。

 自衛隊側としてはただでさえ不足している物資の浪費や、間諜が紛れ込んで情報を抜かれる、あるいは奇襲を受けるなど、戦況不利になり得る損害を負いたくないがため、避難民の受け入れを拒否した。

 対して少しでも帝国の情勢を知り、対等な形で和平交渉に持ち込みたい黎國側は、宣伝と言う意味でも避難民の受け入れを容認し、民間人からの信頼を得る努力をするべきとする主張を展開。

 真っ向から異なる意見であるため、当然両者の間では大激論となり、結論が出るまで丸一日を(ついや)し、最終的に人道・人権的観点から避難民を受容するべきと判断され、自衛隊側が折れる形で受け入れが決まった次第だと言う。

 リハルドら捕虜たちは薄々気付いていたらしく、苦々しい表情で自衛官たちに視線を向けるのみだが、テュカとレレイは真実を知って顔を青ざめさせており、ロゥリィも少し眉を(ひそ)めている。

「続いての質問ですが、避難民の難民申請開始が今月一日からとなっています。なぜ保護を決定した当日に申請しなかったのか、詳細にお答え願いたい」

 二つ目の質疑は野党側の議員からであり、先ほどの質疑から引っ張ったものである。避難民の保護自体は人権保障、人道主義という大義名分があるが、実のところ帝国側からの間諜の出入りを制限する、という思惑を避難民には隠して実施しているが、テュカとレレイを通じて知る事になるだろう。

 避難民受け入れ当日に難民申請を届け出なかったのは、まず帝国とは国交が存在しない上、政治的にも敵対しているために間諜が紛れ込んでいる可能性があった事。

 間諜の侵入防止の他、病気や怪我の検診と治療を優先しなければならなかった事。通訳が足りない他、識字率が極端に低いために代筆ができない事。そして人数が多すぎるため、申請時に負担がかかる事。

 以上の四つが受け入れ決定当日に、政府に難民申請をしなかった理由である。与党側は何も言わないが、野党側はここぞとばかりに三つ目の質問を投げ掛ける。

「では、避難民を保護しないという判断に至った場合、どのように対応する予定だったのでしょうか?」

 自衛隊を扱き下ろす、という目的に変化はないものの、支持率がかかってる状況のためか思いの(ほか)冷静なようで、揚げ足取りではなく純粋な疑問をぶつけてきた。

 伊丹(いたみ)ら待機する自衛官たちもこれには感心し、これで与党も野党も汚職三昧でさえなければと心中で溜め息を吐く。糸崎(いとさき)は軽く息を吸い、少し力を込めて答える。

「基地から最も近く、かつ安全地帯にある町に、全避難民を移送する計画を予定していました」

 実際に南東方面を担当した自衛隊第5偵察隊と黎國軍東方第一斥候班は、自動車で八時間程度の道のりを進んだ先にある、アポルムというやや規模の大きな町に辿り着き、何度か交流を果たしていた。

 そのため、避難民を保護した当初は全員をアポルムに移し、そこで生活させる予定だったのだが、炎龍が帝国中を飛び回っていると聞くや、避難民の受け入れだけを拒否されてしまい、それがアルヌス基地での避難民キャンプ設置の決め手となったと締める。

「ありがとうございます。他に参考人糸崎(いとさき)二尉に質問は?」

 議長が呼び掛けるが、誰も挙手しない。これ以上の質問はないと言うことで、糸崎(いとさき)は演壇で一礼し、席へ戻る。席に座ったのを確かめると、続いて声がかけられたのは捕虜代表のトレアスだった。

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