寇討の天子   作:御代川辰

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代弁者

 ある野党議員の問いかけに、場の全てが静まり返った。ロゥリィと言い争いを繰り広げた幸原(ゆきはら)も、国会議員随一の貫禄を誇る五十嵐(いがらし)も、臨席する内閣閣僚たちも、与野党の議員は愚か議長、またマスメディアの関係者たちさえも。

 そして何より、国会中継の視聴者たちも同じく、被害者とその遺族を冒涜しているとしか思えない一言に、唖然と画面を見つめる事しかできない。

 こんな人間を議員として選ぶ(やから)がいるのか、このような人間が政治家として活動できるのか、あの男は人であるという自覚さえないような畜生なのかと、自答する者もいる。

 怒髪天を衝く、という言葉で表現される通り、驚天動地の凄まじい剣幕で少年は叫ぶ。我が子を殺された人々の感情を、たとえ犠牲者が赦されない咎を背負っていたとして、遺された人々が内に抱える誰にも向ける事のできない、矛先のやり場のない感情を、どうして軽々しく政治に使う事ができるのか。

 なぜ遺族の心中を酌む事も、死者の尊厳を重んじる事も、果ては意識の自制さえもできないのか。まるで言葉を理解しない化け物を目の前にしているかのようで、(はらわた)が煮え繰り返るような気分である。

 少年熾照(ししょう)の叫ぶ声が、議場に響き渡ると同時に、胸中に押し止めていた感情が解き放たれる。その第一声は、ただ「ふざけるな」と。

「家族を殺された人の気持ちなんて分かってたまるか!」

 爆発音のような怒号を前に、議員も立ち尽くす他になく、参考人席に座る三国の代表者たちもまた、この上なく強い感情と衝動を込めた言動に、何も言い出す事ができない。

「人殺しが目の前に居るのに平気な顔してるお前なんかが分かる訳ない!」

 考えもなしに頭に浮かんだ言葉を口に出し、堰を切ったように心の内の思いを投げつける。開ききった目からは大粒の涙が流れ、強く怒りを訴えている事が分かる。

「どれだけの数の生命(いのち)が望まない争いで(うしな)われているのかも理解してないくせに!」

 床を濡らす涙を手で拭う事も、充血した眼球を隠す事もせず、果ては質問者席立つ議員以外、周囲に見える景色に目線を向ける事もせずに、まるで刺すように意識を注いでいる。

「お前たちは安全じゃなくなったこの場所でずっと何をしてたんだ!」

 病人も赤ん坊も虫けらのように殺し、また妊婦も子供も磨り減った歯車のように扱うような、倫理も道徳もない野蛮人が群れを成して攻撃して来ても、それを政権批判に用いるような人間がいる。

 更に目と鼻の先でのうのうと陣を設営していたのを見過ごし、当然とばかりに言葉も話も通じない軍勢を相手に、即時講和をさせようと考えるような団体がある。

 こんな破滅主義者が平和を(かた)り、平然と(まつりごと)(たずさ)わる環境を、まともであるとは誰も思わない。

「敵が目の前に居るのに何日も何日も無駄口叩いてたのか!」

 教えろと言われても、答える者はいない。議長は既に放心しきって制止もできず、質問者席の議員も反論すらできない。もちろん、今の熾照(ししょう)の耳には自分の声と心音以外、何も聞こえていない。

「そんなに戦争が嫌なのか!()()()()()()()()なら人が何人死んでもどうでもいいのか!」

 自分は戦争を()()()()()()世代である。戦争に似た事は自分が生まれるより前に、自分の故郷で一度だけあったが、当然その当時の状況など知る訳がない。

 より昔に(さかのぼ)れば多くの戦争があったが、いずれもただ記録や伝承に残されただけの事象であり、かつて戦場となった場所に足を運んで調べたとして、解釈など受け取り手それぞれで違う。

 人の口や文面で、どれだけ(むご)さ、(おぞまし)さ、(おそ)ろしさを語られたところで、聞き手が自分のような若者では到底理解に及ばない。

「死んだ人の名前をこんな事のために使うな!」

 だが今となっては違う。戦争に一軍人として加わり、本当に同じ人間を殺した身となった今では、先祖たちが戦いの最中で思っていた事、〈夷寇〉で命を落とした人々の無念、そして生き残ってしまった人々の苦悩。

 それらが痛いほど理解できる。戦死者の苦痛が理解できるなら、それを冒涜する言葉を赦すという発想など、起こりはしない。

「こんな問答をしてる暇があるなら今すぐに謝りに行けよ!出来ないなら今ここで死んでしまえ!」

 最後の「死んでしまえ」の一言を叫ぶと同時に、熾照(ししょう)の息が少し止まる。聞こえているのは自分の荒い息遣いだけで、見えているのは凍り付いたかのように茫然自失としている議員たちの姿。

 誰も彼も視線はばらばらで、現実逃避気味に虚空を見つめる者、(しっか)と自分を見据える者、質問者席を注視する者など、本当に見ているものが違う。

 それから更に数秒が経って興奮状態が治まり、涙も止まってやっと冷静になった頃、少し遅れてはっとした議長が咳払いをし、質問者席と議員席に向かって何かを話し始める。

 他方では参考人席に座る面々が、やはり熾照(ししょう)に視線を注いでいる。日黎両国の関係者の心境は複雑であり、言ってはいけない訳ではないが、言うべき事ではない事を(おおやけ)の場で言い放ってしまっている。

 それも一国の(あるじ)の、その息子の口からだ。もちろん責任は質問者である議員にあるが、黎國の皇族としては返答の内容、というより外国の一政治家に対して皇族が暴言を吐いた、という事実の方が重大案件らしい。

 成人したばかりの年齢という事も考慮するべきなのは確かだが、あれ程までに堂々と「死ね」と発言するのは、特に父親としてはとても容赦できない。

「…………それでは……」

 やがて議長から、また知らせの声が聞こえる。見れば質問者席にはもう誰もおらず、熾照(ししょう)も演壇の後方に下がっており、時計の針も午後12時45分を示している。

 涙を(こら)えて歯を食い縛り、握り拳を作る雅信(がしん)を宥めるように、宋娟(そうえん)は我が子と手を繋ぎ、能徳(のうとく)もまた溜め息を吐いて、手のひらを向けて首を横に振る。

「……少し早い時間ですが、以上をもちまして、参考人質問を終了とします…………」

 議長の宣言とともに、ようやく質疑応答の時間が幕を下ろした。熾照(ししょう)も演壇の後方から議員席に向かって一礼し、手指で涙を拭いながら、同行者が待つ参考人席へと向かって歩く。

 見据える先には既に席を立ち、同じように自分を見る父の姿があり、何人かの自衛官は疲れきった表情で椅子にもたれかかっている。1時間と15分という余りにも短い時間だったが、質問の内容が内容であっただけに倍は長く拘束されていた気分で、落ち着きを取り戻した今でも緊張までは抜けきっていない。

 そして進む先には家族、その中心には父がいる。見るからに怒っている様子から分かる通り、冗談抜きに国際問題に発展しかねない発言をしたのだから、せめて罰は受けなければなるまい。

(たぶん、本物の政治は……)

 先ほどまで質問者席にいた議員の顔面蒼白ぶりを見れば、本物の政治とはもっと過酷で難解な事ではある、と確信をもって理解できる。あの男はこれから、誹謗中傷と実害に怯えながら生きていく事になるだろう。

 だからこちらも、より強い覚悟のもとで善い人間として生きなければならない。家族の前に立ち止まって歯を食い縛り、父の手が出る前に「ごめんなさい」とだけ呟く。

 直後、渾身の平手打ちを左頬に食らい、同時に(こころよ)い音が議場に響き渡った。

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