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―――勇者ヒンメルの死から10年。
中央都市の外れにある森の中で、クライゼルは子供を担いで一目散に逃げる様に駆け抜けていた。
「まさか子供の捜索で魔獣と追いかけっこする事になるとは。世界は本当に不思議な事で沢山だ」
感心する様に呟くクライゼル。だが、その現状は決してそんな呑気な事を言える様な安心出来るものではない。
魔猪。それも親。全長4mに及ぶ、巨大な突然変異の個体だ。天災の象徴とも言えるだろう。
そんな怪物に追い掛けられている、それだけで子供が恐怖で涙するのは妥当である。
「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「そんな泣かないでください。大丈夫、大丈夫ですから」
「だいじょうぶじゃないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「それだけ言えるのなら大丈夫な気がしますが…しかし、困りましたね。このまま逃げ続けては森が壊れていく。それは不本意ですね…」
巨大から逃れる為に走れば走る程、巨大は自然を破壊していく。
木々を薙ぎ払い、大地を踏み抜き、花々を散らし、小動物を蹴散らしていく。このままでは自然が完全に破壊されてしまう。そうなるのはクライゼルとしても不本意である。
どうしたものかと思考した果て、クライゼルが出した答えは―――
「仕方ない。ごめんなさい、今より怖くなるかもです」
「えっ!?」
「ほんの一瞬、鳥になりますが…大丈夫、絶対に助けますから。約束です」
「なに、鳥になるってなに!? なにするの!?」
「ちょっと高い高いするだけですよ」
「え、え、え!? ちょ、やだやだやだ!」
「本当に一瞬ですから。ちゃんとキャッチしますから、大丈夫です」
「大丈夫な要素欠片もないよ!? どこにも保証がないよ!?」
「さて、この辺りですか。それでは、行きますよ」
「ま――――――!?」
言い切る前に、子供の体から重力がなくなった。
ふわり、と。まるで吹いて飛ぶタンポポの様に、子供は空を舞っていた。白い雲、青い空、眩しい太陽、羽撃く鳥達の姿が目に映る。
自分は空を飛んでいる。すぐにそれを理解したが、あまりにも突然の事態に絶句しているのか一言も発する事が出来なかった。
そんな中で、しかし―――子供はその目で、ソレを捉えていた。
「―――」
『Goooooooooooooooooooo――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
咆哮が大気を揺らす。自然と動物達を恐怖に陥れ、そこにあるもの全てを踏み潰さんとする魔猪は雄叫びと共に疾走する。
眼前の敵。外套を身に着けた、人間か魔族か判断がつかない謎の存在。自分の縄張りに入った獲物を奪い取った略奪者。
この強靭な肉体と誇り高き牙で以て、その五体をぐちゃぐちゃにしてやる。そんな殺意を宿し、魔猪はクライゼルへと猛進していた。
剣に手を掛け、立ち向かう。
稲妻が落ちる。あまりにも速く、鋭く、音すら鳴らぬ剣身が魔猪の硬い肉と斬り裂き、大きな骨を断ち斬り、その足を崩す。
態勢が崩れた瞬間、視界が消える。まるで布を掛けられた様に黒く染まり、何一つとして見えなくなる。最後に見たのは、目の前に飛び散った赤い水だった。
腱を斬り裂き、力を奪う。暴れ回っていた巨大はそれを支える力を失い、呆気なく大地に倒れ伏す。
駆け上がり、登り、跳ねる。直剣というには曲剣に近く、しかし曲剣というには少し真っ直ぐな、反った流麗な剣身の刃金を大きく振り上げて、その脳天へと振り降ろす。
「―――」
スッ、と。
一寸の狂いもなく、真っ直ぐに振り下ろされた剣身は柔らかい肉を斬り捨て、鉱石の様に硬い頭蓋を叩き斬り、その巨大を一刀で両断してみせた。
子供は、確かに見た。その剣を、洗練された剣技を。
ただ敵を殺す為の剣技。弱点を狙い、ただ一振りで斬り裂き、急所へと最短で剣を振るう、見惚れてしまう程に綺麗な殺しの剣。
あまりにも美しく、綺麗で、そして―――悲しい剣を見て、子供は。
「―――すごい」
ただ、それだけを零した。
自由落下に従い、落ちてくる子供を怪我のない様に見事にキャッチしたクライゼルは、小さく息を吐いて子供を見る。
「ほら、一瞬でしたよ。ないとは思いますが、怪我は?」
「…大丈夫」
「良かった。それでは、このまま村に戻りますよ。貴方の両親も心配しているでしょうから」
表情を変えず、まるで何事もなかったかの様に後を去る。
子供は、目を輝かせてクライゼルに話し掛けた。あの剣技に見惚れた、若き剣士が。
「ねぇねぇ、お兄ちゃんカッコよかった!」
「カッコよかった…僕が、ですか?」
「うん!」
「それは…ありがとうございます」
「誰かに教えてもらったの? その剣、他の剣とちょっと違うけど、もしかして魔剣!?」
「えっと…」
目を輝かせる子供の質問に、少しばかり困惑してしまう。
一つずつ答えるから、少し落ち着いて。クライゼルがそう言い宥めれば、子供は素直に言う事を聞いた。
余程、彼から話しを聞きたいのだろう。
「剣技もこの剣も、全ては僕の父から受け継いだものです。カタナ…という剣らしいのですが、魔剣ではありません」
「カタナ…! カッコイイね!」
「…そう、ですね。カッコいいですよね、カタナ」
幼い頃の記憶が蘇る。
父の剣を見た初めての日。反った流麗な剣身を、静かに、そして美しく振るう速さと技の剣技。
そう―――あの時から。
剣への憧れの様なものが、芽生えていたのかもしれない。