黎明のフリーレン   作:新グロモント

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閑話:水三十五リットル、炭素二十キロ、カルシウム…②

 ゼーリエは、フリーレンを殺すなら絶対に逃げられない環境を用意し、塵一つ残さず消滅させる必要があると理解している。取り逃がせば魔法を解析され、さらに成長して舞い戻ってくる。死にかける度に強くなって戻ってくるなど、どこの戦闘民族かと言いたくなる。

 

 エルフの手で生命を創造する。今でも魔素から魔物を産み出せるフリーレンだが、これは次元が違う。

 

 魔法使いとして極致に達しているだけでなく、生命の創造にまで手を伸ばす。孫弟子の暴走を止めるのも師の務めだ。道を誤ろうとするなら、それを止めるのが年長者。しかしゼーリエであっても、フリーレンを止めるのは容易ではない。

 

 だが、エルフの種存続のため。未来のため。子供たちのため。

 ゼーリエの覚悟が固まる。

 

「フリーレン。貴様は自分が何を言っているのか理解しているのか? それを私に聞かせて何の意味がある。言っておくが、刺し違えてでもお前を殺す覚悟は今できた」

 

「だろうね。だから最初に全部伝えたんだ。後で知ったら、それこそ大惨事だ。でもね……ゼーリエは、私に協力するよ。だって、当事者の一人になるんだから」

 

 フリーレンは静かに続ける。マッドサイエンティストでもなければ、頭のネジが外れた魔法狂いでもない限りあり得ないと鼻で笑う。その間、ゼーリエはフリーレンを殺すためのあらゆる魔法の準備を始めていた。

 

「ボンドルドは秘密にしている。プルシュカやアリスも気づいていない。……最近、アンブラハンズの数が減り続けている」

 

「はぁ? ふざけているのか? あの、殺しても死なない残機制のボンドルドが減っている」

 

 いつになく真剣な顔でフリーレンの口から漏れた言葉は、ゼーリエの予想の遥か斜め上だった。千年を超える付き合いだからこそ、ゼーリエがそのような物言いをするのも当然だ。

 

「そうだ。精神隷属機(ゾアホリック)は完成された魔法だ。ゼーリエとフランメ師匠、そしてボンドルドが共同開発しただけはある。だが、知っての通り欠点がある」

 

「その通りだ。精神隷属機(ゾアホリック)は勝率が低く、ギャンブル性の高い魔法だ。ボンドルド自身が極めて高い適性を持っていたからこそ、確率に常勝していただけだ。なぜ今になって失敗が?」

 

 歴史上、ボンドルド以外に精神隷属機(ゾアホリック)を使う者はいない。フリーレンやゼーリエでさえ、この魔法を使う事はない。それこそ死に際でよほどの窮地に追い込まれない限り使おうとは思わないし、成功しても新しい肉体で正気が保てるとも思えないからだ。

 

「貪欲さが欠けた。エルフと家庭を持ち、子供を成したことで、ボンドルドの目的の大半は達成された。本人も言っていたよ。私やゼーリエ、子供たちが寂しくない未来を作れたことを誇りに思っているって」

 

「……続けろ、フリーレン」

 

 いわば燃え尽き症候群だ。

 ボンドルドは望むものをほぼ手に入れた結果、生への執着が薄れつつある。そんな状態で精神隷属機(ゾアホリック)を使えば、成功率が落ちるのは当然。フリーレンに科学を継承できたことや、エルフの子供たちに明るい未来を残せたことで、やり残すことが無くなってきていた。

 

「アンブラハンズの数は全盛期には200名を超えていた。今では30人程度にまで減っている。それこそ、次代のボンドルドとなり得る死装束は2名しか残っていない。恐らく、精神隷属機(ゾアホリック)を使った記憶の引き継ぎも二回か三回が限界だ」

 

「人間の寿命は短いからな。だが、別に死んだなら死んだで構わないだろう。女神の祝福であるヘイロー持ちの子供たちがいれば、オレオールからいつでも戻ってこられる」

 

 歴代すべてのボンドルドが収監されているオレオール。死生観が色々とバグってしまう原因だ。

 

「人の死を何だと思っているゼーリエ。そんな簡単に死んでもいいなんて口にするな。ボンドルドは私の夫だ。死んでいいとか……プルシュカやアリスの前でも同じことが言えるのか? 殺すぞ」

 

「お前に言われるとなぜか釈然としないが、まぁ、その通りだったな」

 

 ゼーリエからすれば「お前が言うな」と言いたいが、ぐっと堪えた。今まで間接的に何人を死地に追いやったと思っているんだ、と。

 

「死んだボンドルドはオレオールから出ることはできない。それはアリスが既に証明している。それができるなら、今頃イドフロントはボンドルドで溢れている。元々バグみたいな存在だからね。なにが原因かさっぱりだ」

 

「それでもオレオールで会えるならいいじゃないか」

 

 誰もがその発想に行きつく。だが、そこは当然フリーレンも通った道だった。オレオールに収監された過去の英雄たちだって、永久にそこにいるわけではない。既に数名が成仏してオレオールから消えていることを、フリーレンはゼーリエに伝えた。

 

 そして、事の重大さを理解する。

 ボンドルドという異質な存在が、エルフたちの輪を繋いでいる。その存在が完全に消滅する可能性は、ある意味、人類滅亡の引き金になりかねない。

 

「そういうことだ、ゼーリエ。もう残された時間は多くない。ボンドルドがこの世から完全に消えたら……私は耐えられない。恐らく、プルシュカやアリスもだ。ゼーリエ……過去のことは水に流して、手伝って欲しい。ボンドルドの新しい体を用意するんだ」

 

「エルフの人生をここまでかき乱しておいて、ヤり逃げなんてさせるか。手を出した以上、最後まで責任を取るのが男というやつだ。・・・いいだろう。お前の監視も必要だ。私に何も言わずにこの世から退場しようとした馬鹿弟子は、ゆるさん。未来永劫エルフを見守る役目をしてもらわないとな」

 

 ゼーリエは、フリーレンが興味本位――例えばアリスからのお願いで妹を人造しようとしていたとか――そんな理由なら殺すつもりだった。だが今の話を聞いて、手伝うことを決意する。エルフという種族に、ボンドルドという存在は必要不可欠になっていた。

 

「そうそう、ゼーリエ。ヤり逃げって……手を出したのはゼーリエじゃん。私は、その件を許してないからな」

 

「奇遇だな。私もお前のせいで脱毛に悩まされたことは許さないからな」

 お互い仲直りの握手をしつつ、全握力を集中させる。

 元々、肉体的にも強い魔法使いを目指している二人。双方の手の骨にヒビが入るほどの握手を交わし、教会で治療を受ける事になる。

 




愛する者のため、禁忌に手を染める。

愛、愛ですよ。
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