寇討の天子   作:御代川辰

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異邦人たち
陰湿


 総勢30名超の一団が国会での質疑応答を終え、まだ待ち受けていたマスコミの取材を無視して議事堂を後にし、三国間会談を終えたと思われる広良(こうりょう)、ピニャたちと合流するべく彼女らが先に待つ霞ヶ関駅へと向かうため、日本政府が用意した移動用のバスに乗っている。

 栗林(くりばやし)古田(ふるた)は心配そうに座席の後ろを見つめ、テュカもしきりにロゥリィに声かけをしているが、伊丹(いたみ)だけは少々向ける視線が違う。

(俺の親父もあんなだったら良かったのになぁ……)

 バスの最後列の席には、(なご)ましく一列を成す黎國の皇族たちの姿がある。最後列中央の席には、右隣に座る祖父の手をしっかりと握り、左隣の席に座る父の肩に頭を預け、静かに寝息を立てる熾照(ししょう)がいる。

 目元には涙の赤い腫れ跡があり、左頬にもぶたれた跡が残っているが、彼の寝顔はそれらが痛々しく見える。目を開いていれば自然な顔つきなのだが、目を閉じるととても16歳とは思えない程に(おさな)く見える。

 だが隣に座る雅信(がしん)を見れば、周囲を囲む関係者より特に若いにも関わらず、既に父親としての貫禄が(にじ)み出ているのが分かる。

 帝国軍による侵略に対する防衛戦への参戦に始まり、特使団として来日した際の質疑応答、帰国時の工作員襲撃、特地での三連戦に大使館への迷惑行為の愚痴、二度目の参考人招致とそれを(さまた)げるマスゴミと、様々な要因が積み重なった上で今回の質疑応答の最後の質疑である。

 何しろ内容は〈事件〉の被害者の名前を使っての印象操作で、表情からして明確に自棄(やけ)を起こして尚あのふざけた行動を取っていたのだから、その醜態を見た人物が「死んでしまえ」と暴言を吐く事に繋がるのは自然である。

 しかし地球(こちら)側が散々迷惑をかけているにも関わらず、ここぞと日本に揺さぶりをかけるのではなく、あくまでも日黎両国の面子を取り持つために熾照(ししょう)に平手打ちをかまして罰とし、彼もただ“問題を起こした事の謝罪”を()べるに止めている。

(…………これが他の(トコ)ならこうはなってないかもな)

 眠る我が子の頭を撫でる雅信(がしん)を見つめつつ、戦争という非日常の中にも日常はあると理解した桑原(くわばら)は、改めて黎國の寛大極まる対応に感謝していた。

 

 

 

 その後霞ヶ関駅から少し離れた交差点で発生した、“()()()()()()()大量死傷交通事故”を原因とする渋滞を徒歩で素通りし、予定通り駅入り口で集合していた広良(こうりょう)以下十数名の来賓らと合流、無事予定の電車に間に合い、現在は六本木駅を目指し地下鉄道の路面電車に揺られている。

 …………40人以上の人間のうち半数近くが雰囲気にそぐわない漢風の戦闘服で、残りは着替える時間がなかったためにスーツ、自衛隊制服のままという、余りにも混沌とした状況だが。

(本当に愛されているな……)

 黎國皇族五人の座る席のちょうど対面座席に腰かけるピニャは、正面にいる家族の姿を見て羨望の眼差しを向けている。霞ヶ関駅に到着した熾照(ししょう)は、まず国会での顛末を事細やかに語り、その後父と祖父母、黎國軍元帥、そして自衛官らから、割と徹底的に事実確認をした母からも、この日二度目となる渾身の頬打ちをもらっており、まだ左頬は赤い。

 国会では質疑応答が終了した直後にぶたれたが、国会中継の撮影も終了していたために、その様子を目の当たりにしたのは参考人と護衛、そして議員と一部政府関係者のみで、口伝(くちづ)てでもなければ広まりはしない。

 だが今回は衆人環視の中で堂々と一発食らわされているため、恐らく服装や髪色などの物珍しさからこの様子を撮影していた通行人も多く、今頃は世界中でスーツ姿の姉から弟、もとい母から子への平手打ちの様子が拡散されている事だろう。

「……どうかしました?」

 腫れた頬を撫でようとした時、自分を見つめるピニャの視線に気付き、何事かと声をかける。しかし彼女は熾照(ししょう)の声かけには耳を貸さず、直ぐに視線を窓から見えるコンクリートの壁に向けてしまう。

 その様子に首を(かし)げるも、特に気にする事はなく両親に視線を向け直し、再び団欒の時間に心を傾けた。一方、ロゥリィはガタガタと震えながら伊丹(いたみ)にすがりつき、なにやらぶつぶつと呪文を口にしている。

 曰く、「地下は冥界の神ハーディ(HARDI)の領域」との事らしい。これを聞いた大鯉(だいり)は確かにと思い、線路が敷かれているコンクリートの地面を見やる。

 大地の下には死者の棲む世界への出入口がある、という伝承は古今東西どこにでもある。地域や信仰内容によっては大地の監獄、すなわち地獄と呼ばれる場所が世界の最下層にあり、全ての死者は生前に犯した罪をそこ(つぐな)わされた後に初めて転生、あるいは真の死を迎えるとされている場合もある。

 大央華での葬儀では、火で燃やして(けが)れを払い、水で遺骨を洗って呪いを流し、靈点に(ほうむ)って魂を浄め、最後は散骨して改めて死者の世界に送り出す、という手順を踏むのが一般的である。

 亡骸(なきがら)を浄めず、また(ひつぎ)にも納めずそのまま埋葬ということはないため、帝国では直接土葬するのが普通である事を知った時には、大層驚いた記憶がある。

(少し大袈裟じゃないか?)

 だがハーディとやらに対するロゥリィの恐れ様は尋常ではなく、聞こえる話にも“死者の私物化”を彷彿とさせる発言があったり、“個の消失と全からの隔絶”と解釈できる行為をしているらしかったり、もはや冥界の神と言うより邪悪な破滅の神と呼ぶべき外道である事が伝わって来る。

 またこれらの発言から考察するに、もしや自分たちの存在する世界とは異なる世界を滅ぼすため、神託か祭事を通じて帝国を(そその)して軍を動員させたのではないか、とすら思える程狭量な我が儘者であると見える。

 大央華には今信仰はないが、今後日本以外の多くの国と外交関係を持ち、対応しなければならない日が来るかも知れない。その過程で生じる民間交流こそ危険であり、信仰する宗教や主義思想がないという理由で、外国人からの迫害や執拗な勧誘に怯える民草が現れる可能性もある。

 だからと言って取り締まれば国際的非難を浴びるのは、地球のみならず大央華の歴史が証明しているが、肝心の理由は基本的に倫理道徳や信仰の自由を盾にしたものであり、どうも信頼性がないのも事実。

(まあ、今は関係ないか)

 一度思案をやめて現実に意識を戻す。本当ならさっさと帰国、またはアルヌス基地まで戻りたいのだが、今は取り敢えず六本木駅まで足を進め、次なる目的であり、全くもって時間の無駄としか思えない、東京視察を行わなければならない。

 隣席する黒川(くろかわ)によれば、本来の首脳視察であれば専門の訓練を終えた警察、機動隊による厳重な警戒体制のもと、ゆっくりと時間をかけて行うらしいのだが、今回は戦時中でありながら野党の妨害に加え、諸外国からの工作への対策で予算が足りず、しかも帝国軍の攻撃で警察官と機動隊員の大多数が死傷しているため、襲撃への備えが不全であると言う。

 こちらは二ヶ月分の鬱憤を抑えに抑え、今日ようやく成人したばかりの熾照(ししょう)が文句を付けたと言うのに、日本側は下らない理由で損ばかりさせられ、反論さえ許されないという全く呆れた体たらくであり、被害者の救済や国賓のテロ被害の防止については、優先順位を下げなければならない程追い詰めるどころか、知らぬ存ぜぬを決め込ませるような工作まで実行しているらしい。

「ところで、さっき大規模な交通事故があったみたいですけど……」

 ここまで話したところで、質疑応答組の護衛であった毅扶(きふ)が、黒川(くろかわ)大鯉(だいり)の会話を(さえぎ)るように口を挟む。

 二人はこちらを向かずに顔を青ざめさせ、何事かと二人の視線を追って頭を動かすと、その先にはいつどこでどうやって買ったのか、洋酒の瓶を片手に冷たい笑顔を浮かべる潘廻(はんかい)を始め、交渉準備組の護衛を務めた女性元帥らが座しているが、よく見ると一人足りない。

 彼女らを見て全てを悟り、張り付いた笑顔で得物の車輪付きの鉄鎖を抱え直した毅扶(きふ)の耳には、電車の急ブレーキ音と同時に“男女複数人”の断末魔の叫びが聞こえた気がした。

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