寇討の天子   作:御代川辰

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老若男女

 ロゥリィは演壇に上がっても緊張を見せる様子はなく、むしろ余裕さえ感じられる微笑みを見せ、背後の議長席へと振り返ると、手のひらを向けて「どうぞ」と(うなが)す。

 スーツや軍服といったいわゆる正装が目立つこの議場内で、明らかに場に見合わない世俗的な衣装、それもゴシックロリータという自己顕示欲さえ見え隠れする衣服を、衆人環視の中で堂々と身に纏う彼女の姿に放心していた議長は、他でもないロゥリィ本人に(うなが)された事でようやく気を取り直し、質問者席の議員に声をかける。

 席を立った瞬間異変が生じた彼女の背中を見つめつつ、伊丹(いたみ)は手を震えさせながら隣席に座る男に呟くと、同じく雰囲気の変化に気付いていた糸崎(いとさき)も奥歯を噛みしめ、冷や汗を一筋(たら)しながらこくこくと(うなず)き、彼女の背中を不安げに見据えている。

「(あれ、本当に大丈夫なのか?)」

 こちらからは表情が見えないために、見るからに様子がおかしいという程でもないが、善からぬ事を考えているのではと勘繰ってしまうほど、恐ろしげな印象に感じられる。

 今彼女の手元に武器はないものの、あの巨大な戟斧(ハルバード)(あやつ)る筋力なのだ。イタリカでの暴れっぷりを(かんが)みれば、素手でも人を殺せると考えた方が自然であり、特に大邦(だいほう)はロゥリィがこの場の全員を殺そうとでもしているのだろうか、とあらぬ考えに至っている。

 だがこのめちゃくちゃな思いつきは宋娟(そうえん)に見破られており、彼女が自分を睨んでいる事に気付くと目立たないように頭を下げ、小声で謝罪してまた視線を演壇に向け直す。

(頼むから余計な事言わないでくれ……)

 やがて質問者席から声が聞こえ、ロゥリィもそれに応じるが、彼女の間延びした口調は(はた)から見れば横柄、あるいはふざけているようにしか聞こえない。

 彼女との会話に慣れつつある自衛官、神官としての側面をよく知る避難民、そして寛容なのか厳格なのか分からない黎國の将兵は全く気にしていないが、(おおやけ)の場では堅苦しい用語や敬語での会話をするのが普通の議員らの中には、だんだんと苛立って貧乏揺すりを始める者もいる。

 二つ目、三つ目と野党側からの質疑もますます怪しいものに変わり、あからさまに自衛隊に不利な言質を取ろうとしているのが丸分かりであり、ここまで一時間以上も浪費して何を聞かされているのか、と言いたくなる程である。

 こうして早く終われと祈っているうちに、十五分もかかったロゥリィへの質疑が終わりに差し掛かるも、またも姿を現した幸原(ゆきはら)伊丹(いたみ)が盛大に溜め息を吐きそうになり、隣席のテュカに口を(ふさ)がれる。

 はっとした彼は慌てて片手を立てて顔に近付け、小さく「ごめん」とだけ伝え、その様子を見ていた議員らは更に気分を悪くして歯噛みする。

「では、最後に問います」

 その間にも質疑応答は続けられており、やっと声が聞こえた頃には最後の問いかけがなされていた。問いかける幸原(ゆきはら)の言葉遣いは、分かりやすく芝居掛かった不自然なものだったが、質疑の内容を要約すれば「レレイ、テュカ、トレアス、リハルドの返答は全て事実なのか」というもの。

 深い関わりを持つ複数人に同じ質問をする際、回答者が口裏を合わせて同じ返答をする事で、質問者に内容を信じさせたりミスリードを誘うのは常套手段である。

 そのため、関連する事柄だが微妙にニュアンスの異なる質問に答えさせた後、最後に答える人物に真偽を確認するという手法を用いる事があり、今回野党はその手段を使って言質を得ようとしているのだ。

 これで決まった、と言わんばかりの目付きで参考人席へと視線を送る幸原(ゆきはら)は、顔を青くしてロゥリィを見つめる参考人とその護衛たち、そして呆れてそっぽを向く黎國皇族たちに気付くが、その理由が分からないまま演壇に視線を向け直す。

 直後、演壇に立つ少女の口から聞こえてきたのは、小柄で細身な体型からは想像がつかない程の大声だった。「貴女(あなた)お馬鹿?」という罵言から、彼女の怒涛の主張が始まる。

「どうして本人の口から聞いた言葉を疑うのかしらぁ?」

 彼女は語る。確かに日本語を理解できる特地人がおり、四日、五日という猶予の中で嘘の証言をでっちあげる事ができるのは、誰にも否定できない事実である。

 後から衆知されると今後に致命的な支障が出るような質疑応答の内容を、わざわざ現地人を巻き込んで作成するメリットなどあるわけがないのに、なぜ作ろうと思い至るのか。

 もしもこれまでの質疑応答の内容が全て嘘であったとするなら、凝った虚偽の報告を送った後に口裏合わせをするよりも、始めから隠蔽して小出し小出し報告した方がより効率が良い。

 また質疑応答にも律儀に応じる事などせず、何かしら理由を付けて(かたく)なに拒否する事もできるはずだとも言い、それでもしつこいようならファルマートに逃げ込んで(ゲート)を閉じ、日本との関係を断ち切ってしまう事も可能であるとも指摘する。

「わたしが言いたいことぉ、わかったかしらぁ?」

 簡潔に言ってしまえば、自衛隊が野党側の主張通りの無法集団であるならば、処罰や非難など恐れる事なく国内外に戦争を撒き散らしているという事であり、これまで良い子ぶっていたとしても、特地派遣を期に反旗を(ひるがえ)していたはずである、という事でもある。

 当然幸原(ゆきはら)はこの回答で頭に血が(のぼ)り、質疑応答である事も忘れて反論すると、ロゥリィも反論に応えて場は更に紛糾する。

(言う事言いやがった!)

 とうとう言ってしまったとリハルドは頭を抱え、もはや言い争いとなった質疑応答で混乱する議場から目を背け、栗林(くりばやし)ら元第3偵察隊隊員たちは、自分が参考人にならなかった幸運に安堵しつつ、今にも暴れ出しそうな糸崎(いとさき)を押さえ込む事しかできない。

 ゴチカルな衣装を纏う美麗な巫女と、厚化粧をした壮年の女性議員による激論は白熱し、議長の制止が入って尚治まりを見せず、五十嵐(いがらし)が痛む喉を撫で擦りながらまた二人の口論を止めようとした時、何を考えたのか幸原(ゆきはら)がその一言を放つ。

「年長者への敬意はないのですか!?」

 これに最初に反応を見せたのはやはり能徳(のうとく)宋娟(そうえん)領武(りょうぶ)の三人であり、この場で年長者と言えば必ず名が挙がる五十嵐(いがらし)もこれには呆れて声も出ない。

 三人が思わず非難の言葉を吐き出しそうになったところで、ロゥリィは不敵な笑みを浮かべて口にしたのは、「お嬢ちゃん」という言葉だった。

 無論この言葉に議員とメディア関係者は思わず呆気に取られ、参考人たちはここで言うかと動きか止まる。幸原(ゆきはら)も例外なく茫然自失とするが、当然ながら疑いを捨てる事はせず、参考人らの実年齢を問い(ただ)すが、彼女らの返答に更に度肝を抜かれる事になる。

 高齢順にロゥリィが961歳、テュカが165歳、領武(りょうぶ)が満年齢78歳、能徳(のうとく)が満年齢73歳、宋娟(そうえん)が満年齢72歳、その他護衛の元帥たちの平均年齢が満年齢で40代後半、雅信(がしん)が満年齢31歳、レレイ15歳、そして熾照(ししょう)が満年齢15歳。

 ロゥリィは老化が止まっており、テュカは成長と老化が著しく遅く、黎國の大人たちは身体の劣化が目立たないという、絵に描いたようなフィクション世界の住人であり、カメラとテレビ画面越しに国会中継を見守る視聴者も驚愕している事だろう。

「これでいいかしらぁ?」

 何もかもが常識外れの特地と大央華の様相に参ったらしく、もはやロゥリィの挑発に答える気力も残っていない。議長の言葉に答える者の手もなく、してやったり顔で演壇から戻って来る少女に、参考人たちは呆れると同時になんとも言えない表情で手を振る。

 そして議長に名前を呼ばれ、彼女と入れ替わるように席を離れる最後の参考人、熾照(ししょう)。ここまでの質疑で精神的に不安定であり、いつ暴発するか分からない爆弾を抱える懸念材料だが、公的な場にいる要人の家族という手前、今はその背中を見守るしかない。

 一方の議席はざわついている。何しろ参考人として招致された(ゆう)熾照(ししょう)が、特使の中に(まぎ)れていた(ゆう)(しゅ)である事に驚愕している者が多いからだ。

 そもそも言ってしまえば、明治期に施行された一世一元の制の定着に(ともな)い、同時期の戸籍法によって庶民や華族にも生涯一つの名前を使い通す事が求められたため、(あざな)や通り名を名乗る文化は現代の日本ではほぼ失われている。

 他の漢字文化圏でも多くの国で、改名の慣習がなくなりつつある事もあり、黎國が近代以前の中華地域に似た文化を持っている事を、場の大多数が(なか)ば忘れていたと言える。

 だが前回とは様子が違う事に気付いた議員もおり、先ほどの恥も忘れて尚も言質取りを準備しているようで、不安は拭えない。少年が隠しきれない殺意を放ったまま演壇に立つと、それを見届けた議長が再び声をかけ、この日最後の質疑応答が始まった。

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