[[2015年 八月下旬 22日]]
19日から21日の三日にかけて執り行われた、元帥と天嗣による作戦会議で纏まった内容は、[戦略目標]、[戦術的展開]、[早期解決]の三つである。
第一の戦略目標は「玉京侵攻を企てた首謀者の発見」。敵の総大将から直接今回の武力攻撃の目的、及び理由を知る事が主な目標であり、可能であれば身柄の確保も実行する予定である。
第二の戦術的展開だが、これは「敵地の状況把握と現地協力者の確保」、そして「残存兵力の排除と潜在的脅威の回避」も視野に入れたもので、主に前者、つまり情報収集を優先事項としている。
第三の早期解決に関しては、早期撤退が前提となる大規模な派兵であるため、廊門が崩れるなどして退路が断たれるなど、不足の事態に備えての最優先事項だ。
天下統一以来初めての外征、そしてその進撃先は全くもって未知の領域。否が応でも緊張が走り、味方にも死者が出ている事実もあって自然意識も引き締まる。
これは将兵のみならず、泰皇天帝が御子
「《
静かだが力の込められた掛け声に従い、4000の軍勢が一斉に前進を始め、続々と廊門の闇へと吸い込まれて行く。目指すは敵地、その最前線。
闇に覆われた洞門を抜けると、最初に見えたのは草原と青空、次に見えたのはなだらかな丘陵であった。廊門を潜る前に確認した玉京の時刻は正午ちょうどだったが、こちらでは正午を少し過ぎた程度の時間帯らしく、やや風が強い。
「天嗣!ご覧下さい!」
幕僚
「これは……夷狄どもの兵は五万や六万どころではないらしい」
あまりにも多くの兵が通ったらしく、ほとんど溝のような形になっており、原型をとどめていなかった。しかしそれでも歩兵の靴跡、化け物の足跡、軍馬の蹄に翼竜の足跡が確認でき、更に馬車の
跡は第二の廊門に続くものが古く、先に攻撃を受けたのもあちらであろう。こちらで確認できた兵は捕虜を含めて4万7001、実際は倍以上、あるいは十万を越えるかも知れない。
「……伝令は近くにおるかの?」
若く経験の浅い
次に将兵たちに向き直り、すぐに陣の構築作業に取りかかって敵襲に備えるよう命令した。無論自らが危険な状況にある事を理解していない兵などおらず、誰一人として指示に背く事なく陣地の展開に手を着ける。
この手際の良さ、判断力の高さは、まさしく年の功と言えよう。
「申し訳ありません。僕が若すぎるばかりに仕事を押し付けるような形になってしまい……」
持参した資材を用いた雨避けや柵が次々と作られ、矢継ぎ早に作業が進むのを眺めながら、
「ほほほ、謝る事はございません。襲命儀を終えられた身とて、大人に任せるべき事の一つや二つは残っております故」
と余裕な表情で答えるものの、実のところ
自らも先ほどまで作業をしていたのだが、またもや筋肉痛を起こした事で休憩の最中であり、全身を襲う鈍痛に耐えながら問答をしているのである。
「
無理な相談とは分かっていても、この老体には苦労をさせられると嘆息した天嗣であった。
(…………これが初めての対外交渉になるかも知れないなんて…………)
統一以前は大央華の各地に無数の国家が存在し、時に単純な武力のぶつけ合いではなく示唆を用いた牽制や脅迫、資源や人材を巡る駆け引き、交易に関わる駆け引き、更に同盟や和睦に際する接待、今回のように関係のなかった国同士の接触など、“外交”にまつわる様々な記録が現在にまで残されている。
しかし問題は統一以降だ。黎が大央華を統一してからは急激に安定化し始め、今現在に至るまで完全な鎖国状態が続き、しかも過去の対外調査では外洋航海技術を持った勢力や文明は愚か、そもそも“大央華以外の陸地には人間そのものがいない”という理不尽極まる結果しか残っていない。
これではまともな外交は期待できず、過去の外交の記録なども活用できるかどうかすら怪しい。
(そもそも対等な交渉ができる保証も……)
外交上の駆け引きを表す合従連衡と言う故事の通り、大昔から外交とは非常に繊細かつ複雑なものであり、一つの間違いや何気ない選択が国民の安全を脅かし、時に国の存亡にすら直結する。
例えば領内に金属資源が大量にあることを盾にし、周辺諸国に不平等条約を押し付け利益を独占していた
やはり穏便に済ませたいが、歴史にあっては
もう一つの廊門の向こう側にある国の政権にその気が無くとも、政権の構成員の一部や政権と敵対する勢力、その国と国交がある国、敵対国などが工作を仕掛けて来る可能性は大いにあり得る。
だからこそ、即決はできない。
(だからと言って、脅威が拭えているわけでもなし)
万が一その国と平和的交渉が実現したとしても、関係構築のために軍の動きが止まったところを好機と見た敵が攻撃して来れば、再び民と故郷を危険にさらす事になってしまう。
即決はできない。だが猶予もない。大央華に住まう民の命運を預かる泰皇天帝の片割れとして、彼女が選び取るのは。
(……………………っ)
歯を食い縛りながら、
「────やらなきゃ」