チャプタ―3から抜け出せねぇんだ。
旧BAWS第2工廠。現RaD工場。
封鎖惑星と言えども、住民の衣食住を満たし、重工業もカバーするBAWS。
その中でもコーラル井戸を隠し持つ工廠ともなれば、トップは人類圏でも裕福な部類に入った。
なればこそ、広い休憩室には従業員の福利厚生の為との名目でタキガワ・ハーモニクスの(誰も弾けない)高級グランドピアノがあった。
教養の無い者の見栄と言う奴である。
しかし、今の工場長はアーキバス育ちのエリート・スウィンバーンであるから、彼はピアノを弾けたのだ。
「…まったく、折角のピアノも調律もせず、ロープで囲って飾りにしているのでは、せっかくのピアノの意味がないではないか…」
几帳面なところもあるスウィンバーンは誰も触らず、調律もされていないグランドピアノを放って置けず、忙しい合間を縫ってコツコツと調律をしていた。
「工場長、何をしているんで?」
「ピアノを使えるように調律をしている」
休憩中の作業員が不思議そうにスウィンバーンへ尋ねるが、返答にピンと来なかったようだ。
「調律?使える?それは何に使う機械なんです?」
「ああ、そうなるか。…これはな。音楽を演奏する為の楽器…ピアノと言う」
「音楽…演奏、再生?――ああ、音楽再生用のアナログなデバイスなんですね!」
スウィンバーンの更なる説明で得心が行った従業員たちは「おーい!工場長が休憩室の謎デバイスで音楽再生してくれるってよ!」と声を掛け合い始めた。
「…お、おい。私は…」
従業員やその家族。教育中の子供たちまで集まってきてしまった。
スウィンバーンは眉をへの字にし、溜息をついた。
「良いか。楽器を弾くには楽譜を読まなくてはならない。楽譜を読むには読み書きを覚えなければならない。日々の勉強に不要なものなどないのだ。それで…なにかリクエストはあるか?」
不思議そうに首を傾げる者が多数で、一部の者がネット上のミュージックの曲名を上げた。
「それは知らないな…そうだな。余り知らないがポピュラーなものを幾つかと、クラシックを弾いて見よう」
スウィンバーンの嫋やかな指が白い鍵盤の上で踊り、一つ一つ音を重ねていく。
それは封鎖惑星で生まれ育った彼らの知らないリズム、旋律だったが、人が重ねてきた調べは彼らの心に響き、重なり、あるものはリズムに身体を震わせ、あるものは頭を振り、手を叩き、足を踏み鳴らした。
半世紀に渡って文明社会から隔絶したこの地でも、人々の心は一つ一つの音の連鎖から、そのリズムとメロディを生み出した豊潤な文明の懐かしい記憶の触手に振れ、心の琴線を震わせ、知らずとも心をある思いで満たしていった。
失われた、忘れられたものが、今ここに帰ってきていた。
静かに…ピアノの音が人々の間に響き、消えていく。
次に生まれたものは人々の喝采の声だった。
万雷の拍手喝采。
今聞いた響いた音楽に興奮し、語り合い、演奏者であるスウィンバーンを褒め称える声。
子供たちはスウィンバーンに走り寄り、更なる演奏を強請る。
「もっと、もっと」と「ピアノをまた弾いてね」と。
その真っ直ぐな瞳、賞賛の声がスウィンバーンの心の中で反芻される。
アーキバスのアーコロジーで生まれ育ち、アーキバスに奉仕するのが当然であった彼。
エリートではあったが、スネイルのように自信に満ち溢れているわけでもない。
ホーキンスやメーテルリンク、ペイターのような強さを持っているわけでもない。
努力をしても報われる事の少なかった彼にとって、それは劇薬すぎた。
報われない努力。
コーラル代替技術への生贄。
自身への評価は低く、自戒自罰的に生きて、自分を縮こませてきた男にとって、子供たちの周囲の人々の賞賛の声は、眼差しを眩し過ぎた。
…こんな私に。
それはスウィンバーンに新たな一歩を歩ませる起爆剤足りえるのだろうか。
だがそれは…
「緊急!緊急事態発生!ドーザーの襲撃です!工場長は至急、指揮所にお願いします!」
突如、鳴り響いた。緊急事態を伝える館内放送とサイレンにかき消された。
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ジャンカー・コヨーテスの一派による旧BAWS第二工廠・現RaD工場の襲撃。
レイヴンの手持ち戦力はブランチを従えた事で拡大したが、別ミッション(ザイレム掌握)にRaD主力と向かっている為に手薄になっているところを狙われた。
正門前の道路は破壊され、搬入検品用の第一門の小さな壁と門(ACならブースト一発で飛び越えられる)で警備隊はなんとか踏みとどまっていた。
もとBAWS工廠だけあって、2脚4脚問わずMTはあったがパイロットがいない。
RaDから出向中のラミーだが言う事聞かない。ノーザークは横領するのでグリッド86の警備だった。
コヨーテスの通信が漏れ聞こえてくる。
「間抜けのラミーにはパンチャーとキッカーを突っ込ませな!」
「MTは盾持ちを全面に立てて、ミサイルを門に撃ち込むんだ!」
「警備所を制圧したら、ハッキングマシーンを設置していくよ!」
状況はジャンカー・コヨーテスに優勢。
最大戦力であるスウィンバーンは機体が組み立て中なのもあり、今だ出撃出来ずにいた。
「私のガイダンスは?」
「まだ、コントロールが!工場長!あと1時間下さい!」
「…最大限に急いでくれ」
ほぼ全身のパーツと武装を入れ替えされている関係で直ぐに出撃できないスウィンバーンのガイダンス。
主席隊長やレイヴンなら未調整のままでも出撃できるのだろうが、第七世代と言っても本業は会計事務であるスウィンバーンにそこまでの戦闘適性はなかった。
RaDの技師がガードメカを独自改修した機体「パンチャー」と「キッカー」も襲撃に使われている。
いつものグリッド086での襲撃なら足場の狭さや立体機動の弱さから作業機も兼ねているマッドスタンプは苦戦必至だったろう。
しかし、ここは足場の良い平地。
そして、レイヴンの地獄特訓で強化されたラミーの敵ではない。
ラミーの新生マッドスタンプは工場前の浅瀬でブースタを吹かしながら、ヘビーマシンガン・アタッシュケースをぶっ放し、右肩のデリバリボーイ、左肩の6連ミサイルを撃ちまくると、左腕のチェーンソーを振り回し、過去を知る者からすれば信じられない活躍を見せていた。
「なんだぁ?ホントに間抜けのラミーか?別人じゃねぇのか?」
「まぁいいさ。パンチャーとキッカーに夢中だ。MTを門に突っ込ませるよ」
「インビンシブル・ラミー!MTが正門に向かっている!警備隊を援護せよ!」
「ああッ!?うるせぇ!俺に指図すんじゃねぇッ!」
「…仕方ない。例の音声を流せ」
『…ラミー、特訓』
「レレレ、レイヴンの兄貴!?ちちち、違うんすよ!?」
「ラミー、正門に向かっているMT部隊を背後から攻撃せよ」
「くそ、ビビらせやがって…くたばれ!」
パンチャーとキッカーを無視して、正門に向かう盾持ちMTや4脚MTを攻撃するマッドスタンプ。
マッドスタンプも攻撃を受けるが、大豊自慢の樹大枝細を体現する天槍コアはビクともしない。
「警備隊…一息つけるな。しかし、これでは…」
指令室のスウィンバーンには、ラミーが前はMT部隊、背後はガードメカに包囲されているのが見れていた。
今はマッドスタンプのタフさで持っているが、多勢に無勢。長くは持たないだろう。
(どうする?無理をして4脚MTで私も出るか?確か1機はレイヴンが遊んだ時の稼働データが残っている筈…あれならデータを元にすれば私でも多少は動ける…か?」
「スウィンバーン工場長!工場に接近中のAC3機!?」
スウィンバーンの思考はオペレータの悲痛な叫びに遮られた。
「くっ!こんな時に…敵の増援だと!」
「あ…味方です!」
コンソールに向き合っていたオペレータがIFF(敵味方識別信号)を確認し、ほっと息をつき、報告を読み上げる。
「独立傭兵、登録番号Rb18-2 トーマス・カーク!同じくRb37-2 モンキー・ゴート!G5イグアス!」
「レイヴン社長の工場防衛依頼を受託した独立傭兵です!」
思いもしない援軍に指令室が歓声に沸く。
トーマス・カークの機体は全身が白いBASHOフレーム。両手にバーストマシンガン・ETSUJINが握られている。
モンキー・ゴードの機体は真っ赤なアーキバスの第二世代VPフレーム。レーザーライフル・VP-66LRと中々良い装備だ。
そして、ヘッドブリンガー…全身カスタムフレームMELANDER C3でミシガンと同じ重めの青に塗装されたG5イグアスの乗機だ。
右手の軽リニアLR-036 CURTIS。左手はパイルバンカー。右肩に6連ミサイル。左肩には補給された新装備ガトリングキャノン「少微」に換装されていた。
「なんでレッドガンが着いてくるんだよ!?」
「ちょっとした小遣い稼ぎだ。ついでに――あいつに貸しを作れるなら悪くねぇ」
「へッ!紐付きが偉そうに吠えんじゃね!」
「盾持ちと4脚は俺がやる。いくぜ!MT共を蹴散らしてやれ!」
「おう」
「紐付きが仕切るんじゃねぇよ!」
少しは精神的にも成長したイグアスは『紐付き』呼びを無視すると、自然に2機へ指示を出す。
横合いからMT部隊に襲撃を掛ける3機のAC。トーマスとモンキーの機体はフル装備では無かったが、バーストマシンガンとレーザーライフルで確実にMTを仕留めていく。
そして、戦場に重い重金属の裂ける音を響かせ、ヘッドブリンガーが巨大なパイルバンカーが盾ごとMTを貫く。
頭部のモノアイが血に濡れたように一際赤く光った。
槍が引き戻される瞬間を狙って周囲から砲火が集中するが、槍を引き抜きながら、ブースタも使って離脱するヘッドブリンガーに被弾は無い。
「仕留めた!って思った時が狙い目だと思ったんだろうが、甘めぇぜ!そんなのもう経験済なんだよ!」(シミュレータでレイヴンにボコボコにされてた)
人間なら耐えられない急展開のブースト使用だが、旧式とは言え第四世代型強化人間であるイグアスには問題ないGだ。
4脚MTの9連装グレネードが火を噴き、クィックブースト終わりのヘッドブリンガーを捕らえるが、巧みにコヨーテスMTを遮蔽物にしたイグアスは直撃を免れる。
「あーくそ!ちっと貰っちまったか!悔しいが、確かにあいつの言う通りブースタはアーキバスかシュナイダーの方が俺に合ってるのか…」
「このAC…普通じゃない!」
6連ミサイルとガトリングキャノンを牽制に4脚MTとの距離を詰める。
分厚い4脚MTの装甲に歯が立たず跳弾していくガトリングキャノンに安心したのか、4脚MTは巨大なレーザーブレードを発光させて大きく振りかぶる。
「あいつの真似をしてるようで癪だが…」
ヘッドブリンガーを操縦桿だけでなく、神経接続も利用した操縦で4脚MTの振りかぶったレーザーブレードに飛び込むようにブーストを吹かす。振り降ろす軌道のレーザーブレードの下を機体を縮こませながら潜り抜け、反転。4脚MTの後ろを取った。
クィックブーストで4脚MTとの距離を詰めながら、ガキン!とパイルバンカーが装填展開され、下からボディブローのように繰り出したパンチと共に炸薬に点火。
発射された巨大な杭が4脚MTの分厚い装甲を下から食い破る!
衝撃の反作用でヘッドブリンガーの脚が地面にめり込み、4脚MTは吹き飛ぶ。
「ACS負荷限界だと!?」
「へ!レッドガンの流儀を教えてやる。泣きを見せたら、もう一発だ」
いつかのミシガンを真似たイグアスは、既にチャージを終えた軽リニアのキツイ一発を吹き飛ぶ4脚MTにお見舞いする。
「…この傭兵…強すぎる…」
パイルバンカーの貫いた跡に軽リニアのチャージショットを喰らい4脚MTは爆散した。
…ピ、と電子音がヘッドブリンガーのコックピット内に響く。
「ん、なんだ?戦闘ログ回収?ケイトか、変なもん入れやがって」
ミッションの撃破報酬+24,000cの表示とAM(傭兵支援システム)の戦闘ログ回収のメッセージに視線をやり、イグアスは余裕の呟きを漏らした。
MT部隊はほぼ全滅。
ガードメカもラミーの活躍で蹴散らされ、工場護衛は成功に終わった――かに見えた。
「――所属不明機が接近!数は3です!」
オペレータの叫びが響いた。
続きは続きを書く私が考えてくれる!
次回「こんな私にだぞ!?」
乞うご期待!