寇討の天子   作:御代川辰

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幸運

 三人目の参考人領武(りょうぶ)への質疑が終わりに差し掛かり、嫌々ながら伊丹(いたみ)が演壇に上がるべく、自席を離れる前にブーツの紐を結び直した時だった。

「(耀司(ようじ)さん)」

 隣の席から声をかけたのはやはり糸崎(いとさき)であり、履き物から一度手を離して顔を上げれば、彼の口から(ささや)くような声で、「くれぐれも余計な事は言わないように」と釘を刺される。

 ここで糸崎(いとさき)が言った余計な事というのは、もちろん質問の内容とは直接関係のない不満や文句の事である。

 ただでさえ普段から怠慢が目立つのに、ほんの少しの気の緩みで不満が口に出る事が多々あるため、こうして注意させて置かなければ、今後の作戦展開に支障が出る可能性がある。

「(はいはい、分かったよ……)」

 心底嫌そうな、面倒臭そうな顔で小さく答えるが、いざ領武(りょうぶ)の足音が聞こえると表情を少し改める。しかし居心地の悪そうな態度は変わらず、やや力のない足取りで立ち上がり、やや猫背に見える背筋のままで演壇へと向かって行く。

 質問者席を見てみれば、もう与党からの質問者はいないだろう、と分かる人物が一人、堂々とそこに陣取っている。せっかくの美貌を台無しにする(しか)めっ面、その不機嫌そうな表情を強調する厚化粧、顔が蒼白に見えるために赤々と際立つ口紅。

 野党議員の中でも特に過激な言動、主張で知られる幸原(ゆきはら)みずき。伊丹(いたみ)が嫌な表情になるのも、当然と言えば当然ではある。

(頼むからもう皇帝陛下の前で変な事聞かないでくれよ……)

 先程の戦死者数の質疑で黎國の皇帝、上皇、上皇の御后、そして皇太子のご機嫌は最悪であり、国家の頂点に君臨する者として大人な対応、態度で今を凌いでいるが、正直に言っていつ限界が(おとず)れるか分からない。

 いくらこの場に同盟国の皇族がいるということを、この場の議員どころか全世界の人間が()()()()とはいえ、もしもまた先程のような非礼な質問が飛び出せば、今度こそ速断交は確実。

 そうなっては誰にも国会でのやり取りの擁護は出来ず、万一黎國軍の侵攻を招くような事態になれば、もう戦災復興どころではなくなり、東京は灰塵に帰すであろう。

 この期に及んでようやく腹を決めた伊丹(いたみ)は、恐怖と緊張で身震いしながら演壇に立ち、深く息を吸って質疑に備え、質問者席を見やる。

 だが、無論嫌いな顔がそこからいなくなっている、何かしら理由を付けて席へ戻るなどという都合の良い事象が、今この時に起こる事など万に一つもあり得ない。

 そして、その女が持つプラカードには、何の恥ずかしげもなくでかでかと[民間人死亡者1104名]の文字が記されており、ここまで死んだ人間に(こだわ)るのかと思うと、怒りを通り越して呆れさえ覚える。

(行方不明者込みって知ってるはずだろ……)

 自分たちの預り知らぬ所で発生した死亡者さえも、自衛隊批判の種に使うとなればもう目も当てられない。そもそも避難民がもともと住んでいた十ヵ村の人口は、他でもない避難民自身からの証言を元にした曖昧な数値で、1104という数字も行方不明者と死亡者を合わせたものである。

 政治家が行方不明者の存在を無視するどころか、このように行方不明と死亡を一括(ひとくく)りにするようでは、〈銀座事件〉で行方不明者が一人も発生しなかったのはある種奇跡的な事だったのでは、とも思ってしまう。

伊丹(いたみ)参考人に問います。なぜ……」

 現実逃避に浸っていると、早速彼女からの質疑が投げ掛けられ、意識を脳内から引きずり出される。質疑の内容は、何故六百人という膨大な人数の避難民を保護していながら、避難民の居住地へ向かって生存者の捜索をしなかったのか、というもの。

 直後に与党議員らがざわつきはじめ、自衛官たちも目を見開いてプラカードに注視せざるを得ない。確かに偵察隊と斥候班を全方位に放っていたが、あくまでも簡単な地形の確認や調査、人里とアルヌス基地との位置関係を把握する事が目的であり、敵軍の残党や現地の危険生物との遭遇など、もろもろのリスクを(かんが)みても、測量作業に割く時間などなかった。

 まして全部隊を合わせても400人程度の規模しかないにも関わらず、上空からの支援も詳細な地図もない状態で、一から手探りで人里を探しながら素性も分かりもしない失踪者も捜せというのは、いくらなんでも無茶が過ぎる。

「避難民を保護した時点では他の部隊も地勢調査の任務中であり、任務内容に含まれていない行動により、必要作業に支障を(きた)す可能性があったからです」

 と、ここで一度区切り、「後日の継続調査でも、避難民の旧居住地における生存者の捜索は、発見次第かつ現場判断のものだった」と続ける。最もらしいこじつけだが、しかしこうしなければならなかったのは事実。

 自衛隊にせよ黎國軍にせよ、どちらも人の命を(あず)かって任務に臨み、国民を守る事を生業としている。その防衛行動の延長の任務に関わる事にまで首を突っ込み、粗を探し糾弾する姿勢を(かたく)なに変えようとしないというのは、本当に疲労とストレスを蓄えるもので、答える伊丹(いたみ)もいよいよ顔色が悪くなっている。

「っ…………では、炎龍なる生物との交戦報告、及び炎龍自体の解剖記録ですが、内容に虚偽はないのでしょうか?」

 だが返答は理解しているように見え、これ以上深く探ろうとはせず、直ぐに次の質問へとうつる。炎龍との交戦記録と解剖記録は防衛省のみならず、内閣、国会、警察等、様々な機関に公開され、死体の一部は日本国内に持ち込まれ、解析が進められている。

 鱗は7.62mm小銃弾は愚か直径55mmの火槍の砲弾をも弾く強度を持ち、翼の皮膜も小銃弾では歯が立たず、ナイフで切ろうとしても相等な力が必要になるため、外部の防御力は戦車に匹敵すると思われる。

 だが肝心の飛行能力を確かめるにあたり、リハルドが提案した戦法が大きな障壁となってしまったのだ。高機動車の車載カメラの映像には、途中までは悠々と自衛隊、黎國軍の布陣する方向に向かう炎龍の姿が映されていたが、途中で何度も雷に撃たれて動きが止まり、攻撃を受けつつ反撃をしようとしたところ、口の中で爆発が起きて動きがまた止まる。

 その後ふらふらと飛行し、また地上に降りて攻撃を受け、再び口から煙を吐いてひっくり返った後に目を潰され、最後は巨大な鷹に喉を(えぐ)られ、そのまま息絶える様子で締められている。

 火炎放射は途中で(さえぎ)られ、更に飛行能力が分からないのでは、実際どれだけの脅威または危険なのか、どれほどの力を持っているのか見当がつかない、というのが研究者たちの正直な意見である。

「実際かなりといいますか、小銃とか弓矢とか歩兵の装備ではまず戦えない相手でした」

 リハルドの戦術、ひいては褒羽(ほうう)の氣操術で落雷が起こせる状態でなければ、16歳の少年が指揮する30名の小隊という最悪の状態から、炎龍を(ほふ)る事などできはしなかっただろう。

 ドラゴンという未知の存在を、伝承という不明瞭な観点ながら理解している人物がいた事、そしてアジア圏の龍という超常の生物が味方の側にいた事。

 今こうして五体満足で日本に帰って来れたのも、戦術した二つの要因が重なった、幸運のおかげであるとも言える。

 実際に現場で戦った者と、自分たちでは戦わない者とでは、見えている世界はまるで違う。その事を(なか)ば忘れている一部の議員たちは、内心ではなおも虚偽を疑っているが、もうこれ以上伊丹(いたみ)に問い(ただ)す気力はないらしい。

「他に質問はございませんか?」

 議長が声をかけるが、誰も答えない。幸原(ゆきはら)さえも悔しそうに歯噛みしつつ、「結構です」と呟いた。一方の伊丹(いたみ)も、疲れきった表情のまま演壇から離れ、自席に戻って行く。

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