寇討の天子   作:御代川辰

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知らぬが仏

[[20XX年 10月7日]]

 

 ブリテン島イングランド、ロンドン。産業革命期の醜悪な姿に由来する“霧の都”の異名を取り、ウィンザー(Windsor)朝を(いただ)く現王家のお膝元として今日(こんにち)に至るまで栄える大都市であり、国連常任理事国として国際社会の主軸に座す大国の首都。

 そして既に東の空に昇り、太陽に(いろど)られるロンドンの中心から離れた場所にその腰を下ろしているのは、ヴィクトリア(Victoria)一世の時代より二百年に渡り英国王室一家の居城であるバッキンガム宮殿。その宮殿の寝室で、現英国王として君臨するフレデリック(Frederick)ジョセフ(Joseph)フェルディナンド(Ferdinand)ウィンザー(Windsor)が侍従の手伝いを借りつつ寝癖を整え、窓から見える朝日を眺めながら呟いた。

「《Is the guide mine Britain(政府の命で日本に) send likely to be able(派遣された案内人たちは), to contact guests(あの異界から参った) from other worlds(来賓と巡り会えそうかな)?》」

 王族である以上政治に関わる事ができず、国事行為、国際交流の場での情報交換、新聞の購読、テレビ報道、ネットニュースなどでしか情報を得られないフレデリック。彼とは逆にそもそも政治とは程遠い職務に就き、王族と同様の手段の他に情報収集ができない侍従と、立場の違う似た者同士。

 侍従の男はこれは困ったと言いたげに苦笑いを浮かべ、だがこれも仕事とばかりに一言答える。

「《To get to Juliette, you would have(愛しのジュリエットに近付くためには) to go through the gate(門をくぐる他に手段はないでしょう). wouldn't you right(あなたこそ理解なさってますか)?》」

 英国上流階級の人間が得意とするものと言えば冗句(ジョーク)や例え、という印象が強いが実のところその腕前はピンからキリまであり、彼は王の発言が本当に意図するところを理解して返答し、含み笑いを誘っている。フレデリック王の目的は帝国だが、その中でも今手の届く東京にいる来賓、ひいては一皇族に過ぎないピニャ・コ・ラーダではなく、その更に奥の特地に居座っている存在、皇帝モルト・ソル・アウグスタスその人である。

 この男はおよそ現代の価値観にそぐわない異常な思考の持ち主で、何よりも優先するべきは自国の発展と国民の安全保障、次いで諸外国との良好な関係の維持、そして自らが信じる正義の保全。自らが掲げる理想に比べれば、自分の価値はゴミも同然と確信しているものの、最低限の倫理は持ち合わせている。

 とは言いつつ彼が最も優先しているのは英国そのもの。英国の更なる発展のために地球史上初の異世界の王族間婚姻の成立を(くわだ)て、この目的を達成するための足掛かりとして帝国の皇女を英国王妃として迎えようと画策しており、この事からも特地、ひいては帝国を英国発展のための駒としか見ていない事が分かる。

 そして、黎國。彼らに対しては特使団襲撃の一件依頼、可能な限り大きな動きを見せる事はせずに静観に努めるという、大央華への進出と利権拡大の可能性を見越して国交開設を急ぐ多くの国とは対照的な対応を取っている。これが(さいわ)いしたのかどうかは陸軍にも分からず、寝起きのフレデリックに至っては今この時に知る由もないが、黎國将校が大使館職員の鬱憤を晴らすために実行した“国籍不明外国人大量死傷事故”には、MI6のエージェントは一人として巻き込まれていない。

「《I don't like's(全くシェイクスピアは) the Shakespeare(好きになれないね)》」

 と、冗談を言い合ううちに長いようで短い整髪の作業が終わり、寝癖が綺麗に梳きほぐされた髪と着替えた服の(しわ)の有無を鏡で確かめた後、侍従が開いた扉を通って廊下へと出る。普段より少し遅いが、英国王のいつもの一日が始まりを告げた。

 

 

 

[[20XX年 10月8日]]

 

 過度な干渉を避けて静観していた英国等とは逆に、過激かつ大々的に大使館への押し掛けを繰り返させ、また先日の市民団体による襲撃をも扇動した大韓民国国家情報院。彼らが日本に送り込み潜ませている工作員は、出会い頭の潰し合いと特使団の反撃、さらに買収によって制御しているはずのマスメディアと一部野党の目をすり抜け、本格化した公安と防衛省監察部の摘発によって数を大幅に減らしている。

 その上で現在東京都内を視察……もとい観光に勤しんでいる特地の国賓の拉致、加えて黎國からの国賓の暗殺を実行するためにただでさえ少ない人員と予算を割いた事で、いよいよ後がなくなっていた。

「《이제 무리입니다(もう無理です)……철수해서는 안됩니까(いい加減撤退するべきでは)……?》」

 しかし好事真多しのことわざの通り、いざ計画が上手く進み始めた時にこそ都合の悪い事は必ず起こるもので、日本国会野党の協力者を焚き付け、黎國本土から皇族全員を引きずり出したところまでは良かったのたが、肝心の暗殺対象が厄介な相手になる事は予想していなかったのである。

 大使館と門の付近にまで迫っていたマスコミに紛れ、現場に居合わせていた工作員の尖兵が目の当たりにしたのは、フィクションじみた身体能力でコンクリートとアスファルトの町をバッタのように飛び跳ね、ウサギの如く軽快に駆け回る黎國将兵、皇族たちの姿であり、さしもの男もこれには度肝を抜かれ、その場で放心してしまったほど。

 SNSや動画共有サイト上でその様子を映した動画を確認していなければ、現場責任者も任務の難易度が跳ね上がった事を自覚できなかっただろう。もちろん現場を預かる立場の人間は現実的かつ柔軟な対応ができるのだが、問題は現職の大統領(ホー)東博(ドンバク)が日本の国会議員もかくやの権力の亡者であり、同時に“自称”・現実主義を地で行く根っからの創作物嫌悪者でもあり、フィクションの影響力を恐れる余り少しでも国民の注意を政治に向けさせるため、近年でも稀に見る過剰な創作・表現規制政策を強行した頑固者である事だ。

 そのくせ北朝鮮や日本など、近隣諸国との関係改善の方針に目を向けていないので、政権支持率も所属政党内での信頼も高いとは言えず、国内世論では黎國を味方とするべきとする意見が多い中、真っ向から敵対する攻撃的な活動を強行しているが、先々月の襲撃の際は他国の工作員と鉢合わせて銃火を交えた挙げ句、自棄(やけ)になった何人かが特使団に特攻を仕掛けてあっさり返り討ちにされ、また現在進行形で黎國からの反撃に遭っており、動員した五十人のうち半数の人員が死亡している。

 どう考えても作戦行動を続けるには不足感が拭えず、今まさに国情院長官を相手に直談判をしているところなのだが、返答は(かんば)しいものではない。

『《안타까운 소식이네요(本当にすまない)……아무리 상세한 설명을 해도(こちらも大統領に掛け合ったのだが),암살의 실행은 절대라고 한다(全くの頑なで聞く耳持たずだ)》』

 諦めが悪いというよりただの駄々っ子のようにも思え、少なくとも国際社会を生きていくには事足りない人物である。とは言いつつ現場の人間もそれなりに野心があるのは事実であり、反日思想を改める気はさらさらないため日本への圧力は加える腹積もりだが、政府さえもっとしっかりしていればここまで苦労せずに済んだのにと、内心で愚痴を吐く。

 彼らの心労を知らない大統領東博(ドンバク)は、ある種気楽と言えるだろう。

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