幻想入りしたジェダイの騎士と河城にとりと時々妖夢 作:古井論理
「私だけなら沢を泳いでいくとか飛んでいくとかして一瞬でたどり着けるんだけどね」
にとりはそう言いながら岩壁をよじ登っていく。ヤイトはジェダイとして受けた訓練で一時間以上水に潜って行動できたことを思い出したが、フォースとの繋がりもないのにそんなことをいきなり試すのは命取りになると考えて何も言わなかった。装甲服は脱いできたが、沈んでしまっては元も子もない。
「ヤイト、ちょっと休ませて。私ちょっと疲れた」
にとりはそう言うと岸壁の出っ張りに腰かけ、懐から先ほど仲間に渡された箱を取り出しすと蓋を開けて膝の上に箱を置いた。一対の木の棒を取り出し、箱からスティック状に切られた緑色の野菜をつまみ上げて頬張る。
「それは……?」
ヤイトが尋ねると、にとりは頬張っていたものを飲み込んでから答えた。
「これはキュウリっていう野菜さ。お弁当には欠かせない、私らの大好物だよ。これは玄武の沢にある農業実験場で作ったものだね」
「なるほど、水分が多そうですね。暑い日には良さそうです」
「そうだね、あとふた月もすれば真夏の暑さだから増産を進めないと」
そんなことを話しながら二人が岩壁の出っ張りに腰かけて休んでいると図上から声が聞こえ、目の前に桃色の髪の女が降りてきた。桃色の髪の毛に団子のような布を二つつけたその姿は、なんとなくジェダイの訓練生を思わせる服装も相まってジェダイマスターのような印象を与える。
「何やら河童が岩をよじ登っていると思えば客人を連れてきたのですか。しかも何か不思議な感じがしますね」
びっしり包帯が巻かれた右腕を前に出して空中に浮かんでいた彼女は、そう言うなり枷のようなものがつけられた左手をヤイトに差し伸べ、そしてその場で止まった。大きな目の奥にたたえた光は熟達したジェダイのようなまなざしの一部となって、ヤイトをじっと見つめている。
「どうしたんですか?」
ヤイトがそう尋ねると、桃色の髪の女はそこで我に返りヤイトに尋ねた。
「貴方は仙人ではありませんか?」
「ええっと……私はヤイト・ヴァリエといいます。外の世界から来た銀河共和国のジェダイで、仙人ではありません。仁義礼智信というようなものには従っていませんが、ジェダイコードという規律に従って己を律しているのでその点では近いかもしれませんね」
「そうなのですか。それでその……申し遅れましたが、私は茨城華扇と申します。ここ幻想郷の中での立ち位置としては人間に力を貸すこともある、ただの行者と言ったところでしょうか?貴方とは少し、二人だけで話がしたい。にとり、この人間を連れてきてくれてありがとうございます。連れてきていただいておいて申し訳ありませんが席を外してもらっても構いませんか?」
華扇の言葉を聞いたにとりのポケットで、無線機がガリガリと音を立て始める。にとりは二言三言話したかと思うと、背中のリュックから巨大なプロペラのような機械を突出させた。
「わかりましたよ。ちょうど部品回収の呼び出しも入ったのでそちらに行ってきます」
にとりは無線機の受話器を耳に当てて話しながらヤイトの乗ってきたZ-95が墜落した場所の方へとプロペラを回して飛んで行った。華扇はそっとヤイトの腕をつかむと、ヤイトを岩壁の上の開けた場所へと連れ出した。華扇は転がっていた石を拾い上げ、ヤイトに差し出す。
「では、この石を右手に持ってみてください。嘘を吐いたり心を乱したりすれば重くなる、そういう代物です」
ヤイトが石を持つと、華扇はそっと話し始めた。
「さて、ヤイトと言いましたね。貴方の行動から察するに、貴方はどうも心を読んだりするような特殊な能力を持っているようですね。その力はさとり妖怪より弱くても、十分な強さではあります」
ヤイトの手の中で石がほんのわずか重くなった。ヤイトはうなずきながら、この程度の質問で心を乱した自分に少し苛立っている自分を感じる。石はまた少しだけ重くなった。
「そして河童は私の家へたどり着く正しい道など知らないはずなのに、貴方は
「はい、紫さんには会いました。どこか不思議で、つかみどころのない人でした。あの人から察せられたのはあの人が察してほしいと思ったことだけだったように思います」
華扇はヤイトの答えを聞いて、クスリと笑いながら説明した。
「そうですか。まあ紫のことですから恐らく貴方が読めることと読めないことの境界をいじって意図した情報しか流さないようにしていたということでしょう。紫はあらゆるものの境界を操る力を持っています。突然現れたりするのは、境界を操って空間の
「能力についてはにとりから教えてもらいました。にとり曰く私の能力は『たぶん体術を操る程度の能力』とのことです」
「ほう、貴方には体術の心得があるのですね?少し手合わせ願いたいのですが」
華扇は少し興奮した様子でヤイトに尋ねる。ヤイトはうなずいて石を捨てると、右の手のひらを上に向けて構える。
「望むところですよ。私はライトセーバーのような武器を振るうより体術を磨いて素手で格闘をする方が得意です」
ヤイトはそう言って、華扇を手招きし挑発した。
「なるほど、貴方はなかなか好戦的なようですね。では始めさせてもらいますよ」
華扇はまっすぐに突っ込んでくると、右手の包帯の隙間から煙が塊を成したようなものを漏らしつつ左の拳を突き出してきた。ヤイトはその攻撃をかわし、カウンターとして手刀を打ち込む。まず間違いなく生物の体から得られることはないであろう手ごたえがヤイトの左手を襲った。
「……!」
「どうしました、なかなかいい一撃でしたよ?」
華扇の声で冷静さを取り戻したヤイトは飛び上がって華扇の蹴りをかわすと、華扇の背後に回って低い蹴りを入れ、足元を払う。華扇は後ろ向きに飛び上がると、ヤイトの頭上から拳を降らせた。ヤイトは身をよじって回避すると、蹴りを華扇の突きにぶつけながら方向を転換して姿勢を立て直しつつ華扇に突きを入れる。
「なるほど、適応力はなかなかですね。ですが甘い」
華扇はそう言いながら突きをかわし、ヤイトの左脇腹に肘を入れた。吹っ飛ばされたヤイトの意識は一瞬で混濁し、ヤイトはそこで倒れたまま起き上がれなくなってしまった。
「やりすぎましたかね?」
華扇の声に何とか反応するべく息を吐き声を出そうとするが、ヤイトの口からは息が漏れるばかりである。
「貴方、人間にしては結構強いですね。久々に全力で攻撃してしまいましたよ」
華扇はそう言ってヤイトを抱き上げると、ふわりと浮かんで飛び始めた。
「折れてはいませんが気の流れが乱れていますね、私の家で処置をしましょう。貴方は強い、望むなら弟子にしたいところです」
華扇の腕の中で朦朧とする意識はぷつりと切れ、ヤイトは意識を失った。