黎明のフリーレン   作:新グロモント

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閑話:魔法を統べる王⑥

 フリーレンが過去の世界へ旅立って三日が経過した。

 

 

 ボンドルドとしては、フリーレンのことだから「旅立ち=帰還」と同時だと予想していたが、その読みは外れた。だが、答えは単純だ。――未来への帰還魔法が完成しなかったか、何らかのトラブルに巻き込まれたかのどちらかである。

 

 だからこそ、ボンドルドはフリーレンを迎えに行く準備を始めていた。

 

 イドフロントで発掘された“パンドラの箱”の研究を後回しにしてでも、今はフリーレンが最優先だ。フリーレンの娘であるプルシュカとアリスも「迎えに行く!」と当然のように同行を希望している。

 

 この時代に一人だけ残されるのは嫌だ――いざとなれば過去の世界で一緒に暮らせばいい。そうなればアンブラハンズも全員引っ越しである。

 

 ボンドルドは、今あるものをすべて捨ててでもフリーレンを選ぶ。だが、ここで大問題が発生した。

 

 ゼーリエだけは、フリーレンを迎えに行くことに猛反対。しかし、ボンドルドたちがいなくなるなら、アロナとプラナも「一緒に行く」と言い出したのだ。腹違いの姉たちと離れたくない、と。

 

 これにより、ゼーリエの精神的ストレスは限界突破した。

 

 髪をかきむしると、手には大量の金髪が絡みつく。数千年を生きたゼーリエですら青ざめるほどの量だった。イドフロントで可愛い子供たちに囲まれている幸福を、遥かに上回るストレスが彼女を蝕んでいた。

 

 その様子を見たボンドルドが、そっと声をかける。

 

「ゼーリエ様。意地を張らず、一緒に行きましょう。確かに大陸魔法協会や弟子たちを置いていくことになりますが、我々が揃えば解決できない問題はほぼありません。最悪、どこかで隠居してこの時代の到来を待てばいいんです。待てば……休眠……いや、まさか」

 

 ボンドルドが何かに気づきかけていた。長寿の者だけが辿り着く発想。人間かどうか怪しくなってきたボンドルドが、その域に達しつつあることにゼーリエは警戒した。

 

 あと一歩ヒントを与えれば、パンドラの箱に封じられた“魔王”の正体に気づいてしまう。

 

「ボンドルド。世界平和かフリーレンか、どちらかを選べ」

 

「フリーレンさんです。ですがゼーリエ様も大事です。これは嘘ではありません。私が愛したエルフの女性は、過去も今も未来も彼女一人であり続けたいんです。……ゼーリエ様の髪が大変なことになっているのも、今の問いと関係があるのですね。気休めですが、目立たないように髪を結っておきます」

 

 即答だった。

 

 世界とフリーレンを天秤にかけても、ボンドルドは迷わずフリーレンを選ぶ。愛を語らせたら右に出る者はいない男である。

 

 ゼーリエは椅子に座り込む。

 

 ボンドルドは、彼女の頭皮にできた100円玉サイズの円形脱毛を見つけ、胸を痛めた。

 

 女神の力でも治せない髪の問題。だからこそ、せめてストレスを減らすためにプルシュカとアリスを使ってゼーリエを癒す計画を立てる。

 

「相変わらず器用だな、ボンドルド……黙っていたが、私はお前たちが探している魔王フリーザを知っている。知っているというか……私の育ての親だ」

 

「そうでしたか。ここ数日のおかしな様子は、それが原因だったのですね。悩みは話せば軽くなることもあります。私はゼーリエ様の孫弟子であり、ゼーリエ様の子を産んだ者です。どうぞ、気のすむまでお話しください」

 

 千年以上前に出会った頃とは姿形も性別も変わり、人間という種族の限界を品種改良で突破しようとしている化け物ボンドルド。後にも先にも、こんな人類は現れないだろう。だが、その男もまたフリーレンのために存在している。

 

「どこでどう歯車が狂えば、あの吹けば飛ぶような人間と子供を作ることになるんだろうな……これも全部、フリーレンが原因に思えてきた。いや、そうとしか思えない」

 

「たとえ全ての道がフリーレンさんに繋がっていたとしても、全ての元凶がフリーレンさんだったとしても……些細なことです。フリーレンさんがいなければ今はない。結果的にゼーリエ様も幸せになれている。それで十分ではありませんか?」

 

 その時、プルシュカが大量の荷物を背負ってやってきた。

 

 これから過去の世界へ母を迎えに行く――大冒険に胸を躍らせている。えっほえっほという掛け声だけで周囲が笑顔になる。

 

「むふ~! ママったら仕方ないから、今からプルシュカ達がお迎えに行ってくる!ママ捜索隊、1番プルシュカ!」

 

「2番、アリス! ままは寂しがり屋さんなので心配です。好き嫌いも多いので、栄養バランスの悪い食事をしていないか不安です」

 

「3番、アロナ。先生を探しにお姉ちゃんたちと大冒険に行ってきます。ママ(ボンドルド)も一緒だから安心です」

 

「4番、プラナ。同じく先生を探しに行きます」

 

 ゼーリエは、膝から崩れ落ちた。

 心の支えである子供たちが、全員フリーレンのために動く。目の前が真っ暗になり、倒れそうになるところをボンドルドが支える。その姿は、干からびた乾物のようだった。今なら見習い魔法使いでもゼーリエを倒せそうなほど弱っている。

 

 床に散らばる髪の毛を見て、ゼーリエは意識を失った。

 

 ボンドルドは知っている。 ゼーリエの心労を癒すには、子供たちの笑顔が一番だ。そこで、皆が昼寝する場所のど真ん中にゼーリエを寝かせた。のしかかる子供たちの重みがストレスを溶かし、顔色がみるみる良くなっていく。

 

 その様子を確認したボンドルドは、唯一の心残り――パンドラの箱へ向かった。ゼーリエの様子がおかしくなったのは、この箱が原因だと確信している。

 

 フリーレンが帰還しないこと。

 

 ゼーリエが異様なほど協力的だったこと。

 

 古代の魔王――原点にして頂点、魔法を統べる王フリーザ。

 

 フリーレンの行動を読むため、ボンドルドは“あの者”を準備していた。神代の魔物・水鏡の悪魔(シュピーゲル)によって思考まで完全コピーされた存在――コピーレン。フリーレンが過去に出立前に念のため、コピーを残しておいた。

ボンドルドの手で近代改修され、言語も話せる。

 

「魔王フリーザという名に心当たりは?」

 

『ある。五千年ほど前に突如現れ、今の魔物や魔族の祖となった存在だ。その出現により、我々神代の魔物と近代の魔物の境界が曖昧になった』

 

「なるほど。では、フリーレンさんがその時代に移動し、まだ戻ってこない。彼女なら、どうやって帰ってくると思う?」

 

『魔法で帰れないなら、その時代に向かう“波”に乗る。だが時代への影響を避けるため、人目のつかない場所で過ごすだろう。数千年をひっそり過ごせるほど、彼女の心は強くない。だから時間干渉の魔法で加速度的に戻ってくる。……パンドラの箱のようなもので』

 

 やはり、とボンドルドは呟いた。

 

「最後に、フリーレンさんが過去で名乗りそうな偽名は?」

 

『語呂がいいからフリーザだろう。……疲れた顔をしてどうした』

 

 ボンドルドは悟った。

 

 ゼーリエはすべてを知ったうえでフリーレンを過去へ送り出したのだ。その結果、魔物や魔族の祖が生まれることも承知の上で。同族殺しに加担したも同然。だが、フリーレンを過去に送らなければ、今の世界が消える可能性もあった。

 

 究極の選択だった。

 

 髪が抜け落ちるほどのストレスも当然だ。

 

「この封印魔法、解除を手伝ってください。フリーレンさんをコピーしておいて本当に良かった。あなたの思考と私たちがいれば、ゼーリエ様が目覚めるまでに開封できるでしょう」

 

『私たち?……あぁ、扉の陰で見ている子供たちのことか』

 

 獣化したプルシュカがゼーリエを抱きかかえ、地下深くまで来ていた。子供たちも何となく察していたのだろう。パンドラの箱の前に勢ぞろいする。

 

「ママだけ大冒険とか、魔王とかの称号はずるい~! プルシュカが欲しいもの全部持っていくのはママだけだよ。でも、ママだから仕方ないよね。ちゃんとプルシュカがフォローしてあげないとね」

 

「アリスは悲しいです。ままが真に倒すべき魔王だったなんて……でも、ままを倒せば経験値が膨大でアリスのレベルアップは確実です。必殺、“ままなんて大嫌い。ゼーリエママ様の子供になる”でイチコロです」

 

 本当にイチコロされそうなので、ボンドルドは止めるべきか迷った。五千年ぶりに帰ってきたフリーレンが娘から拒絶されたら、さすがに心が折れる。

 

 こうして、コピーレンとエルフ一同がパンドラの箱の封印解除に入った。その間、ゼーリエは獣化プルシュカに抱かれ、幸せな夢の中。裏で地獄の門が開こうとしているなど知る由もない。

 

 コピーレンは余計な“むふ~”を言わず、指示を忠実に実行する機械のような存在だった。ゼーリエが見ていたら、本物を始末してこっちをフリーレンにしようと言い出しただろう。

 

 こうして、千載一遇のチャンスを見逃すゼーリエであった。

 

………

……

 

 絶望の底にいたゼーリエ。だが、プルシュカの太陽のような匂いと暖かい毛皮に包まれ、幸せに眠る彼女の頬をつつく存在がいた。

 

 そして、プルシュカを強引に奪い取る存在――その名は。

 

「ゼーリエ。人の娘を抱き枕にするなんて、そんな子に育てた覚えはないよ」

 

「……フ、フリーレン!? なぜ貴様がここに!? パンドラの箱に封じられていたはず……あ、開いてる」

 

 希望と絶望が詰まったパンドラの箱。もし宇宙のエネルギーを回収するインキュベーターがいたら、観測史上最高のエネルギーがゼーリエから回収できただろう。

 

「危うく寝過ごすところだったけど、ゼーリエにかけた暗示のおかげで何とかなったよ。ボンドルドにヒントを出すよう仕込んでおいたし……あれ?ゼーリエ、なんか髪薄くなってるところある」

 

「触るな、殺すぞフリーレン」

 

 フリーレンが手を伸ばすと、ゼーリエは反射的に払いのけた。髪の問題はデリケートすぎる。

 

「育ての親に酷いことするね。それよりプルシュカ返してよ。これから抱き枕にして最高の睡眠を得るんだから。ほら、早く」

 

「嫌に決まっているだろう。どうしてもと言うなら力ずくで決着をつけるか。人類を幾度となく滅ぼしかけ、同族のエルフを全滅寸前まで追い込んだ元凶――フリーザ」

 

 フリーレンの眉間がピクッと跳ねた。

 

 パンドラの箱から出てきたフリーレンは、歴史の事実を知って一応落ち込んだ。だが、プルシュカとアリス、そしてボンドルドと出会うための必要経費だと割り切る。

 

「私だって、あんな結果になるなんて思ってなかったよ。でも、あれがなければプルシュカもアリスもいないんだからね。それを否定するの? ゼーリエは……いいから早くプルシュカ返してよ。ゼーリエのハゲが感染したら可哀想でしょ」

 

「よしフリーレン。半殺しで許すつもりだったが気が変わった。八割殺しだ。ついでに千年ほど魔法も封印してやる。私が五千年遊んでいたと思うなよ」

 

 見た目は、子供。中身は、大人か疑問のエルフ二人の大喧嘩。だが規模は大地を揺るがすレベルだ。ボンドルドは「イドフロントで戦うのはやめてください」と懇願したが、二人に届くはずもない。

 

 イドフロントが更地になる未来が確定した。

 

「ゼーリエ。私だってパンドラの箱で無駄に過ごしていたわけじゃない。新しい魔法を完成させた。従来の防御魔法では防げない、女神様の回復魔法をアレンジした魔法。回復魔法の一種であり防ぐ方法は存在しない。毛根を死滅するまで“回復”させる魔法――その名も女髪を殺す魔法(ハゲトラーク)!」

 

「……は? お前、女神様の魔法に手を加えたのか!? そんなことが可能なのか……いや、まて。髪に関してはボンドルドですら治せないんだぞ!?」

 

 過去へ行く魔法すら作ったフリーレンだ。元となる魔法があれば、できないことはない。天災と呼ばれる所以である。フリーレンの言葉がブラフでないことを、ゼーリエは理解した。

 

 つまり――この女神様の魔法を勝手に呪いに昇華させた。

 

 ゼーリエはごくりと唾を飲み込んだ。フリーレンが本気で放つ呪詛級の魔法など、まともに受ければ命がいくつあっても足りない。ましてや対象が「髪」だ。失敗すれば、二度と取り返しがつかない。

 

(……これは、出し惜しみしている場合じゃない)

 

 ゼーリエは静かに立ち上がり、五千年ぶりに“大魔法使い矯正ギプス”を外した。その瞬間、イドフロント全域を覆うほどの魔力が解き放たれ、空気が震えた。

 

「フリーレン。お前のふざけた魔法を受け止める気はない。全力で叩き潰す」

 

「むふ~、やる気だねゼーリエ。いいよ、久しぶりに本気で遊ぼうか」

 

 二人の幼子の姿をしたエルフが向かい合う。だが、その魔力は大陸を滅ぼす規模。

 

 ボンドルドは青ざめ、両手を合わせて祈るように叫んだ。

 

「お願いですからイドフロントの外で戦ってください! ここだけは! ここだけはやめてください!」

 

 しかし、二人の耳には届かない。

 

「ゼーリエ、いくよ!女髪を殺す魔法(ハゲトラーク)!」

 

「酷い魔法ばかり使いやがって!! もう、私は怒ったぞ、フリーザ―――!!」

 

 ゼーリエの魔力が爆発し、フリーレンの魔法と激突した。その衝撃は大地を揺らし、空を裂き、イドフロントの建造物が次々と吹き飛んでいく。

プルシュカとアリスは、世界最高峰の魔法勝負を目の前に二人を応援する。

 

「がんばれ、ママ!! ゼーリエママ様! 勝った方にプルシュカを抱きしめて眠る権利をあげちゃいます」

 

「アリスはどっちも応援します! でも、ゼーリエ師匠(せんせい)の髪が全部なくなるのはちょっと……」

 

 ボンドルドは、泣きそうだった。

 

「再建したばかりの研究施設が……」

 

 戦いは数時間続き、最終的に―イドフロントは更地になった。

 

◇◆◇◆

 

 そして十数年後。

 ある地方で新たな女神の石碑が発見された。

 

 そこに刻まれていたのは、

 

 女神様の新しい魔法――女髪を殺す魔法(ハゲトラーク)

 

 使い方次第では医療脱毛として利用できるため、女性たちの間で爆発的な人気となり、教会の権威はさらに高まった。

 

 もちろん、ゼーリエは石碑を見た瞬間、膝から崩れ落ちた。

 

「……フリーレン。まさか、お前がこの世界を」

 

 その叫びは、誰にも届かなかった。

 




これで思いつきたネタはいったん完了!!
フリーレンの放送を待ちましょう。

最後までお付き合いいただきいつもありがとうございます!!
また、思い付きで投稿した際にはよろしくお願いいたします。
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