魔王国。それは、嘗て人類と敵対した魔族達の国だ。今は、周辺国家の緩衝地帯として便利に活用されている。魔王アウラの優れた管理により、人食いの魔族が多数住むのに隣国と大きな衝突がない国家運営を実現していた。
魔王アウラと勇者ヒンメルが国のトップとして頑張っているおかげである。しかし、勇者ヒンメルは老衰で中央諸国で国葬が行われている事実がある。その為、勇者ヒンメル似の偽物ではないかともささやかれていた。
この表向き平和な魔王国は、エルフ達によって完全に管理された社会となっている。その一番の原因を作ったフリーレンというエルフのおかげで魔王アウラの胃は酷いストレスを何度も感じることになった。魂だけになっても胃痛を感じるとは彼女の知りたくない事だった。
そして、本日、彼女の元に一通の手紙が届く。その差出人を見ただけでアウラは倒れそうになった。差出人は、ボンドルド。アウラは、この展開から今後の流れを想像できていた。ただの紙切れである手紙を開封しようとしたが心が、精神が、魂が、その行動を拒絶する。
「て、手が震える。今度は何があったのよ。まさか、アルの身になにか!! ボンドルドやフリーレンならやりかねない。ヒンメル~、ヒンメル~!! 大変よ、ボンドルドから速達で手紙がきたのよ」
「落ち着きなよ、アウラ。ボンドルドさんとの過去のイザコザは知っているけど、あの当時なら仕方ない事だ。それに、魔族達だって結構酷い事やっていたんだからね。まぁ、今の僕は君の味方だから安心していいよ。どうせ、フリーレンが何かやらかしたんだろう?」
ここ数十年で人類を滅ぼしかけた事件を思い起こすアウラとヒンメル。魔王国経由で人類圏にバラまかれた最悪の魔導書の数々。その事件を思い出しただけで、頭を悩ます。最終的には、アウラとヒンメルの娘であるアルが三代目魔王として全責任を被り討伐された事になっている。おかげで、アルが魔王の地位に就くのは、三代目魔王が人間たちの記憶から消えたころになるだろう。
アウラは、ヒンメルに支えられる形でボンドルドからの手紙を確認した。
【フリーレンさんが自信満々に武者修行の旅にでたプルシュカの後を追いました。足取りが全く掴めないので見かけたら、連絡ください】
「さ、最悪だわ。あのフリーレンを野放しにする!? ボンドルドの責任問題よ。保護者なんだから、しっかり目を離さず見てなさいよ。本当にやめてよ。また、何かあったら魔王国が責任を取らされるんでしょ。私が、一体何をしたっていうのよ。あなた達のいう事を全部履行しているじゃない」
「ごめんね、アウラ。僕からは、それについては何も言う権利はない。フリーレンの魔族嫌いは筋金入りだ。だが、アウラの夫として、アルの父親として、魔王国の王として、嘗ての仲間として、今回は僕が出向いてフリーレンを止めるよ」
「ヒンメル。本当に、お願いしていいの?だって、あなたはフリーレンの事が・・・」
「アウラ。僕はフリーレンに恋をしていたかもしれない。だが、愛しているのは君だけだ。安心してくれ、僕はこう見えて強いから」
まるで今生の別れのように抱き合う二人。魔族と人間。その垣根を超えた愛は素晴らしいものだった。だから、死者である二人の間に生者の子供が産まれるという奇跡も起こった。その妻子を守るため、勇者は再び剣をとった。
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それから、ヒンメルは過去の経験からフリーレンが潜伏しそうな場所を虱潰しに回った。フリーレンとプルシュカの組み合わせから考えるに魔法が絡んでいる事をヒンメルは直感で理解していた。戦略級魔法の開発でもしているんだろうと人気の少ない場所を回り続けた。
とある町で、彼はある噂を耳にする。
迷いの森に住む銀髪の悪魔の話。夜な夜な海上で謎の光が見える話。無人島が一夜にして消えた話。今の彼にとっては非常に興味深いものだった。
「もうちょっと、詳しい話を聞けないだろうか。ここのお代は僕が持とう」
「別にかまわねーよ。ここらへんじゃ有名な話だ。あんたは、よそから来たのか。こんな辺鄙な場所までよく来たね。どこから?」
「魔王国さ。おぃおぃ、そんな目で見ないでくれよ。ちょっと前にあった事件を僕だって知らないわけじゃない。タダ酒が飲めると思って仲良くしてほしいな」
「あぁ、それもそうだな。確かに、魔王国の一般人に言っても仕方ないな。しかし、魔王国ってのは本当に人間も住んでいるんだな。魔族の国って程度しか俺たちは知らない。後、例の魔法をバラまいた非道国家としか」
魔王国は、仮想敵国というのがこの世界の一般常識となりつつある。数百年も生き続ける魔王と強大な力を持つ新生七崩賢がおり、人類国家に対して抑止力となっており誰も攻め入る事ができない。
それから、ヒンメルは酒場の人間から情報収取をした。ここ数か月で海岸に謎の光が見えるという異常現象。幸い人的被害が出ていないが、漁業に影響が出ているとのこと。謎の光の発生源では、海底の地形が大規模に変わってしまっている。
近所に住む魔法使いが調査をしたが、規格外の出来事であり魔法使いには到底不可能。一種の自然現象だろうと結論付けられていた。
◇◆◇◆
一瞬の油断が死を招く厳しい魔法制御を行うプルシュカ。
『良い感じに砲撃に纏まってきたね。その制御をしつつ、正確に目標に着弾させる。これができればその魔法は完璧なものになる』
「ちょっと、黙ってて!! これ本当に集中しないと不味い奴なんだから」
プルシュカの手元にこの世に存在してはいけない物質が生成される。僅か1g生成するのに、プルシュカが全リソースを注ぐ。実にコスパが悪い魔法だといえる。少しでも手元が狂えば大惨事になるが、夢とロマンを大事にする彼女にとっては些細な問題だった。
すでに、当初の目的を忘れて純粋に魔法開発を楽しみ始めていた。そもそも、こんな威力の魔法を家族に向ける事などできない。しかし、仮にこの魔法が直撃してもなんか生きていそうなのが、現存するエルフ達だ。
『海上に人影はない。本当なら島とかターゲットがあればよかったんだけど、全部消滅させちゃったからな~』
「これが、プルシュカの必殺技!! アンチマター・ゾルトラーーーーク」
プルシュカの手元から発射された反物質が数キロ先の海上にて大爆発する。夜だというのに、水平線に太陽が見えるようだ。時間差で押し寄せてくる津波があるが、幸い人が少ない場所だ。被害はほぼでない。
『いい威力だ。やはり、火力こそ正義だね。むふ~』
「それにしても魔王ってこんな魔法を考案できるのに、なんで戦争に負けたの?」
『こんな精密制御が求められる魔法を使いながら、ヒンメル、ハイター、アイゼン、フリーレンを相手にできると思う?世界のバグを集めたようなPTを一人で相手にしないといけなかったんだ。勝てない』
「そうかな~?ママは、ミミックでも用意して食われたところを爆破でもしたら簡単に倒せそうなんだけど。ヒンメルさんは、女性免疫が皆無だからハニトラで簡単に倒せそう。ハイターさんは、安酒で酔わせておけば戦力外でしょ。アイゼンさんは、先に捕らえた仲間を盾にして投降をさせれば確保できそうね」
この言葉に、自称魔王の残留思念はその通りだと思った。仮に、プルシュカが今の知識をもって当時の魔王として降臨したら、勇者ヒンメルPTは成すすべはないだろう。完全にメタ戦略を使ってくる。
本日の魔法の出来栄えに大満足しながら、隠れ家に帰る途中。プルシュカは足を止めた。この迷いの森の中に侵入者がいる事を察する。獣化したプルシュカの聴覚は、森の中を駆け抜ける葉音を聞き分ける。
「夜遅くに迷いの森に人が来るなんて……それも、強い」
『戦士タイプだ。接近されると獣化したプルシュカでも後れを取るレベル。まだ、これだけの戦士が世にいたんだ。世界は広いね~。でも、問題ない。対戦士タイプとの訓練はしてきたはずだ。私のプルシュカが負けるはずない』
「ふーーん、ゾルトラーーク!!」
戦士相手に後衛職である魔法使いが、夜の森の中で真っ向勝負などしない。自分に有利な戦場をつくる。これが鉄則だ。魔力にものを言わせた極太ゾルトラークで彼女の周囲の地形を平たく整地する。
周囲に物がなくなった事により利点を得るのは、プルシュカだけではなかった。この場に走ってくる戦士にとっては好都合。最大加速で距離を縮める。その速度は、まさに神速の域だ。
極まった戦士は、相手に何かをさせる前に殺す。これにより相手がどのような切り札を隠していたとしても無意味となる。今回は、その相手が知り合いの可能性もあり不殺の峰打ちだ。
ギリギリのところでプルシュカが回避に成功。だが、剣速が早すぎたため、真空刃が発生しプルシュカの綺麗な毛並みが乱れてしまう。その結果、切り落とされた綺麗な毛があたりに散乱する。
「成長したな、フリーレン。まさか、僕の攻撃を難なく回避するなんて。フリーレン、これ以上罪を重ねるのはやめるんだ。嘗ての仲間として僕は君を止めないといけない。後、なんだ、その~毛深くなったな」
ヒンメルは、確実にフリーレンだと勘違いし、意識を狩るつもりで攻撃をした。だが、月明りに照らされているのは、ケモナーの可愛い少女だった。しかも、身に覚えのある装備一式と嗅いだ記憶がある匂い。雰囲気こそフリーレンと似ているが、完全に別人だった。
雰囲気が似ていた事やフリーレンの気配がしていたから完全に誤解をしてしまったヒンメル。この状況からの挽回策を考える。
「け、毛深い。私、女の子なのに・・・。しかも、ママと勘違いされて攻撃されちゃった。酷い、プルシュカは傷物にされちゃった。もう許さないんだから、女の子に毛深いなんていうデリカシーのかけらもない通り魔なんて許さないんだから」
「通り魔じゃない。ほら、ヒンメルだ!! 何度かあった事があるだろう」
「確かに、ヒンメルさんだね。でも、毛深いと言われた事実と傷物にされた事実は変わらないわ」
「できれば、今の事はお互い不幸な行き違いとの事でなかったことに・・・」
魔王と対峙した時より、生命の危機を感じ取る元勇者ヒンメル。無言で杖を構えるプルシュカは、絶対に許さないという。
自分に剣を向けられた事に対してより、何もしていない母親であるフリーレンにその剣を向けようとしているヒンメルに対して、怒りを覚えていた。