寇討の天子   作:御代川辰

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彼の地へ

[[2015年 八月下旬 23日]]

 

「……まさか……やっぱり本気か……」

 雅信(がしん)は妹の礼服姿に驚愕しつつ、彼女に同行すると言う侍従たちを見て不安を覚えていた。使節として派遣される官吏や護衛たちは、皆一様に黒を基調とした衣服を着込んでいる。

 ほぼ黒一色と言っていい統一された色合いの衣服なのは、帝国軍の兵に殺された人々を慰霊し、かつ追悼の意思を示す喪服の意味もあるが、「外交官は身分を問わず、余り華美ではない単色の衣服を着用していた」と言う史実に基づいて(えら)んだもの。

 同じ戦争当事国にこちらから出向くのに、晴れの儀式で着るような派手な衣装を纏って現れれば、まず非礼どころの騒ぎではないし、何より自身の良識を否定する事にもなり得る。

「本当に、こんな急(ごしら)えの使節団で大丈夫?」

 相手が帝国一国のみであれば、ある程度こちらに有利な状況を作った後に出向けば良いので、交渉はまだ楽だったかも知れない。しかしその帝国は廊門を二つ用意し、一つは大央華、もう一つもまた別の住民がいる地域に繋ぎ、最低でも二つの勢力を相手に侵略を働いていたのだ。

 帝国を自称するからには相応の領域と人口を有しているはずであり、今現在黎國が占領している丘陵地帯、捕虜たちが榿榛丘(アルヌス)と呼ぶ地域も帝国領だと言う。

 一対一の交渉なら何とかなったかも知れないが、第二の廊門の繋がる先にある国や勢力の数も、恐らく一つや二つどころではないはずだ。戦国時代の比較的安定した時期ですら大小三百を数える国々がひしめき、謀略を巡らせ覇を競い、あるいは融和や盟約を以て駆け引きをしていた。

 国際関係を結ぶ以上、諸外国から政治的干渉を受ける事は避けられず、身に直接危険が降りかかる可能性さえあり、懸念は増える一方で不足も否めない。だが、先祖たちもまた同じ事を経験し、そしてどのように対処していたのかを記録している。

 世界は違えど、国家間の関係を持つにあたって起こる問題や事案は、どこでも同じと思えば良い。 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 広良(こうりょう)は最愛の兄の手を(しっか)と握り、あくまで笑顔を崩さずに言う。だが今月の頭から始まった準備から23日、人生初の戦争から既に7日が経過しているにも関わらず、準備が全く足りない状況から特使を無理やりでっち上げたのだ。

 不安がない、という事はまずあり得ない。だがこうして「自ら(おもむ)く」と言う意思は固く、覚悟も決まっている。

「わたし、ちゃんとできるから」

 と、自信のある表情で続ける。これは肉親である子と兄と父母を想っての言葉であり、同時に民へ向けた言葉でもある。こうして行くと決めたからには、何としても生きて帰らねばならない。

 特使の一団には外交官として同行する官僚より、護衛の将兵が多く見受けられるが、警戒を怠らないという意識の強さが反映されており、彼女なりの配慮が(うかが)える。

 息を整えて手を離す時も、目に迷いはなかった。

「…………それでは、行って参ります」

 広良(こうりょう)は一歩下がって頭を下げる。

「…………わかった。()()で、気をつけて行っておいで」

 雅信(がしん)も歯噛みしつつ、送り出しの言葉を贈った。斯くして黎國特使の一団は都を離れ、二つの廊門を隔てた未知の異界へと降り立つ事になる。この選択が導く先は、果たして────

 

 

 

 この度派遣される使節団の人員構成は次の通りである。特使として全権代表者を務める広良(こうりょう)熾照(ししょう)、食客兼外交官代わりの司省長官が6名、臨時に復活した近衛司より元帥が4名、官僚の護衛と近衛の補佐を務める将兵33名。

 占めて45名の小規模な使節団で通訳が一人もいない上、交渉相手には事前連絡もなしという外交音痴極まる構成で、正直なところまず相手にすらされない可能性さえある。

 とは言いつつ、今はなりふりかまっていられないのも事実ではある。

「あちらから出向いてくるのを待つ方が最善なのでは?」

 熾照(ししょう)自身母が特使として廊門から現れるのは覚悟していたが、自分も同行させられるのは想定外で、慌てて軍装から母が持参した襲命儀用の黒い礼装に着替え、軍の指揮を領武(りょうぶ)に任せる事になった。

 そして、こうして使節の列に並び母に意見を述べるが、彼女は複雑な表情で顔を横に振る。

「この陣を迎撃体制と誤解されて、相手から攻撃を受ける可能性を考えなさい」

 誤解で攻撃を受ける可能性はもちろん考慮しているが、その気になれば簡単な格闘術ですら人を殺すことができる。そもそも使節や領事と言うのは間諜の一種であり、それに武装した護衛をつければ軍隊と大差ない。

 どこの馬の骨かもわからない軍勢から攻撃を受けて混乱している最中、またも所属不明の集団が現れて「使節である」と名乗れば、それこそ罠を疑われてしまう。

 極論すれば「正体不明の集団が勝手に国境を越え、自らを使節と名乗った」、というだけでも殺す理由には事足りる。地続きの国家であれば関所を無視して越境する、島国であれば港を無視して上陸するだけでも極刑にする事があったという記録は山のように残されている。

 ならば、向こう側でも同じ対応を取る可能性は充分にあり得るし、こちらと同様に防備を整えていてもおかしくはない。

「…………責任重大ですね」

 もう一つの廊門を前にして、母子(おやこ)は一団の先頭に並び立つ。熾照(ししょう)は腰に差す剣に添えた手を下ろすと、深く息を吸い気を整えて一礼し、改めて正面を見据える。

 その直後、広良(こうりょう)が第一歩を踏み出すのを合図に、使節団は第二の未知の世界へと前進し始めた。

 

 

 

[[20XX 8月24日]]

 

 寝耳に水、とはこの事を言うのだろう。日本国内閣総理大臣、本位(もとい)慎三(しんぞう)は門周辺の警戒にあたっていた自衛官からの報告に頭を抱え、しかし頭を抱えている(いとま)もなく職務に追われている。

 〈事件〉で被った損害の精査に始まり、被害者の把握と対応、野党及び各国首脳への説明、捕虜への対応などなど、とにかく問題は山積みで、この一週間ろくに休めていない。

(しかもこの状況で門から……)

 更に間の悪いことに、門の向こう側から人が現れたのだから、精神的負担は限界に至っている。現状政府が対応できるような状態ではない上、万一彼らが持ち込んだ病原菌が流行するなどのアクシデントが起きれば、もはや手が着けられなくなってしまう。

 ともかく本位(もとい)は門から現れた一団が、自分たちの敵ではないこと、また諸外国からの干渉がないことを祈りつつ、胃薬の瓶を開けるのだった。

 

 

 

 その頃黎國特別使節団一行は簡単な病理検査を受けた後、簡易駐屯地内に(もう)けられた待機所に軟禁されていた。だが人数が少ないとは言え45名、さすがに全員を受け入れられる余裕は無く、9人ずつ5つのグループに分けられ、それぞれテントの中にいる。

「《有然(しかし)文筆話通聞(筆談が通じたのは)吉報良希(幸運でしたね)》」

 元帥の一人が言う通り、話し言葉が通じなかった時のために文書を持って来てはいたが、まさか相手方にも華字の文化があるとは思いもよらず、しかもある程度通訳ができる兵がいたのだ。

 おかげで予想よりはるかに円滑に応対を受けられたが、さすがにすぐに交渉を始められるような状態ではないことは、廊門を出てすぐにわかった。

 瀝青(アスファルト)で舗装された道には焦げ跡や裂け目が散見され、道を挟むように並び立つ混凝土(コンクリート)の建物にも崩れたものがあり、何より最初に接触したのが軍兵(ぐんびょう)である。

 警戒されるのは当然だが、被害の痕跡を(かんが)みればこのような扱いを受けるのは致し方ない。

「《…………在此國統政人夫(この国の為政者も)皆極忙盛積業諸(皆忙しいはずでしょう)》」

 その場で断ってくれれば自分たちの相手をする必要もなかったものを、わざわざ「交渉の場を(もう)ける」と答えてくれたのだ。なおさら非礼など許されない。

 しかし広良(こうりょう)の「可哀想に」という哀愁極まる一言は、自分たちの存在で余計な負担がかかっているであろうこの国の政治家たち、そして更なる不安に怯える国民への同情を表していた。

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