寇討の天子   作:御代川辰

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一言

 東京観光のため一時解散した来賓と自衛官らのうち、陸士長笹川(ささがわ)隼人(はやと)を案内人、幹夫(かんぷ)を近辺警護人とする熾照(ししょう)の姿は、今は国立国会図書館東京本館の歴史資料区画にある。本来国会図書館は未成年の入館が制限されているのだが、曲がり(なり)にも国家が派遣している使節である事に変わりはないため、特別に許可が出されたので現在のこの状況が生まれている。

(年頃の男の子とは思えないな……)

 黎國というマクロな視点から切り取れば、近世以前の技術水準だがところどころ近代的な技術が散見されるが、倫理観が現代の日本とほぼ同等であるという(いびつ)な発展を遂げている部分がある。しかしミクロの観点から見れば、やはり細かな文化や価値観は前時代的な部分が多く、特に宮廷文化に基づく教育の影響なのか、熾照(ししょう)は精神の成熟具合が年齢不相応であると言える。

 中学生や高校生と同程度の年齢でありながら、その精神性は大人と大差ないため、先ほどの国会衆院でのやり取りを見なければどうも信じがたい。こうして勉学に励む姿を見ればなおさら、疑問と疑念ばかりが(つの)っていく。

「そういえば……」

 する必要のない事、分かりきっている事であると理解してはいるが、せめて何かしらの会話をしておかなければと声をかければ、熾照(ししょう)は資料のページを(めく)る手を止めて視線を動かし、笹川(ささがわ)の方へと向け直して「何か」と答える。やはりするべきではないか、と少し考えるそぶりをするが、すぐに諦めたように頭をかいて問いかけた。

 曰く、「なぜここまで日本に協力的に接してくれるのか」と。外交とはある種の賭け事であり、交渉相手の情勢を見て対応を変えるのは常で、現状の日本は〈事件〉被害者の救済や内部問題の対応、帝国への逆侵攻に加え対外政策など、政治的にも戦略的にも多忙かつ不利な立場にある。対して黎國は同じ被害者の立場とはいえ、国民にも政治家にも外国人からもさんざん迷惑をかけられておいて、その反撃は過激ではあるものの極めて限定的かつ正当性があり、日本へはなんの賠償も求めない方針であることは奇妙極まりない。

 被害者だからという同情なのか、はたまた別の意図があるのかはわからないが、少なくとも何かしら特別な意味があるのだろうと勘繰るのも自然。幹夫(かんぷ)は何も言わずに黙ったままで、熾照(ししょう)も再び本へ意識を注ぎページを(めく)りながら、答えるべきか迷っているかのような態度を見せる。そして、数分間考えた末に本を机に置いて笹川(ささがわ)の方へと視線を正すと、はっきりと一言「日本と黎國は同類だからです」とだけ答えた。

 どのみち問いかけるだけ無駄だったと胸を撫で下ろすが、彼は開いたままの本を閉じてさらに続ける。

「理由を調べもしないくせに過去の行為だけを引き合いに出して、いつまでもどこまでも被害者を追い詰めて破滅させるような社会なんて、人間である以上は見過ごす事はできないので」

 この発言には「ああ、やっぱりまだ子供なんだな」と少し呆れるが、それでも彼の感性は普通の人間のそれであると再確認できた。実際に戦場で敵兵を殺している間は何とも思わなかった、というより殺していると自覚していても考える余裕はなく、()せるような吐き気に襲われたのも戦闘が終わった後の事。憎い相手を殺したとはいえ後悔がないということなどありようもなく、父母から平手打ちを食らう直前にも「ごめんなさい」と迷いなく謝罪を述べている事からも、本当に“普通の人間”であるといえる。

 とはいえ熾照(ししょう)は一国の皇太子であり、成人したばかりという立場を(かえり)みず一軍を率い、さらにこうして外交の最前線に平然も顔を出すというのは、当然ながら絶大な権力と権威を有している人間の姿である。戦いになれば殺人にも躊躇(ためら)いがなく、大人相手にも歯に衣着せない物言いをする子供であればなおさら、直接的な関わりがなく詳細な人となりを知らない国民にしてみれば、おそらく第一印象は最悪の一言だろう。

 その一面が特使団として来日した際に露呈しなかったのはまさしく幸運であり、その上で先の参考人質疑の場で某議員が盛大に自爆した事は奇跡に等しく、現在進行形で黎國に対する評価や印象が好転しつつある。もちろんこの国会図書館にいる三人には、現在のインターネット上での騒動を知る手段はないのだが。

 わざとらしく髪を(ととの)えつつ、「ところで」と笹川(ささがわ)は読み終わった本を片手に席を立つ熾照(ししょう)にもう一度声をかける。

「他にいきたいところはあるか?」

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