女神の石碑を発見できないフリーレン。そろそろ痺れを切らしていた。それもそのはず、女神の石碑という希少な存在は簡単には見つからない。何十世紀もの間に発見されたのは僅か数個。必要な時に必要な者の前に現れる――そう言っても過言ではなかった。
そこで天災フリーレンは、弟子ゼーリエと共同で新たな物を作る事にした。既に一人前以上の実力を持つゼーリエは、この時代においてフリーレンを除けば最強の魔法使いだ。未来の革新的な魔法を意図的に劣化させて伝授されるなど、大盤振る舞いを受けていたのである。故に、手伝いをして貰うのに彼女以上の適任者はいない。
「むふ~、ゼーリエも覚えておくといい。並行世界に行くのは目印さえあれば意外と何とかなる。同じ世界の過去に行くのも、精神だけ入れ替えれば可能だ。でもね、肉体ごと過去へ移動するには膨大な魔力と女神の石碑が必要なんだ。遠くない未来、必ず石碑を完全解析して、女神の石碑のレプリカも作ってみせる」
「神への反逆は止めておけ。つまりフリーザお母様は、この時代のエルフではないということか。時代を先取りした魔法の数々もそのせいか……。で、一体、未来ではどんな化け物と戦っているんだ?」
フリーレンが披露した天地を崩壊させるほどの魔法。そのような力を必要とする敵が無数にいるなど、世界滅亡待ったなしだとゼーリエは思った。だが、それらはボンドルドの知識を流用してフリーレンが実現した、世に出してはならない魔法ばかりだった。
幸か不幸か、それらの魔法は戦争に使われたことはない。フリーレンの趣味の範囲でしか発動されていなかった。
ゼーリエの脳裏には、フリーレン級でなければ生き残れない地獄絵図の未来が広がっていた。最近、急増している謎の魔法生命体という不思議な存在が突然発生した事も天変地異の表れだと考えていた。
魔素から魔法生命体を生み出す魔法――フリーレンが過去の世界で独自に開発し、勝手に使い始めたものだった。その詳細は、弟子ゼーリエにも伝えられていない。全国規模で発生している異変がフリーレン起因だとは、ゼーリエは想像していない。フリーレンが人類を何度も追い詰めた所業を知っていれば、自ずと誰が犯人か目星がついただろうが、この頃の純真なゼーリエには諸悪の根源が誰だか分からなかった。
「お、流石だね。そこまで分かるんだ。探し物が見つからないから、未来に帰ろうかと思っているんだ」
「どうやって帰る?女神の石碑を使って来たのだから、帰りにも必要だろう?」
女神の石碑がないなら、別の方法で帰るしかない。エルフだからこそ可能な方法が一つだけ存在していた。
「簡単だよ。この時代の先にあるのは、私がいた未来なんだ。この数十年、無駄に過ごしていたわけじゃない。さて、この辺りがイドフロントになる場所だね。少し深い穴を掘るから離れてて」
「まさか、数千年先まで眠りにつく気か?そんなことをしなくても普通に暮らせばいいだろう」
「残念だけど、それはできない。私が消滅していない以上、未来への致命的な影響は出ていない。でも、これ以上ここにいれば未来が変わる可能性がある。娘たちに確実に会うために、この選択を取るんだ。ゼーリエにもいつか分かる日が来るよ」
子を持つ親でなければ、この感情は理解できない。愛する我が子のためなら、何でもやるのだ。
「訳の分からないことを……私は自分より弱い者とは絶対に結婚しない。子供を産むことなど想像もできん」
「……まぁ、そうだよね。本当にそうなんだよね」
遠い空を見つめるフリーレン。確かにゼーリエが子を産むことはない。だが、産めないが孕ませることに特化する――エルフの倫理観とは一体どうなっているのか。
くだらない会話の最中、フリーレンはアンチマター・ゾルトラークで地面に大穴を開けた。その破壊規模は一撃でビンガム・キャニオン鉱山規模を作り出す威力。これを指先一つで軽く魔法を放つだけで実現してしまう。
「まぁ、こんなもんかな。ゼーリエ、あれが封魔鉱の鉱脈だ。そこに私が数千年眠る場所を作る。手伝ってね。一応、設計書と魔法理論はここに揃えてある。今のゼーリエなら理解できるはずだ」
「相変わらずふざけた威力だ。集落のエルフを総動員しても年単位かかる作業を一瞬で終わらせるとは……これは時間封鎖の結界か」
フリーレンは未来で先々代勇者クラフトの魔法を体験していた。一度見た魔法を解析し模倣する才能は他の追随を許さない。時を止める魔法の研究を重ね、ついに実現に至ったのだ。
「理解力が高いね。そう、これは時の流れを数千分の一にする。これを使えば、少し自給自足すれば未来が向こうからやってくる。この場所に高度な封印があれば、未来で夫や娘が開けてくれる。(ゼーリエという)保険もかけておくけどね」
「理論上は、可能だろう。だが、この理論を実現する魔力はどうする?時の流れに干渉する魔法は、フリーザお母様の魔力回復量を上回るはずだ」
「それこそ簡単だよ。私は核分裂エネルギーを魔力に変換する魔法を開発したんだ。これで私の魔力は事実上無尽蔵に等しい。いや~、自由に研究できるっていいよね」
「よく分からんが、魔力を生み出す魔法を作ったということか。馬鹿げている。理解しているからこそ言える、それは破綻している。絶対に無理だ」
もしフリーレンの言葉が真実なら、誰であっても無限に等しい魔力を得られることになる。
「無理じゃないよ。ゼーリエだって薄々気づいているだろう。これほどの大穴を開けても、私はほとんど魔力を消費していない。これは科学と魔法を融合させた新しい学問……魔科学とでも呼ぼうか。大丈夫、これは身内にしか教えないし広げるつもりもない。そうだね~、ボンドルド風に言うなら、私利私欲のためにしか使わないってやつさ」
「綺麗なことを言っているように聞こえるが、相当下衆なことを言っているぞ。それにしても、誰だよボンドルドって。前に言っていた夫だったか。あの人間を超えた化け物みたいな。で、今作っている終活施設が完成したら引き籠るんだろう。私も連れてってと言えば……」
この世界において唯一の母親代わりのフリーレン。例えこの時代の存在でなくとも、それは変わらない。
産まれてから今までずっと一緒に過ごしてきたフリーレン。母であり師であるその存在は、ゼーリエにとって唯一無二だった。たとえこの時代の存在でなくとも、その事実は変わらない。
エルフにとっては短い時間だったかもしれないが、ゼーリエにとっては濃密な日々だった。だからこそ、これからも共に歩みたいと願った。未来で出会うことになるだろう夫や子供という謎の存在も、少し気になるのが本音だった。
だが、忘れてはいけない。フリーレンはフリーレンなのだ。
「悪いね、ゼーリエ。この施設は一人用なんだ。それに、ゼーリエには未来までやってもらわないといけない事が沢山ある。大丈夫、生きていればまた会えるから」
「ひ、人の心とかないんか?」
衝撃の一言に、ゼーリエは思わず心からの本音を漏らした。
「むふ~、エルフだから人の心はないかな。……って、このやり取りをさせられるとは思わなかったよ。やっぱりゼーリエはゼーリエだね。あれ?どこに行くの?ちょっと手伝いを……え?お前ひとりでやれって?育ての親に対して酷いね」
「いいや、親子の縁も今日限りだ。最後に聞いておきたいことがある。フリーザ、お前は一体何のためにこの時代に来たんだ?」
すでに「お母様」と呼ぶことをやめたゼーリエ。
「そりゃ、この時代にいたと言われる魔王を探しに来たんだ。娘が勇者なんだけど、魔王を討伐したいって……娘の願いを叶えるのは母親の役目だ。でも、見つからなかったから仕方ない。他を当たろうかな」
「魔王ね……いいだろう。私が未来でフリーザの娘の前に魔王を突き出してやる。私は、その魔王に心当たりがある。いや、確信がある」
フリーレンが血眼になって探していた魔王。その存在を、各地に散らばった魔法生命体ですら見つけられなかったのに、ゼーリエは見抜いていた。フリーレンは内心「さすがは、私の弟子だ」と褒めていた。
だが一応、フリーレンは今後も魔法生命体に”魔法の探究”と”女神の石碑の捜索”と”魔王捜索”を未来永劫続けるよう命令を下した。これが遠い未来、彼女の家族に不幸をもたらす元凶となる。
「そっか……じゃあ最後にゼーリエに頼みがあるんだ。少しこっちに来てくれる?」
「なんだ急に」
近寄るゼーリエを優しく抱きしめるフリーレン。そして保険をかける。
「いや~、ゼーリエには万が一の場合、私を未来で起こす仕事をしてもらおうと思ってね。それと、ここで私と過ごした記憶も未来に影響があるから封印しようと思う。大丈夫、こう見えて精神系魔法は得意なんだ」
「は? ふざけるなよ。は、はなせぇぇぇーーー!!」
暴れるゼーリエ。しかし魔法を使って逃げようにも、フリーレンの拘束魔法からは逃れられない。産まれてからずっと一緒にいた記憶が封じられる。当然、記憶に穴ができる。それは映像が黒塗りにされるような感覚だった。
このせいでゼーリエは三日三晩うなされることになる。その間にフリーレンは終活施設を完成させた。内部には水や空気の循環機構、食料生産の仕組みまで備えられ、完全な自活が可能だった。
こうしてフリーレンは、過去の世界で天変地異を起こし、未来の魔族や魔物の源を生み出し、ゼーリエを育て保険扱いし、何の引き継ぎもなく歴史から突如姿を消すことになった。すべてのしわ寄せは、眠りから目覚めたゼーリエが死に物狂いで背負うことになるのだった。
だが、記憶が封じられているせいでこの理不尽が誰が原因か全く思い出せない彼女だった。
未来へなんて力技で帰ればよいんだ。