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勇者ヒンメルが魔王を討伐してから―――数時間後。
もはや息も絶え絶え、全員が全員、疲れ果ててしまっている。
それでも、彼らは足を止めなかった。帰る為に、その足を動かした。残る力を全て振り絞り、外へと。
歩き、歩き、歩き―――その果てに。
「あぁ、やはりお疲れの様ですね」
少年の声が、凍て尽くされた門前で木霊する。
フリーレン、ヒンメル、ハイター、アイゼン。その四人が、目を見開いてその状況を目視する。
腰に一振りの剣を差した、黒髪の少年。その周りにあるのは、無様に冷たい大地に倒れ伏す幾百もの屍。
優しい魔族と冷たい人間の間に産まれた半人半魔の存在―――クライゼル。
魔王城へと行く前に出会い、様々な話しをした子供。
そう思っていたが―――それは否。彼は見た目こそ少年のそれだが、事実として子供であるという訳ではない。
彼はフリーレンよりも永い時を生きている。本人はあまり憶えていないらしいが。
曰く―――永い時間は、殆ど魔法と剣に打ち込んでいたから憶えていない、と。
なら、この状況は。この惨状は。
彼が作り出した。そう理解するのに、時間は掛からなかった。
「大きい音が家まで聞こえてきたので、急いで来たんです。そしたら、色んな人が襲い掛かってきて…」
「ひい、ふう、みー…ダメだ、数えてたらキリがないよ」
「凄いな…」
「いえ、そんな事より。皆さん、酷い怪我だ。早く手当てをして休まないと」
「…私はまだ、君の事を信じられないけど」
「僕は、ただ母の言葉に従って、皆さんを助けたいというだけです。信じられないなら、それでも構いません。ですが、どうか助けさせてもらいたいんです。僕が怪しい事をすれば、即座に殺しても構いませんから」
嘘は感じられない。だが、熱意も感じられない言葉。判断がし難い彼の言葉に、フリーレンは頭を悩ませた。
何も知らない少年。人間や魔族の事すらも碌に知らされずにこれまで生きてきた、蒙昧の少年。
蒙昧故に、人からの言葉に忠実で、他人への信用が高い。
疑う事も考える事すらも知らないからこそ、全てを鵜呑みにしてしまう子供。
信じるべきか。仮に断ったとして、今の状態では魔法も碌に使えない。このまま王国に帰る事が、果たして出来るかどうか。
フリーレンは考えようとした。が、
「助けてくれるのかい!? なら助けてくれ!」
「クライゼル、貴方が心優しい人で良かった! 貴方は命の恩人です!」
それは二人の仲間によって途切れた。
「ちょ、二人共…」
「とやかく言うのは後だ、フリーレン! もう僕は一歩足りとも歩けないし、歩きたくない!」
「最後のは明らかお前の私情だろ」
「あ、クライゼル。お酒とかってありますか?」
「傷だらけなのに…生臭坊主」
「アッハッハ!」
笑い合う四人。魔王を倒した勇者一行からは、真面目さなんてものは一片も感じられなかった。
仲間。友人。
自分には無いそれを持つ彼ら、自分の知らない事を知る彼らに、クライゼルは初めて、羨望を抱いた。
だが、本人がそれを確かに認識する事はなかった。胸に生まれたそれを気に留めず、クライゼルは魔法を唱えた。
「―――『癒やす魔法』」
杖を使うでもなく。ただの一言で、その魔法は発動した。
翡翠の光が、四人を包む。日光の様に暖かい光が、傷だらけだった四人の体と精神を癒やす。
癒やす魔法―――フリーデン。彼の母親が永い時を掛けて極め、自身の名前を冠した魔法。
人を傷付けず、動物を傷付けず、自然を傷付けず。ただ癒やし、傷を治す魔法。
フリーデン。その言葉の意味は――――――“平和”である。
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クライゼルの家は、永い年月が経っているとは思えない程に綺麗だった。
外見だけでなく内装すらも、買ってばかりも同然の状態だった。
「母は『癒やす魔法』を極める片手間に、生活に役立つ様々な魔法を教えてくれました。これを使えれば、困っている人も助けられると」
綺麗にする魔法。食べ物を保存する魔法。氷を作る魔法。とにかく、生活に役立つ様々な魔法を母親は教えた。
その結果として、この家は綺麗なまま。だが、虚しく、悲しい事に、どれだけ綺麗であろうとも此処には誰一人として訪れなかった。
旅人も、怪我人も。誰一人として。
「困っている人が居たら、必ず助けなさい。私か教えた魔法を使えば、貴方はきっと多くの人の役に立てる」優しく微笑みながら、幼い彼の頭を撫でて母親はそう教えた。彼はそう教わられた。
だが、困った事に。
人の役に立つ。困っている人は必ず助ける。その二つが、結局として彼はよく理解し切れていなかった。
何故、そうしなければならないのか。何故、そうした方が良いのか。それらを全く考える事もなく、彼はただ親の言う事に従うのみで、深くわかっている訳ではなかった。
そもそもとして―――疑う事すら知らないのだから。
「僕は、何も知らない。人間も、魔族も、世界も。僕の世界には、知らない事しかない」
無知蒙昧。意思持たぬ人形。それが、クライゼルという少年の現状だ。
何も知らない子供。勇者ヒンメルは、そんな子供に一つの提案をした。
お人好しの彼には、知る事の楽しみを知らない子供を放置する等という事は出来なかったのだ。
「なら、クライゼル。旅をしてみたらどうだ?」
「旅…?」
「此処を出て、色んな所を回るんだ。村や町、国を旅すれば、多くの人と出会える。その過程で、色々な事が知れる」
「此処から出て…外の世界を」
「あぁ。旅は良い。僕は、皆との旅が楽しかった」
「……なら、もっと教えてください。楽しかった旅の事を、その旅を通して知った事を」
「勿論。君が旅をしたいと思える話しをしよう」
勇者ヒンメルは、一人の少年に多くを語り聞かせた。
仲間との旅。仲間との思い出。それら全てが、大切なものであったのだと。
それは、彼の心を、そして欲を動かすには、充分過ぎる話しだった。