寇討の天子   作:御代川辰

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悪ふざけ

 黎國の将兵が報復攻撃の感覚で起こした事故が原因で、本来の目的地とは遠く離れた霞ヶ関駅のすぐ次の虎ノ門駅で早くも降車する事になり、参考人質問と三国代表者会議の終了後に予定していた東京視察も、視察とは名ばかりの観光に変わり、完全に時間の無駄となってしまった。

 能徳(のうとく)は度重なるストレスで吹っ切れた娘の手腕に呆れ、宋娟(そうえん)はたかが二日三日の滞在のためにこれだけの大金を用意させる娘の暴挙に恐怖し、熾照(ししょう)は貨幣価値も分からないのに外国の現金を持ち歩く事に疑問を隠せず、雅信(がしん)は妹の行動力に感心しつつやんわりと説教をしている。

 一方、均那(きんな)は未だ不機嫌な態度を崩さず、潘廻(はんかい)を遠目に睨み付けて背中に炎の(まぼろし)を背負い、そのすぐ隣に立つ煌龍(こうりゅう)(なだ)められており、悪い雰囲気を纏ったままでいる。

「《斉只(まあ)……行使意念是後時(今後のためだと思えば)……》」

 しかし、いくら皇族やピニャら国賓たちを守るためとはいえ、今回の“死傷事故”を起こすという精神的負担のかかる汚れ仕事、裏工作をさせられた均那(きんな)にしてみれば、これを命じた上司に苛立つのは当然。

 もちろん直接手を下してはおらず、自然な事故に見せかけるために公安の協力まで得た上での行為であり、もう国際問題では済まされず、地球諸国からの宣戦布告もあり得る状態である。

 ただ厄介なのはこれらよりもっと大きな問題が、今目の前で転がっている事だと彼女は言う。

「《四方提出苦情書面(抗議文を送ったばかりで)諸元首手未到行哉(まだ届いてないのよ)?」

 この発言に煌龍(こうりゅう)はさあっ、と顔を青ざめさせ、均那(きんな)はなおも口を尖らせて小言を続ける。特使の拉致、暗殺を謀った八ヶ国首脳への抗議文は、昨日国際発送のための手続きをしたばかりでまだ日本国内にある。

 いくら飛行機を使えば速く届けられると言っても、それはあくまでも空路での話であり、差出人の本人確認の時間や陸路での運送にかかる時間を考慮すれば、どうしても一日以上かかってしまう。

 つまり、工作員の死亡が黎國の工作だと分かるのは時間の問題であり、万一抗議文が届く前に事実が露呈すれば迷惑を(こうむ)るのは日本政府となり、間接的に自分たちの首を絞める事になってしまうのである。

 また抗議文が届いた時にバレたとしても、誰が何と言おうとこちらが先手を打ったのだから、十割十分黎國に責任がふりかかり、日本がとばっちりを食うのも間違いない。

「(《尚重用(だからもう)動為是万下策即不可(下手な行動はできない)》)」

 修学旅行の学生のように、自衛官らの引率のもと続々と他の組が移動を始める中、二人は疲れた様子を崩す事はない。同じく伊丹(いたみ)もだるそうに歩き始めたその時、一人のヨーロッパ系の男がロゥリィを突き飛ばして戟斧(ハルバード)を引ったくった。

 が、その男は彼女の得物が見た目以上の重さを誇る事を知らず、手に取った瞬間全身を後ろに引っ張られるような感覚があると思えば、そのままうつ伏せに倒れ伏してしこたま腹を地面にぶつけ、その上に運悪く戟斧(ハルバード)が倒れ込み、身動きを封じられてしまう。

 本当に急な出来事なので何が起きたのか理解できず、皆数秒ほど開いた口が塞がらなかったが、ここで理丸(りがん)が何を思ったのか、ただでさえ重い戟斧(ハルバード)が背に置かれ、息絶え絶えな異国人の男に対し、更に鬼畜極まる行為をしてのける。

「《Дать тебе(これやるよ)》」

 自分の得物である大鉄鎚(おおかなづち)を、更にその上に投げ置いたのだ。強い衝撃とともに自身の身体にかかる負荷が、成人男性の体重の数倍に増えた事で、重量物の下敷きになっている男は声にもならない悲鳴をあげるが、周囲の通行人は漢服の男の凶行にすっかり顔を青くし、この恐ろしい様相を眺めるだけであり、更に自身の近くにいるのは敵も同然の黎國、日本の関係者ばかりで、味方は一人もいない。

 もちろん誰も助けてはくれず、そればかりか自分の笑い事では済まない大事を、大道芸かなにかと思い面白がって撮影する楽天家さえいる。

「《चौंका देने वाला(余興かなにかですか)? peux tu répondre(答えられますか)? 도움이 필요하다?(それとも助けて欲しい)?》」

 潘廻(はんかい)もわざとらしい異国語で話しかけ、うざったい笑顔とジェスチャーで男の苛立ちを煽り、更に呼吸を(さまた)げようとする。

 彼らも相当鬱憤が溜まっていたと見えるが、余りにも悪ふざけが過ぎる二人の行為に伊丹(いたみ)は呆れ、駒門(こまかど)は携帯電話を片手に笑いを(こら)えつつ解放するように(うなが)し、ロゥリィと理丸(りがん)がようやく(おのれ)の得物を退けてやると、即座に手錠を掛けて立ち上がらせる。

 最終的に男の処理は駒門(こまかど)に任せる事になり、五つに組分けされた一団は各々目的地へと歩き出した。

 

 

 

 その頃某局本社の一室にて、三人の男女が国会中継の録画を垂れ流しつつ、二対一の形で対峙している。窓際に置かれたテレビに向かって出入口側の席に座る女は、悠々自適にして魏々堂々、圧倒的な存在感を見せる態度で構えている。

 彼女は表社会、裏社会ともに名の知れた情報屋の一人であり、本名を穂塚(ほづか)民衛(たみえ)。対して壁側の席に座って冷や汗を流すのは、同社勤務のジャーナリストである古村崎(こむらさき)一也(かずや)、そして同局の関連出版社に勤務する雑誌記者、二階(にかい)風三(かぜみつ)

 この三人は同じ大学の年の離れた先輩後輩の関係だが、なぜこの場で一堂に会しているのか。それは、今まさに画面に映っている一人の議員が理由である。

「全く……身内が支持する議員の言動には気を配るようにと、散々忠告したでしょう?」

 会話を(さまた)げないようにするために音声はないが、演壇上の少年と質問者席の議員のまるで対照的な印象は、これから流れる怒りの演説を容易に思い出させ、古村崎(こむらさき)の心臓は凄まじい勢いで脈拍している。

 穂塚(ほづか)の指摘通り、今日熾照(ししょう)に非礼極まる質問を実行した議員は、このテレビ局の社長である肥田木(ひだぎ)が支持する政党に属しており、参考人質問に使う資料をその男に横流ししたのも肥田木(ひだぎ)の独断によるもの。

 そしてその資料の元になった情報源すらも、社長手ずからニュース番組のプロデューサーに入れ知恵をし、〈事件〉の被害者遺族への強引な取材の末に入手したものであり、信憑性も正確性も低い。

 何にせよ悪ふざけでは済まされない、極めて悪質かつ卑劣な行為であり、最低限の倫理をも欠いた愚か者が招いた事だから因果応報と笑えるのだが、こちらとしては巻き添えもいいところだ。

「予想外だったなんて言い訳はしませんよ」

 二階(にかい)はハンティングキャップを両手に持ち、緊張からか指を(せわ)しなく動かしており、対して古村崎(こむらさき)は呼吸が荒くなっており、冷や汗も滝のように(あふ)れている。

 後者はもともとマスゴミ体質な上、大学時代は内戦染みた反権力闘争に明け暮れていた男である。数年前に娘と言われて差し支えない若年の後輩に、その当時の醜聞を知られてからは(なか)ば強制的に協力関係を持たされ、一年前から大学の後輩で同期の二階(にかい)を巻き込み、奇妙な三角関係が出来上がり、現在に至る。

「だからこそ頼む!もう後がないんだよ!」

 しかし銀座に門が(ひら)いて以降、一時は政権批判も盛況だったために鰻登りだった番組視聴率と新聞の売り上げも、黎國大使館への取材強硬や過剰な偏見的私見を盛り込んだ内容の報道、そして某団体による大使館“襲撃”を報道しなかった事実が災いし、徐々に右肩下がりになりつつある。

 更に今日の参考人招致前後の国賓へのインタビューの失敗、支持政党に所属する某議員の例の質問が決定打となり、今後テレビ局、新聞、情報誌に対する信用、信頼が完全に地に落ちるのは目に見えており、先月諸外国の工作員から支払われた報酬も、もう底を尽きかけている。

 会社を存続させたい古村崎(こむらさき)、生活費が懸かっている二階(にかい)としては、まだ擁護する者がいる今のうちになんとか汚名返上し、メディアへの信用を取り戻して持ち直したいところ。

 だが、情報屋として多くの人間と関わる穂塚(ほづか)の眼差しは白く、過去から現在にかけての報道姿勢や経営陣の現状を(かんが)みても、あっさり「不可能」と断言してしまう。

「諦めろまでとは言いませんが、もう手遅れなんですよ」

 冷たく言い放つ彼女の目は、悪ふざけをする子供のようにも見えた。潰れかけのある放送局での下らないミーティングは、もうしばらく続きそうである。

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