彼には悩みがあった。それは新生活が始まってからというもの寝不足気味だということ。
果たしてその原因は?
「おはよう、健人!」
聞きなじみの声の主は、俺が水筒で確保していた隣の席に座った。
「おはよう遠山。お前は今日も元気だな」
彼女は遠山碧。俺と同じ大学一年生で、一人暮らしをしているらしい。容姿端麗であるため、最初の講義のときから注目の的となっていた。出会いの季節だしなおさらだろう。
まあ俺と関わることはない。そう思っていたのだが、講義前に好きなFPSゲームのアプデ情報をスマホで確認していた時に遠山から声をかけられたのがきっかけで仲良くなった。
「そりゃあ昨日は勝ちに勝ちまくったからね! 野球の最下位チームよりは勝率高いんじゃない」
「その例え!」
意外なことに遠山はFPSゲーマーだった。お互いゲーミングPCでFPSをしているのだが、ゲーミングPCは高価なものというのもあり、なかなか同志はいないものだ。そのためなんだかんだ2人で講義を受けることが多くなり、講義が終わった後は一緒に通話しながらゲームすることが日課になっていた。
「そうだな…」
「いつもあくびしてるよね。寝不足なの?」
「いや遠山とゲームのあとすぐ寝てるから睡眠時間は足りてるはずなんだよな」
最近の俺の悩みは寝つきの悪さだ。いやどちらかというと睡眠の質の低さだ。大学で授業が始まってからというもの、いかんせん疲れがとれない。自覚はなかったが新しい環境の影響だと考えていたのだが、とっくに慣れているはずの今でも変わらない。
すると突然、満面の笑みで遠山が言う。
「寝る前にシコってるんじゃないの?」
「男の前でよくそんなこと言えるな」
そしてもう1つ悩みというかなんというか。性欲がほとんど無くなった。大学が始まってからなんと1回もしてない。なんかやる気がでないのだ。大学生にして俺の性欲は枯れてしまったのだ。
その影響もあり何度か男女の食事会に参加したが、大学デビュー×性欲で支配された奴が多かったため、紳士的だと女子側に高く評価された。正直、積極性に欠けるのはどうかと思うが紳士だという評価は少しうれしかった。そこで仲良くなった女子と友人としての輪を広げようと思っていたが、遠山に徹底的に邪魔された。
「本当かな~私みたいなかわいい子と授業受けて、夜は一緒にゲームしてるんだから健全な男の子だったらしちゃうでしょ。よかったね私が理解のある女で」
「お前のその自己肯定力は見習いたい」
「いや~、それほどでも~」
「ほめてない」
しかしまあ。遠山との大学生活には満足している。高校までにも友達はいたもののよく考えればすべて相手から話しかけてもらって友達になっていた。大学生になってぼっちにならないか心配だったが、大学生なりの新しい楽しみをみつけられている。
『それでは授業を開始します』
「眠いからって講義中に寝たらだめだよ」
「遠山いつも寝てるじゃん…どうせ後でノート見せる羽目になる」
「今日こそは起きてて見せる!」
そう言ったが開始5分で遠山は寝ていた。こいつはなんで寝不足なんだ。まあどうせ俺と解散した後もゲームしてるだけだろうけど。
◇
「強すぎだろ」
「大学ではキャリーしてもらってる分、ゲームではキャリーしてやるぜ」
講義が終わりいつものように二人でゲームをしていた。ランクの区分は同じものの遠山のほうがゲームは1枚上手だと感じる。
「もうこんな時間か。そろそろ解散だな」
「えーもう1試合しようよ!」
基本的に日付が変わる前には遠山とのゲームを終わるようにしている。俺が寝不足になりがちだから早めに寝床につくためというのもあるが、基本1限ばかりのため朝が早いからだ。
「どうせ明日もやるんだし良いだろ。というかお前いつも講義中寝てるんだから早めに寝ろよ」
「ぐぐっ…今日のところは許してやる…」
「じゃあな」
「そうだね、また明日」
なんか含みのある言い方だったな。まあどうせ何かのアニメかドラマの影響だろう。
それより少しでも寝れるよう早くベットに横に…
「あ、課題出すの忘れてた」
明日の授業は毎週朝までの課題があるのを忘れていた。どうせ1時間くらいで終わるし、間に合うがせっかくの睡眠時間が。
「まあどうせ寝ても疲れ取れないし一緒か」
そう言って俺は課題に取り組み始めた。寝るために部屋の電気を消したがもう一度つけるのがめんどくさいため、机の電気だけで我慢した。
「おわった」
予想通り課題は1時間ほどで終わり、あとはパソコンから提出するだけだ。
「ん?」
俺は青ざめる。玄関の扉を外から誰かがいじっている音がしたからだ。時間的にも酔っぱらった他の住人が部屋を間違えているのかもしれないが、それでも怖いものは怖い。
時間が経てば気づくだろうと無視しようとしたときだった。
ガチャリ
「は?」
明らかに扉の鍵が開く音がした。一気に体に寒気が走る。
(もしやこのマンションの部屋は全部同じ鍵?そんなわけあるか!)
空き巣みたいな不法侵入者が思い浮かぶ。あまりの急な出来事にパニックになり俺がとった行動は…寝たふりだった。
(いや何してんの俺!?相手が熊という訳でもないのに!?しかもたしか死んだふりは逆効果だし―――あっ…)
そうこう考えているうちに玄関から何者かが入ってきて、ついに俺が今ベッドで寝ている部屋に入ってきた。そして足音は俺が寝ている近くで止まった。絶対にベットの横に立って俺のことを見ていると確信した。
(やばいどうしよう――)
「ちゃんと寝てるね」
(え?)
聞き覚えのある声。というかさっきまで聞いてた声。そう遠山 碧の声で間違いない。
「ほんと寝つきだけは良いんだから」
(なんで遠山が俺の部屋に?)
そういえば以前、無理やり合鍵渡させられたな。こいつ俺に寝起きドッキリみたいな悪さするために合鍵をゲットしたな。
「パソコンつけっぱにしてる…いつもはしっかり者なのにこういうところは抜けてる」
俺が寝ていることをよいことにバカにしやがって。
(急に大声を出して逆に脅かしてやろう。)
「かわいいな…結婚したら私が支えてあげないと♡」
(え?)
遠山の口から出た言葉の内容にも確かに驚いた。しかし、いつもは喋り方や雰囲気が男友達のようなノリを感じさせるが、どこか魅惑というか色気を漂わせる声に動揺してしまった。
「今日もカッコいいな♪」
今日も?俺は講義中に寝たりしないので、寝ているのは自分の部屋だけだ。つまり少なくとも遠山が寝ている俺の部屋に来たのは今日が初めてじゃない。
そんなことを考えているうちにベッドが軋む音がし始める。遠山が俺を押し倒すような形になっているのが分かる。
「ねえ起きてるんでしょ?」
寒気が走る。遠山は俺に顔を近づけてきて、そっと耳元でそうつぶやいた。
「いやその…ごめん…悪気はなかったんだけど」
「もう何回も寝顔見てるんだから、寝てるふりなんてすぐわかるよ」
初めて目を見開いて、今の遠山をみた。それはいつも顔を合わせるどこか子どもっぽい表情とは違う。男を惑わすようなうっとりとした表情で笑っていた。
「お互い寝不足になるのは当たり前だよね。日中は一緒に授業を受けて。夜は一緒にゲームして。夜中は……。毎日こんな生活だしさ」
いつもとは違う笑い方にドキッとし、心を奪われていくのが分かる。
そういえば前に遠山の女友達に「2人はいつも眠そうだね」と声をかけられたことがある。遠山は「健人が寝かしてくれないんだもん♡」と応えて黄色い声援がとびかった。
あのときは「何ていう冗談を言うんだ」と呆気に取られていたが、そのときもこんな笑い方をしていた。
「まさか」
「もう一人じゃ満足できないでしょ。だって私の味を知ってしまってるから」
その言葉で察しが悪い俺でも理解できる。俺の寝つきが悪い理由も、性欲がないと思っていた理由も。
いかがだったでしょうか。