仮面ライダーキラー   作:春風れっさー

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■ファースト・アヴェンジ

 正義か、悪か。

 人が信じる二対の概念があった。守られるべき法と道徳、それに背いた犯罪と不義。正しい物を善と呼び、間違った物を悪と呼ぶ。

 人を殺すこと。物を盗むこと。ルールを破ること。罪を犯した者を憎み糾弾し、厳罰に処す。そうすることで、人の社会は秩序を保ってきた。

 正義は絶対の御旗だ。そうであるからこそ、社会は健全に活動する。淀みを浄化し人心を癒やし、ストレスの少ない社会を実現する。それがルールであり、善悪だ。

 善は讃えられるべきであり、悪は罰されるべき物だ。

 勧善懲悪。無意識的にすら人はそう信奉する。そうあれかしと。

 だが、

 

 ならば善に成れなかった者は、悪として滅びるしかないのだろうか?

 

 

 ※

 

 

 その山間の村には、今日も心地よい風が吹いていた。

 

「よっと」

 

 晴れ渡る空の下。小さな家の庭先で洗濯物を干している少女がいた。短めの髪にヘアピンをつけた、十代後半の年頃。Tシャツにホットパンツと動きやすそうな格好をした少女は、印象そのままの快活そうな笑みを浮かべ、シャツや下着のついたハンガーを物干し竿にかけていく。

 服が終われば、今度は寝具。シーツや布団を引っ掛けて太陽に晒していく。水を含んだ布地は重く、それを一人で干していくのはそれなりの重労働だが、少女は汗一つ浮かべずテキパキとこなしていった。

 そして洗濯籠が空になったところで、大きく伸びをした。

 

「ん~、今日もいい天気だ!」

 

 少女の言う通り、今日の天気は快晴。雲一つない青空だ。澄み切った青が何処までも続き、遮る物ない太陽は燦々と降り注いでいる。

 そんな空を眩しそうに見つめる少女。その背に掛かる声があった。

 

「アリバちゃん、洗濯物終わった?」

 

 声の主は縁側に出てきた少し年上の少女だった。栗色の長髪が外気の風に揺れている。髪を抑えるために軽く身体を反らすと、きぃと小さな音が鳴る。それは彼女の座る、車椅子が立てた音だった。

 

「ごめんね、こういうのはお任せすることになっちゃうから」

 

 溌剌とした少女から嫋やかな女性に移り変わりつつある穏やかな容を少し苦い笑みの形にして、車椅子の少女は言った。

 アリバと呼ばれた、ウルフカットの少女はブンブンと首を振る。

 

「そんなことないってセキバお姉ちゃん! むしろお姉ちゃんこそ、今日は大丈夫? 体調は?」

「結構いいかな。咳もないし」

 

 駆け寄るアリバにセキバと呼ばれた少女はそう答えた。アリバはそんな姉に、紅葉色のストールをしっかりと羽織らせる。

 

「それでも油断は禁物だよ。もう秋も近いんだから、寒くないようにしなくちゃ」

「はぁい」

 

 妹にそう言われ、セキバは不服そうに唇を尖らせた。しかしすぐに破顔させ、微笑んだ。

 

「ふふっ。アリバちゃんも段々お母さんに似てきたね」

「そうなの?」

 

 ストールを直しながらアリバは首を傾げた。

 

「てっきりお父さんに似てきたとか言われるのかと思った。山に行くところとか」

「確かに活動的なのはお父さんにそっくりだけど、こうしてお節介焼くところなんかはお母さんって感じかな。小さい頃、お母さんにこんなことされた記憶があるよ」

「ふぅーん……会ったことないからなぁ」

 

 そう言うアリバに、セキバは少しだけ悲しそうな顔をする。

 

「憶えてないかぁ。赤ちゃんの頃だもんねぇ」

「一歳にもならない内の記憶を憶えてたら、あたしはどんな天才児だよ……っと」

 

 納得がいくまでしっかりと羽織らせ、アリバはストールから手を離した。

 

「よし、これでオッケー!」

「ありがとう。それで、アリバちゃんは今日はどうするの?」

「山に山菜採りに行く予定。ここしばらく足を動かしてなかったから」

 

 アリバは己の健康的に肉付いた太ももをペチリと叩いた。セキバは心配そうに眉根を寄せる。

 

「気をつけてね。足元はよく見て。それから、暗くなる前に戻ること」

「やっぱり心配?」

「そりゃね。お父さんみたいなことがあったら……」

 

 父の名を出したセキバは表情を曇らせる。反面、アリバはそれを払拭するように明るく笑った。

 

「平気だって! いっつも帰ってきてるでしょ? だから心配しないで待ってて!」

「うん……ねぇ、アリバ」

「ん?」

「お父さんを奪った山のこと、恨んではない?」

 

 唐突な問いに、アリバは首を傾げた。

 

「恨む?」

「うん。だって三年前、私たちからお父さんを奪ったのはお山でしょう? 憎かったり、恐ろしかったりはしない? もしそれが、山に行く理由だったら……」

「そんなことしないよ」

 

 相変わらず心配そうに自分を見る姉の目に、苦笑しながらアリバは答えた。

 

「憎いなんて、そんな。お父さんが死んだのは滑落事故で、頭を打ってほとんど即死。仕方のないことでしょ」

 

 流石に揚々とはしていないが、それでも気負いなくアリバは言う。

 三年前、二人の父は死んだ。山の事故だった。行方不明になってから数日で見つかったが、アリバを交えた捜索隊が発見したその時には既に事切れていた。滑落し、石に頭を打ち付けての頭蓋骨陥没。それが父の死だ。加害者はなく、誰も悪い人はいない。

 幼い頃に産褥が原因で死んだ母と相まって、二人は孤児となった。死んだ当時はアリバもセキバも泣いてこの村の誰よりも悲しんだ。だが三年も経てば、流石に引き摺ってずっと暗くはいられない。

 ましてや山を、恨むなど。

 

「お父さんが死んだのは、運が悪かっただけ。誰も悪くない。悪い人も、獣すらいない。だったら恨みなんて引き摺ってないで、精一杯生きなきゃ!」

 

 振り切るように、アリバはニッカリと笑って見せた。

 

「だから大丈夫! それより楽しみにしててね、絶対おいしいキノコを採ってくるから!」

「アリバ! ……もう」

 

 姉の心配を振り切るようにそう言うと、アリバは庭を出て外へと向かう。そうなれば、車椅子のセキバは溜息をつきながら彼女を見送りしかない。

 元気よくアリバは手を振った。

 

「刺繍でもして待っててよ! いってきまーす!」

「もう……いってらっしゃーい!」

 

 自分なりに精一杯の声を出して、セキバは妹を見送る。遠ざかっていく背中を見て、彼女は口元を緩めた。

 

「まったくもう、お転婆なんだから……でも元気だからいいよね。お父さん、お母さん」

 

 車椅子の車輪を回転させ、家の中を振り向く。

 そこには仏壇に飾られた二枚の遺影が、優しくセキバを見守っていた。

 

 

 ※

 

 

 飛び出せば、疎らに立つ家々。踏み固められただけの土の道に、生い茂った木々や草花。人が少ない所為で自然の繁茂を食い止めるのが精一杯という光景。正に田舎の集落という趣の風景だった。

 ここは灰神村(はいがみむら)。山奥にたつ、辺鄙な村だ。人口は少なく二百人に達するかどうか。これといった産業もなく、それどころか外部との交流もほぼ断たれている。数少ない村人たちでお互い支え合って生きる、自給自足の閉鎖された集落だった。

 (あかつき)アリバは、そんな灰神村に住む少女だった。

 アリバは村の中をジョギングで駆けていく。そして時折景色を見て、嬉しげに頬を緩ませた。何の変哲もない、いつも通りの風景。それが何よりも愛おしいとでも言うかのように。

 アリバは村が好きだ。生まれ育ったこの風景が好きだった。遠くに聳える雄大な山々も、涼しいせせらぎを響かせる小川も、そこに住む気心の知れた村人たちも、全部が大好きだ。

 村を出たことはない。だがそれでいいと思った。ここ以上に好きなところが見つけられる気もしない。それはきっと広い世界を知らないだけだと仲の良い少し年上の少年は意地悪く言うけれど、だとしてもここ以外のどこかを知る必要はないと本気で思えた。ここでいい。ずっと、ずっと。

 灰神村で姉と一緒に精一杯生きて、死ぬ。それがアリバのただ一つの望みだ。

 

 走って山に向かう途中、診療所の前を通りがかる。そのまま通り過ぎようとすると、声を掛けられた。

 

「やぁ、アリバちゃん」

「ようお転婆娘!」

「あ、ノブ先生! グレイ兄ちゃん!」

 

 ブレーキをかけ、アリバは振り向いた。声を掛けたのは白衣を着た優しげな風貌の壮年と、よく鍛えられた上半身をTシャツで包んだ精悍な若者だった。

 ノブ先生と言われた方の、白衣の男性は眩しい物を見つめるように銀フレームの眼鏡の下にある目を細めた。

 

「相変わらず元気だねぇ。医者としては嬉しい限り」

「お姉ちゃんの分、元気じゃないと!」

「セキバさんは元気か?」

「元気だけど……グレイ兄ちゃんは家に来ないでよね。お姉ちゃんが寝取られちゃう」

「いや人聞きが悪いな!?」

 

 ツンとそっぽを向くアリバにグレイは慌て、ノブは苦笑する。

 ノブは灰神村唯一の医者だ。優しげな風貌そのままに温厚で、村人が寝込んだと聞けば昼夜問わず駆けつけるほど熱心な医療者でもある。アリバも身体の弱い姉共々、何度もお世話になってきた。

 一方でグレイは村の自警団長。人柄もよく正義感溢れる若者代表の青年だった。その精悍さはより年嵩の自警団員がいる中で団長に選ばれるほどだ。アリバにとっても憧れの兄貴分である。ただ前にぽろっと漏らした女の好みが胸の大きい女性だったので、その条件に当て嵌まるセキバが取られないかと警戒していたりした。

 二人の元気なやり取りにノブは溜息をつく。

 

「おじさんになると中々元気が出なくてねぇ。寝ても体力が回復しないし……アリバちゃんやグレイくんの若さが羨ましいよ」

「ハハッ! まだまだ先生もご壮健でしょう。それに俺は、自警団として鍛えていますから!」

 

 バシンと叩くグレイの二の腕には、確かに逞しい筋肉がついていた。それを今度は、アリバが羨ましげに見る。

 

「あたしも筋肉欲しいなー。筋トレとかしてみようかな」

「ハハッ! やめておけ! 俺がシィとルルに殺されてしまう!」

「あぁそうだ、シィちゃんとルルちゃんだ」

 

 アリバの言葉をグレイは呵々と笑い飛ばす。その中に出てきた名前を聞いて、ノブは思いだしたように手を叩いた。

 

「ん、二人がどうかしましたか先生」

「今日が定期検診の日だって言ったのに、全然来ないんだよ。もう時間過ぎてるのに」

「あー……そう言えば奉納の舞いに関することで揉めていましたね。すっかり火が付いて忘れているのかも」

「そういえば今年はあの二人だっけ。参ったな」

 

 額を抑えるノブ。手を挙げたのはアリバだった。

 

「じゃああたしが呼んでくるよ」

「いいのかい?」

「山に行く途中に言伝するだけだし。それから診療所に来るかどうかは、二人の努力次第ということで!」

「そうか。俺が行ってもいいのだが、二人とは相性が少し悪いようでな……暑苦しいと嫌がられてしまうのだ」

 

 グレイは少し悲しそうに目尻を下げた。公明正大、村の自警団長を務め規律にうるさい彼は、村の自然で伸び伸びと育った子どもたちとそりが合わないことがままある。もっともそれは、彼女たちなりに彼に甘えているからだとアリバは思っているのだが。

 

「あはは。まぁ、思春期思春期!」

「それはアリバちゃんもだと思うけどね」

 

 ノブが横槍を入れる。年の頃はアリバも思春期まっただ中だ。

 

「思春期って言ってもなぁ。こんな村に恋するような同年代なんていないし」

「クロウは駄目なのか?」

「クロウ兄ちゃんは駄目だねー。シィとルルに睨まれちゃうから」

「え!? そう……なのか? 俺と同じように邪険にされているイメージしかないんだが……」

「アレは、好きだからいじめる的なアレだよ」

「クロウがいじめられる側なのか……」

 

 何やらショックを受けてる風なグレイと若さに苦笑するノブに背を向け、アリバは肩越しに手を振った。

 

「じゃあ呼んできまーす。多分そのクロウ兄ちゃんの家にいるから!」

 

 走り出すアリバに二人も手を振り返す。

 

「はいはい。山に行くなら怪我のないようにいってらっしゃい」

「おう、獣にも注意してな!」

「はーい!」

 

 二人に別れを告げ、アリバはまた走り出す。

 次に向かったのは宣言通り、クロウの家だ。

 

 クロウの家はよく目立った。家屋自体は、他と似たような古い長屋だ。綺麗に保たれているという以外は違いはない。

 クロウの家が他と違うのは、庭だ。

 よく手入れされた植木。人工のように若々しく整えられた芝。彩りに置かれた石すら絵になっている。自然物を生かした芸術品のような庭。それがクロウの家の特徴だった。

 自分の家と違って洗濯物すら干していないその庭を眺めていると、アリバは予想通り三人の男女が縁側に集っていることに気付いた。

 

「だから、なんで舞踏用の巫女服を改造する必要があるのよ、ルル」

「ですからっ! 伝統の巫女服にはキュートが足りていないんですよ、キュートが! ワッペンつけて、フリルをつけて、とびっきり可愛くしたいんですよ! それでシィと一緒に踊りたいんですってば!」

「嫌。奉納の舞いを踊るのだけでもうんざりなのに、そんな生き恥晒せない」

「なんでですかぁ! 二人で村のアイドルになりましょうよー!」

 

 庭の上で押し問答をしているのはアリバより少し年下に見える二人の少女だった。一人はウサギのヘアピンをしたボブカットの少女。もう一人は顔に斜めへ走った大きな傷があるロングヘアの少女。ボブカットの方がギャーギャー喚き、ロングヘアの方が腕を引かれてうんざりとした表情を浮かべていた。

 だが一番災難なのは、縁側に座ってその問答を見せつけられている青年だろう。

 

「……その無益な言い争いを、なんでよりにもよって僕の美しい庭先でするんだい?」

 

 濡れ羽色の髪をした端正な顔立ちの男だ。着ている服も特別な物ではないが、どこか品がある。涼やかな気配が立ち上る、怜悧な佇まいの青年であった。

 青年は今まで少女たちを無視して読んでいた本を閉じ、二人の少女へ向き直る。

 

「いつも言っているだろう!? 僕はこの時間に美しく整えた庭を眺めながら読書する時間を何よりの至福としていることを!!」

 

 眦をキツく歪めて、青年は叫ぶように言った。

 

「それをわざわざ押しかけてギャースカギャースカ美しくもない問答を繰り広げて、どういう了見なんだい!?」

「だってつまり、この時間には必ずクロウ兄がいるということでしょう?」

「そうですそうです。クロウ兄は几帳面でナルシストだから行動が読みやすいんです。だから意見を聞こうと思って来たんですよ」

「僕の意思は無視かい!?」

 

 青年の額に今にもはち切れそうな青筋が浮かぶ。それをいつも通りの光景だなと眺めながら、アリバは声を掛けた。

 

「やっほー。シィ、ルル、ついでにクロウ兄ちゃん。ご機嫌よう」

「あ、アリバ姉。おはよう」

「おはようです、アリバ姉!」

「待った、どうして家主である僕がついでなんだい?」

 

 アリバより二つ年下の少女二人、シィとルル。そして一つ上の青年、クロウ。クロウより更に一つ上のグレイも含めて、この五人がアリバと同年代と言える村の子どもたちだ。他にも幼い子や若者はいるが、アリバと特に仲良しなのはこの面子だった。

 

「まだ衣装で揉めてたの、ルル」

「そうですよ! だってシィが首を縦に振ってくれないんですから!」

「絶対に嫌。普通のでいい。そう私は最初からずっと言ってるのにルルが諦めないのが悪いわ」

「もう! 折角の晴れ舞台、私はシィと一緒に可愛く踊りたいだけなのに!」

「ははは……相変わらず正反対だね」

 

 アリバはいつも通りに反発する二人に苦笑した。

 同時期に生まれたシィとルルは自他共に認める親友だ。しかしその性質は正反対と言っていい。

 クールで落ち着きのある、だけど毒舌で面倒くさがり屋な少女シィ。一方で元気で溌剌とした、誰にでも愛されるアイドル的少女ルル。一見相性の悪そうな二人はその通りに反発しあうのだが、それでもなんだかんだと一緒にいる仲良しな少女たちであった。今日も激しく言い合っているが、落ち着けばまた仲直りして村唯一の団子屋で舌鼓でも打つのだろう。いつものことだ。

 しかしその反発にいつも巻き込まれるのはクロウだった。

 

「まったくいつもいつも……」

 

 苛立たしげにクロウは額を抑えた。

 クロウは何かにつけては二人の争いに巻き込まれる。山に行くか川に行くか。お遊戯会の出し物は何にするか。目玉焼きは醤油かソースか。決まってクロウは間に挟まれるのだ。

 

「「だから、クロウ兄!」」

 

 なので次の展開もいつものことだ。

 

「「クロウ兄が決めて(ください)!」」

「……ハァ……」

 

 二人が揉めて、その解決の糸口が見えないとき。

 裁断するのは必ずクロウだった。

 怜悧な性格をしているクロウはこういう時ズバッと物を言える。そういうところを二人に評価されているのだとアリバは思っていた。

 今回も、クロウは一切の忖度なく自分の意見を述べる。

 

「そのままでいいだろう。確かに僕も今の巫女服は野暮ったいと思うが、わざわざ無意味にフリルなどをつけてゴチャゴチャさせるのは僕の美意識に反する」

「えぇ~!」

「そら見なさい」

 

 ルルはがーんと口を開け、シィは勝ち誇る。明暗分かれた二人に、クロウは更にだが、と付け加える。

 

「そもそも醜いお前たちがどんな衣装を身につけようと、精々が馬子に衣装だけどね」

「えー、ひっどーい!」

 

 クロウの物言いにルルは頬を膨らませた。一方でシィは、顔の傷を抑えて悲しげに目を伏せる。

 

「そうよね。私は醜いし」

「……チッ、あのなぁ、僕が言ってるのはそういうのじゃない」

 

 舌打ちをしながらクロウは訂正した。

 

「僕が人間を評価するのはいつだって内面なんだよ。自然や造形を美しいと感じる心、その波長こそを僕は尊ぶんだ。顔なんてどうだっていい。君らの顔なんて、どちらも心に響かないだけさ」

 

 鼻を鳴らしながらそう言って、クロウは恥ずかしげにそっぽを向いた。シィは言われた内容に少しポカンと口を開け、それから小さく微笑む。温かいものを抱えるように、胸の前で手をぎゅっと握った。

 

「それも酷いですよー!」

 

 一方のルルは、まだ不服そうだが。しかし誰もがシィの傷を気にしていないのは明らかだった。

 

「ははは……あっ、そうだ!」

「ん? どうしたアリバ」

「シィとルル! ノブ先生が健康診断だって!」

「「げ」」

「あぁそりゃいい。二人とも行ってこい。清々する」

 

 苦い顔をする少女二人に対しクロウはここぞとばかりに意地悪い笑みを浮かべる。

 

「ついでに診療所嫌いも治して来い」

「うぇー……うんざりなんだけど」

「ノブ先生は嫌いじゃないですけど、病院やだー……」

 

 この時ばかりは舌を出し、二人とも心底嫌そうな顔を作った。シィとルルは二人揃って病院嫌いで有名だった。健康診断を忘れていたのも、嫌すぎて記憶から消していた可能性が高い。

 

「人体実験されそー……」

「改造手術されそー……」

「んなわけないだろう。さっさと行け」

 

 シッシと追い払われ、二人の少女はトボトボと歩き出す。そんな背中をアリバは苦笑しながら見送って、クロウに向き直った。

 

「相変わらず厳しいんだか優しいんだか」

「僕はいつも通りだ。姦しいアイツらと一緒だ」

 

 フンと鼻を鳴らし、文庫本を読む作業に戻ろうとするクロウ。しかしアリバから、なにやら生温かい目線が送られていることに気付くと顔を顰めた。

 

「……なんだい」

「そんなこと言って、お父さんが死んだ年のクリスマス会を企画してくれたのがクロウ兄ちゃんなの、忘れてないからねー」

「なっ……アレはだなぁ!」

 

 ニマニマと笑うアリバにクロウは顔を真っ赤にして身を起こした。

 三年前、親を失って気を落としていたアリバとセキバの家に幼馴染たち全員で押しかけ、クリスマスを盛大に祝った。音頭を取ったのは一番年上のグレイで盛り上げたのはシィとルルだったが、その立役者がクロウであったのをアリバは後から聞いて知っていた。

 

「素直じゃないんだから」

「……美しいこの村に陰鬱な空気が流れることが、好きじゃないだけさ」

 

 そう言って今度こそ本に目を戻し、顔を上げなくなるクロウ。

 

「ホラ今日も山に行くんだろ。さっさと消えろ」

「はいはーい」

 

 相変わらず刺々しい言葉に背を向け、アリバはまた走り出す。

 それを見送りつつ、クロウは空の天気へと目を向ける。

 

「……雨は降らなそうだが、美しくない空模様だ」

 

 遥か遠くの空から、鉛色の雲が立ち籠めつつあった。

 

 

 ※

 

 

 灰の空の下。山をグルリと取り囲む曲がりくねった道路を、数台のトラックが連なって走っていた。まるで下ろしたてのように白いトラックの荷台には、青い線で描かれた盾と剣を模した十字。物々しくも清廉なその意匠は、見るものにある種の安心感を与えるようだった。

 その、中。

 牢獄めいた暗い車内。道路の具合が悪いのか時折激しく揺れる。だが中に並ぶ男たちに乗り物酔いの兆候は見られない。皆屈強なのだ。

 一様に白い野戦服とチョッキ、ヘルメットを纏っていた。手にはアサルトライフル。つまりは完全武装だ。

 彼らは、兵士だった。

 

「到着まであとどのくらいだ、副官」

「早ければ二時間でしょうね」

「まだそんなに掛かるのか。尻が痛い」

 

 しかし一人だけ、武装に身を包んでいない男がいた。

 海軍将校の如き白い制服。金糸で彩られた装いは薄暗闇の中でも純白に映えていた。若く精悍な顔つきに退屈そうな表情を浮かべ、隣にいる副官に時間を問う。

 帰ってきた答えに男は鼻を鳴らし、不服そうに言った。

 

「山奥というのは面倒だな。奴らケダモノ故に、文明という物を知らないとみえる」

 

 男の諧謔に車内のあちこちから愉快げな失笑が漏れる。副官も口角を歪めつつ頷いた。

 

「衛星にも映らないような小さな集落ですから、文明とは遠くかけ離れているでしょうね」

「いっそ穴蔵にでも潜っていればいいのだ。臆病な獣らしく」

 

 今度は堪えきれず大笑いが響いた。

 しかし中にはまだ笑っていない兵もいた。今回が初陣となる新兵だ。一人青い顔をして大切な物のようにライフルをかき抱いている。

 それに気付いた男は緊張を解きほぐす為、敢えて誇示するように言った。

 

「まぁ、これだけの戦力だ。一瞬で片は付くだろう。楽な任務だな」

「ですね。しかし奴らもまた尋常ならざる存在ではあります。予想外の抵抗を見せた場合はどうします?」

 

 副官の問い。それは誘い水だ。

 男はそれが分かっているから、楽しげに乗った。

 

「その時は……」

 

 玩具を見せびらかすかのように。

 懐から取り出した機械を暗闇に翳した。

 

「正義を執行するだけだ。ヒーローらしくな」

 

 それはあるいは、ベルトのバックルのような形状をしていた。

 

 

 ※

 

 

「ふんふ~ん♪」

 

 勢いよく地を蹴って、藪を飛び越え倒木の上に。優れたバランス感覚でよろけもせず立ち上がり、次の着地点を見定めてまた跳ぶ。ウサギのような身のこなし。それを繰り返しながら、アリバは山を登っていた。

 アリバにとって村の裏山は目を瞑っても歩けるほどに慣れ親しんだ場所だ。無論、実際にはそんなことはしない。彼女なりに父の命を奪った山を警戒しているからだ。それにしては、遊んでいるかのように楽しげだったが。

 

「ふんふふん♪ ……お、これは食べられるね」

 

 木の根元に生えているキノコを目敏く見つけ、もぎ取っては手にした籠の中へ放り込む。籠の中には既にいくつかの山菜とキノコが詰め込まれていた。

 

「大量大量♪」

 

 上機嫌でアリバは山の中を跳ねる。小さい頃から父親に付いて山のイロハを叩き込まれたアリバにとって可食と毒性の見分けをつけるのは訳無いことだ。今も、進路にあった触ると被れる植物を避ける。

 山の実りは豊かだ。過度な搾取さえをしなければ。もっとも、灰神村の人口は山の幸を食い尽くすほど多くはない。今のままならば、百年経ってもあり得ないことだ。

 アリバの足腰があれば、あと数十年はこうして暮らしていけるだろう。

 

 何もなければ。

 

「……ん?」

 

 何かを感じ取ったアリバは足を止めて顔を上げる。反応したのは嗅覚だ。強い森の中に、嗅いだことのない異臭がする。

 それは森の中では確かに嗅いだことのない匂いだった。だが類似するような匂いならば暮らしの中で覚えがあった。

 何かが、焦げるような。

 

「っ、火?」

 

 ザワリとアリバの肌が粟立つ。山の中で火の気配。敏感になるのは当たり前だ。

 匂いの元を探りアリバは移動する。しかしいくら山に慣れていても野生動物ではないアリバではその方角を詳しく嗅ぎ分けるような器用な真似はできなかった。それっぽい方へ跳んでは鼻を鳴らし、首を傾げる。取り敢えず、山火事ということはなさそうだが。

 

「なんだろ、戻ってグレイ兄ちゃんに報告しようかな……っ!?」

 

 そう思ってアリバは村の方へと目を向けた。そして入ってきた光景に目を瞠る。

 焦げた匂いを感じ取って、アリバは山の方にばかり意識を向けていた。何か危険があるとしたら山で、まさか村に何かあるとは思わなかったのだ。野焼きの時期は外れている。意識の外だった。

 だが。

 

「……え」

 

 燃えていた。

 家屋が、田畑が、火に巻かれてオレンジ色に燃え上がっていた。黒い煙が漂って立ち籠めている。それも一つや二つではない。いくつも。疎らに建った家々では燃え移るようなことはあり得ない筈なのに。

 焦げた匂いは風に乗って届いた物だった。

 村が、燃えている。

 

「なんで……」

 

 頭が真っ白になってアリバは立ち尽くした。

 故郷が燃える様を見つめるアリバを正気に戻したのは、聞き慣れぬ男たちの声だった。

 

「おい、いたぞ!」

 

 怒声にも似た大声。振り向くと木々の合間から自分を指差す兵士の姿が見えた。

 近代的な装備に身を包んだその姿は予想外すぎて、アリバは混乱のあまり硬直してしまう。

 誰? 何故? 何が起きているの?

 思考の渦に陥ったアリバを再び動かしたのは、耳を掠めた銃弾だった。

 

「ひっ……!」

 

 兵士たちは数人いた。そしてその銃口は自分に向けられている。人を、獣を射貫き息絶えさせる火砲。それを突きつけられる根源的な恐怖に駆られ、アリバは背を向けて走った。

 

「うわああああっ!!」

「追え、逃がすな!」

 

 銃弾が舞う。耳を塞ぎたくなるような音が森の中に響き渡った。アリバは必死に駆けた。縺れそうになる足を必死に動かし木々の淡いを走る。前方の葉が穿たれ、後方の幹が砕ける音を聞きながら懸命に走った。

 混乱していても森歩きに慣れたアリバの逃走劇は軽快で、あるいは兵士たちから逃げ切れるかもしれなかった。男たちの怒声が遠ざかる。一度突き放すことができれば隠れるチャンスも――。

 しかしやはり、いくら慣れた道でもパニックになっていれば視野は狭まる。

 アリバの爪先は、浮き出た木の根に引っかかってしまった。

 駆ける勢いのまま、アリバの身体は空中に投げ出される。

 

「あっ――」

 

 草むらに突っ込み、ゴロゴロと転がって木の幹へ衝突する。背中を強かに打ち付けて肺から空気が飛び出し、アリバは激しく咳き込んだ。そんな彼女を、追いついた兵士たちが囲む。

 三方から向けられる銃口に、アリバの恐怖は頂点に達した。

 

「ひっ……!」

「対象排除」

 

 そして兵士たちが無慈悲に引き金へ手を掛ける――その瞬間。

 その銃口へ、上から飛来した糸がくっついた。

 

「なっ!?」

「何者、ぐあっ!!」

 

 糸はそのままアリバに向けられた銃を引っ張り兵士たちの手から剥ぎ取った。そして更なる糸が一人の首を締め上げ、木々の上へと引き上げる。まだ銃を持っていた兵士がそれを上空へ向けた。

 

「化け物め!」

 

 罵声と共に引き金を弾く。連射された銃弾が梢に殺到する。その中から「ぐっ」とくぐもった声がしたかと思うと、樹上からドサリと何かが落ちた。

 それは先に引き上げた兵士を抱えた、蜘蛛の怪人だった。

 

「が、ぎっ……!」

 

 蜘蛛怪人の手からゴキリと鈍い音が鳴ると、掴まれた兵士は動かなくなる。ゆっくりと立ち上がると、怪人の全貌が明らかになった。

 六つの目、皺だらけの黒い肌。背中から伸びた四つの蟲の腕と四肢を含めると八本になる。蜘蛛という生き物を大きくし、人型へ押し込めればこうなるという想像そのままの怪人。

 そんな蜘蛛怪人は何故か白衣を着ていて、その左肩が緑色に染まっていた。よく見れば穴が開き、そこを銃弾に貫かれたというのが分かる。緑色は、傷から溢れた体液か。

 蜘蛛怪人は兵士たちと対峙すると、二股の顎を開き奇声を発した。

 

「キシィィィ!!」

「クソ、よくも仲間を!」

 

 怒りに駆られた、まだ小銃を持っている兵士が仇を討たんと引き金を引こうとする。だがそれよりも、蜘蛛怪人が跳躍する方が早かった。

 背中の四つ足を含めれば人間よりも巨躯なその身体は驚くほど軽快に宙を舞い、兵士へ飛びかかるとその頭部に右腕を突き刺した。血が噴き出し、兵士は痙攣して絶命。残された兵士たちは戦慄する。

 そこからは虐殺だった。蜘蛛怪人の手が、四つ足が舞う度に兵士たちの命が散る。時折向けられる銃口も、口から吐かれた糸が無力化する。兵士たちは抵抗も虚しく蹴散らされた。

 残ったのは、アリバ一人。

 何が起きたか分からず木の根元でへたり込むアリバへと、蜘蛛怪人はゆっくりと近づく。

 

「ひっ……!」

「アリバ、大丈夫、僕だ」

「えっ……」

 

 蜘蛛怪人が優しく語りかけた。驚くアリバの目の前で怪人の姿が見る見る内に変化する。黒い肌は灰色に戻り、背中の四つ足は縮んでなくなった。怪人ではなく、人間となる。

 

「あぁ、割れてるな」

 

 白衣から取り出した眼鏡を掛けると、そこにいたのはアリバの知り合いだった。

 

「ノブ先生!」

「間に合って良かった」

 

 ホッと息をつくノブは間違いなくアリバの知るノブだ。だからこそ、余計に混乱する。

 

「えっ? ノブ先生が蜘蛛で、蜘蛛が先生で? なんで?」

「そうか。君はまだ成人前だったね」

 

 どうしようか、とノブは思案していると、轟音が鳴り響いた。それは方角から、村で何かが爆発した音らしかった。

 二人の顔が強ばる。

 

「まずいな……奴らランチャーまで使い始めた。猶予はないな……」

「らん、ちゃー? 先生、一体何が起きているんですか?」

「説明したいが、ここに留まっているワケにはいかない。山を下りながらにしよう」

 

 そう言ってノブはアリバに向かって手を差し伸べた。アリバはほんの一瞬躊躇って、その手を取った。さっきは恐ろしい蜘蛛怪人だったが、今目の前にいるのは小さな頃からずっとお世話になったノブなのだ。何が起きているのか分からないが、信頼する。村人は家族だ。

 引き起こされ、先導されながらアリバは山を降る。半ば駆けながら、アリバは四つの穴が開いた白衣の背中に質問した。

 

「一体何が起きてるんです?」

「端的に言えば、ホワイトナイツの襲撃。彼らの言い分だと治安維持活動の一種ということになるね」

「治安維持? あたしたちを襲うことが?」

 

 ホワイトナイツというのがあの兵士たちの名前だろう。しかし今村に起きていることと治安維持という言葉がアリバの脳でどうしても結びつかなかった。治安を乱しているのか彼らの方ではないか。

 

「そうなるね。何故なら彼らが守っているのは『人間』だけだから。……ごめん、こっちの姿の方が動けるから」

 

 ノブの姿がまた変わる。さっき兵士たちを鏖殺した蜘蛛怪人。アリバの疑問、その2だ。

 

「その、怪人の姿は?」

「エグザイル、と僕らは呼んでいる」

 

 壮年の医者とは思えぬほど軽快に森の中を駆けながらノブは言った。

 

「意味は『追放者』だけれど、何故そう名付けられたのかはもう村の誰もが知らない。見ての通り怪人になれる……というより、人間の姿が擬態なんだ。その真実を、村人は18歳の成人と共に知る。そして変化する術を学ぶんだ」

「みんな? ってことは」

「そう。灰神村の住民はみんな、エグザイルだ。……アリバ、君も含めてね」

 

 衝撃の真実に喉が窄まり息が詰まった。まさか村のみんなが人間ではなく、そして自分も人ではなかったなんて。息を呑み、アリバの足はショックのあまり止まりそうになる。だが続くノブの言葉がそれを許さなかった。

 

「ホワイトナイツの奴らは僕たちを皆殺しにするつもりだ。このままだとみんな殺される」

「みんな……っ!!」

 

 その時アリバの脳裏に浮かんだのは、車椅子がなかれば動けない姉だった。

 

「お姉ちゃん!」

「! そうかセキバさん……まずいな、自警団が気付いてくれればいいが」

「あたし、家に行く!」

「危険だ! 怪人態に変身できない君じゃ、銃弾の一発が命取りになる!」

「でも!」

 

 ノブは首だけで振り返り、肩越しに半面の三つの目でアリバを見つめた。揺るがない眼差しに、その決意が固いことを悟る。

 

「……分かった、けど無茶はしないように。避難場所は防災訓練と同じだ、いいね?」

「うん。でもノブ先生はどうするの」

「僕は――」

 

 ノブが急停止する。森が終わり、あと一歩で村に入るというところ。ノブは手招きし、アリバに森の外を見せた。

 目に入ったのは村の外縁に展開する同じ格好の兵士たちだった。ノブがいうホワイトナイツ。ソイツらが村を囲っていた。

 

「僕はアイツらを少しでも多く倒す。包囲されているから、どのみちみんなが逃げるには包囲網に穴を開けないといけない。僕が戦っているその隙に君は行くんだ」

「それって、先生は大丈夫なの?」

 

 アリバはノブを見上げ先の戦いで銃弾を受けた肩を見た。体液の流出は止まっているがこびり付いた緑色を血だと変換すれば、既に夥しい量を流している筈だ。不安げな眼差しでノブの顔を見つめる。

 

「……優しい子だね」

 

 フッと、蜘蛛の顔だというのにノブが笑ったのにアリバは気付いた。

 

「知り合いが怪人だと知っても、いつものように気遣える。本当、優しい子に育った。……でも大丈夫だ。伊達に年老いてはいないさ。この身体とも長い付き合いだから、自在に動ける。さっきのを見ただろう?」

「う、うん……」

 

 確かに完全武装の兵士たち数人を相手に圧倒していた。怪人となったエグザイルが強いのは分かる。しかしさっきのは不意打ちの効果もあったように思えるのだが。

 それに気付いていないかのようにノブは振る舞った。

 

「シィちゃんとルルちゃんは迎えに来たクロウくんに預けた。もう避難所に辿り着いている頃だろう。アリバちゃんも、セキバちゃんを見つけたら合流するんだ。くれぐれも見つからないようにね」

「先生も……」

「……もちろん、僕も合流する。だから先に行っててくれ。いいね?」

「……うん」

 

 有無を言わさぬ口調にアリバも頷くしかない。そんなアリバの頭をノブは優しく撫でた。

 

「いい子だ。……僕は君みたいな子を守る為に医者となったのだから」

 

 その言葉を最後にノブは森の外へ飛び出し、兵士たちの眼前に身を躍らせた。

 

「! いたぞ!」

「こっちだ!」

 

 蜘蛛怪人の姿を発見したホワイトナイツの兵士たちは続々と集まってくる。自ら目掛けて放たれた銃弾を躱しつつ、ノブは別方向へ疾駆していく。アリバから目を逸らす為だ。

 思惑通り惹き付けられて穴の開いた包囲網を前に、アリバも覚悟を決める。

 

「……お姉ちゃん!」

 

 ノブの言う通り姉と一緒に合流地点へ行き、そしてみんなと逃げる。

 自分に言い聞かせて、アリバは飛び出した。

 

 村の中にもかなり多くの兵士たちが侵入していた。

 白い兵士たちは火を放ち、家や田畑を焼き尽くしている。時折遠くから銃声が響き、それが何を意味するのかをアリバは耳を塞いで考えないようにした。

 見つからないよう隠れながら家のある方向へ向かう。幸いアリバの通ったルートは既に兵士たちにとってクリアリングが済んだ場所だったのか、見つからずに緊張の道程を消化できた。

 しかし、その先で目にしたのは。

 

「そん、な」

 

 崩れ落ちるアリバの顔を、オレンジの反射が照らしている。瞳には、踊る炎の舌が映り込んでいた。

 アリバとセキバの暮らしていた、家。それが、燃えていた。

 

「うそ、おねえ、ちゃん」

 

 煌々と、祭りに焚く篝火のように燃え盛っている。生まれ育ち、両親との思い出が詰まった家。そして何より、朝に姉と別れたばかりの。

 炎の勢いは強く、とても入り込めそうにない。というより入る必要すらなかった。全焼だ。明らかに。

 

「お姉ちゃん……!」

 

 セキバは車椅子だ。逃げられるわけがない。

 炎を前に無力に項垂れるアリバの頬を雫が伝った。

 

「うっ、うぅ……」

 

 唯一の肉親を失ってしまったのか――失意に苛まれそうになるアリバ。

 だが膝をついて視線を下げたことで、地面に落ちていた物が目に入った。

 

「……! これって……!」

 

 それは朝、セキバにしっかりと羽織らせた赤いストールだった。それだけではない。さっきは燃える家に気を取られ気付かなかったが、その近くには横転した車椅子まであった。アリバは慌てて立ち上がり駆け寄る。車椅子には煤もなく、その周りには血痕などもなかった。

 

「……お姉ちゃんは歩けない。炎に巻かれたなら車椅子だけがこんなところにある訳がない。……ってことは」

 

 外には出た。つまり、燃える家の中に取り残されてはいない。

 

「よかったぁ……」

 

 その事実にアリバはホッと息をついた。今度は安心で力が抜け崩れ落ちそうになる。

 だがまだ安心はできない。

 

「村の人が肩を貸したのならいいけど、もし兵士が何かしてたら……!」

 

 一人では歩けないセキバがここにおらず、車椅子が放置されている現状から導き出せる答えはただ一つ。誰かが肩を貸したか、あるいは拉致されたか。前者ならいいが、もし後者だった場合は……アリバの背筋を冷たい物が伝った。

 

「早く……みんなのところに合流して確認しなきゃ!」

 

 ストールを肩に巻き、アリバは立ち上がった。

 セキバがどちらに連れて行かれたのかを知る為にも避難した村人との合流が急務となった。無事避難していたらそのまま、囚われていたら救出しなくてはならない。確認する為にもアリバは走り出した。

 幸い哨戒する兵士も少なかった。アリバは兵士たちをやり過ごし一気に駆けた。荒らされた田んぼを尻目に畦道を走り抜け、避難訓練で指定されたポイントへ一直線に。

 あともう少し。そんなところで、見覚えのある姿が見えた。

 

「クロウ兄ちゃん、シィ、ルル!」

 

 畦道を越えた先、いくつかの家と農具小屋が集合した地域でアリバは三人の姿を見つけた。声を掛けて駆け寄ろうとするが、すぐにその表情が切羽詰まっていることに気付く。

 シィとルル、そして二人を半ば抱えるようにして背を押すクロウ。アリバの姿を認めて恐怖に駆られた顔をしていたシィとルルの表情が少し和らぐ。

 

「アリバ姉!」

「よかった、アリバ姉だぁ……」

 

 塀に囲まれた路地の曲がり角で三人は合流する。知り合いを見つけて安堵する二人はアリバの存在を確かめるかのように抱きついた。シィとルルを抱き返しながらアリバはクロウに問う。

 

「クロウ兄ちゃん、なんでこっちに? 避難場所は?」

「駄目だ。アイツらに先回りされてたんだ」

 

 端正な顔立ちを苦々しく歪めながらクロウは報告する。

 

「僕たちが着いた時には集まっていた村人たちは……もう」

「そんな……そうだ、お姉ちゃんは?」

 

 痛々しい光景を想像し悲痛に目を伏せそうになるアリバは、しかしその惨劇の中に姉がいたかどうかに思い足りクロウに問うた。

 

「セキバさん? いや、いなかった筈……」

「そっか、よかった……なんて言えないけど」

 

 それでもアリバにとっては不幸中の幸いだ。しかしこれで避難場所は潰されてしまった。では一体、どう逃げればいいのか……。

 と、思案しようとした瞬間だった。

 

「ッ! クソッ!」

「きゃっ!?」

「クロウ兄!?」

 

 突然クロウが三人を曲がり角の向こう側へ突き飛ばす。体幹に優れたアリバは二人を受け止めてもたたらを踏んだだけで済んだが、転んでもおかしくない勢いだった。

 

「ちょっと、クロウ兄ちゃ――」

 

 抗議しようとアリバが口を開いた、次の瞬間だった。

 

 銃弾の嵐が、クロウの身体を貫いた。

 

「えっ……」

「あぐっ……!」

 

 鮮血を噴き、倒れるクロウ。目の前で起こった惨劇にシィとルルが悲鳴を上げる。

 

「ひ、いやあああっ!!」

「クロウ兄、クロウ兄!?」

「ぐっ……畜生」

 

 連射によってクロウの身体は複数箇所に銃弾を受けていた。特に太ももの傷は深く、とてもじゃないが立ち上がれそうにない。

 クロウは叫んだ。

 

「僕を置いて、逃げろ!」

「でもっ!」

「でもじゃない、二人を連れて、早く!」

 

 鬼気迫る形相の言葉を受けて、アリバは息を呑む。抱き止めた腕の中でシィはクロウに駆け寄ろうとして、ルルはへたり込みそうになっていた。曲がり角の向こう側からは、兵士たちが迫る足音が聞こえる。

 

「クロウ兄ちゃん……」

「二人を、頼む」

 

 浮かべた表情は今までにないほどに優しい物だった。アリバは覚悟を決め、二人を抱えて背を向ける。

 

「アリバ姉、放して! クロウ兄が、クロウ兄が!」

「あ、あああ……」

 

 二人を無理矢理抱えたアリバは走った。山歩きで鍛えていた甲斐があって、年下の二人ならどうにか運ぶことができた。

 遠ざかっていく背中を見ながら、クロウは小さく笑った。

 

「我ながら、美しい死に様かな……」

 

 そして近づいてきた兵士が放った弾丸で、クロウは頭を撃ち抜かれた。

 事切れたクロウを見下ろすのは副官を連れた白い制服の男だった。

 

「死んだか。ということはコイツも違うか」

「はっ。おそらく未成熟な甲種かと思われます」

「中々いないものだな。まだ一匹だけとは」

「他に三匹ほど逃げた模様です。如何しますか?」

「決まっている。追うぞ」

 

 男は物言わぬクロウの死体を足蹴に鼻を鳴らす。

 

「この西園寺(さいおんじ)が中級隊長になってからの初任務だ。キチンと片付けないと経歴が傷ついてしまうだろう」

 

 男――西園寺はそう言って、冷たく笑った。

 

 

 ※

 

 

「……ここなら、見つからない筈」

「うぅ……」

「クロウ兄ぃ……」

 

 逃げてから、少し。三人は水路の近くに立てられた水車小屋の中に隠れていた。トタンの隙間から外の様子を窺うアリバの隣には、啜り泣くシィとルルが膝を抱えていた。

 

「なんで……? なんでこうなっちゃったの……? ねぇアリバ姉、どうしてなんですか?」

 

 縋るように見上げたルルの質問に、アリバは首を横に振った。

 

「あたしにもよく分からない。ごめん」

「そんな……もう嫌ぁ……」

 

 普段から年頃の少女らしく振る舞うルルには相当堪えたのだろう。髪を掻き毟って蹲ってしまう。

 一方のシィも普段のクールさは失われ、瞳は昏く淀んでいた。

 

「なんで私たちがこんな目に。なんで私たちがこんな目に」

「………」

 

 ブツブツと小声で呟くシィは明らかに精神の均衡を失っていた。アリバは無理もないと黙って目を逸らす。彼女自身ですら、まだ実感がない。産まれた時からほとんど一緒に育った兄貴分が、こんなアッサリと失われてしまうなんて。

 その上、避難場所が襲われてこれからはどうすればいいのか。ノブとの合流はどこにいけばいいのか。セキバはどこに行ったのか。目まぐるしい状況に疲弊したアリバの頭は何も思いつかなかった。

 とにかく今は、身を潜めて二人と自分が落ち着くのを待つしかない。

 

「……っ!」

 

 だが敵はそれを待ってはくれないようだ。トタンの間から外を見るアリバの視界に、遠くから近づいてくる兵士の一団が映った。来た方向からしてクロウを撃った部隊かもしれない。

 アリバはクロウの死を思いだして歯噛みし……そして兵士に囲まれるようにして武装していない男がいるのに気付いた。白い制服を着た、不遜そうな顔をした男だ。

 

「何、アイツ……いや、今は」

 

 男の素性を気にしている場合ではなかった。あの一団は水車小屋へと近づくルート取りをしている。このままだとすぐ近くを通り過ぎるだろう。

 このまま隠れてやり過ごすか。しかし見つかった場合、この狭い小屋の中では逃げることもできない。かといって三人で飛び出して逃げようにも、今のシィとルルは肉体的にも精神的にもお荷物だ。逃げ切れるかは怪しい。

 かくなる上は。アリバは唇を引き締めた。

 

「……二人とも、ここでジッとしていてね」

「え? ……アリバ姉?」

「何をするんですか……?」

 

 ただならぬ気配を漂わせるアリバを二人は不安げに見上げる。アリバは軽く屈伸して身体の具合を確かめながら、安心させるべく笑いかけた。

 

「クロウ兄ちゃんが命を賭けたんだ。だったら次は、あたしの番」

「え……待って、嫌だよ、アリバ姉」

「アリバ姉までいなくなっちゃったら……!」

 

 何かを察した二人は縋り付こうとしたが、それをアリバは手で制して止めた。

 

「二人には、お姉ちゃんをお願い。車椅子が倒れてるのを見たから、二人で肩を貸して上げてね」

「……そんな」

「アリバ姉……」

「声一つあげちゃ駄目だよ、じゃあね!」

 

 悔しそうなシィと泣きそうなルルの顔を記憶に焼き付けて、アリバは水車小屋を飛び出した。そして兵士がこっちも目撃したのを確認して、駆け出す。

 アリバが選んだのは、自分が囮となることだった。水車小屋に隠れ潜んでいたが兵士たちが近づいたことで恐怖に駆られ、無謀にも逃げ出す。そういう筋書きに見せかけ自分だけが逃げ、兵士たちに追いかけさせる。そうして二人の存在を隠し通すのだ。それがアリバの計画だった。

 

「! いたぞ!」

「撃て!」

 

 すかさず銃弾が飛んでくる。その一つが足を掠め、アリバは畦道の上を転がった。

 

「あうっ!」

 

 砂に塗れて地面を滑る。アリバは立ち上がろうとして、激痛に顔を顰めた。ふくらはぎに赤い筋ができている。

 

「うっ……!」

 

 もう少し距離を稼ぎたかった。水車小屋はまだ見える位置にある。だが計画通りだ。

 

「まだ子どもの生き残りがいたか」

「もう逃げ場はないぞ」

 

 兵士たちが迫ってくる。即ち死が。恐ろしくはあったが、アリバは泣き出したり命乞いをするつもりはなかった。怒りがあったからだ。この理不尽に対する怒りが。

 だからアリバは最期の瞬間まで目を逸らさず、睨み付けるつもりでいた。しかしその表情は次の瞬間に脆くも崩れ去った。

 

「いや、あの小屋にまだいるようだ」

「えっ……」

 

 そう発言したのは制服の男だった。男は腕時計のような物と水車小屋とを見比べている。

 

「大方、一人が囮になって逃げようとしたのだろう。怪我をしているのかもしれない。まぁ、関係ないがな」

「やめっ……」

 

 止める間もなかった。

 男は水車小屋に向かって手を振り下ろした。兵士たちは一糸乱れぬ動作で小屋へと銃口を向け、そして発砲した。

 鉛玉の嵐が薄いトタンを容易く貫き、穴だらけにした。

 

「あっ……」

 

 呆気ない出来事に、アリバは空気が抜けるような声を漏らした。

 何かの間違いでは。もしかしたら全部外れたのでは。内心で希望的な観測を並べて現実を否定する。

 だが穴だらけになった扉の隙間からは、溢れるように血の水たまりが広がった。

 

「あ、ああああぁぁぁ!!」

 

 アリバの言いつけ通り、声の一つも。

 彼女たちはあげることを許されなかった。

 

「排除完了」

「うわああああぁぁぁっ!!!」

 

 泣き叫び、這いずりながらアリバは水車小屋へ向かおうとする。

 しかしその背を制服の男が踏みつけた。

 

「おっと、何処に行こうというのかね」

「あぐっ!」

 

 地面に縫い止めるように爪先を叩きつけ、黒いブーツで狭い背中を踏み躙りながら男は愉快げに言った。腰のホルダーから抜いた大型の拳銃を構えて。

 

「心配せずともすぐにお前も送ってやる。お前たちエグザイルは一様に駆除されるべき存在なのだから」

 

 そして男はアリバの遺言を待つこともせず……その背中を撃ち抜いた。

 

「ぎぃっ!!」

 

 身体を貫く熱い痛み。ジワリと血が溢れ、砂の上に染みが広がる。男はアリバの背中から足を退け、更にそこへ二発。アリバの体躯がゴム人形めいて跳ねる。

 

「人間態相手ならば特殊弾頭を使うまでもない……ん?」

 

 銃をホルダーにしまい独りごちる男だったが、足元で未だアリバが痛みに呻き続けていることに気付いた。

 

「あがっ……ぐぅぅ……」

「おかしいな、まだ息が……まさか」

 

 何かに思い至ったように口に手を当てると、男はニヤリと笑った。

 

「ツイてるな。二匹目とは」

「おめでとうございます。確かに幸運ですね。他の作戦では一匹も捕獲できなかったケースがあるらしいですよ」

「まったくだ。おい、コイツを運べ」

 

 副官の言葉に頷くと男は兵士たちへと指示した。

 

「引き摺って構わん。何せ……不死(・・)みたいなものだからな」

 

 アリバはその言葉だけ聞いて、意識を闇に落とした。

 

 

 ※

 

 

 アリバが次に目覚めたのは、見知らぬコンテナに囲まれた場所だった。

 積み上げられた正方形のコンテナ。倒れている下の感触は地面。頭上にはパイプに支えられた白い布が見える。どうやらテントのようだ。

 

「あたし、確か撃たれて……くっ、立てない」

 

 現状を確認するべくアリバは身を起こそうとする。だができない。腕と脚が太い結束バンドのような物で縛られていた。

 

「捕まった、の? いやそれよりも……あたし、撃たれたよね?」

 

 アリバは自分の現状に不思議に思った。痛みがないのだ。腕と脚はキツく縛られ軋み、地面へ無造作に転がされている所為でそれは鈍く痛い。だが、それだけだ。銃弾で撃たれた筈の場所はまったく痛まなかった。

 首を傾げ胸元を確認する。シャツは赤く染まり、元々赤かったストールも更に濃い色になっていた。鉄の香りもする。撃たれたのは夢や幻ではなかった。だが痛みはない。

 

「なんで……」

「おや、気付いたようだな」

 

 天幕を掻き分け男が現われる。それが自分を撃った制服の男だと、アリバはすぐに気付いた。

 

「お前、ぐっ!」

「おっと、動けまい。お前たち乙種はその程度の拘束で充分だ」

「ぐ……」

 

 シィとルルの仇。飛びかかろうと藻掻くが拘束はビクともしなかった。芋虫のように悶えるその様に気をよくしたのか、男は天幕の中にあったパイプ椅子に座ってしゃべり始めた。

 

「申し遅れた、俺の名は西園寺。このホワイトナイツ分遣隊の総指揮を務めている中隊長だ」

「総指揮……なら、お前がみんなを!」

「そうなるな」

 

 男、西園寺は平然と首肯した。

 

「今回のエグザイル駆除作戦を立案したのは上層部であるラウンズだが、実行したのはこの俺だ。中級隊長としての初任務なので、少しバタバタしてしまったがね」

 

 そう言ってアリバを見下ろす西園寺の瞳には、驚くほど温度という物がなかった。少なくとも同じ人間を見る目ではない。家畜、いや害虫を見るかのような目だ。

 だが注がれる視線の中には物珍しげな雰囲気も混ざっていた。例えるなら掃き集めた害虫の死骸の中で、珍獣を見かけたかのような。

 

「しかし乙種を二匹も持ち帰れば、ラウンズも評価してくださるだろう」

「乙……種?」

「おや、知らない?」

 

 西園寺は嘲るように手を挙げる。

 

「まぁ無理もないか。エグザイルの文化レベルは見ての通り。細かな分類など失伝していてもおかしくはない……俺は優しいから説明してやろう」

 

 ニヤニヤ笑いながら西園寺は続けた。

 

「エグザイルには二種類いる。一つは甲種。肉体を変質させて戦闘形態に変化する……いわゆる怪人だな。強靱な肉体と体力を持ち、通常兵器にすら耐性を持つ。厄介な奴らだ。まぁ、ホワイトナイツの特殊装備にかかればそれでも死ぬがね。この村でも景気よく百匹以上殺した」

 

 奥歯をギリと鳴らす。目の前の男に噛みつきたい衝動にアリバは襲われたが、それは叶わない。引き千切ろうと手足に力を籠めるが、まるで鉄枷のように手応えは固かった。

 

「そしてもう一つは、乙種」

 

 西園寺はアリバを指差す。

 

「お前だよ。お前ら乙種は変化能力を持たない代わりに再生能力が異様に高い。それこそ心臓、頭に銃弾を一発受けた程度では蘇る程だ。吹き飛ばされれば流石に死ぬがね。まぁ不死身に近い……というより、そのものだ」

「っ、だから」

 

 それで己の現状に合点がいった。胸の傷を癒やしたのはその乙種とやらの力だったのだ。

 

「コイツは大変珍しい。だから重宝される……色々と、ね」

 

 舌舐めずりでも始めるかのような物言いに、アリバは自分が生かされた意味を知った。少なくとも奴らにとって、自分は『価値』があるのだ。無惨に殺されたクロウたちとは違って……。

 

「……なんで」

「ん?」

「なんで、こんなことするの」

 

 そうだ、惨劇。コイツはみんなを殺した。村を焼き払った。それは、何故か。ホワイトナイツとやらの命令なのは分かった。だが。

 

「どうしてこんな酷い事ができるの! なんでっ……人をっ」

「人じゃないだろ」

 

 西園寺の眼差しはあくまで冷たく、揺るぎなかった。

 

「お前らは人じゃない、怪物だ。だったら、何をしてもいいに決まっている」

 

 立ち上がった西園寺は転がるアリバの腹をブーツの爪先で蹴り上げた。

 

「あぐっ!」

「エグザイルは害獣だ。人の営みに紛れて人に仇為す悪魔なんだ。気の遠くなるほどの昔からずっとそうだった。いくらいくら殺しても減らず、しぶとく生き残る。積極的な駆除が必要だ。その為にいるのが俺たちホワイトナイツだ。俺たちがいるから世界の平和が保たれる」

 

 柔らかい腹を弄ぶかのように踏み躙る西園寺の眼差しは狂おしい輝きを秘めていた。一切を疑うことなく、まるで何かに酔っているかのような。

 だから当たり前のように口にする。

 

「俺たちは"正義"で、お前たちは"悪"なんだよ」

「あ……く……」

 

 その言葉は苦痛の中でアリバの脳に染み渡った。悪。怪人は悪だから、何をされても仕方ない。悪は正義に裁かれるだけの存在。だからこんな理不尽な目に遭っても、大切な人を殺されても……仕方ない。

 だって悪いのは、悪だから。

 

「ふざ……けるな……」

「んん?」

 

 手足は相変わらず動かない。だから、アリバは睨む。その視線の中に有りっ丈の激情を籠めて。

 そう、この心の中で轟々と音を立てて燃え上がるのは。血潮が暴れて脳がグツグツと煮えるようなこの感情は。

 怒りだ。

 

「ふざけるな! 何が正義だ、何が悪だ! そんな理由で、そんなちっぽけな理由で、みんなが……!」

「ちっぽけだと……?」

「みんなを殺したお前を、お前たちを、絶対に許さない!」

「っ!」

 

 マグマの如く煮え立つ視線。それを受けて、西園寺は一瞬怯む。正に射殺す視線。だがすぐに目の前の非人間が無力であることを思いだし、平静を取り戻す。

 

「ハッ! 何を言うのかと思いきや。だったら思い知らせてやる。お前らが如何に罪深いか――」

「隊長!」

 

 生意気な少女を痛めつけるべく足を振り上げたその時、天幕の中に副官が駆け込んでくる。

 

「なんだ? 今忙しい……」

「敵襲です!」

「……何?」

「だから敵襲です! 凄まじい勢いで、もうすぐそこに、」

 

 最後まで言い切ることはできなかった。その瞬間、天幕が吹き飛んだ。

 布地がパイプごと地面から引き剥がされ飛んでいき、コンテナの山も崩れ去る。開けた視界に見えたのは、怪人たちが兵士相手に暴れ回る光景。

 

「チッ、一瞬でこんなところまでだと? 陣地の中心部だぞ」

「先頭にかなり強いエグザイルがいるようで、その勢いに押されてしまい……」

「それはこの俺のことだな?」

 

 上から振ってくる声。その場にいた全員が見上げる。崩れず残ったコンテナの上。そこに立っていたのはバッタの怪人だった。

 

「貴様!」

「ハァッ!」

「ぐっ!」

 

 何かを構えようとする西園寺の機先を制してバッタ怪人は拳を振り上げ躍りかかった。西園寺は回避せざるを得ず、その場から飛び退く。拳は地面へと叩きつけられる。その瞬間、地面は陥没し小規模なクレーターが生まれた。

 

「チィッ!」

「な、なんてパワー……!」

 

 西園寺が舌打ちし副官が慄いて後退していく。しかしバッタ怪人は追撃することはせず、倒れているアリバを振り返った。

 

「アリバ!」

「……グレイ、兄ちゃん?」

 

 自分の名前を呼ぶその声にアリバは聞き覚えがあった。幼馴染の中で年上の、頼りになる兄貴分。グレイの声。

 

「よかった、無事だったのか……!」

 

 バッタ怪人、グレイは変化を解かずにアリバを抱き上げ立たせた。そして素手で手足の拘束具を引き千切る。

 

「すまない、自警団として戦っていたから、お前たちのところへ駆けつけられなかった。怖い思いをさせたな……」

「ううん。でも……クロウ兄ちゃんと、シィと、ルルが……!」

「っ! そうか……クソ……!」

 

 告げられた訃報にグレイは拳を握り締める。凄まじい音が鳴った。掌中に岩があったなら、例えダイヤモンドでも砕け散っていただろう。

 

「俺がいれば、全員叩きのめしたというのに……だが、どうしてアリバだけは……?」

「それが、あたしは乙種って奴みたいで、変身出来ない代わりに不死身だって」

「変身出来ない代わり? そうか、セキバさんの妹だからな……」

「うん。……待って、グレイ兄ちゃん、今、なんて?」

 

 西園寺が語った真実を答えるアリバは、グレイが漏らした姉の名に違和感を覚えた。セキバの妹だから。それは、まるで。

 

「お姉ちゃんも、怪人になれないの?」

「ん? ああ、そうだ。村人は成人すれば誰もが変化の方法を教わるのだが、セキバさんだけは何度やっても駄目で……」

「そ、それじゃあ!」

 

 アリバは思い至った。その可能性に。

 

「お姉ちゃんも、捕まってるのかも……! あたしと同じなら……!」

「確かに、かもしれん。奴らの狙いがその体質だと言うならば」

「なるほどなぁ、血縁者だったのか」

 

 聞こえた第三者の声に二人は振り返る。そこには体勢を立て直し戻ってきた西園寺がいた。

 

「丁度良い。姉妹揃ってとは、サンプルに持ってこいだ。やっぱり俺はツイてるなぁ」

「貴様……」

「グレイ兄ちゃん、アイツだよ。アイツが、この虐殺を指示したんだ!」

「! そうか、お前が。お前が!!」

 

 怒りに燃える複眼でグレイは西園寺を睨む。一方の西園寺は涼しい顔をしていた。怪人を前にしてもまるで恐ろしくはないと言うように。

 見たところ西園寺は丸腰だった。ただ右手に武器には見えない機械を手にしているだけだ。

 

「支給されてから実戦は初めてだが、相手としては悪くない」

《パラドライバー!》

 

 西園寺は機械を腹に当てた。すると脇から銀色のベルトが伸びて巻き付く。バックルとなった機械は青に塗られ、中央部には四角い透明のパネルがあった。

 次いで西園寺は右手に薄く小さな四角形の何かを翳した。大きめなSDカードにも似たそれは一面が白、もう一面が黒に塗り分けられていた。表になった白面の中央には太陽を模した紋章が描かれている。

 

「戦ってやろう、怪人」

 

 そう言って西園寺はバックルへ手にしたチップを上から挿入する。

 

《イクサ!》

 

 パネルの中へチップが装填されたことで、バックルのライトが白く点灯した。西園寺の指はそのままパネルの横にあるレバーを引く。

 

聖裁(せいさい)

 

《パラライド! イクサ!》

ENFORCEMENT(エンフォースメント)!》

 

 音声と共に西園寺の周囲に機械のパーツが現われ、衝突するようにして合着した。

 黒いアンダースーツ。上半身は白と青に塗られた装甲、下半身はメタリックシルバーの機械装甲に覆われていた。顔に仮面には金色の十字があり、その隙間が黒いバイザーになっている。

 西園寺、いや西園寺であった戦士は変身した己の腕を眺め、満足そうに呟いた。

 

「変身完了。素晴らしい、これがパラライダー・イクサ。つまりはパライクサか」

「パラ、ライダー……」

「下がれ、アリバ!」

 

 変貌を遂げパライクサとなった西園寺に、グレイは最大限の警戒をした。アリバを背後へ庇い、両腕を構えファイティングポーズを取る。

 先程尋常ならざる怪力を振るったその両腕を見ても、パライクサは鼻で笑うだけだった。

 

「フン。確かに並みの兵士では歯が立たないだろう。だが……」

《リバースカリバー!》

「パラライダーとなってしまえば暴漢とさして変わらない」

 

 音声が鳴り響き、パライクサの手には直剣が握られる。鍔の部分にドライバーと同じパネルがあるその刀身は鉄色で、刃の部分だけがクリアパーツになっていた。

 機械剣リバースカリバーを突きつけ、パライクサは顎をしゃくった。

 

「来たまえ、それともやはり獣は臆病か?」

「こ、のォォォ!!」

 

 挑発に堪えきれずグレイは躍りかかった。拳を真っ直ぐに突き出した殴りかかる。だが地面を抉るほどの破壊力を備えた拳は、跳ね上げられたリバースカリバーの刀身に弾かれた。

 

「なっ!?」

「人間と比べれば驚異の怪力だがな、武器を持ったパラライダーからすれば対処可能な範疇でしかない」

 

 拳を弾き体勢を崩したグレイへと、振り上げられたリバースカリバーが迫る。鋭い一閃はグレイのバッタ色の皮膚を容易く切り裂いた。緑の血が噴き出し、地面に歪な斑点を作る。

 

「がっ!?」

「グレイ兄ちゃん!」

「来るな……!」

 

 駆け寄ろうとするアリバをグレイは手で制する。

 

「でも!」

「変化できないお前が来ても、足手纏いだ!」

「う……」

 

 アリバは押し黙った。グレイの言う通りだ。ノブやグレイのように怪人になれないのなら、加勢することもできない。

 

「それには同意する。もっとも、多少切り刻んだところで再生するだろうがな」

 

 言いながらパライクサはリバースカリバーの刀身を確かめる。

 

「思ったより浅かったな。多少は装甲があるらしい。では……」

 

 パライクサはドライバーからチップを取り出してリバースカリバーのパネルへと装填し、上からパネルを押し込む。

 

《イクサ!》

《ライトエンチャント!》

 

 音声と共にクリアパーツの刃が輝き、深い青色の光が満ちていく。色の変わった刃を翻し、パライクサは再びグレイを斬りつける。

 グレイはバッタの脚力を生かしそれを躱そうとする。だが剣閃はグレイの目測よりも速かった。避けきれず、刃は胴を薙いだ。耐えきれずグレイは倒れ伏す。

 

「がはっ!!」

「フハハッ! これはいい!」

 

 ヒュンヒュンと青く染まったリバースカリバーを振るう。そのスピードは明らかに先程より増していた。

 パライクサは自慢げに語った。

 

「リバースチップは増幅回路! 変身にはもちろん、武装にも力を与えることができるのさ。もっとも、変身者本人の資質で能力が変わるため、実際に変身するまではどんな力が開花するのか分からないが。俺のパライクサは、神速の刃が使えるようだ」

「かはっ、はぁ、はぁ……!」

 

 パライクサが浸っている間にどうにかグレイは立ち上がる。だが息は絶え絶えで、腹部からは止め処なく緑の血が流れていた。人間であれば内臓が漏れていそうな深い傷。エグザイルであっても重傷であるのは明らかだった。

 

「グレイ、兄ちゃん……!」

「……逃げろ、アリバ」

 

 息を呑むアリバに、グレイは振り返らずに言った。

 

「ノブ先生も来ている。合流して、作戦は失敗だと告げろ。そして逃げるんだ」

「でもグレイ兄ちゃんは、それにお姉ちゃんも!」

「死んだら元も子もない!」

「っ!」

 

 怒声のようなグレイの声に、アリバは押し黙るしかない。グレイはコンテナが崩れた場所を指差す。

 

「あそこから行け。コイツは……俺が足止めしておく」

「グレイ、兄ちゃん……」

「行くんだ。……最後まで、憧れの兄でいさせてくれ」

「っ……っ!」

 

 アリバは涙を堪えながら、言われた通りにコンテナの隙間から逃げ出した。遠ざかっていく足音を聞いて、グレイはバッタの様相でニヤリと笑う。

 

「茶番は終わったか?」

 

 目の前にはリバースカリバーの刃を撫で、暇そうにするパライクサ。巫山戯た態度を取ろうと、両者の力量は大きな隔たりがあった。

 勝ち目はない。そしてそれはそのまま、灰神村の敗北を意味していた。自警団団長であるグレイこそが村最強の怪人なのだ。グレイが敵わないのなら誰も勝てない。

 最早できるのは一人でも多く逃がすこと。その為に捨て石になることだけだ。

 

「あぁ……いいピエロだったろう?」

「失笑にはなったよ」

 

 体液の流し過ぎで碌に動けないグレイへと、青い刃は無慈悲に振り下ろされた。

 

 

 ※

 

 

(なんだろう、これは)

 

 アリバはグレイに言われた通りに逃げた。

 逃げた、が――その先で立ち尽くした。

 

(本当に、現実なの?)

 

 己の目を疑う。あるいは夢を。それは今日、何度もしてきたことだ。

 しかし、今が一番そう思った。

 

 まだホワイトナイツの陣地の中だ。周囲にはコンテナと天幕が変わらずあるし、兵士たちもいる。その只中で、アリバは隠れもしていない。危険だ。しかし、目の前の光景に釘付けになったアリバは身を隠せなかった。

 アリバの眼前には、()が積み上がっている。それは収穫した作物を集めた山に似ていた。村人の畑仕事を手伝った、在りし日の光景。

 だがそれは収穫物ではない。

 死体だ。

 

(なんで、なんで、なんで――)

 

 怪人の死体。人間の死体。緑と赤の体液は入り混じって黒に近い色になっている。知り合いの顔もあった。そんな彼らが、ゴミのように掃き集められていた。今も、兵士たちがよっこらしょと積み上げている。

 みんな、苦悶や絶望の表情で固まっていた。

 そして、

 

(なんで、こんなことに)

 

 その中の一人に、白衣を着た蜘蛛怪人がいた。

 

「ノブ、先生……」

「あ、まだ生き残りがいるぞ!」

 

 ただ呆然と突っ立っていれば、見つかりもする。

 兵士はアリバの姿を確認するや否や、手にした銃を発砲した。

 放たれた銃弾はアリバの肩を貫く。

 

「いぎっ!」

「外した、早く仕留め――」

「いや、コイツ隊長が言っていた乙種じゃないか?」

 

 血を流し倒れ込むアリバを追撃しようとする兵士をまた別の兵士が止めた。何があったのかと、ゾロゾロと兵士が集まってくる。

 

「あぁ、二匹目を捕まえたんだっけ」

「だってさ。変化しないし、コイツがそうじゃないのか?」

「確かに、一匹目と似ているな」

「血統って関係あるんだったっけ」

「さぁ、未解明なんじゃないか。サンプルが増えたワケだし、これから判明するかもな」

 

 痛みに苦悶するアリバを囲って、好奇の目を注ぐ兵士たち。アリバには人垣が、まるで熱に浮かされてみる悪夢で出てくる化け物のように見えた。

 

「お、捕まえたか」

 

 そして人混みを割るように現われたのは、背後に合流した副官を連れたパライクサだった。

 

「ふぅ、逃がさずに済んで良かった。お手柄だぞ」

「あ、隊長。一体抜けて行ってしまいましたが、大丈夫でしたか」

「おう、それなら」

 

 ゴロンと丸い物がアリバの目の前に転がってくる。

 それはバッタの、グレイの生首だった。

 

「―――」

「中々手強かったが、パラライダーの敵ではなかったな。さて……」

 

 パライクサは手首の腕時計状の機械を見る。

 

「もう確保した乙種以外にエグザイルの反応はないな。掃討完了だ」

 

 そう告げる言葉の意味を、間違える筈もない。

 つまりもう、自分以外は。

 

「よし。撤収だ。怪我した人員を一号車へ運んで定員になり次第出発させろ。残りは後片付けだ」

「死体はどうします?」

「最後に火を着けろ。野犬にでも喰わせておきたいが、規則だからなぁ」

「はははは!」

 

 嗤う、嗤う、声、声。

 生首と向かい合うアリバの脳裏へ反響する。

 

「……ぇ、して」

「うん?」

「返して、よぉ」

 

 ふらりと立ち上がる。肩の傷は既に癒えていた。

 確かならぬ足取りで、アリバはパライクサへと詰め寄った。

 

「返して、返して、返して!!」

 

 拳で白い装甲を叩いた。跳ね返る硬質な音。手応えはまったくない。それでも叩き続ける。

 

「ノブ先生を! シィを! ルルを! クロウ兄ちゃんを! グレイ兄ちゃんを! みんなを!! 返して、返して、返して返して返してよぉ!!!」

 

 目から溢れた雫が頬に筋を作る。叩きつけた拳は擦り剥け血が滲んだが、痛みになど気付かなかった。

 それよりずっとずっと、心が痛い。

 喪失という痛みが苛んで、全身が焼かれるようだ。

 

「返して……返して……」

「……フン」

「ぎっ!」

 

 目障りな小娘をパライクサは前蹴りで退かす。華奢な身体は吹っ飛んで積まれたコンテナに衝突し、ひしゃげたコンテナからは中身が飛び散った。ガラガラと一緒に崩れ落ちるアリバを見て、つまらなそうにパライクサは鼻を鳴らす。

 

「返す? そんなことできないし、どこにそんな必要がある。お前たちは駆除されるべき存在で、俺たちは正義を実行したに過ぎない」

「……正義」

 

 項垂れる少女はその言葉にピクリと反応した。

 

「正義って、何……」

「簡単だ。人の安寧を守り、悪を裁く。それこそが正義」

 

 パライクサは誇らしげに言った。魂の一片に至るまで恥じるところ無しと言わんばかりに。

 

「人に仇為すお前たちは悪だ。だから駆除される。それだけだ」

「悪……」

 

 生まれながらの怪人。人でなしの悪。

 だからみんなは死ななければならなかった。正義の名の下に滅びなければいけなかった。

 それが運命。それが道理。

 

「――そんなの」

 

 アリバの胸の奥に熱が灯った。仄暗い心中で燃え上がる紅蓮の炎だ。喪失してポッカリ空いた胸の内を、虚無感ごと焼き尽くす程に燃え盛る。煌々と、轟々と。

 

「許せるか……!」

 

 その名は、怒りだった。

 身を焼き尽くす程の憤怒。決して寛容できない運命への拒絶。そして目の前の殺戮者たちへの憎悪。心をドス黒く焦がしていく熱に、アリバは抗えない。

 

(山は恨まない。だけど)

 

 かつて父の命を奪った山のことを、アリバは恨まなかった。事故死だったからだ。父が命を落としたのは自然の摂理で、仇はどこにもいなかった。

 しかし、今。

 

(仇は、目の前にいる)

 

 熱い憤怒。冷たい憎悪。二つの熱がアリバの全てを染め上げていく。

 怒りのままにアリバは立ち上がろうとした。例え死ぬとしても、敵わないとしても、ここで屈することなんてできない。グレイのように、最期まで抗う。戦い抜く。

 そして起き上がるために地面へついた手に、固い感触が触れた。

 

「っ、これ」

 

 それは激突したコンテナから散乱した物の一つだった。

 四角い形状。色は黒。中央にはパネルと、その隣にレバー。

 一見は何に使うか分からない機械。だがその形状に、アリバはどことなく見覚えがあった。

 その正体に思い至った瞬間、アリバはそれを手に掴んだ。傍に落ちていたチップと共に。

 

「………」

「ん? あれはなんだ、副官」

「あれは……予備兵装のパラクウガチップと廃棄予定品の試作型ドライバー、『キラドライバー』でしょうか。準備のドサクサに紛れて積み込んでしまったのかもしれません」

「試作型? フッ」

 

 怒りと共に立ち上がったアリバが掴んでいる物の正体を知り、パライクサは肩を竦めた。

 

「そのポンコツで反撃でもしたいのか? 確かに同じパラライダーになれば勝てる可能性はある……だが残念だったな、それはハズレだよ。出力が高い分、人間の手に負えないという代物でな。変身すれば数秒でダウン、下手をすれば死ぬことすらあり得る欠陥品として有名なんだ」

 

 パライクサはリバースカリバーを手に悠々と詰め寄る。

 

「だから結局は無意味だ。大人しく捕縛されれば、痛みは最小限で済むぞ?」

「……無意味だろうが、なんだろうが関係ない」

「なんだと?」

 

 訝しむパライクサをアリバは睨み付ける。仄暗い、覚悟を決めた瞳で。

 

「お前たちを全員殺す。お前も、兵も、組織の一片に至るまで、全て。みんながやられたように、全部、全部!」

《キラドライバー!》

 

 機械を、キラドライバーを腰に当てる。伸びたベルトが腰へと巻き付くが、その瞬間赤黒い電流がアリバを襲った。

 

「あぐぅぅっ!!」

 

 迸る痛み。だが堪える。みんなを失った痛みに比べれば、物の数ではない。

 そう思えば、痛みにはすぐ慣れた。

 

「………」

 

 後はリバースチップを挿入するだけ。だがアリバは少し逡巡した。

 白い面には古代文字めいた紋章が刻まれている。これを使って変身すれば、パライクサと同じようなパラライダーになれるだろう。だがそれを拒絶する自分がいた。

 奴と同じ正義の味方になるくらいなら、いっそ。

 アリバはチップを裏返す。黒い面の中央には……コウモリが描かれていた。

 

「……こっちの方が、あってる」

 

 微かに笑ったアリバはコウモリの面を表にし、ドライバーへと装填した。

 

《バット!》

 

 ドライバーのライトは赤く光る。どこか禍々しい輝き。

 そして、吠える。

 

「変身!」

 

《キラーライド! バット!》

STRUGGLE(ストラグル)!》

 

 流れる音声と共に周囲に黒いパーツが浮かび上がった。コウモリの模型をバラしたかのようなパーツはぶつかるようにしてアリバに合体し、その表面に装着される。終わった時、そこにいたのは黒い戦士だった。

 赤いアンダースーツの上に纏う尖った黒い鎧。特徴的なのは胸から左肩を覆う皮膜の翼めいた装甲だった。まるで翼を閉じて休むコウモリのようだ。

 頭頂部は両側へ刃のように鋭い鍔が飛び出しコウモリの耳のようでも、帽子のようでもあった。その下には赤く鋭い双眸。口元のクラッシャーは鋭く並んだ牙の歯列の如し。

 悪魔。あるいは――地獄からの復讐者。

 それがアリバの変身した、戦士の姿だった。

 

「グゥゥゥゥ……!!」

「変身した……だが、動ける筈が」

 

 あり得ないと首を振るパライクサ。だが目を逸らした瞬間、黒い戦士となったアリバの姿は消えていた。

 

「!? 消え――」

「ガアアアァッ!!」

「ぐあっ!?」

 

 直後、頭部へと感じる衝撃。それは高速で移動したアリバが横から繰り出した拳だった。鋭いパンチを受けたパライクサは、横へと思い切り吹っ飛ばされる。

 

「ぐああっ!!」

「隊長!」

 

 今度はパライクサがコンテナに衝突した。大きな音を立ててコンテナの山を崩しながら、パライクサは頭を抑えて立ち上がる。

 

「何故、動ける」

「フシュゥゥゥ……」

 

 改めてリバースカリバーを構えるパライクサの視線の先には、熱の籠もった蒸気を荒々しく吐くアリバがいた。それこそがキラドライバーを人間が扱えない証。強力なスペックの代わりに耐え難い程の熱が発生し、蒸し焼きになってしまう。人間が耐えられるワケが――。

 

「いや、そうか。お前は……!」

 

 しかし人間でないならば。

 

「乙種の化け物! 人外の再生力で耐えているというのか……!」

「はぁっ!!」

 

 アリバは踏み込みパライクサへと肉迫する。そのスピードはやはり凄まじい。

 

「チィッ!」

 

 だが真正面。パライクサも流石に目で捉えていた。リバースカリバーを突き出し、その直線上に置いておく。これで勝手に相手が突き刺さる筈。

 が、火花と共に弾かれる。

 

「何っ!?」

 

 弾いたのは左肩の装甲だった。皮膜の翼を模したそれは、パライクサ自慢の刃を弾くほどに強靱だったらしい。跳ね上げられたリバースカリバーはそのままパライクサの手を離れて飛んでいく。

 自然、ガードが開いた形になる。アリバは拳を握り締め、そして叩きつけた。

 

「シャアッ!」

「ぐふぅっ!!」

 

 ボディへと入る、重い一撃。パライクサはまたも吹き飛ばされ、コンテナの山を貫通して地面を滑った。

 

「かはっ……こ、のスペック、やはりキラドライバーに適応している……こんなことがっ!」

「……これで、グレイ兄ちゃんを斬ったの」

「! か、返せ!」

 

 腹を押さえて立ち上がったパライクサの前で、アリバはリバースカリバーを拾い上げた。微かに付着した緑色の血は、その刃が彼女の大切な人の命脈を絶ったことを物語っていた。

 

「それは中級隊長以上にしか支給されない、栄誉ある装備なんだぞ!」

 

 手を伸ばし喚くパライクサをアリバは無視する。そしてパライクサがやっていたようにリバースチップをドライバーから抜き出し、鍔のパネルへと装填した。

 

《クウガ!》

《ライトエンチャント!》

 

「………」

 

 白い面を入れたことで、刃は紫色に染まっていく。しかしそれがどうにも気に入らないアリバは、柄についていた拳銃めいたトリガーを引いてみた。

 鍔のパネルが裏返る。

 

《リバース!》

《バット!》

 

「へぇ」

 

 パネルは反転し黒い面に。アリバはコウモリの顔が表となったパネルを押し込んだ。

 

《バット!》

《ダークエンチャント!》

 

 今度は刃が毒々しい血色に染まる。アリバは気に入ったように頷いた。

 パライクサはまだ喚いている。

 

「返せ!」

「……みんなを返してはくれないくせに」

 

 右手に赤刃を構え、アリバは低く言った。

 

「だから代わりに、お前たちから全部を奪ってやる」

「抜かせ、この化け物め!」

《リバースシューター!》

 

 パライクサの手に今度は白と黒で塗り分けられた拳銃が握られる。

 

「化け物は銀の弾丸に撃たれる運命なんだよぉ!」

 

 引き金を弾く。打ち出された弾丸をアリバは身体を僅かに反らして回避する。変身したことで反射神経も強化されたのか、その程度のことは軽くできるようになっていた。

 だが避けられた銃弾は背後のコンテナを穿ち、捻れた穴を作り上げた。

 

「!!」

「対エグザイル用の超螺旋徹甲弾だ! パラライダーの装甲じゃあ数発は耐えられるかもしれないが……それでも当たり続ければタダじゃ済まない!」

 

 パライクサはリバースシューターを連射する。回避し続けるアリバ。受けて耐えようとは思わない。というのも、この短時間でアリバは自身の変身したこのコウモリ型パラライダーのことを何となく悟っていた。

 

(動きやすい分、きっと装甲は薄い)

 

 変身態の黒い装甲は動きをほとんど阻害しない程に軽い。その分、耐久力は高くないように感じていた。硬く頼れる装甲は、左肩を覆う翼型の装甲のみ。

 

(翼? そうか!)

 

 思いついたアリバは、その場で飛び上がった。

 

「なっ!?」

 

 パライクサが見上げ、驚愕する。その視線の先には空を背に宙を舞うアリバの姿があった。飛び上がったというのは跳躍の比喩ではない。文字通り、アリバは空を飛んでいた。

 その背中には、展開した翼型の装甲が広がっている。その形状そのままの役割を果たし、アリバが空を飛んでいるのだ。

 そのままアリバは、パライクサに向かって急降下する。

 

「はぁぁぁ!」

「くっ!?」

 

 リバースシューターを撃って迎撃するが、空中という広い回避空間を確保したアリバには当たらない。そもそも動揺しやたらめったらな銃撃が当たる筈もなかった。

 全て躱して肉迫した鋭い斬撃がパライクサの装甲を引き裂く。

 

「ぎゃあっ!!」

「もう一回!」

「ぐ……させるかぁ!」

 

《イクサ! ライトバースト!》

 

 着地して二撃目を繰り出そうとするアリバを前に、パライクサはドライバーのレバーを引いた。パラドライバーより膨大なエネルギーが発生。光が集約した拳を打ち出す。

 

「くたばれ化け物ぉ!!」

「がはっ!!」

 

 叩き込まれる強力な拳。鉄拳は爆発し、アリバの身体を大きく吹き飛ばした。

 

「ぐ……かはっ」

 

 震えながら立ち上がるアリバ。その左側には焦げ痕が刻まれた翼型の装甲があった。

 パライクサの反撃に嫌な予感を感じたアリバは咄嗟に翼を閉じた。それが功を奏し何とか身を守ることに成功したが……それでも貫通する程のダメージだった。体感での想像だが、もし生身で受ければ……吹き飛んで肉片になってしまうかもしれない。

 

「ハァ、ハァ……ドライバーにチャージされたエネルギーを解放して繰り出すライトバーストだ。何回も打てないが……クハハ、流石に効いたみてぇだな」

「くっ……」

 

 憎きパライクサの言葉だが、否定はできない。優勢は一気に崩された。そして今は、銃の距離だ。

 

「死ねぇ!」

 

 リバースシューターより弾丸が放たれる。アリバは躱そうとするが、ダメージからか動きが鈍い。一発二発は回避できるが、パライクサのリバースシューターは連射が可能だった。数え切れない程の銃弾がアリバを襲う。

 

「ぐぅ!」

「ハハハ! ようやく戻ってきたぞ。これが本来の形だ。逃げ惑う化け物共を一方的に嬲り尽くす本来の正義だ! ようやく正しい形になったぞ!!」

 

 興奮したように叫びながらパライクサは銃撃を続ける。

 

「……何が、正しいだ」

 

 躱しながらもパライクサの言葉を聞いたアリバはボソリと呟く。

 

「そんな、正しさ……」

 

 怒りの炎が己の裡で燃え上がる。まるでそれと同期するかのように、体内に溜まった熱も更に滾った。アリバはそれを、もう堪えることはしなかった。

 

「あたしが、焼き尽くす!!」

 

 アリバの身体が、不自然なまでに加速した。

 

「ハ……」

 

 それをパライクサは目で捉えていた。銃弾を当てる為に。目で追うのが精一杯だったが、それでも何が起きたのかは目撃した。

 コウモリが、火を噴いた。

 端的に言えば、それだけだ。

 

「は、な、何故」

 

 背中が、手が、足が爆発するように燃え上がり、その勢いでアリバは加速する。ジェット噴射による瞬間的な加速を銃弾は追いきれない。全て躱され、空を穿つだけに終わった。

 パライクサは目の前のあり得ない光景に狼狽する。

 

「な、何故だ! パラクウガチップの裏側に、そんな機能はないハズ!!」

「だったらこれが、あたしの怒りの炎だ!!」

「意味が分からっ……」

 

 最後まで言うことは叶わなかった。

 火の粉を残してひっ飛ぶアリバが、目前まで肉迫したからだ。

 

「ひっ……!」

 

 恐怖を覚えても、もう遅い。

 リバースカリバーが炎の力を借りて唸り、白い装甲を袈裟斬りにした。

 

「ぎああっ!!」

「これは、ノブ先生の分!」

 

 擦れ違うようにパライクサの背後に着地してアリバは即座に反転。身体の捻りを加えた第二撃。

 

「これはクロウ兄ちゃんの分!」

「がぁっ!!」

 

 背中をリバースカリバーの刃が大きく切り裂く。火花を散らして装甲を貫き、中の肉までも引き裂いた。赤い刃が更に血に濡れ、妖しく輝く。

 コウモリの力がリバースカリバーに与えた能力か。刃は更に加速し、今度はパライクサを正面から襲った。

 

「これは、シィとルルの分!!」

「ぎ、ひぎゃっ!?」

 

 奔る二連撃。炎と血で加速した刃は目で捉えることすら適わず、パライクサの両腕を切断した。リバースシューターを持った腕ごと取り落とす。

 

「お、俺の腕ぇ!?」

「そして……!」

 

 アリバはリバースカリバーを腰だめに構え、大きく引き絞る。そして肘に爆炎を灯し、ロケットの如き勢いで突き出した。

 

「お前が殺した、グレイ兄ちゃんの分だぁーー!!」

「がっ!!」

 

 渾身の突きはパライクサの腹部へと命中しその中心を――貫いた。

 己の中央を間違いなく貫通する刃を見て、パライクサは戦慄く。

 

「お、おご、ご……こ、こんなところで、俺がっ」

「そしてこれが、お前たちに殺されたみんなの分だ」

 

 アリバは冷徹に、そして怒りに身を滾らせながら鍔からリバースチップを抜きドライバーへと戻す。

 相応しい処刑。お手本は、既に目の前の男がやった。

 レバーを引く。

 

《バット! ダークバースト!》

 

「お前が犯した、全て」

 

 バックステップで大きく下がり翼を背に展開。宙を舞えるだけの浮力を、背後へと集中。そして炎も伴い、最大加速。

 全力を乗せた、跳び蹴りを放つ。

 

「その血で贖え!」

 

 着弾する渾身の一撃。その威力はパライクサの腹を穿つリバースカリバーを杭とし、その体内で爆発する。

 

「ほ、ホワイトナイツに栄光あれぇーーー!!!」

 

 その言葉を最期に、パライクサは爆発した。

 炎を背にアリバは立ち上がり、空を見上げた。

 

「みんな、仇は討ったよ……まずは、一人」

 

 そう、報告する。

 復讐者となったアリバの、最初の戦いは終わった。

 

 ……だがアリバにはまだやるべきことがある。

 

「………」

「ひぃ!!」

 

 周囲には、今までの戦いを固唾を呑んで見ていた兵士たちがいた。人外の戦いに横槍を入れることすらできなかった雑兵共が。

 アリバは炎の中からリバースカリバーを拾い上げ、地に落ちたパライクサの腕からリバースシューターを捥ぎ取った。そしてその照準を――兵士たちに合わせる。

 

「ひっ……!」

「に、逃げろぉ!!」

 

 大切な人たちの命を奪った相手に、アリバは容赦しなかった。

 撃つ。撃つ。逃げる兵士たちを背中から撃ち抜く。エグザイルの身体を破壊する為に威力を向上させた銃弾に、人体が耐えられる筈もない。容易く貫かれ、肉片を撒き散らし無惨な死体を晒す。

 逃がすようなヘマもしない。遠くまで逃げ延びようとした奴は炎で加速し首を刎ねた。あるいは脳天をかち割り、ピンク色の脳漿を撒き散らす。

 そうして、殺し尽くした。

 

 最後に残ったのは西園寺に仕えていた副官だった。

 

「ひ、ひぃっ……!」

「……お姉ちゃんはどこだ」

 

 アリバはリバースカリバーを首元に押しつけ問うた。

 

「お、お姉ちゃん、とは」

「お前が捕まえた乙種とやらだ。言え!!」

 

 苛立たしくアリバは刃を押し込む。ぷつりと皮が切れ血が溢れる。

 

「ひぃぃ!! お、おおお乙種は、もう、こ、ここにはもう、いませぇん!!」

「……何だと」

 

 訝しげな低いアリバの声を怒りと勘違いした副官は即座に続ける。

 

「負傷者を乗せた一号車と共に既に出発しましたぁ! 今頃は本部へと続く帰路を爆走中かと思われまぁす!!」

「そんな……」

 

 既に救うべき最愛の姉が手の届かない場所へ連れ去られたと知り、アリバの心を絶望が覆う。だが怒りの炎は、膝をつくことを許さなかった。

 剣を突きつけながら、更に命令する。

 

「……言え」

「な、なにを」

「お前たちの、本部とやらの場所を」

「の……乗り込むつもり、ですか!?」

 

 一瞬恐怖も忘れ、副官は問い返した。

 

「む、無謀過ぎる。本部には今回動員した比じゃない兵士たちが詰めているんですよ!? それだけじゃなく、下級中級の隊長たちは西園寺隊長と同じくパラドライバーで武装しています。更に更に、それを越える上層部の上級隊長、ラウンズの方々は比較にならないほど強い!! む、無茶です。コウモリ一匹が完全武装の騎士団に潜り込んだところで、踏み潰されるのがオチですよ!?」

「だったら噛み殺す」

 

 一瞬の逡巡すらなくアリバは答えた。

 

「鎧の隙間から牙を突き立てる。血を啜って生きながらえ、必死に翼を振って剣を躱す。それを何度だって繰り返して一人ずつ仕留め、最後の一人を殺すまで続ける。どれだけ絶望的な道であろうとも、あたしはやり遂げる」

 

 赤い双眸を燃やしながら断言する。その覚悟。不退転の意志を。

 

「ホワイトナイツ、その全てに血で贖わせる。それまでこの復讐が止まることはない」

 

 決意。それはもう揺るがない。

 姉を取り戻し、正義の使徒とやらを全て鏖殺する。もう決めたこと。得たこの力、人生の使い道。

 

「む、無茶苦茶だ……」

 

 支離滅裂に思えるアリバの宣言を聞き、副官は怯える。

 その時、着信音が鳴り響いた。

 

「あっ……」

「……出ろ」

 

 命令されて、副官は懐から通信端末を取り出す。そして通話ボタンを押した。

 

「は、はい……あ、ラウンズ、さま」

 

 ラウンズ。その言葉を聞いた瞬間、アリバは副官の首を切り落とした。

 

「はへ?」

 

 唐突なことに訳も分からず絶命する副官を捨て置き、アリバは死体となった手から端末を取る。

 

『西園寺中級隊長の反応が途切れた。端末にも応答がない。提起連絡も途絶えている。副隊長、一体何があったか報告しろ』

 

 耳に当て聞こえてくるのは怜悧な女性の声だった。

 

「お前が、ラウンズとやらか」

『っ!? 何者だ!?』

 

 狼狽する女性の声。それを聴いたアリバの中に嗜虐心が覗いた。

 だから、愉快げな声で答える。

 

「何者、かぁ。そうだなぁ……お前たちは、パラライダーなんだろ? だったら、それを殺す者だ」

『? 何を言って……』

殺人者(・・・)さ」

 

 アリバは決めた。

 これから自分で名乗る名前を。

 

「ライダーキラー(殺人者)。それが――()の、名前だ。忘れるな。お前たちを一人残さず殺し尽くす、悪意の復讐者の名を」

『貴様――』

 

 それだけ告げ、アリバは通話を切った。端末を踏み潰し、変身を解く。

 

「……必ずお前たちに辿り着いてやるよ、ラウンズ」

 

 宿敵の声を脳裏に刻みつける。

 こうして、キラーは生まれた。

 

 

 ※

 

 

「……丁寧に埋葬できなくてごめん」

 

 それからしばらくして、アリバは村人の墓前で手を合わせていた。

 墓前といっても、死体を埋めた土の上に柱を建てただけの簡易なものだ。だが全員分の墓を一人で作るにはこれしかなかった。

 その代わり、墓標には全員の名前を刻んでいる。

 

「グレイ兄ちゃん、クロウ兄ちゃん、シィ、ルル、ノブ先生」

 

 並んで建てられた墓の一人一人の名を呼んでいく。全員の死体を確認した。誰も、生きてはいなかった。

 正真正銘だった。全滅。生き残ったのはアリバと、あと一人。

 

「行ってくるよ。お姉ちゃんを連れ戻しに」

 

 姉は、セキバはまだ生きている。そしてホワイトナイツの本部にいる筈。

 それを信じるしかない。ならば、その為にこそ生きる。

 だから、この村からは出て行かなければいけない。

 

「……できれば、一生ここで生きていたかったな」

 

 それがアリバの抱えていた、ささやかな願い。

 変化もいらず、それ以上の幸せも望まず、ただ、みんなと一緒に。

 一人一人の笑顔が脳裏を過ぎる。浸っていたい幸せな時間。だがそれも、時と共に風化していくに違いない。

 もう二度と、あの時間は戻ってこないのだから。

 

「それでも、()は行く」

 

 決意を新たに、首元のストールを握り締める。

 口元を覆うように巻かれたそれは元々の赤と、赤黒い血の汚れで斑に染まっていた。

 それは姉を取り戻し復讐を果たすことを忘れない為の誓い。

 アリバはもう、村の少女ではなく復讐者だった。

 

 そしてアリバは墓標に向かって背を向けた。二度と戻らない覚悟で。

 後ろ髪引かれる感覚を振り切り、アリバは歩き出す。向かった先には、ホワイトナイツの装備がガラクタのように積まれていた。

 ホワイトナイツが残した装備の数々。その中から使える物を、マニュアルと格闘しながら選び出した。

 パライクサから奪ったリバースカリバーとリバースシューターはドライバーの中に格納。そしてそれ以外は、収納スペースに仕舞った。

 今アリバが叩いた、一台のバイクに。

 

「ライドリバーサー」

 

 パラライダー専用バイクとして作られたそれは、前身が白、後ろ側が黒に塗り分けられたバイクだった。白を基調としたそれは、どこか白バイのような趣がある。

 

「………」

 

 如何にも正義という風なデザインが気に入らなかったアリバは、ハンドルに備え付けられたボタンを押した。するとハンドルを中心として前輪側と後輪側が回転し、入れ替わる。

 黒が前、白が後ろとなったビークルを見てアリバは満足そうに頷く。

 

 跨がりヘルメットを被る。着込んだ黒いコートはグレイの秘蔵品。ハンドルを握る手袋はクロウの物。懐にはシィとルルがプレゼントしてくれたポーチ。ノブの診療所から拝借した薬品類も持っている。

 だったら、準備は万端だった。

 最後に告げる。

 

「――いってきます」

 

 返事はなかった。だがアリバは走り出した。

 怒りと使命感。胸に抱いて目指すは本丸。

 どれだけの死が溢れようと、苦難があろうと、決して止まることはない。

 

 必ず、その血で贖わせる。

 暁アリバ/ライダーキラーの復讐譚が始まった。

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