天子后の名のもとに、朝廷の議場にて会議が開かれる。臨席するのは前線の元帥たちを除く諸将10人、都に残る群臣たち、母
我が子
「外交関係の復活か……」
統一以来、世界のどこを探そうと見つけられなかった“異国”。その異国に繋がっているのであろう廊門を通じ、再び対外関係を持とう言うのが、
先ほど届いた詳細な報告を簡潔に纏めれば、「廊門の中を進んだ先には広大な草原があり、敵は既に撤収していた。また付近にもう一つの廊門と思われる建物があり、そちらにも軍が往来したと思われる形跡が残っている」と言う、今後の戦略に多大な影響を与えかねないもの。
ここで肝となるのは、進撃した先で確認したもう一つの廊門の存在であり、その廊門の先にも帝国が軍を進めたという事実があること。複数の敵を同時に相手取って戦う際に、全ての敵に向けて軍を進めるという無駄な事は、普通の戦争であればまず実行しないはずなのだ。
だが帝国は、そのただでさえ負担のかかる二正面への侵攻作戦で実行し、結果こちらでは敗走している。もう一つの廊門から敵兵が現れる様子がない事からも、恐らく現地勢力の反撃に遭って損害を受けた結果、あちらも既に撤退していると見るべきだろう。
「敵軍が引き下がり、根城に隠れている今が好機であると?」
とは言いつつも、宣戦布告もなしに突如攻撃してくるような敵の事である。恐らく残された戦力を温存しつつこちらの様子を
また、仮にこのまま敵軍が姿を現さなかったとしても、痺れを切らして何の対策もないまま攻勢に出れば、敵の思うつぼにはまってしまう可能性がある。
ならばなおさら、同志を得るという意味でも関係構築は必至。
「その通りです。万一国交の締結ができなかったとしても、利害の一致という形で一時的な協力体制は作れるでしょう」
“鳳月后”は語る。黎國の未来が危うい状況の今、この場参議たちが喚き軍が敵を打ち潰すだけで終わって良いのか。まだ確証があるわけではないが、恐らく同じ帝国軍によって焼かれたかつての玉京と同じように、帝国に害されたであろう人々が他にもいるのではないか。
第二の廊門の先にいる人々は、助けを求めることもできていないのではないのか。自分たちが国を挙げて軍を動かした理由を、もしや十日足らずで忘れてしまっているのか。
「そうね……まだ遅くはないでしょう」
娘の言葉に
「しかし騙されて裏切られたとなれば、その時こそ危ういですぞ」
とはいえ宰相の言う通り、初めてであるが故の懸念もある。使者の無礼や兵の蛮行などを厳粛に禁止するのはもちろんの事、不当に攻撃を加えられる、あるいは一挙一動に難癖を付けられると言った事態で敵を増やせば、黎國の寿命は一気に短くなってしまう。
希望を信じて賛成する意見が参議の半数にあたる票数だが、疑念を拭いきれない参議も同数の反対意見を挙げ、今回はすぐに結論が纏まりそうにない。
一刻の猶予も残されていない中、
「意見は変えません。今後の帝国討伐戦を有利に進めるためにも、第二の廊門の繋がる先の勢力と早期に関係を持つべきです」
自分が正しいと信じるものは、決して曲げないという意識が彼女にはある。頑固な女帝の引き下がらない姿勢によって、護國を
そして特使派遣の日時は明朝と、善は急げと焦る様が見て取れる日程であった。
「お母様が特使として第二の廊門へ!?」
特使派遣の知らせは
まして今まで交流を持った事のない地へ向かう事になるため、事前の連絡などありはしないのも、仕方のない事ではある。しかしである。天嗣でありながら最前線に身を置く自分が言えた口ではないが、一国の元首の配偶者、それも肉親が自ら赴くとなれば話は別。
「敵の残党を疑われたらどう対処するおつもりなのですか!?」
最大の懸念は現地人からの攻撃である。捕らえた帝国軍の兵士が身に着けていた鎧は、自軍たちが用いる鎧とは大幅に外見が異なるものの、それでも「追い返した敵が再侵攻してきた」という誤解を生みかねないのは間違いない。
第二の廊門に取り残された帝国兵はおろか、現地人の軍や調査員すらも姿を現す様子がない以上、向こう側には帝国の領域に干渉できる程の余力がないか、干渉云々以前の問題を抱えていて動くに動けていない可能性もある。
さすがに出入の禁止や防衛線の設置を兼ねて、廊門出口の周囲に陣を張っている事はしているだろうが、もしも五万もの兵による攻撃を受けておいて陣すらも取っていないのならば、それこそ侵略者を待ち望む破滅主義者がいるか、平和の意味を履き違えた愚か者に権力を握られているかのどちらか。
「そもそも
二つ目に大きな懸念は、政治体制が違うと言う理由だけで交渉を断られる可能性があることである。大黎國は臨時に参議を開く以外は、やや中央集権的な官僚機構と専制君主によって統治される君主政国家。
統一以前の大央華にも、共和制国家や社会主義国家、近代的な民主制国家なども歴史の上では数多く存在したが、一部には自国が採る体制以外の政体を絶対悪と断じ、徹底して排除する事を国是とした国も少なからず存在していた。
この事実が歴史として残されているからこそ、
「落ち着いて下さい。何も無謀をなさるわけではございません」
あくまでも国交の締結、あるいは協力関係の構築を主目的とした交渉であり、そのどちらも不可能ならば諦める他はないだけの事。例え成功しようが失敗しようが、ともかく特使が殺されたり、人質に取られたりしない限りにおいては現状に変化はない。
だが、敵が増える事だけはなんとしても避けたいのは皆同じ。今後の戦いのみならず、黎國の存亡がこの特使派遣にかかっていると言っても過言ではないため、不安は募るばかり。
「……お母様を信じる他になさそうですね」
夜通しの作業で着々と陣地構築が進む中、朝廷でも特使派遣の準備が進められていた。二つの廊門と帝国の領域、この三つの隔たりを通じて繋げられた二つの国が接触するまでの時間は、既に半日を残すところであった。