寇討の天子   作:御代川辰

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損して得取れ

[[2015年 八月下旬 20日]]

 

 29年前の〈壬辰夷寇〉と同じく正体不明の軍勢を出現させた建造物、〔廊門〕の通称を付けられたそれを中心に繰り広げられた半日に及ぶ攻防戦は、黎國軍が圧倒的優勢を保ったまま勝利。

 夷狄の軍勢は四万以上の戦死者の(むくろ)と三千の虜兵、その他多数の化け物どもを置き去りにして逃げ帰って行き、それ以降は姿を見せる様子がない。

 対する味方の損害はわずか1317名と122匹と言う、敵とは比べ物にならないまでに少ない犠牲であり、長い平和の中で生きていながら鍛練を怠らず、結果人よりも武勇に秀でた勇猛果敢な将兵を集めた結果と言えよう。

 ともかくこうして、後の世で〈龍鳳寇討〉と呼ばれる一連の戦いの第一回戦は、黎國の側に軍配が上がって終結したのである。

「しかし、どうしますかね。まさか全員極刑って訳にはいかんでしょうし」

 勝利したまでは良いのだが、戦において問題が山積みになるのは避けては通れない事。最初の関門はこの3255人もの夷狄の捕虜の処分と、その後の対応である。

 死んだ兵士の対応は簡単であり、炎で肉を焼いて骨を洗った後、付近の靈点に塚を築いて(ほうむ)り、後は魂魄が浄化され死者の世界に帰るのを待つのみ。

 だが、生きた人間となれば話は大きく変わる。日夜戦いに明け暮れる戦乱の世ならいざ知らず、平和時代があまりにも長く続いたため、戦争に関わる法律や条例の大部分が死文化したも同然の状態である。

 更に29年前の〈夷寇〉によって、当時玉京で職務に従事していた法学者や大審所の法官、法令司の官吏官員が軒並み殺されてしまっている手前、義憤が頂点に達している軍兵(ぐんびょう)や経験の浅い法官が、それこそ民意を盾に私刑をするような事態は、何としても避けなければならない。

「刑罰の前に毅扶(きふ)、虜兵どもは何かしら吐いたのか?」

 だが、もうひとつ重要なのは捕虜に直接聴取し、敵の情報を集める事。前回の〈夷寇〉に際して都を滅ぼした夷狄と、今回攻めて来た蛮夷が同一の勢力に属する存在なのか、それを確かめるのが主な目的であるが、相手は言語が根本から異なる上、完全にこちらを見下し舐め腐った態度を崩さないのだ。

 先日の夕方から聴取作業を続けているが、翻訳に手間取ったこともあってなかなか進展がなく、辛うじて得られたのは侵攻目的や首謀者の存在など、かなり断片的な情報のみ。

 相手が相手なので当たり前だが、得られるものは正確性にも信憑性にも疑問符が付くほど曖昧なものばかりであり、上層部は頭を抱えていると言う。

「祖国自慢しかしないんですよ。自分の立場を理解してないとしか思えないです」

 将(げつ)毅扶(きふ)はやれやれと呆れと侮蔑を込めた態度で首を横に振る。正直に言ってこちらが「捕虜をすぐに殺さない」と分かった事で、「相手が下手(したて)に出ている」思い込み調子に乗っているのだろう。

 どこまでも自己中心的、かつ独善主義的な連中を相手にするのは、誰であれ必ず嫌がる。しかも今回は侵略者ときているので、尋問を担当する者たちの心労は凄まじいものであるはずだ。

「そうか……故郷自慢とは確かに悠長なものだな」

 何より恐ろしいのは一回の侵攻作戦のために四万、あるいは五万もの大軍を動員できるという、大央華の基準から見ても十分な大国と言える国力を有している国の、それも正規軍所属であろう兵士たちの規律が乱れに乱れていることである。

 選民思想、自意識過剰、尊大、楽観主義的思考、傲岸不遜、極悪非道と、あらゆる罵語や侮蔑語がそっくりそのまま当てはまるほど、兵一人一人の教育と教養の水準が低い。

 敵国の捕虜となったのならまず、尋問官に何を聴かれても黙秘し、味方の情報を漏らすことはしないだろう。だが《帝国》の兵を名乗るこの夷狄どもは違う。

 聞かれたことにはべらべらと自慢気に答え、とにかく自分たちが優れている、何者にも劣ることはないと語る。貴族と呼ばれる家柄の子息と思われる兵でさえ、品性の低さ丸出しの過剰に華美な鎧を身に纏っていたのだ。

 このような質の悪い兵に関しては、戦国時代の()という国の都であった禁禊(きんけい)に[圍国最後の王となる報再王は暗愚であり、兵士の使う武具や防具ばかりに金をかけ、軍には必要最低限の訓練しか施さないばかりか、なんと給料も雀の涙しか出さなかった。そのため兵は皆練度も士気も低く、諸将は驕り昂るばかりで、この様のために戦には一度も勝利できないまま国を滅ぼした]という類似した故事が残っている。

 さすがにこの故事に表されている烏合の衆じみた有り様ではないのであろうが、帝国なる夷狄どもの国が末期の状態であることは疑いようがない。

「一筋縄じゃ行かないな、この戦は」

 自分たちは戦争を経験していない世代。理丸(りがん)は未来を憂いつつ天を仰いだ。

 

 

 

 玉京から逃げ遅れ捕虜となった帝国の将兵3255人は現在、玉京の北東に位置する重霍山(じゅうかくさん)の麓に臨時に建てられた監獄に収容されている。

 監獄とは言っても八月四日から現在にかけて、手抜き同然の突貫工事で(しつら)えた仮初めのもので、捕虜全員に独房を与えられるような敷地を用意できなかったのだ。

 また床面積が狭い事もあり、一つの牢に二段の寝台を二つずつ置いて何とか四人分の寝床を確保している、という情けない有り様。

「《AL BARBEVS(蛮族どもめ)……MJLITA ANFIERO VLÆRS(誇り高き帝国兵に) QOID BARBIVGIE(何たる所業を)……!!》」

 そしてそのお粗末な牢の中に閉じ込められてなお、帝国は負けぬ、祖国こそ覇者と盲信し続ける将兵はまだ多数いる。その肥大しきった自信を蛮族と見下す兵たちに打ち砕かれ、挙げ句捕らわれの身であると言うのに、まだ自尊心が崩れていない様子。

 今後彼らと相対し、いろいろと世話をする獄卒や番兵に振りかかる困難がいかに過酷なものなのか、捕虜たちの愚かな態度を見れば火を見るより明らかである。

 

 

 

[[2015年 八月下旬 21日]]

 

 廊門を取り囲むように張られた黎國側の陣地。その陣に集結するは元帥に列せられる七十余名の将のうち、地軍より十の将、天軍より十六の監、水軍より五の督。そして地軍から十万一千五百、他二軍から一千ずつ()(すぐ)った精兵と、優秀な五百匹の騎獣たち。

 更に親征の陣頭指揮を執る熾照(ししょう)を合わせて、動員兵力は10万4032の大所帯で、先日侵攻して来た帝国の軍をも上回る規模である。だが、様子が少しばかりおかしい。

「前線派兵を二個番のみとする、というのはいささか無謀では?」

 顔に刻んだ龍の刺青を撫でながら、地軍将軍()幹夫(かんぷ)が意見する。本来なら最低でも一万、可能であればその倍を派兵したいところなのだが、“外界からの侵略者”というあまりにも前例が少ない事態であるため、少数精鋭を選ばざるを得ないのだ。

 今回の逆侵攻に際して黎國側は、敵軍の残存兵力や迎撃体制、敵地の地形などが分からないと言う致命的な弱点を抱えている。捕虜からは有力な情報を得られておらず、廊門もいつまで存在し続けるのか分からない。

 更にこちらの防疫技術で敵地に蔓延(はびこ)(やまい)を防げるのか、そもそも医療が通用するのかなどの詳細さえ知り得ないまま。

 このような状況で大軍を送り込めば、むしろこちらが不利になる可能性さえある。

(いたずら)に万単位の兵を送り込んで、状況把握もままならないまま全滅するよりはマシだと思う」

 事実、敵軍は状況把握を怠った事で自ら不利な状況を作り、勝手に自滅した上に敗北を認め、撤退までしてくれたのだ。真の敵とは有能な敵ではなく無能な味方と言うが、無能な敵は時に無能な味方よりも厄介な障壁となりうる。

 万一敵軍が全滅するまで戦わされていたなら、恐らく玉京は再び火の海になり五万の兵もろとも地図上から消失していたであろう。先日の戦いでは正しい判断ができる敵のおかげで命拾いしたが、次に同じ事が起こる保証はない。

 ならば切り捨て覚悟で少数の兵のみを死地に送り、十万を後方に残して防備を固めた方が堅実と言うわけだ。

「では、天嗣を含めた我ら4000と32は……」

 すなわち、棄て駒である。

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