「……抜刀」
コギツネの声と共に抜かれた刀が魔物を一閃する。
絶命した魔物は不定形の光となりコギツネへ吸い込まれた。
「ふぅ……アイ、経験値はどう?」
「ああ、今のでちょうどレベル100だ。転生できるぞ。」
この世界には「レベル」の概念があり、魔物を倒すことや誰かと戦うことで手に入る「経験値」が一定数溜まると上がっていく。
そしてレベルが100に到達すると「転生」と呼ばれる儀式を行えるのだ。
「転生……か。別にボクはボクのままなんだけどね。」
「新しい自分になりたがる奴も居るらしいぞ?ま、結局変わるのは見た目だけみたいだがな。」
「……キミ、その皮肉癖は治した方が良いよ。」
「神殿は500M先だ、さっさと行きな。」
苦言を呈するが、アイはどこ吹く風だ。
「そうやってすーぐ話を逸らす……まぁ、良いや。」
若干の不服を覚えつつも、コギツネは「がら」のエンジンをふかし北へ向かう。
「ああ、そういえば……最近転生帰りの奴を狙った人さらいが起きているらしい。用心しろよ。」
「大丈夫、仮に来てもボクなら返り討ちさ。」
「どうなんだか……」
適当な軽口を叩き合いながらも「がら」は神殿の前へ到着した。
「がらはここに停めて……さ、行こうか。」
コギツネとアイは神殿へと足を進めた。
「迷える子羊よ、此度は如何なる用だ?」
「転生、見た目はそのままで。」
妙に尊大な口調で転生担当の女神が話しかけてきた。
女神と言っているが、実際は決まった会話以外を一切出来ない。
AIなのかはたまた神の力で作り出されたのか、今のところ解明には至っていないようだ。
「承った、ではその場から離れぬよう。」
そう言って女神は手に持った杖を振る。
突如として光がコギツネの体を包み込み、5秒もしないうちに霧散した。
「終了だ、帰るが良い。」
そう言った後、またレべル100になるまで女神は会話をしてくれない。
「ありがとうございました。」
コギツネはそう言って神殿を後にした。
「さて、行くか……あれ、がらがない。」
今やコギツネの半身とも言える「がら」の姿が消えていた。
「おいおい盗まれたか……?」
「アレを動かせる人間はそうそう居ないよ、仮に持ち運ぶにも相当――」
言い終わる前にコギツネの口へ布が当てられる。
直後、コギツネの意識がまどろむ。
「……人数が必要だってか?へへっ、こいつは高く売れそうだ。」
奴隷商人の男は嫌な笑みを浮かべ、コギツネの腕を縄で結んだ後、荷台へと放り込んだ。
コギツネが目を覚ました時、そこは数人の少女が収監されている大部屋だった。
「……で、どうするんだここから。」
呆れた様子のアイが更に捲し立てる。
「俺、気をつけろって言ったよな?」
「……うん。」
「仮に来てもボクなら返り討ちさ、だっけか?」
妙に似ている。
もちろん何も言えずコギツネは沈黙した。
「あの、貴方も連れ去られたんですよね?」
話しかけてきたのは同じ部屋に居た一人の少女だ。
薄汚れていて、痩せこけている。
「うん、そうだよ。」
「なら、あまりその子とお話しするのはやめておいた方が良いと思います。没収されちゃいますよ。」
コギツネは少し驚くような表情をした。
「ああ、ありがとう。こんな時に申し訳ないけど、少し質問良いかな?」
「はい、私にわかることなら。」
「じゃあ、ボクたちを連れ去った彼らの目的は知っているかい?」
「はい。彼らは私たちを奴隷として売るつもりです。」
ここでコギツネは何となく、府に落ちたような表情をする。
「ありがとう。次なんだけど、ここは彼らの拠点で合っているのかな?」
「……たぶんそうです。」
確証は持てないらしい。
「うん、ありがとう。じゃあ脱出しようか。」
あっけからんと言い放つコギツネに少女は驚愕の表情を見せた。
「脱出って……ドアはかぎが掛かってるし、そもそも私たちの手は縄で……」
「縄に関しては問題ない、すぐ解ける。」
少女はなおも不思議そうな顔をしている。
「……【狐火】」
コギツネが詠唱をして直ぐ、青色の炎が発生し縄を焼き切った。
それを見た少女は驚き、口を開閉させている。
「待ってて、あいつら倒してくるから。」
そう言ってコギツネはドアの方へと歩みを進める。
「罠の類は無い、やっちまえコギツネ。」
「ありがとう、アイ。」
そう言った直後、コギツネは思いっきりドアを蹴り飛ばした。
ガァンと大きな音が響く。
当然、それに気づいた奴隷商人たちがすっ飛んできた。
「なにしてやが……おぶっ!」
コギツネの拳がヒットし、奴隷商人が情けない声をあげる。
「てめぇ!!」
1人の商人がサーベルを持ってコギツネに斬りかかる。
「……【幻惑】」
コギツネの瞳が淡く光り、商人と目を合わす。
途端に彼の手元が狂い、味方にその凶刃が向くこととなった。
「がっ……てめェ……」
商人の一人が絶命する。
突然のことに彼らは混乱し、その隙にコギツネは一人一人丁寧に顎を殴り制圧していった。
「制圧終了ってね。もう敵は居ないかい?」
「ああ、大丈夫だ。さっさとあいつら開放してここから逃げ……おい、お前なにしようとしてる。」
アイが驚くのも無理はない。
既に気絶している彼らをコギツネは抱え、どこかへ連れて行こうとしているのだから。
「ああ、彼らには罰を受けてもらおうと思ってね。」
コギツネは、平然とそう言い放った。
「あの……何をしているんですか?」
先ほどの少女が疑問を口にする。
コギツネは彼女を一瞥し、口を開いた。
「……君たちは見なくていい。先に外に出ていなさい。」
それは先ほど話していた時とは違う、冷気を感じるような声をしている。
少女はそれを感じ取ったのか、他の少女たちを連れて一足先に外へ脱出した。
「なんだよこれ‼おい、ほどけ‼」
「てめぇ、ただじゃ済まねえぞ‼」
奴隷商人の男たちが騒ぎ立てる。
コギツネはソレを冷ややかな目で見た後、言葉を告げる。
「ソレは君たちに向けた罰だよ。せいぜい、苦しみながら死ぬといいさ。」
そう言い残し、コギツネは部屋を後にした。
「……アンタ、さてはわざと捕まったな?」
コギツネは狐と人のハーフ、数百メートル先の魔物の気配すら感じとるほど感覚が鋭い。
冷静に考えてみれば、まず捕まることなどない。
「さあ、どうだろうね。終わったことはどうでもいいじゃないか、少なくとも失ったものは無いんだ。……金品が無くて残念だったけど。」
持ち物は「がら」を含めてキレイに保管されていたが、他にめぼしいものは無かった。
「……さては、金目的だったな?」
「あはは、まぁ良いじゃないか。おかげで世間を騒がせていた奴らは居なくなったんだし!」
そう言いながら、コギツネは彼女らに近づいた。
「聞いて、ボクは君たちを近くの国に預けようと思っているけど……異論はないかい?」
少女たちは首を縦に振った。
「ありがとう。ただ、少し歩くことになるんだ。おなか、減っているだろう?」
少女たちはものすごい速度で首を縦に振った。
それを見たコギツネは少しはにかみ、食事の準備に入った。
と、言っても簡易的なものだ。
コギツネは手早く湯を沸かし、そこに顆粒の調味料を入れる。
具材として適当な干し野菜と兎の干し肉を入れ、数分煮込む。
「ほら、完成だよ。みんな食べな。」
適当な木の実を割って作った器に注がれたスープを少女たちはがつがつと食べる。
決して、美食とは言えないような大味のスープだ。
「……飢えってのは、何よりも苦しいものだよね。」
少女たちの姿を見て、コギツネはぼそりとつぶやいた。
「「「ありがとうございました!」」」
すっかり元気を取り戻した少女たちを国に預けた去り際、彼女らが叫んだ。
それを聞いたコギツネは笑みを浮かべ
「うん、みんな元気でね。」
と言い残し「がら」に乗って走り去った。
「実を言うと、最初彼女たちを助ける気は無かったんだ。」
「がら」に乗って走っている最中、コギツネが衝撃的なことを言い出した。
「おいおい……それはどうなんだヒトとして。」
「まあまあ、焦らない。キミと話してる時に話しかけてきた子がいただろう?」
呆れるアイを諫め、コギツネは続きを話していく。
「あの時、彼女はボクを心配していた。あんな状況でね。」
これを聞いてアイはあの時、コギツネが驚いた顔をしていたのを思い出した。
「まあ、本当にそれだけ。あんな優しい子を見捨てるのは心が痛むだろう?」
「気まぐれだな、アンタ。」
「旅人だからね、気まぐれで結構。」
「……食えない奴。」
こうして二人の軽口合戦がしばらく続くのであった。
その時のコギツネの顔は、少し清々しく見えた。