テュカが演壇に上がる頃には時刻は12時を過ぎており、一人あたり二つか三つの質問をかけた割には時間が経っていない。
だが美少女にしか見えないエルフが遂に声を発するということで、国会中継の瞬間視聴率の延びは来賓と自衛官の入場、そしてリハルドが演壇に上がった瞬間をも上回る勢いとなっている。
履き慣れないパンプスのヒールで足はもつれ気味で、またカーペットの上ということもあり少々足運びは悪いが、これは仕方がないとしか言いようがない。
そして議長の掛け声に合わせ、また参考人質問が再開された。最初の質問の内容は「救助に関する自衛隊と黎國軍の動向」、つまりコアンの森にあった集落で炎龍に襲撃された自分に対し、自衛隊と黎國軍の関係者が何をし、何をさせていたのかというものである。
「えと……」
テュカはまず答えようとし、口ごもって考える。先程までの五人と、議員たちのやり取りを目の当たりにした事で、もしも自身の返答の
その結果自分を救ってくれた自衛官や黎國の兵たちに、恩を仇で返すような事態になれば、自身の命も
事実瀕死の状態から助けられた時の状況というのは、この場の来賓にとっても、
「特におかしい事はされてないです」
誰の通訳も介する事なく、ただ自分が彼らにされたまま、ありのままを伝える。脈拍を確認するために手首と喉に手指を触られたり、井戸水に長く浸って冷えきった体を温めるために、予備の防寒着に着替えさせられたり、あるいは温めたスープを飲まされたりなど、猥褻な行為や暴行などは受けていない。
またアルヌスに連れて来られた時も、イタリカに同行した際も、物珍しさから注目される程度であり、目に見えて不当な扱いを受ける事はなかったため、返答はシンプルなもの。
しかし黎國の兵に「奇形」などと言われた時には流石に怒りはしたが、地球でも大央華にも耳の長い人間などいないため、そのように見えるのは仕方がないと現在は割り切っている。
だが質疑をする相手が底意地の悪い議員だったのがまずかった。
「では、黎國の方からは差別を受けたということですね?」
少し話を聞いただけなのに、この人は急に何を言い出すのだ、とテュカは思った。頭という体で最も目立つ部分のどこかが、目に見えて自分たちの見知る形ではなかったら、人種の違いや奇形を疑うのは普通の事ではないか。
明確な違いを指摘するだけの言動を差別とするのは、言い掛かりも
確かに帝国ではエルフをはじめ、多くの異種族が亜人と呼ばれて迫害され、また話す言語や用いる文字、肌や髪の特徴に細かな文化など、同じ人族であってもほんの少しでも帝国の気に入らない部分や違いがあれば、蛮族と呼ばれて
しかし、如何に差別的な言葉をかけられたからと言って、言動の意図を確かめもせず即座に差別、また嫌がらせと断定するのは早計ではなかろうか。
「いえ、気にしてませんので」
嘘偽りのない正直な感想を告げるが、意地が悪い上に諦めも悪いこの議員は、何とかテュカの口から自衛隊と黎國軍への批判的な答えを得ようと、しつこく類似した質問を並べ立てて挑発して来る。
興奮からか我も忘れているらしく、議長の制止も無視して執拗に食い下がろうとし、終いには暴言まで飛び出し、何を聞き出そうとしているのかさえ分からない様子になっていた。
顔を真っ赤にして口うるさく喚き、最後は先程質疑者として顔を出した
(もう帰りたい……)
テュカは涙目になりながら
しかし凄まじいストレスで頭痛がする中、早く終わってくれと祈るしかないこの状況に、黎國側の面々も虚ろな目付きで椅子に腰かけていた。
議員の暴走という予想外のアクシデントに見舞われつつも、質問攻めからようやく解放されたテュカが演壇から戻った時には、時計の針は既に12時30分を示しており、質疑応答が始まってから実に一時間近くが経っている。
最後の質問に答えて緊張の糸が切れたのか、テュカはすっかり意気消沈した様子で戻って来る。彼女の様子を心配そうに見つめつつ、入れ替わりにレレイが席を離れて演壇に上がると、深々と一礼して正面を見据える。
質問者席に立つ与党議員からの質問は、テュカから聞き出せなかった「避難キャンプで不自由、または不満、不足はないか」というものであり、この質問に対しレレイは冗談抜きで哲学的な内容も
それもそのはずで、いくら憎い敵国の人間であろうとも、民間人への不当な虐待行為などを働いていられるような余裕はなく、まして自衛官も黎國兵の大多数は真面目に勤務しているので、扱いが正当である事は当然である。
万一帝国軍が〈事件〉でしていたような、卑劣かつ下衆な行為を両者が実行していたのなら、今こうして来日している特地人が、五体満足の無傷であるはずがない。
議員が質問を終えて自席に戻る時、去り際に微かながらほっとした顔のように見えたが、おそらく気のせいではないだろう。続く野党からの質問だが、炎龍襲撃時の自衛隊と黎國軍の応対の内容であり、やはり粗探しを諦めてはいないらしい。
「保護された時の対応も、炎龍に襲われた時の判断にも問題はなかった」
だが高望み同然の期待もむなしく、レレイの淡白な返答にあっさり打ち砕かれてしまう。実際のところ逃げる事ができない脅威に遭遇した際は、誰かが囮になって注意を引き付けなければ被害は増えるばかりであり、第3偵察隊と第二斥候班が盾にならなければ、避難民の半分は死んでいただろう。
これ以上の質問でごり押したところで、野党側に有利な返答は望み薄なのだが、やはり転んでもただでは起きないのが彼ら。
残る参考人はロゥリィと
(……何だか嫌な予感がするわ)
だが
不安を胸中に留めたまま視線を演壇に向ければ、質疑応答を終えたレレイがこちらに向かって歩みを進め、次の参考人であるロゥリィと交代している最中。
そして彼女の背中に死を、死神の気配を目の当たりにした事で、我らが孫が何かとんでもない事を、この
老女は人知れず両手を組み、この胸騒ぎが杞憂である事を祈るしかない。またロゥリィが演壇へ向かうのを