寇討の天子   作:御代川辰

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逆鱗

 最後の参考人として演壇に立つ熾照(ししょう)への質疑が、議長の許可と共にいよいよ始まり、より一層緊張感が高まっていく。

 鼓膜を破りそうな程静かな議場を見つめつつ、(かす)かに()じる自身の呼吸音と心音に、思わず耳を塞ごうと手を動かしそうになるが、それよりも目の前にあるものを何とかしなければならない。

 心なしか質問者席の議員は、少し笑みを浮かべているようにさえ見え、逆に熾照(ししょう)は冷や汗を一筋流しており、息遣いも少し荒く、見るからに焦りがあると分かる。

 思えばレレイが異常なだけで、ただでさえ多感な年齢の少年が、このようなストレスに曝される事は、はっきり言って精神的に危険であり、いつ感情が爆発するのか分からない。

 本当に間の悪い時期に、大変な事が起こったものだと思う。彼の背中を固唾を呑んで見守るうち、遂に質問者席の野党議員から第一声が放たれる。

貴方(あなた)は成年者として従軍しているようですが、満年齢では15歳である事は自覚しておいでですか?」

 要するにこの議員は、少年兵の運用はジュネーヴ条約違反であるが、黎國の軍部はこの事実を認識しているのか、と問うているのだ。もちろん黎國は日本との国交開設に併せ、地球側から国際条約、国際法などの文書を取り寄せて翻訳し、内容を朝廷内の機関で共有しており、特に軍事に関わりがあるものは軍の関係者もきちんと把握している。

 まだ数え年の慣習が残る黎國と、満年齢が普及している現代の日本とでは、年齢に纏わるあらゆる部分の認識に大きな差異があるのは事実であるし、軍兵(ぐんびょう)の中には熾照(ししょう)と変わらない年齢の少年少女もいる。

 だが黎國軍が軍事組織である以上、当然(おおやけ)にしている情報は少なく、所属している人員の詳細な個人情報はその極致であり、それが余り表に出ない末端の兵ともなれば、尚更強固に守らなければならないが、従軍する皇族に関しては(なか)ば例外のような扱いである。

 そのため、実際に戦闘に参加した熾照(ししょう)に意識が注がれるのも必然であり、(こと)戦争を忌み事とする日本では筋違いとは言えない。

「……はい。日本(そちら)では未成年である、という自覚はあります」

 言葉にしたくはないが、人を殺した子供を目の前にしていながら、なぜこうも嬉々とした態度を見せる事ができるのか、本当に理解に苦しむ。古傷を(えぐ)り、(はずか)しめるのとは違う。

 職業軍人を平気で非難する(そば)から、少年兵に対してその醜聞を聞かせ、都合のよい意見を得ようとするのは、(いささ)か卑怯ではないのかと思う。

 少年兵の運用に問題がないとは言わないし、責任ある立場、身分の人間が戦場に立ち、武器を取る事を否定するのもそちらの勝手であり、反論する理由もない。

 しかし「世界的にほぼ共通の価値観である」というのは地球、それも先進国と呼ばれる国々での話であり、ジュネーヴ条約とやらを批准していないどころか存在する世界そのものが違う黎國に、日本人の価値観で非難されても困るというのが実情だ。

「でも僕は黎國の人間であって、日本国民ではありません。日本の領域外で日本法、ひいては地球の国際法を遵守する義務はないはずです」

 この返答に、議員は少し絶句する。16歳という若齢ながら、周囲をよく見ている事が分かる。戦場という逃げなければ死ぬ、戦わなければ殺される状況下で、迷いなく敵を殺す選択ができる判断力も、この周囲の状況を把握する能力の高さゆえ。

 最適解や模範解答とまではいかないものの、分かり易く説得力のある例えにはロゥリィらも納得したように(うなず)き、特に雅新(がしん)は安堵の溜め息を吐いて頭をかく。

 対して、またも出鼻を(くじ)かれた野党議員は歯軋りし、演壇に立つスーツ姿の少年を睨み、少し自棄(やけ)気味にプラカードを取り出して机に置き、更に質疑を続ける。

「では、こちらをご覧下さい」

 字が小さくやや見え(にく)いが、プラカードには人の名前が箇条書きに列記されているように見える。読み慣れない横書きの文章に目を凝らすと、括弧の中にアラビア数字も書かれている。

 いくらコミュニケーションを円滑にするために日本語の学習をしているとはいえ、前線の将兵の語学学習は話し言葉が中心であり、書き言葉は後方の朝廷の官僚が重点的に学習している。

 日本語の文章を読めない可能性をまるで考慮しておらず、言質取りに躍起になっているとしか思えない。いい加減に諦めてくれと思い、また力を込めていた握り拳から力を抜き、手を下げて溜め息を吐く。

 しかし、次に吐き出された言葉を聞いた瞬間、カッと両目を見開いた。

(今……あの男、なんて言った?)

 全身から滝のように水っぽい汗が(あふ)れ、凍りつくような悪寒で鳥肌も立ち、瞳孔は(まぶた)とともに開ききって議員を見据えている。力の入りきった手足は爪先まで硬直し、心臓は爆発でも起きているかのように激しく脈打ち、目まぐるしく血液を駆け巡らせる。

 呼吸は更に荒く深くなって口を閉じる事が出来なくなり、また全身を刺すような悪寒とは裏腹に、喉と肺は焼けるような熱さに(さいな)まれ、響くような鈍痛が頭を襲う。

 ここまでも醜悪な側面ばかりが目立ち、まるで善性や親切心の認められない参議の姿を見てきたが、ここに来ておよそ(まつりごと)に携わる人間が、心身ともに未成熟な人間に向けるべきではない、最低最悪の問いかけを(おおやけ)の場でしでかしたのである。

 プラカードに書かれていた三十以上の文字列は、〈銀座事件〉で帝国軍の兵に殺された被害者のうち、熾照(ししょう)と同年代の小中学生や高校生たちから抜粋された名前とその享年。

 そして、肝心要の質問の内容は、「少年兵、皇族という立場から、若くして(とうと)い命を亡くした犠牲者の皆様の、ご遺族一同に一言お願いします」という、今回の目的とは全く関係のない、パフォーマンス同然の幼稚な問いである。

(こいつふざけてるのか!?)

 伊丹(いたみ)が内心で驚愕すると同時に、黒川(くろかわ)がどうにか舌打ちをしそうになったのを耐えたように、プラカードがよく見えない参考人席からでも、質問を堂々と声に出されれば直ぐにその意図が理解できる。

 これは明らかにマスメディアの関係者がするような質問であり、奥の撮影スタッフらの様子を見ればディレクターからアシスタントまで、この議員の理解外の行動によって混乱している事が(うかが)える。

 宋娟(そうえん)は悪い予感が当たったと確信するが、放心して指一つ動かせない。能徳(のうとく)はこのままでは大変な事になると席を立とうとするが、急な緊張で足が(すく)み上手く立ち上がれない。

 雅新(がしん)も議員の暴挙に茫然自失とし、熾照(ししょう)の発言を止めに行く事ができない。自衛官らも目を白黒させ、黎國の元帥らも開いた口が塞がらず、ロゥリィたち特地からの来賓も声も出ない。

(何故……こんな……)

 冒涜という言葉以外で、どう表現せよと言うのかと、少年は思考するが直ぐにやめてしまう。自覚できるものだけでも発汗、動悸、頭痛、悪寒、散瞳、過呼吸、胸焼け、そして憤怒。

 これら全てが同時に全身を襲ってただでさえ狂いそうなのに、自分の目の前に原因が突っ立っている状況下で、平常心を保てと言われてもまずできる訳がない。

 熾照(ししょう)が参議に対して怒りの叫びを吐き出すのに、時間はかからなかった。

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