寇討の天子   作:御代川辰

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一将成功万骨枯

 一人の議員が意図せずして起こした緊迫により、一度はその場の全員の動きがほぼ完全に止まったが、それが解けた後は五十嵐(いがらし)の存在を忘れたかのように、特に(とどこお)りなく質疑応答が続けられる。

 そして「収容施設での生活に不満不足はないか」という質問に対する、「ない」という返答を最後に二人が席に戻り、続いて黎國側の人物への質疑が始まる。

 本来ならトレアスの後に質疑に答えるはずだったリハルドが、通訳としてトレアスとともに立ったため、事実上の三番手となる(きん)領武(りょうぶ)が演壇に立つ事になるが、不思議と先程までの緊張感はない。

 ゆっくりと席から離れ、議場を見据えるように改めて背筋を正すと、耳に意識を集中して合図を待つ。

(……下手な質問は(つつし)んでくれるとありがたいのだが)

 鎧を身に付けていないとはいえ正装である軍装束を身に付け、せめて刃物から身を守るために纏っている鎖帷子(くさりかたびら)の重さに耐えながら、固い混凝土(コンクリート)瀝青(アスファルト)の上で全力運動をしたのだ。

 今になって全身の筋肉が悲鳴をあげ、関節も強烈な痛みが襲っており、立っているのがやっとのこの状況で、体を支えるための仕込み杖は警察官らに預けており、当然だが演壇には椅子も置かれてない。

 はっきり言って弱音を吐きそうなほど(つら)いが、そうこうしている間に最初の質問が老人の耳へと入り込み、注意は否応(いやおう)なく声を発せられる方へ向けられる。

 最初の質問者は与党議員であり、内容は「避難民保護にあたり、軍や国民からの反発はなかったのか」というものだが、これを耳にした瞬間思わず呆気に取られてしまう。

 なぜ糸崎(いとさき)に問わなかったのか、と思考が止まりかけたが、直ぐに気を取り直してマイクに口を近付ける。黎國側の詳細な事情は、黎國の人間から聞き出した方がよい。

 (あや)うく「答えられない」と返しそうになったところで踏み止まり、態度を改めて回答する。

「確かに放逐案は挙がりました」

 避難民保護に反発したのは玉京から離れた地域から参陣し、現在後方で従軍している将兵が中心で、反対理由も「避難民に間者(かんじゃ)が交じっていたら、何をされるか分からない」と至極真っ当なものであった。

 逆に〈壬辰夷寇〉当時玉京で実害を受けた生存者、あるいは被害者の遺族が中心である前線の将兵は避難民受容賛成派であり、こちらは「戦災ではなく自然災害からの避難者であり、僻地に軍を置けるほど帝国側に余裕がある訳でもない」としている。

 どちらの意見も正しいものだが、最終的に後者が選ばれた事からも避難民の情を酌むだけの余裕はあったらしい。その証拠が今この場にいる避難民のレレイとテュカ、炎龍屠殺に際して遭遇したロゥリィ。

 今ここではなく別の場所にいるが、野盗討伐への協力に(ともな)って強い関係を結ぶ事になったイタリカから連行した、帝国皇女ピニャとその侍従ボーゼスである。

「しかし、現状と今後の方針を(かんが)みれば、避難民を保護した方が両国にとって有利に働くという予測もまた、受け入れを決定付けた要因の一つです」

 未だに炎龍なる怪物による災害のみならず、帝国軍からの収奪により生活が(おびや)かされている以上、人道保護の観点からも避難民を受け入れるべきという判断に、報告を受けて直ぐに至った訳ではない事を強調しつつ、またゆくゆくは榿榛丘(アルヌス)から離れさせる事も視野に入れていると述べると、質問者席の議員は「ありがとうございました」と一言告げ、自席に戻る。

 与党側からはこれ以上の質問はないようで、続いては野党側から問い(ただ)されるのだが、ここから一気にきな臭いものとなった。その質問というのが「黎國軍にばかり死傷者が多発しているのは、自衛隊側に督戦隊がいるのではないか」というなんとも礼を欠いた、極めて侮辱的な内容であったからである。

(全く、ついさっきの萎縮は何処へやらだな)

 威勢のいい事だと内心で吐き捨て、マイクの位置を口から離れさせるように調整し、きっぱりと言い放つ。盾、槍、剣、弓矢の扱いに慣れ親しみ、全身に金属の甲冑を纏い、騎馬を用いた機動戦にも対応できる中世の兵は、近接格闘に不利な装備での戦闘を強いられる自衛官にとって驚異となり得る。

 中世の鎧武者を寄せ付けないためには、遠距離攻撃に終始する他にないのは確かだが、その遠距離攻撃を得意とする自衛官たちを守るためには、戦う相手と同じく白兵戦に秀でた多数の歩兵、騎兵が必要となる。

 黎國軍の武装は近接格闘に重きを置いたものであるが、帝国軍の兵と決定的に異なるのは、兵の数だけではなく純粋な戦闘能力である。一人の兵が一度に三人を相手取り、互角の戦いをする事もあれば、討ち死にするまでに十人以上を討ち取る事もあり、そのような人間が一万も二万も集結しているのであれば、恐ろしい事この上ない。

 何より、自分たちの前方を味方が埋め尽くしていれば、後ろから銃を撃ったり矢を射ったりするなど言語道断。まして逼迫した状況で味方を減らすなど狂気の沙汰であり、敵の後方に回り込んで挟撃するなり爆撃や砲撃で奥の敵を攻撃するなりすれば、自然と味方の損害を減らせるというもの。

「そもそも仮想敵だからといって、宣戦布告もなく攻撃をするような事などしないでしょう」

 静かな怒気を込めた低い声を発しつつ、[黎國軍殉職者総数4626名]と書かれたプラカードを睨み付ける。これはまさしく〈銀座事件〉で犠牲となった八千人もの人々を無視した数字であり、〈壬辰夷寇〉で虫けらの如く殺された300万人もの都人、都に生きていた数え知れぬ動植物、そして今回の戦争で戦死した413匹もの騎獣たち、何より過去に帝国による侵略を受けた人々への侮辱に他ならない。

 彼ら自身は黎國の人間に対して同情しているつもりだろうが、もし本当同情しているのならこうして数字には出さない。明確な指標でもなく、今後のための基準でもなく、自己満足のための下限、結果に過ぎないのだ。

 ならば、ここまで言われて本心を隠す必要もあるまい。

「日本軍は断じて、我々の信に背く行為などしてはいない事を、ご理解頂きたい」

 黎國軍の戦死者の発生はあくまで黎國側の責任であり、その責任を同盟相手に押し付けるような事をする必要はなく、事実上全世界に開放されている場でわざわざ言うことでもない。

 このような卑劣な手段を使ってまで自分たちに有利な証言を得たいのなら、まず絶対の信頼を得た上で証言台に立たせるだけの活動をしてみせろと、初歩的な事ができないようでは意味がないと言っているだけ。

 もちろん無視できない犠牲が出ている、という状況であるのは確かだが、これを口実に全く関係のない、責を負うべき者ではないに押し付けようとするのは、全く以て冗談では済まされない話である。

 “一将の功成りて万骨枯る”という言葉は、今この場にいる自衛官と黎國将兵たちを(いまし)めるためのもの。決して、どちらか一方を糾弾するためだけの詩節ではない。

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