帝国にある高級宿とはいえ、エルフを見た事ある人は滅多に居ない。一流宿に勤める店員達も思わず彼女達に興味津々だ。エルフと言えば、存在こそ聞いた事があるが生きる伝説みたいな生物。
そのお陰で、可愛いエルフ姉妹と言われて可愛がられる。その保護者が、黎明卿ボンドルドと呼ばれる男で無ければ、色々とちょっかいを出す客も出てきただろう。誰も、自ら死地に飛び込むバカはいない。
案内された三人部屋は、中々豪華であり数ヶ月くらいは気楽に過ごせる。そんな場所だ。
部屋に到着するとフリーレンとプルシュカがお互いにベッドの位置取りで争った。窓際は寒いから嫌との事で入口側を陣取ろうと二人とも譲らない。
「二人ともそんなことで争ってはいけませんよ。なんなら、ベッドを繋げて川の字で寝ますか。プルシュカが真ん中で」
「それはありだ、ボンドルド。プルシュカは寝る時は獣化するんだよ。長時間その形態を維持する訓練だ」
「えぇ~、フリーレンお姉ちゃんが何時も抱きついてきて暑苦しいよ~」
夕食まで時間がある三人は、街に買い物に出かける。
フリーレンは魔法店と言うかと思えば、プルシュカが希望する服飾店や露店を見て回る事を優先する。プルシュカに手を繋がれて引っ張られる様子は、実に微笑ましい限りだ。服飾店では着せ替え人形となるフリーレン。可愛い子は何を着ても似合うと店員がべた褒めするので、言われるがままにボンドルドは財布の紐を緩めていた。
何て商売の上手い店員だ。ボンドルドは、鴨にされているのは分かっていたが、何でも買ってあげてしまう。北側諸国の英雄相手に、財布の中身を根こそぎ奪い去ろうとする根性は称賛に値した。
「見て見てパパ!! フリーレンお姉ちゃんとお揃い。可愛いでしょ」
「買うのは良いんだけど、なんで三着なんだ。一着多いぞ、それにサイズも…」
「こっちは、ゼーリエお姉ちゃん用だよ。帰りに寄るんだから皆で一緒に写真を撮るの」
「嫌だよ。ゼーリエとお揃いなんて」
フリーレンはゼーリエの事が苦手だ。だが、プルシュカにとっては大事なお友達だ。三人でお揃いで写真を撮りたいという可愛い娘の要望を断る酷い親なんていてはいけない。酷いよと泣きそうな声をするプルシュカ。
その様子に、フリーレンも躊躇う。
「フリーレンさん、こう考えるんです。あのゼーリエ様がどんな顔をするか……ゼーリエ様が嫌な顔をするのはお好きでしょう?だったら、何を躊躇うんです。それに、プルシュカが泣いています」
「うぅぅぅ、分かったプルシュカ。ゼーリエも一緒に三人で写真を撮ろう」
ゼーリエの嫌な顔が見れるなら三人で同じ服を着て写真くらい撮ってやると意気込むフリーレン。自爆覚悟の攻撃はゼーリエにも確実にダメージが入る。
「ひっぐひっぐ、約束出来る?」
「約束する」
泣く子には勝てないフリーレン。プルシュカと約束してしまう。
その瞬間、にやりと顔を変えるプルシュカは、中々才能がある。母親すら手玉に取るのだから。
「ヨシ!! フリーレンお姉ちゃんもチョロかった。パパ、お会計お願い」
「分かりました。ゼーリエ様もその手で落とせばチョロイですよプルシュカ」
楽しいお買い物と夕食を終えてフリーレン、ボンドルド、プルシュカは宿に戻る。ベッドの上では、プルシュカがフリーレンに耳かきをされており幸せそうな顔をしている。これほどまでに平和な夜は本当に久しぶりのフリーレン。
少し離れた部屋で弟子が色々やっている最中で有ることなど既に記憶の彼方だ。
………
……
…
消灯し、全員がベッドで川の字で寝る。
ここで、大きな問題が発生した。カーテンも閉めて暗いはずの部屋が何故か紫の光で明るかった。
「ボンドルド、寝る時は仮面を取れ。紫のサイリウムが眩しい」
「そうでしたね、配慮が足りませんでした」
ボンドルドは、仮面を外してサイリウム部分に布を被せる。
「パパ、フリーレンお姉ちゃん。手を出して」
真ん中にいるプルシュカが両手を繋ぐ。獣化しておりプニプニの肉球が実によい感じだった。
「今日は良い夢が見られそうだ。知っているか、ボンドルド。プルシュカは寝相が悪いんだ。テントで一緒に寝ていたときは何度も蹴られたんだから」
「フリーレンお姉ちゃんだって、人の事言えないでしょ。プルシュカも何度も蹴られたんだから」
「はいはい、どっちもどっちですよ」
手のかかる子供が二人居るみたいだとボンドルドは何時も思っている。だが、それがいいとも思っている。
「ねぇ、プルシュカ。魔法の訓練楽しい?」
「楽しいよ。これからもっと上手になって世界で一番凄い魔法使いになるんだから」
フリーレンもボンドルドも出来るだろうと思っていた。
それを可能とするだけの才能と寿命をプルシュカは持っている。これは大きなアドバンテージだ。
「そういえば、プルシュカって杖を使わないけど何か理由が有るんだっけ?」
「別に無いよ。パパも使ってないじゃん。杖って何か魔法を使うのに必要な物だっけ?」
「杖とか戦う上で邪魔になりませんか?幅を取るし、別に何も変わらないなら剣を持った方がマシかと」
フリーレンの脳裏に浮かぶサツマ的な武士になったプルシュカ。獣化の魔法で身体能力が底上げされているから決して不可能で無い事に気が付く。ムキムキになってチェストーとか叫ぶプルシュカなど絶対に見たくないフリーレン。
「止めろ、プルシュカ。剣を持つ魔法使いとか形式美が許さないからな」
「私としては、実戦的で良いと思いますよ。イドフロントには、ヒンメル様の勇者の剣を作ったドワーフの方もおります。プルシュカが望むデザインの剣を用意します」
魔族を殺す為ならば、魔力隠蔽して欺き、暗殺する事も許容するフリーレン。しかし、娘がチェストーと猿叫を上げながら敵に斬りかかる様子は許せなかった。
「今からでも杖を持つんだ。まだ間に合う」
「えぇ~、でも~、ゼーリエお姉ちゃんも杖を使ってないって聞いたよ」
ボンドルドだけで無くゼーリエとも同じ戦闘スタイルである事を知るフリーレン。これは、色々と納得がいかなかった。
「どうしよっかな~。じゃあ、プルシュカの杖を買ってよ。
「あぁ、わかっ………た」
フリーレンは横で寝ているプルシュカの方に顔を向けた。
娘の顔はまっすぐフリーレンを見ている。その目は潤んでおり、涙を流していた。
「私は、2時間ほど外の空気を吸ってきます」
ボンドルドは、プルシュカの手を離し仮面を拾い上げ部屋を退出する。
プルシュカは、母親が残した構築式を元にロケットペンダントの封印魔法を解除していた。娘は、母親が予想するより優秀であり、その才能を見誤った事がこの状況を生んだ。
自ら言い出す機会を失った事を後悔する。