オラ! 口開けろ! 舌伸ばせ! んぢゅるるるるるっっ!!   作:バター大統領

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第一話 勇者

 

 僕は生まれ落ちた。

 死ぬほどバカみたいな世界に。

 エロゲーみたいな世界だ。それも僕にだけ都合のいい設定に満ち溢れた世界だ。

 

 僕は勇者だ。魔王を倒す使命を負った英雄だ!

 そこまではいいさ。異世界転生たるもの、それくらいの特別感が無きゃね。

 しかしなんと、この世界においては勇者の名さえあれば何をしても許されるというのだ!

 民家に押し入って壺をたたき割りへそくりをふんだくることも、不遜にも国王陛下に向かってため口をききながら屁をこくことだって許される!

 

 ――エッチなことだって!!

 うっひょお夢が広がリング! 僕の息子が今からでもウキウキで踊り狂うくらいの希望が見える! これを喜ばないでいられるだろうか!

 僕だって男だ。エッチなことには興味がある。というか大好きと言っていい。この世界の顔面偏差値の高さを鑑みれば、これがどれだけ男にとって夢の楽園なのかが分かると思う!

 

 僕は家を飛び出した。

 勇者として戦いに参加するのは成人してからなんて言われたが、正直そんなに待っていられるわけがない。

 僕。ラグナ・レインバード。齢は12。もう一度言う、12歳だ! この小さな身体で、えっちなお姉さんからえっちなご褒美貰いたいだろうが!!

 

 僕は堂々と勇者としての名を宣言し、各地の冒険者ギルドに特別依頼を張り出すことにした。

 

 ――どんな困難だろうと受けて立つ。ただし依頼はかわいい女の子かえっちなお姉さんだけが出せる! そして報酬は――えっちなキスだ! 軽い奴じゃないぞ、ドスケベなキスを所望する! それを受け入れられるというのなら、僕は勇者として君を助けよう!

 

 ふははははは!

 笑いが止まらん。

 ギルドの連中、こんなバカみたいな特別依頼を二つ返事で承諾しやがった!

 バカな世界に生きている連中の頭も相当バカみたいだ! 勇者、最高すぎる! ああ、今からでも興奮が抑えられない。あの調子なら、すぐにでも依頼が飛び込んでくることだろう。

 前世では女とは縁が無かった僕。だがそれもここで終わるのだ!

 

 いえーい!

 異世界、さいこーう!

 

 

 

 

 本当に依頼来て草。バカかな?

 なにやら辺鄙な村で呪いに困っているという話で、近くの森に潜むリッチが悪さしているのでぶっ殺してケロ、ってことだそうだ。

 村の名前聞いたけどガチで田舎じゃね? 聞いたことも無いんだけど。領主の名前もさっぱりわからん。国内なの? そう。

 移動はクソめんどくさいが、依頼のえっちなキスのためならどれだけの距離でも歩いていけるぜ! 正直興奮しすぎて旅路が楽しすぎるんだぜ! でもやたら勇者様勇者様騒がれるのは鬱陶しすぎるんだぜ!

 

 さてまあ色々ありつつなんとか村までたどり着くと、なぜか「うわほんとに来たよ」みたいな顔をされた。なぜ?

 村長さんらしい人も勇者の紋章を見せるまでまったく信じてくれなかったし、証明したら証明したで村民総出で歓迎されるし、なんかめちゃくちゃだぜこの村!

 しかも出された料理はどれも味が薄いし量は少ないし。ええい僕を誰だと心得る! 彼の大英雄、勇者様であるぞ! 捨てるのももったいないので、物欲しげに見ていたガキどもにくれてやるのだった。感謝しろよ。

 とかなんとかやってたら村民泣き出して笑っちゃった。そんなに自信あったのかよこの料理に。まじでただの水に味の素ぶちまけた方がまだマシだったぜ! 空気が読める勇者様なのでそんなことは絶対に言わないが。

 

 というか、そうそう、呪い。

 依頼にもあった呪いだが、酷いもんだ。村民のほとんどが呪われて、肌に黒い紋様が現れていた。森から吹く風か、そこから流れる川か、媒体にしやすいものはたくさんあるからな。

 おそらくは魔王の手先だろう。リッチが得意とするのは死体を操り混乱を生んだところをお得意の呪術で破壊していく戦い方だ、自分のやり方が上手くいくかどうか、この小さな村で試しているつもりなのだろう。

 大きな街になれば教会の手が入っているし、王都ともなれば世界一の聖女が最高の結界を張って待ち構えている。前哨戦にはもってこいということか。

 

 だが運が悪いことに、この村には美少女がいた!

 呪いに蝕まれた年端もいかぬ少女だ。ブロンドの髪は綺麗に整えられ、血色の悪さを誤魔化すように化粧が施されている。聞くところによれば、彼女の母親にそうさせられたのだと。「勇者様の相手をするのだから」、と。

 似合ってねえのでやめさせました。だって化粧厚すぎるもん。やせこけた自分を見られたくないのか、少女はやけに僕から顔をそらしていたが……うん、やっぱり美少女だ! しっかりと食べてゆっくり休んで、規則正しい生活を送ればすぐに誰もが羨むアイドルになること間違いなしの逸材だ!

 まあともかく、僕の依頼の条件は達成されていたわけだ。しきりに「私なんかで、いいんですか?」とか聞いてきたが、今更怖くなったってもう遅い。絶対君の唇を奪ってやるぜ、でゅふふ!

 そんで村長に言ったのだ。

 ちょっくらリッチぶっ殺してくる、と。

 

 結論。

 クソ大変だった。

 あり得ねえマジで!

 寝ずで三日三晩戦い続けたんだけど!

 

 リッチは思ったよりも用意周到だった。臆病ともいえるくらいには。

 森に踏み入ってすぐに察したよね。明らかに生き物の気配がしねーんだもん。ああこれ間違いなく森の動物は奴の兵隊になってるな、と。予想は的中。

 しかもただのリッチならまだしもこいつ魔王軍の幹部級なんだもんよ! 自軍のアンデッド軍団も召喚しだしてめちゃくちゃ。僕が村のことを守っているとわかった瞬間標的をそっちに切り替えるし。

 たぶん何か一つでも失敗してたら僕は死んでたと思う。それぐらい激戦だった。村には自警団がいるけど戦えるような人材でも無いし、砦もない要所を守るなんて経験は本当にこれっきりにしたいくらいだ。

 

 まあ、勝つんですがね。

 僕、強いし。

 戦いの最後の晩が開け、リッチが塵になって空に立ち上っていく様を見たときは、思わず相棒の聖剣にキスをしてしまった。

 徹夜続きの謎テンションで笑いまくった後、卒倒。そのまま丸二日間くらい寝ていたっけか。目が覚めた時には呪いが消えた村民が頭を床につけて祈りを捧げていたので、僕はそのまま二度寝をした。悪い夢だと思ったんよ。僕が目を覚ますよう女神さまに祈っていたらしい。大袈裟すぎる。

 

 それでさあ、これでリッチ問題は解決! かと思ったら今度は後処理に追われるし。

 ギルドの連中がこぞってやってきて僕に謝りだすし、しかもその中にギルドマスターとかいう一番偉い人が混ざって頭下げてたし、もうわけがわからないよ。

 最後の方には国王から直々に礼を――とまで言い始めていたから、僕は聞かなかったことにして逃げたのだった。女の子のキスが欲しいから倒しただけなのに大事になられるとそれはそれで気まずいからね!

 

 おっと。そうだったね、大事なことを忘れていた。

 キス。キスよキス! 僕はそのために不眠で頑張っていたんじゃないか! 僕はワクワクしながら少女の部屋で待っていると、なぜか少女は全裸の姿で僕の前に現れた。何事!

「勇者様に支払えるものなど、私の身体でも足りないぐらいでしょうが、差し出せるものは全て差し上げます」――とか言われた。

 要らねえ~~~~! お前の唇以外要らねえ~~~~~~~!

 処女? 将来の夫にでもとっておけ~~~~~~!!

 僕はキスだけがしたいんだ。

 いいかい? キスだけがしたいんだ!!

 

 熱弁して少女を納得させると、僕は前世込みで生まれて初めてのキスをした。

 どちらも未経験だったからたどたどしかったが、いやはや幸福感が違うねえ! 舌を絡めだすと、こう、果ててしまいそうだ!

 僕も少女も止め時を見失ってしまい、結局ずっと互いの口を貪りあっていたかな。途中から記憶が無いのは、酸素が薄くなって意識がもうろうとしていたからだろうか。

 そして目覚め。朝になると、隣には僕の服を着た少女が唇を濡らしたまま寝ているではないか! 彼女も目を覚まし、そして目が合うと、いじらしく顔を赤く染め上げるのだ。最高じゃねえかな!!

 

 ああ、なんて。

 なんて良い言葉だろう、勇者!

 たとえ嫌々でも指示に従うしかないし、ちょっと手助けをちらつかせただけでキスできちまうんだから!

 

 最高だ、この世界!

 最高だ、勇者!

 この調子で、僕は世界中の美女、美少女に(物理的に)唾つけて回ってやる!

 

 ふはははははは――!

 万歳――! おお、万歳――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人類には諦観が渦巻いていた。

 

 先の魔王軍による大攻勢により、それまで人類軍の大黒柱として活躍していた数々の英雄が討ち取られ、どうにかこちらも魔王軍の幹部複数名を討つものの、その大打撃は致命傷だったのだ。それはもう、人類側の立て直しが絶望視されるほどに。

 対して魔王軍はそれほど大きな損失は被っておらず、早くとも数年で、先のそれを上回る大攻勢を仕掛けてくるだろうと予想されていた。そしてそれこそが、我々人類のタイムリミットなのだろう、と。

 最後の希望は――小さな村に生を受けた、一人の少年に託されることとなる。

 名を、ラグナ・レインバード。勇者の紋章を右手に宿し、幼少の頃から頭角を現していた天才児。

 だがそれも、一部の人間が楽観的に縋っているだけで、大多数はラグナが希望たり得ないことなど分かり切っていたのだ。だって彼はあまりに若すぎる。身体ができるようになるまで待ったとしても、そのころには魔王軍も動き出しているはずだ。動くのならば、彼がまだ若い、それこそまだ子供の時期からでなければ決して間に合わない。

 無理な話だ。

 吟遊詩人に謳われるような英雄も、そんな年齢から人類の命運を賭けて戦うなんてことはしなかったのだから。

 

「あなたは、無理に戦おうとしなくていいの。私たちはただ、あなたが健やかに生きてくれていたなら、それでいいんだから」

 

 勇者の両親は普通の人だった。

 それ故戦いを忌避し、息子がそれに巻き込まれることを極端に嫌った。

 無理も無いことだ。勇者は選ばれたくて選ばれるわけじゃない。生まれながらにして戦場に生きることが決められているなど、我が子を想う親にとっては残酷すぎる現実だから。

 

 だが。

 ラグナ・レインバードはその運命に殉じることを選んだ。

 

「成人まで待つ? それでは遅すぎます。あまりに手遅れです。今から動かねば、叶わぬ願いがあるのです」

「でも、苦しいのよ? 痛い思いだってするわ、責任だってどんどんどんどん重くなる! あなたは――それでも、と言うの?」

「はい。それでも」

「それは――」

「僕の願いのためには、必要なことだからです!」

 

 彼は勇者として生まれた。それは勇者の運命を決定付けられた――のではないと、ラグナが決意を語った日に、彼の母ライリ・レインバードはついに悟ったのだ。

 そうではない。勇者が彼なのだと。勇者に生まれたから勇者なのではなく、彼が彼であるからこそ、世界はラグナを勇者と認めるに至ったのだと!

 この暗雲に包まれた世界においてもなお輝く彼の者の瞳を見よ! 曇りなき眼に宿る輝きは希望そのものである! ライリは彼の旅を許可するに至る。それは親としては非常に悩み抜いた末の、その上で無理矢理自分を納得させてからの判断だった。

 

 勇者ラグナ・レインバードは旅に出てすぐ、近くの都市の冒険者ギルドに立ち寄り、一つの特別依頼を張り出す。

 それは誰が見てもバカげた依頼だった。”どんな敵をも打ち倒す。依頼主は女子限定。報酬はキスな”――だけれども、ギルド側はそれを認可せざるを得なかったのだ。

 何せ彼は勇者。人類側に辛うじて残った希望の一つなのだから。ここで気を悪くされて人類に悪意を振りまかれたらどうしようもない。

 その時ラグナは齢12の少年。性への衝動に抗えない少年期特有の暴走だろう、と、彼らは思うしかなかった。指示通り国中の冒険者ギルドにその依頼を張り出すことで、ギルドへの信頼が失墜するとしても。

 

 だが、時期が悪かった。悪すぎた。

 とある村での呪い騒ぎ。森に潜伏したリッチにより呪われ、余命いくばくかという村民たち。

 兵を集めようにも、アンデッドに対抗しうる教会の人間が先の戦で大勢死んでしまっていることもありすぐには対処できず、不幸の連続ではあるが、国から放置されていた滅びる運命にあるその村。

 藁にもすがる思いだったのだろう。

 彼らは例の特別依頼に賭けたのだ。

 どうせ来ることは無いだろう。来たとしても、我々の惨状を見てすぐに引き返すだろう――と。

 思いながらも、それでも死の恐怖から逃れたいがために。伝説に語られる『勇者』に思いを馳せて――

 

「来ました」

 

 そして数日後、現れたのは年端もいかぬ少年。

 綺麗な白い髪に、端正に整った顔、鍛え上げられた身体。小さな身体には歴戦の戦士を思わせる圧を纏わせており、時折見せるにちゃっとした笑みが不気味な、不思議な男の子。

 迷子か? いやでもあの服装の整い方は貴族では? 馬鹿な、貴族様がわざわざこんな場所にいらっしゃるわけが――そんな風に遠巻きにざわめきだす村民に対し、少年は一言。

 

「あの、勇者ですけどー」

 

 ざわめきはより一層大きくなり、村長が出張ってくるほどの騒ぎとなった。

 話には聞いていた。勇者ラグナ・レインバードはまだ子供だと。それに、少し前にその勇者に対し依頼を出したばかり。

 

(だけれど、あまりにも早すぎる。依頼を出してまだ数日だぞ!? ラグナ・レインバードは国の真反対にいたはずだろう! どれだけ早くとも数週間は掛かる……!)

 

 やはり偽物か。裕福なところの子供が悪戯を仕掛けてきたのか。

 村長は疑ってかかったが、それを察したらしい目の前の子供が手袋を脱ぎ去り、その右手の甲に浮かぶ勇者の紋章を見せつけた瞬間、自分の行いをすぐに後悔した。

 彼は本物だ。

 どうやってかはわからないが、彼は出来るだけ急いでこの村に来てくれたのだ!

 こんな小さな村のために! その小さな身体に大きな剣を背負って、彼のリッチを打ち倒すべく!

 

 その清廉な精神性は、彼のための歓迎においても発揮された。

 村の数少ない食材をかき集めて作ったスープ。彼はそれを一口啜り、それを満足気に嚥下すると、残りを村の子供たちに分け与えたのだ。

 

「今一番大変なのはあなた方のはずです。僕はあなた方を助けに来たのであって、微塵も苦しませるつもりはありません。呪いの根源を断ち、報酬を頂いた後はすぐにここを立ち去りますから。それまでは僕のことなど気にかけたりしないでくださいね」

 

 戦争の影響でやせ細った体。呪いのせいで精神的に摩耗した村民。

 彼らは涙を隠せずにいた。勇者の言葉にだけでなく、”ああ、本当にあのリッチを倒すつもりなのだ”と、本気で自分たちを救おうとしているのだと分かったからだ。

 同時に不甲斐なさを感じ、村長は勇者を前に頭を上げることができないでいた。自分たちの世代で戦争を終わらせることが出来ず、あろうことか守るべき存在のはずの次の世代に戦いを押し付けている自分が情けなかったのだ。

 

「お気になさらず。報酬分の働きはする、ただそれだけのことです」

 

 ”報酬”という言葉を聞いて、その場にいた少女、リューゲは肩を震わせた。

 そうだ、今回の依頼の報酬はキス。最初にその文言を見た時には最悪の想像をしたものだ。”勇者様は自分の名を使って、女性に乱暴したいだけなんじゃないか”とか”依頼を出したとしても村を助けてはくれないのではないか”ということを。

 だけどそれは杞憂なのだろう、とリューゲは思っていた。その考えは、彼の寝泊まりする部屋にお邪魔したとき、初めて面と向かって顔を合わせた時に確信へと変わる。

 

「綺麗な顔が台無しだ。君は化粧が無い方がそそる」

 

 こんなやせ細った体を、やせこけた顔を勇者は綺麗だと評した。それはたぶんお世辞なのだろうが、それでもリューゲにとってはこの上なく嬉しい誉め言葉だった。

 

(やはりこの方は、相手などどうでもいいのですね。ああ、間違いない。わざわざ報酬を金銭ではなく唇などと指定したのは、お金のない、我々のような貧乏人でもあなたに依頼が出せるように、なのですね?)

 

 ”彼ならば、やってくれるかもしれない”。

 そう思うと同時に、心配もある。リューゲの一番下の弟と同じくらいの年で、たった一人でリッチに挑もうというのだから。

 無茶だ。そもそもがこんな小さな村を狙うような卑怯者なのだ、一対一で戦えるような相手でもなし、躊躇わず数の暴力で押し切ってくるだろう。

 それでも、勇者は。

 ラグナ・レインバードは恐れなど微塵も感じさせないような立ち居振る舞いで、

 

「じゃあ、リッチをぶっ殺してきます」

 

 村長に告げ、リューゲに向かって笑いかけた。

 

「そんな悪趣味な紋様、とっとと消してくるので。報酬、忘れないでくださいね!」

 

 そして。

 戦いが始まった。

 

 森が一つ消し飛ぶほどの激戦だった。

 三日三晩、その近傍は大嵐が襲う。リッチの扱う天候魔法だ。森の方角からは絶えず断末魔が響き渡り、それが勇者がまだ無事であると村民たちに知らしめていた。

 風向きが変わったのは二日目の朝だ。村のすぐ近くにアンデッドのドラゴンが現れ、家が数軒破壊されたのだ。幸いにしてそこは空き家だったので怪我人はいなかったが、リッチが村に標的を定めたのだと理解するのにそう時間はかからなかった。

 腐りきったアンデッドの瞳が次に潰す家を吟味しているところを――

 

「――ガァァァアアアアアアアアアア!!」

 

 凄まじい速度で飛び込んできた勇者が一刀両断してしまう。

 大嵐のせいで開いた家の隙間から、リューゲはその姿を見る。全身が血まみれで、腐敗した肉と泥を全身に被りながら、獣のように背を曲げながら敵を見据える姿。

 あふれ出る戦意が、むき出しになった白い歯が歴然と語っている。傷口から滴る血にも目をくれず、迫りくるアンデッド軍団を睨みつけ、汚れ一つない剣を構えていた。

 決してこの村には手出しさせないと。その決意を滾らせていた。

 

 そこからずっと、勇者は一人でこの村を防衛した。

 城壁も無く、兵もいない。四方八方から襲い掛かるアンデッド軍団を、神速の剣技で薙ぎ払っていく。

 リッチは本気だ。全戦力をつぎ込み村を――そして勇者を滅ぼさんとしている! 出し惜しみなどしていない。先の大戦を知っている世代は誰もがその当時を思い出すぐらいの凄惨な戦い。

 だが、勇者は決して斃れない。村も人どころか建物にすら傷一つついていない。

 守り切っていた。信じられないことに、勇者はたった一人でこの村を守り通したのだ!

 

 無限にも思えたアンデッド軍団がついに現れなくなったのは、三日目の夜。

 大雨が降りしきる夜だった。勇者は何かを追うようにして、森の方へと駆けだし――リューゲは茫然とそれを見送る。

 その瞳に宿るのは感動よりも――畏怖。あれが、勇者。あれが、ラグナ・レインバード! 彼の戦う姿が、ただの少女だったリューゲの瞳に焼き付いて離れない。あの美しさに心が震えて止まない。こんな状況だと言うのに、おかしな笑みがこぼれてしまう。

 リューゲが正気を取り戻したのは、勇者が村に戻ってきた時。彼が爆笑しながらリッチの討伐報告を村長にしてからぶっ倒れ、悲鳴が上がった瞬間だ。

 

「紋様が、消えてる……」

 

 ラグナはやり遂げたのだ。たった一人でリッチを滅したのである。

 だが、代償は重かった。身体中の傷は全てリッチの呪いを受けており、治癒は遅々として進まず、またいつになっても目を覚まさない。

 誰もが祈りを捧げていた。勇者のために。リッチの件があり神に否定的だった者でさえも深々と頭を下げて。やれることはすべてやった。だから天命を待ち――

 

「……ん、んん?」

 

 勇者は目を覚ます。

 

「え、うわ、なにこれ……夢か」

 

 二度寝をしたせいでまた少し騒ぎになったりもしたのだが……。

 ともかく、勇者は生きていた。村中が沸き立った。ラグナ・レインバードは大恩人だ。勇者の名に恥じない、大英雄だ。

 リッチが打ち倒された。村の悲劇を覆した勇者ラグナ・レインバードの名はすぐさま国中に広がることになる。その報はもちろん、ギルドにも届いており。

 彼らもまた、勇者が真に人類を救う希望の光であると認識したのである。

 

「謝る必要はありません。やるべきことをやったまでです」

 

 すぐさま凄腕の治癒術師を伴って出向き、ギルドマスター直々に頭を下げたのだが、勇者は”何に対しての謝罪なのか分からない”とでも言いたげな態度でそれを簡単に受け入れてしまった。

 子供のすることだと決めつけていた。だけれども、彼は勇者なのだ。ギルドマスターはその後戦いの傷跡を見て、考えを改める。この国に、人類に必要なのは彼だと。たとえ多くを敵に回そうとも、我々は勇者のため動こう、と。

 

 そして、約束の時間がやってくる。

 報酬だ。

 リューゲは母ともしっかり話し合いをし、一つの決断を下す。

 この身全てを勇者に捧げるというもの。

 

(こんな小娘のキスなどでは満足できないでしょうから……)

 

 ならばせめて、持ちうるすべてを差し出すまでだ。

 その覚悟の下、リューゲは勇者の部屋に訪れる。一糸まとわぬ姿で、多少の恥じらいと、少しばかりの期待と共に。

 しかし――

 

「キスだけです」

「……私の身体では、ご満足いただけませんか?」

 

 勇者は固辞する。

 キスは良くてまぐわいはダメ。そのどちらも経験がないリューゲにとっては、勇者の主張は混乱の元でしかなかった。

 

「そ、そうではなく。キスだけでいい、というわけではなく、ですね」

「なく?」

「……き、キスがしたいだけ、なんです」

「あ」

 

 そこで、リューゲは見る。

 顔を赤らめて、死ぬほど恥ずかしいとでも言うかのような勇者の姿。あの戦いの戦神のような恐ろしさはそこになく、ただ年相応な、男の子らしい少年の姿があるばかり。

 ようやくリューゲは思いとどまる。というか、つい恥ずかしくなって身体を手で隠してしまう。

 

(わ、私は、こんな小さい子にいったい何を)

 

 勇者は――ラグナは強いが、ただの男の子だ。

 報酬のキスも本当にしたかったから指定したそうな。

 

「あは、あはははは……っ!」

「笑うのは無しでしょう! い、いや、どれだけ笑ったとしても、報酬は絶対に貰いますからね!」

「はい。……それで、ご所望でしたら、私の初めても」

「要りません! 大切になさい!」

「ラインが分からない……」

 

 なんだかおかしくなって吹き出す。

 先ほどまで抱いていた畏怖はどこへやら、自然と笑みが浮かんだ。

 

「そっか、そっか。えっちなことに興味津々なんだ」

「っ!」

 

 そんな等身大な姿に親近感が湧いてしまい、弟に接するみたいな口調になってしまう。

 

「私も……同じなんだ」

「え?」

「えっちなこと。興味、あるの、実は」

 

 ラグナの目が見開かれる。分かりやすく期待している目だ。舌で唇をなめると、彼の視線もそちらに吸い寄せられる。

 

(ああ……なんだ。勇者様って、こんなにかわいいんだ)

 

 期待が、恥じらいを上回る。

 全裸であると言うのに、ラグナの視線を受けるのが楽しくてたまらない。

 

「……する?」

 

 ――したい。

 その言葉がどちらのものだったのか、リューゲはもう分からなくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ちゅ、あむ……」

 

 二つの影が一つになる。

 啄むようなキスであったのが、どちらからともなく舌を絡ませる、貪るようなキスへと変化していく。

 静かな夜に響く唾液と舌同士がこすれあう音。この家には二人以外誰もいないので聞き耳立てるような人間はいないのだが、そうでなくとももう二人は気にする余裕も無かった。

 

「ん、んん……♡ は、んむっ、んぢゅ、ぢゅる」

 

 お互いの顔が離れていかないように、頬に手を置いて、舌をねじ込んで、時折甘噛みして、求めあう。

 甘い香りがする。むせ返るような匂い。リューゲは全裸だと言うのに汗だくで、ラグナもまた息をつく間もないので顔を真っ赤にして必死だった。

 そんな姿を見て、更に熱が入る。

 

「ぢゅむ、ぢゅる、んぢゅうぅぅうっ♡ は、んっ♡」 

 

 リューゲはもう相手を慮ることなど頭の中になかった。

 ただただラグナが可愛くてしょうがなかった。あれだけ強い人間がこんなにいっぱいいっぱいになってしまうのが面白くて仕方なかった。

 もっともっと喘ぐ姿が見たい。餌を欲する小鳥のように啄む姿がもっと見たい。挑発するように舌を上下させると、彼は面白いぐらいにそれに釣られて、必死に逃さないように舌を吸う。

 

(ラグナ君、かわいい、かわいいよ……もっと必死になって、私を求めて……っ♡)

 

 ずっとずっと舌を混じり合わせていて、くらくらしてくる。

 お互いの境界があいまいになってくる。

 気が付けば抱きしめあっており、全身で相手を欲しがっていた。

 

(なんで、なんで本番はダメなの? したいよ、したいよ、ラグナ君!)

 

 この小さな英雄を蹂躙したい。凌辱して鳴かせたい。息も絶え絶えな姿を見て、悦に浸りたい。

 そんな暗い衝動を、たどたどしいキスだけでどうにか抑える。そう思っていても、無意識に彼が息苦しくなるようなキスを続けてしまう。

 

(ふふ、ふふふふふふ――)

 

 ラグナは逃げられない。

 リューゲは逃がさない。

 それは当然のように、リューゲの暗い部分に火をつけたのだ。

 

 キスは続く。

 どちらかが果てて力尽きるまで、ずっとずっと。

 意識がもうろうとしていても、ラグナとリューゲはずっと口と口でつながっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ああ……)

 

 これは、そんなキス狂いの勇者、ラグナ・レインバードと――

 

(どうしてこんなことに……)

 

 そんな彼の元に集まる、色々な意味でやばすぎる女たちと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――感覚共有のせいでキスの感触が忘れられねえ!!)

 

 勇者の相棒こと、聖剣(わたし)の物語である。

 

 

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