仮面ライダーキラー   作:春風れっさー

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■オールドマン・バトン 前編

 その都市は、夜の星すら霞むほど絢爛に輝いていた。

 新彩異珠(しんさいたま)セントラルシティ。新政府による遷都計画によって新たに制定された、この国の新しい首都。

 ケバケバしいネオンライトが照らすビル街は眠ることを知らないようで、乱痴気騒ぎにも似た騒がしい気配が遠くからも伝わってくる。

 その貴賤は別として、国が主導する都市計画は確かに活気を促進しているらしい。

 

 しかし光が強ければ、影もまた色濃くなるもの。

 ホワイトナイツ都市防衛旅団第十五パトロール小隊が哨戒している地区はその影の一つだった。

 住宅街の中でも低所得者が集まった地区は中心部に比べて薄暗い。無駄な電気代を使えない彼らは大人しく寝静まるか、残業でまだ帰ってこられていないかのどちらかだからだ。明かり一つない街並みは、まるでゴーストタウンのように物静かだった。

 

「相変わらず不気味なところッスね~」

「まぁな」

 

 暇そうな隊員の呟きに堪えたのはこの部隊を率いる下級隊長だった。引き連れた隊員の数は四人で体長含めて計五人。ホワイトナイツの小隊としては一般的な数である。

 新彩異珠SS(セントラルシティ)の治安維持を目的として結成された武力組織であるホワイトナイツは、こういった街の警護こそが主任務だった。他の地域に繰り出しての治安活動などは、名目上はついで(・・・)である。

 街でホワイトナイツに逆らうような馬鹿な民衆はいない。彼らが圧倒的な力を持っていることを知っているからだ。

 治安維持を政府から全面委託されているホワイトナイツは逮捕権と私刑権が認められていた。捕まれば拷問からの自白で、あることないこと多種多様な罪を負わされた挙げ句、家族に会う暇も無く殺される。それが分かっていて逆らう者は、もうとっくのとうに淘汰されるか、あるいは地下深くに潜って息を潜めることを選択していた。

 

 現在この街でホワイトナイツが相手をするような輩は、状況も分からないほど泥酔した酔っ払いか、あるいは彼らに賄賂を支払わない犯罪者か。

 パトロール小隊もそれが分かっている。自分たちに楯突く連中はいない。だから彼らの纏う空気はどこか弛緩していた。

 しかし隊長だけは、周囲を油断なく警戒し続けていた。

 

「……隊長、なんでそんなにキョロキョロしてんスか? いつもなら隊長もこんな何も無い区域はとっとと抜けて、歓楽街の方へ向かうじゃないッスか」

「いつもならな。お前、聞いてないのか? パトロール小隊が何部隊か行方不明になってるって」

「えっ、マジっすか!?」

 

 隊員は素っ頓狂な声をあげる。他の隊員たちも目を丸くしていた。

 

「初耳ッスよ!」

「ああ、そうか。いたずらに不安を煽らない為に小隊長未満には情報封鎖がされているんだったな……だが、事実だ。ここ数週間で、街を哨戒していた小隊がいくつも消えている」

 

 隊長の語り口は真剣で、隊員たちも息を呑んで信じざるを得なかった。

 

「なんだって、そんな」

「この街に抵抗勢力がいるってのか」

「分からん。上層部……ラウンズもまだ正体を掴めていないらしい。……だが、噂はあってな」

「噂?」

「ああ」

 

 夜の通りで一同は立ち止まり、隊長の言葉を待った。

 

「ある部隊がしくじった結果、エグザイルの一体が逃げ出したらしい」

 

 隊員たちは周囲を警戒することも忘れ、固唾を呑んで続きを聞いている。だから最後尾の隊員の、更にその遥か後方の闇が揺らいだことには、終ぞ気付かなかった。

 

「ソイツは逆恨み(・・・)をして俺たちホワイトナイツの部隊を無差別に襲っているって話だ。名前は――」

 

 夜を裂く、小さな風鳴りと共にその名は呟かれた。

 

「――キラー」

 

 血飛沫。切り裂かれた首から噴き出した血が隊員たちの顔に降りかかったことで、話は中断される。

 

「ッ、何!?」

「梶谷!?」

 

 隊員たちは一斉に振り返り、目撃した。最後尾の隊員、梶谷のその首が半ばまで断たれて絶命している姿を。

 そしてその影に翻る、赤いマフラーを。

 

「誰だ!」

「異な事を言う。今紹介に与ったばかりじゃあないか」

 

 芝居がかった声音でそう答えるのは、黒いコートを着た少女だった。

 口元はマフラーで覆っているので見えない。だが顔を隠すという気概はないようで、その鋭い双眸は隠されず、闇の中で身構える隊員たちを射貫いていた。

 右手には、これは隊員たちも見覚えがある、中級隊長以上に支給される機械剣・リバースカリバー。その刃は今斬った隊員の血で赤く彩られていた。

 少女は告げる。死神の名を。

 

「キラー。アンタたちを皆殺しにする者の名だ」

「まさか、本当にいたのか!?」

「だ、だが好都合だぜ!」

 

 驚愕に支配されていた隊員たちだったが、腐っても訓練を積んだ兵士の一員。即座に腰に備えていた銃を抜き、キラーを名乗った少女へと向ける。

 

「死ね、エグザイルめ!」

 

 発砲。既に味方が殺されているので警告は無しだった。多方向からの銃弾は避けようがない。少女の肢体は為す術無く撃ち抜かれ、血を噴き出して倒れる。

 

「ほ、ホントに死んだ」

「はっ……んだよ、脅かしやがって」

 

 穴だらけになって倒れた少女を前にして、ホッと息をつく隊員たち。

 だが少女が狙っていたのが、その弛緩だとしたら。

 

「エグザイル如きが、ぶげっ?」

 

 ズパン。

 闇に閃いた剣の軌跡が、隊員の口を塞いだ。その上半分を切り飛ばす形で。

 起き上がった少女に、隊員たちは混乱する。

 

「な、なんで生きて!?」

「う、撃て、撃つんだ!」

 

 立ち直り応戦しようとするが、動きは先よりも更に鈍い。恐怖と困惑が、鍛錬を上回った。

 銃口が狙いを定めるよりも早く、刃が翻る。

 二閃。それで隊員たちは切り捨てられ、その命脈をアッサリと散らした。

 残るは、隊長のみ。

 

「こ、こんな……」

 

 戦慄き、後退る隊長。しかし少女がその身に刃を突き立てられることは、まだ無かった。

 むしろ、挑発するように小首を傾げる。

 

「……使わないの? ドライバー」

「なっ」

「人間が、エグザイル如きに逃げ出すってなら、追わないけど」

 

 嘲り。明らかな挑発。

 流せばいい。そんな理性的な思考は当然、隊長の脳裏にも浮かんだ。気にせずに逃げて、上に報告すればそれでいい。

 だが隊長が実際に選んだのは、頭に血を上らせて言われた通りにドライバーを腰に当てることだった。

 

「誰が逃げるものか! 思い知らせてやる……!」

 

 許せなかった。エグザイルが、自分たちを嘲笑していることが。

 それはネズミが足元で人間を嗤っていることに等しかった。そんな屈辱を受けたのなら、当然、即踏み潰す。

 それだけのことだ。

 

《パラドライバー!》

 

 腰に当てられた青い機械から銀のベルトが飛び出し巻き付く。そして隊長は取り出したチップの白い面を表にし、バックルとなった機械へと挿入した。

 

《G3!》

 

聖裁(せいさい)!」

 

《パラライド! G3!》

ENFORCEMENT(エンフォースメント)!》

 

 レバーを引く。隊長の周囲に機械が浮かび上がり、ぶつかるようにして合体した。

 そこにいたのは上半身を青と銀の装甲に包み、下半身をメタリックシルバーの機械装甲を纏った、オレンジのカメラアイを光らせる鉄人だった。

 突如として変身した隊長に、驚きもせずにキラーはただ頷く。

 

「やっぱりパラG3か。下級隊長は一律でそれみたいだね」

「ゴチャゴチャ抜かしやがって。死ね!」

《リバースシューター!》

 

 頭部に付いた三本のアンテナ。そして高性能なカメラアイによって夜間でも問題無く見通せる。夜の闇にクッキリと浮かび上がった赤マフラーの少女目掛けて、パラG3は引き抜いた拳銃を向けた。

 白と黒で彩られた大型拳銃、リバースシューターの引き金を弾き、銃弾を連射する。

 

「!!」

 

 キラーは、そこで初めて銃弾を躱すような仕草を見せた。リバースカリバーを盾とし、着弾点を読むようにして回避する。

 それを見たパラG3は二つの感情を覚えた。だがネガティブな方には蓋をして、笑い飛ばすようにしてもう一つの感想を口にした。

 

「ははは! やっぱりリバースシューターの銃弾は受けられないみてぇだな!」

 

 先程撃たれてもすぐに起き上がった絡繰り。それは判明していないが、通常とは違うリバースシューターの銃弾は迂闊には喰らえないらしいというのが分かったのは大きい。それならば夜闇を見通せる自分の方が圧倒的に有利だ。パラG3は優勢だという自信を膨らませた。

 だが自信を大きくする裏で、蓋をしたもう一つの感情も大きくなっていく。

 

(何だ、この戦い方……)

 

 それはキラーの戦いに関して抱いた違和感だった。確かにキラーはこの銃弾を受けられないらしく、回避に専念している。だがその動きは、どこかギリギリを見極めているかのようだった。

 それだけではない。何故キラーは銃に対しても頑なに剣を使っているのか。そもそも、どうして隊長にパラG3への変身を促したのか。

 どう考えても合理的ではない。

 まるで、敢えて不利な状況に身を置いているかのような。

 湧き出た疑問は戦いの最中、結ばれて一つの推測へと至る。

 

練習している(・・・・・・)――?)

 

 ゲームで敵の動きを覚えるため、あるいはキャラクターのできることを見極めるため。

 現状は敢えて、自分を追い込んでいるだけなのだとすれば。

 本気を出したなら、どうなるか。

 パラG3の背筋に冷たいものが走る。

 

「――もう、いいか」

 

 そしてそれを裏付けるように。

 キラーは懐から機械を取り出した。

 それは、パラG3が今身につけている物とよく似ていた。

 

「ソイツは!」

 

 赤色のそれを、キラーは銃弾を躱しながら装着する。

 

《キラドライバー!》

「っ!」

 

 ベルトが巻き付いた瞬間、痛みからかキラーは初めて顔を顰めた。しかしそれも微かで、一瞬だけ。

 パラG3からの追撃の銃弾が迫るよりも早く、取り出したチップの黒面を装填する。

 

《バット!》

 

「変身!」

 

《キラーライド! バット!》

STRUGGLE(ストラグル)!》

 

 レバーを引いた瞬間、巨大なコウモリが飛び出して銃弾を受け止める。そしてそのまま分解され、キラーの全身に纏わり付いた。

 赤いアンダースーツ、左肩に閉じられた翼の装甲、耳は尖った帽子のように、双眸は鋭く赤く。

 そこにいたのは、コウモリの力を得た復讐者であった。

 

「変身した、だと」

「――この姿になった以上、もう遊びはない」

 

 姿の変じたキラーにパラG3が驚愕しているその隙に、キラーは爆発的な加速をして肉迫した。

 ワンインチ。触れる程近くに迫ったキラーはリバースカリバーを翻し、パラG3の装甲を乱雑に袈裟斬りにした。

 甲高い音と共に、火花が散る。

 

「がはっ!?」

「フッ!」

 

 怯むパラG3にキラーは容赦無く追撃を加えた。返す刀で胴を薙ぐ一撃。衝撃でたたらを踏んで大きく後退しようとしたところに、更に距離を詰めて蹴りを入れる。

 連撃は止まらない。止める理由がない。斬りつけ、蹴り込み、息もつかせぬ一方的な連続攻撃で追い詰めていく。

 

「がっ、ぐふっ、ぐえ!」

「終わりにしてやろう」

 

 その言葉は慈悲か、あるいは練習用の木人にすらならない相手への侮蔑か。

 確かな真実は、それを聞き届けたパラG3に最早リアクションを返すだけの余力はないこと。

 ゆえに、次の一撃を避けようがないこと。

 

《バット! ダークバースト!》

 

「お前が犯した、全て」

 

 キラーがレバーを引くと、炎が灯った。その拳に。

 煌々と燃える炎拳を掲げ、キラーはその言葉を告げる。

 

「その血で贖え!」

 

 テレフォンパンチ。力任せの一撃が、ガードすることすらできないパラG3へと叩き込まれる。

 

「グアアァァァーー!!」

 

 炎は装甲を貫き、肉を砕き――内部で燃え上がり、爆発した。

 爆炎と共に散るパラG3を背にし、キラーはその場から立ち去ろうとする。

 

 だが、その身体は一瞬だけ傾いた。

 

「ぐっ……やっぱり、難しいな……」

 

 身に溜まったダメージ、そして疲労。

 疲弊した己の身体を顧みて、反省するキラー――否、暁アリバ。

 

「でも、続けないと。じゃないと――奴らを倒せない」

 

 見上げたその双眸には、遠くに聳えるネオンライトに照らされたタワーが映っていた。

 

 

 

 暁アリバは、復讐者だ。

 彼女の暮らしていた灰神村は、エグザイルと呼ばれる異種族の隠れ里だった。アリバはそれを知らなかったが、知らずとも平和だった。

 ホワイトナイツという、正義を掲げる集団が乗り込んでくるまでは。

 治安維持組織ホワイトナイツはエグザイルは人間に被害を与える害獣と断じ、一切の警告なしに鏖殺を始めた。アリバの親しい人たちは、全てその犠牲となった。ただ普通に、誰にも迷惑を掛けることなく生きていただけだというのに。

 生存者はいなかった。

 ただ彼女とその姉、セキバを除いて。

 

 アリバとセキバは乙種と呼ばれるエグザイルの中でも珍しい個体だった。その能力は、不死に近い自己再生。

 その珍しさによってセキバは殺されることはなかったが、実験体として拉致された。連れ攫われたセキバを奪還する為に、アリバはホワイトナイツの本拠地、首都新彩異珠SSへと乗り込んだのだ。

 

 だがすぐに、都市の規模と街を哨戒するホワイトナイツの数に圧倒された。

 村とは比べものにならない大量の人。そしてその頂点に君臨するホワイトナイツの圧倒的権力。

 一対数万。無策では勝ち目がないことをアリバは悟るしかなかった。

 

 だからアリバは潜伏し、少しずつホワイトナイツの隊員を狩っていくことを選んだ。

 例え地道であってもホワイトナイツの戦力を削いでいく。アリバが選んだ戦略はそれだった。

 その最中で、戦い方も学ぶ必要があると理解した。いくら復讐の覚悟を固め、超常の力を持つとしてもついこの間までアリバはただの村娘だった。戦闘の達人とはとても言えない。

 ゆえにこうして、ホワイトナイツ狩りと平行して自身を鍛えていた。

 

 しかし、前者はともかく後者が上手くいっているとは言い難いのが現状だった。

 

「結局、大したことは学べていない……」

 

 専門的な師もなく戦い方を学ぶという作業は困難を極めた。現に、アリバの肉体精神共に、無駄な疲労が溜まりつつある。

 乙種としての肉体は致命傷こそ即座に癒やすが、軽度な傷に関しては治りが遅い。特に疲労は、普通の人間と同じように適度な休息を取らねば回復しなかった。拠点もなく狩りを続けているアリバでは、治せるものも治らない。

 一人で続けるには、限界があった。

 

「でも、これしかない……」

 

 それでもアリバに他の宛てはない。

 アリバは――独り、なのだから。

 

 

 ※

 

 

 新彩異珠SSの外れ。

 低所得者向けの住宅街よりも都市部から外れた場所に、それはあった。

 一般的には、スラムと呼ばれるような場所だった。開発から取り残された地域。廃墟と建設途中のビルが無造作に並び、辺りには浮浪者やホームレスがうらぶれている。その表情に生気はなかった。絢爛の影。落伍者たちの行き着く場所。

 

 その中を歩く、一人の男がいた。

 

「ちっ、降ってきやがったな」

 

 空から落ちる雫の冷たさを感じ、壮年の男は顔を顰める。

 ボロい紫色のレインコートを着る男の身なりは浮浪者とそう違いはない。

 ただ他の背を曲げたホームレスたちと違うのはその背丈。190㎝に届くような背筋は真っ直ぐと伸ばされ、体格も筋肉質だった。身なりさえまともなら、周囲から格闘者と認知されるだろう。

 ただ、やはり今は浮浪者とほとんど同じだった。無精髭の生えたその顔に浮かんだ表情はどこか疲れたようで、瞳は澱んでいた。

 

「走るか……いやそれもめんどくせぇな」

 

 未来に何の希望も抱いていない顔。

 その双眸に――ある、物が映った。

 

「あ……?」

 

 ポツポツと、雨足が強まりだした廃墟街。

 その廃ビルの一つに背を預けるようにして、蹲っている少女がいた。

 

「………」

 

 身体を濡らす雨にも気付いていないかのように少女は微動だにしない。

 

「……生きてるか?」

 

 男は少女の眼前に立った。影になったことで少女はようやく男に気付いたのか、その顔を上げた。

 

「っ」

 

 目が合っただけで、息を呑んだ。

 荒んだ眼差しだ。そんじょそこらのホームレスたちなど目ではない。全てを失い、全てを恨み、しかしそれでも何かに突き動かされている――そんな瞳。

 色濃い隈に縁取られたその瞳に、男は燻る炎のような何かを幻視した。

 

「生きてるか。……行くところは?」

「………」

 

 少女はフルフルと首を振る。その力ない様子に男は、少女が無言なのは寡黙なだけではないと見た。

 恐らく、何かを言い返す元気や余裕もないのだ。

 

「付いて来い」

「……?」

「雨ざらしじゃ風邪を引くだろ。庇くらいは貸してやる」

 

 そう言って男はまた歩き出す。少し歩を進めて、肩越しに振り返る。

 

「どうした? 一人で病気になったら何もできずに死ぬぞ」

「………」

 

 少女は視線を彷徨わせて逡巡したようだったが、やがて立ち上がり、大人しく男の後に続いた。男の言葉に嫌な未来を想像したようだ。

 大男と標準体型の少女。身長差のある奇妙な二人は続いて歩く。

 

 それが、アリバと――戸隠(とがくし)ソウザの出会いだった。

 

 

 ※

 

 

 二人が辿り着いたのは廃ホテルだった。

 どうやら健全な(・・・)ビジネスホテルだったらしいが、まともに完成して営業していたかも怪しい。くすんだコンクリートの外壁には罅が入り、廃墟特有のおどろおどろしい空気をこれでもかと醸し出していた。

 そんな雰囲気に臆することなく、ソウザはズケズケと入り込んでいく。

 

「おや、おかえりソウザちゃん」

「おう、ウメばあさん。ただいま」

 

 エントランスロビー(だったであろう空間)に足を踏み入れると、すぐ襤褸を纏った老婆が出迎えた。

 

「外の雨はどうだい?」

「長くはないな。今は勢いは強いが、すぐに晴れるだろ」

 

 ソウザたちが世間話をしている間、その後ろでアリバは雨粒を払う。特にマフラーから念入りに水気を絞りながら、エントランスへ視線を走らせる。

 どうやら老婆の他にも数人の人間がいるらしい。雨天の冷たさを払うためか、焚き火を起こして囲っている者たちもいる。その数と身なりから、アリバはここが浮浪者の溜まり場……共同生活の場所であると認識した。廃墟となったホテルを、不法占拠しているのだろう。

 それについてアリバは特に何も思わない。雨宿りの場所としては上等だというくらいだった。

 

「おや、そっちの子は?」

「ああ。雨に打たれて項垂れていたから、拾ってきた」

 

 やがて二人の話題はアリバに移ったようだ。視線がこちらを向く。

 老婆は濡れた髪を貼り付けるアリバを、歳相応の少女と思ったらしい。気遣わしそうに覗き込んでくる。

 

「あらあら、こんな歳で可哀想に。お名前は?」

「……アリバ」

「そうかい。あたしゃウメだよ。こっちは……」

「ソウザだ。戸隠ソウザ。……お前さん、なんであんなところにいた? ウメばあさんの言う通り、若い女子が来るとこじゃねぇぞ」

 

 ソウザの問いに、アリバは無言で俯いた。とても言えるワケがない。

 その沈黙をソウザはどう捉えたのか。しばらく待った後、深いため息をついた。

 

「……はぁ~……言いたくない、か。ま、そりゃそうだよな。ここに落ちてくる奴なんざ訳アリだ」

 

 ただ潜伏しやすい場所として選んだだけなのだが、訳アリというのは本当だ。なのでアリバも否定しない。

 ガシガシと頭を掻いて、ソウザはウメに向き直る。

 

「タケゾウのじいさんは来てるか?」

「ええ。上にいるハズよ」

「じゃ、診てもらうか」

 

 そう言ってソウザはアリバの元へ近づき――その首根っこを捕まえた。

 

「!?」

「よっこいしょ」

 

 そのままアリバは犬猫のように持ち上げられる。突然のことにそれこそ猫のように目を丸くしながら、自分のことを易々と持ち上げるソウザに抗議した。

 

「な、何を!?」

「お、デカい声が出るじゃねぇか。安心しろ、闇医者のじいさんに診せるだけさ。ヘトヘトじゃねぇか」

「! い――いらない! 別にいい!」

 

 アリバはブンブンと首を振って拒否した。ジタバタと身体を暴れさせて脱出も試みる。しかしソウザの腕は石像のようで、ビクともしなかった。

 

「あ? なんだ医者嫌いか? 別に闇医者だからって実験したり改造したりするワケじゃねぇから」

 

 その言葉に、アリバの抵抗はピタリとやんだ。

 医者嫌い。その単語は、アリバに二人の少女を思い起こさせた。

 

『人体実験されそー……』

『改造手術されそー……』

 

 そんなことを言って、先生が嫌いでもないのに診療所へ行くことを渋った二人の妹分。

 二人を失った傷は、まだ癒えていない。

 もう戻らない日々を思い出して、アリバの胸中にはどうしようもない郷愁と悲哀が吹き荒れた。

 そのことを知らずにソウザは大人しくなったアリバをこれ幸いとホテルの上階へと運んでいく。

 

 ホテルは上の階にまで浮浪者がひしめいていた。廊下で寝転ぶ者や、階段でたむろする者たち。中には露店らしきものを開いている者までいる。そのいずれもが、老人ばかりだった。

 

「ここは雨ざらしじゃとても耐えきれなくなったようなジジババばかりが暮らしてるんだ。雨風をしのぎ、少しでも生きやすくする為に自然とこういう形になった。部屋はまだ空いているから、お前も好きに使えばいい」

 

 そう言ってソウザはアリバを抱えたまま部屋の一つを叩いた。

 

「タケゾウ先生、入るぞ」

「おう」

 

 ノックの返事を聞いてソウザはドアノブを捻る。中にはアリバの記憶にある、診療所に近い光景が広がっていた。ボロボロの壁や使い回しのカーテンなど、衛生面では比べものにならないが。

 その中心で白衣を着た白髪の老人が振り返る。

 

「なんだソウザか。お前が病気になるワケねぇだろ」

「つれねぇな。ジジババは格安で診てやっても若造はお見捨てになるってか。涙が出るね」

「テメェが罹るような病気が流行ったなら、ここにいる奴らは全滅だな」

「違いねぇ」

 

 ガハハと冗句を笑い飛ばしたソウザは、小脇のアリバをタケゾウ前の床に放り捨てた。

 

「うっ」

「ん? なんじゃこの娘は」

「患者だ。外で雨に打たれて潰れてた」

「ふぅん……」

 

 ジロリとタケゾウの興味深げな瞳が覗き込んでくる。疑われたくなくて、アリバは目を逸らした。

 しばしの沈黙。やがてタケゾウは頷いた。

 

「ま、診てやろう。ほれ、お前さんは出て行け」

「あ? 別に保護者同伴でいいじゃねぇか」

「阿呆。年頃の娘の診断を見学する大人がどこに居る。はよ去ね」

「……息子はいても娘はいたことないからなぁ……」

 

 タケゾウにシッシと追いやられ、ソウザはトボトボと部屋を後にする。

 残された二人、アリバとタケゾウ。

 一瞬の沈黙の後、タケゾウは口を開いた。

 

「お前さん、エグザイルじゃろう」

「――!!」

 

 殺気立つアリバ。

 医者にかかりたく無かったのはこれが理由だった。自分の肉体構造が他と異なることが、医者なら分かってしまうかもしれないことを危惧してのことだった。それにしても、まさか一目で見分けられるとは思っていなかったが。

 ホワイトナイツに通報されるワケにはいかない。口を封じる覚悟を漲らせるアリバに、タケゾウはつまらなそうに告げた。

 

「ふん。別に誰かに言うワケじゃないさ。単に人間かそうじゃないかで処方箋が違うだけだよ」

 

 そう言って、懐に手を入れたアリバへアッサリと背を向けて医療カバンを漁り始める。拍子抜けしたアリバは手を放し、へたりこんだ。

 代わりに、疑問を投げかける。

 

「……なんで一目でエグザイルって分かったの」

「半分はカマかけだ。もう半分は、エグザイルを診たことがあったからだ。……というか、ワシの弟子だったよ。医者としての手ほどきをしてやった」

「! その人は、どこに」

「さぁな……」

 

 降って湧いた同胞の情報。アリバは即座に食い付くが、タケゾウの反応は芳しくないものだった。

 

「数十年前に当局に見つかりそうになって行方を眩ましちまった。今じゃ生きているのか死んでいるのかも分からねぇ」

 

 エグザイル。……医者。嫌な予感がしてアリバは問いを投げた。

 

「……その人の、名前は」

「ワシはノブって呼んでたよ。勤勉で真面目な奴だった」

「……!!」

 

 その名前に、アリバはぎゅっと袖口を握った。それを見てタケゾウも悟る。

 

「そうか。……アイツは、最期まで医者だったかい」

「私を助けて……死んじゃった。死ぬときまで、白衣は脱がなかったよ」

「そうかい……」

 

 また、静かになる。瞑目するような沈黙を過ごし、タケゾウは薬瓶の一つをアリバに向かって放り投げた。

 

「ほれ」

「わ……これは?」

「強壮剤だ。お前さん乙種だろ? だったら下手にメス入れるよりそっちの方がいいハズだ」

「……これで動けるようになる?」

「すぐは無理だな。お前さんに足りないのは休息と栄養だ。ここしばらく、ろくなもんを食べてねぇし、寝てねぇだろ?」

「………」

 

 図星を当てられて、アリバはバツ悪く押し黙る。反抗期の娘のようなそれを鼻で笑い、闇医者は診断を下した。

 

「ここでしばらく療養だ。できなかったらお前さん、遠からず死ぬぞ」

「……分かった」

 

 しばし悩み、アリバは頷いた。惜しい命ではないが、姉を救えずに死ぬのは嫌だ。

 処方に従って薬瓶から錠剤を一つ取り出し、奥歯で噛み砕く。

 苦くて甘いその味は、余計にあの診療所を思い出させた。

 

 

 ※

 

 

「ん、終わったかよ」

「……うん」

 

 律儀に待っていたのか、タケゾウの保健室を出るとソウザが出迎えた。廊下の向こう側に背を預けていたらしい。

 

「……盗み聞きした?」

「してねぇよ。人をノンデリみたいに言うな。……で、どうだ」

「しばらくは休めって」

「じゃ、まずは飯だな」

 

 ソウザは身を翻し、階下へ続く階段へと向かう。アリバも続いた。

 降りながら、ソウザは一方的に話しかける。

 

「タケゾウじいさんは闇医者で、たまにここへ来るんだ。いつもは他のところで診療所を開いている。口は悪いがほとんど無給でジジババ共を診てる、まぁ良いじいさんだよ」

 

 降りきった先はやはりさっきのロビーだった。ただ違うのは、今は焚き火の周りで香しい匂いが漂っている。

 

「ウメばあさん! コマツじいさん!」

 

 声をかけたのは鍋をよそって配っている老婆と老人だった。

 

「紹介しておくぜ。こっちはさっきも顔を見せたウメばあさん。このホテルの取り纏め役をしてる。村長みたいなもんだと思えばいいさ」

「よろしくねぇ、アリバちゃん」

「こっちはコマツじいさん。元高級料亭の料理人だとのたまって、ここでの炊き出しを一手に担ってる。腕はいいがそれ以外は頼りないからあまりアテにするな」

「ほっほっほ……ソウザくん、容赦無いねぇ。ま、よろしく」

「……よろしく」

 

 伸ばされた手を素直に握り返すアリバ。村人だった頃と大きく変わろうとも、老人への敬意が消え失せたワケではない。

 コマツは優しく頷き、鍋の中身を椀によそって差し出した。

 

「ほら、お腹減ってるだろう?」

「……別に(ぐぅ)」

 

 腹の虫は主より素直なようだった。そこにいた一同から微笑が漏れる。唯一その例外であったアリバは赤面しながら、照れを隠すように椀を受け取った。

 

 ベコベコにへこんだ椀の中身は野菜を煮込んだスープのようだった。ジャガイモにニンジン、タマネギまでは分かるが、よく分からない野草や白くブヨブヨした何かを浮かんでいた。

 

「……何コレ」

「草は食べても大丈夫な奴だ。野良犬がションベンかけてるかも分からねぇけどな。白い奴は……まぁ、気にするな」

「いや気になるけど。マジで何コレ、はんぺん?」

「身体に害はないとだけは言っておく。……ただちには」

「………」

 

 不安になりながらも善意で出された物に文句を言うワケにもいかず、アリバは一緒に入っていた錆びた匙で掬って口にした。

 途端広がったのは、温かさだ。

 

「……!」

 

 胸に染み入るような、柔らかな熱。咀嚼してジャガイモと白い奴を噛み潰し、嚥下する。

 ポロリと、涙が零れた。

 

「うっ……」

「お、おい嬢ちゃん!?」

「泣く程まずかったのかい!?」

「マジか、やっぱり駄目だったかバイオマス……!」

「ち、違う」

 

 ぐしぐしと涙を拭い、誤解が無いように訂正する。

 

「ひ、久しぶりだったから……こんな、あったかくて優しい味を食べたのは」

 

 それこそ村を出て以来だった。

 村で使っていた通貨はとっくに新政府が発行した新通貨に置き換わっており、アリバは実質文無しだった。しかしそうでなくとも、街へ繰り出して美味しい物を食べようとは思わなかっただろう。

 生き残った自分が舌鼓を打つなんて。

 もう彼らは、何かを口にすることすらできないのに。

 そんな思いに駆られ、これまでアリバは路地裏の残飯や、地べたを走るネズミを捕まえて食べるようなことしかしてこなかった。

 だから味以上に、嬉しさが心に染み渡った。

 まさか人を思って作った料理が、こんなに温かいなんて。

 

「美味しい……です」

「そうか。……それなら、いいさ」

 

 ようやく少しだけ緩んだアリバの顔を見て、ソウザも笑う。

 どうやら少女は、人心地つけたらしい。

 

「でもあの、結局この白いのってなんですか。ばいおます、って?」

「……知らない方がいいぞ」

「アリバちゃん。人って有害じゃなければ何でも食べられるのよ」

「そうそう。土からできてるのなら土と一緒だって」

「ホントに何……!?」

 

 こうして、アリバはソウザたちと過ごすことになった。

 

 

 ※

 

 

「アサクラおじいちゃん、これはこっち?」

「おう、そこに置いておいてくれ」

 

 廃ホテルに居着いてから数日。

 アリバはすっかり馴染んでいた。元より村にはたくさんの老人がいたのだ。扱いには慣れている。

 

 住民の老人から頼まれたガラクタが満載されたダンボールを置き、汗を拭う。運動で出る心地よい汗だ。爽やかな風が胸を通り抜けるようにすら感じられる。

 

「アリバちゃーん、こっちもお願いねぇ」

「はーい!」

 

 他の老人に呼ばれてすぐにそちらへ向かう。

 アリバは貴重な若者として、もっぱら肉体労働に駆り出されていた。とはいっても重労働ではまったくない。ここに居るのは老人ばかりなので、彼らが運べない物を運んだりするだけだ。

 

「いやぁ、若いっていいねぇ」

「それに可愛い! ソウザの奴たぁ大違いだ」

「おい、聞こえてるぞ」

 

 そんな老人たちと比べればまだ若い部類に入るソウザもまた肉体労働担当だ。今も雨漏りを修理している。その膂力を始めとした身体能力は目を瞠るもので、重そうな廃材をこともなげに持ち上げ、脚立の上という不安定な状況で天井へ打ち付けていた。

 

「ったく、こんなボロ屋でこんなことしたって焼け石に水だろうに」

 

 言いつつもソウザは手を抜かず、隙間なく釘を打ち付ける。そんなところからも、ソウザがこの廃ビルに住んでいる人たちを大切に思っていることが伝わってきた。

 

「悪いアリバ。そこのアレ取ってくれ」

「コレ?」

「いや、ソレだ。そっちそっち」

「もう、ソウザさん。アレとかソレじゃ分かんないよ」

「あ? 分かれよ雰囲気で」

「……ふふ、二人とも、まるで親子みたいね」

 

 なんてやり取りをして、そのまま流れで大工仕事を手伝っていた時だった。

 

「た、大変だ大変だ!」

 

 バタバタと慌ただしくやってきたのはコマツだった。かなり焦っている。額に浮かぶ汗は、走って出したものだけではないようだった。

 修理作業を中断しソウザとアリバは肩で息をするコマツへと駆け寄る。

 

「おう、どうしたコマツじいさん!」

「し、下にチンピラたちが詰め寄せてきてて……逃げ遅れた人たちが囲まれちゃった!」

「なんだって」

「アレは最近この辺りによく出るホームレス狩りだ! 余所の半グレたちが出張してきたんだよ!」

「チッ、治安の悪いこの地域にまでご苦労なこって……」

 

 面倒くさそうにソウザはそう言い捨てて、迷うことなくエントランスへと向かう。アリバも慌てて後を追いかけた。

 

 エントランスに到着すると、確かに柄の悪そうな若者たちがホームレスを取り囲んでいた。

 

「わ、ワシらは何も持っとりやせんよ!」

「んなワケねぇだろ? オラァ!」

「ひぃ!」

 

 若者たちが手にした鉄パイプで床を殴りつけると、戦う術を持たないホームレスたちはビクンと竦み上がった。数も武力も、チンピラたちが圧倒的である。

 

「とっとと金目のモンを出せよぉ……」

「あわわ……そ、そんなのあったらとっくに使っとるわい……」

「あっそぉ……ま、俺らは別にそれでもいンだわ」

「へ?」

「俺らはとにかく憂さ晴らししたいワケ。ギャンブルでスったりしちゃったからよぉ。だから手頃なサンドイッチが欲しいワケ。ワカル?」

「そ、それを言うならサンドバッグじゃ……」

「アァ!? 口答えしやがんじゃねぇ!」

「はい、お前からボコ決定~」

「ひぃぃ……!」

 

 理不尽な物言い。だがホームレスたちは縮み上がるしかない。

 答えたのはその背後から音もなく近寄るソウザだった。

 

「救いようもねぇ馬鹿共だな」

「あ? ……ぶげっ!?」

 

 若者の一人が振り返った瞬間、ソウザはフックを打った。横っ面を殴りつけられたチンピラは、そのまま壁まで吹っ飛ばされる。

 

「ぷぎゃっ!!」

「な、なんだぁっ」

 

 突然仲間がぶっ飛ばされ、若者たちはざわめく。一方で人一人を殴り飛ばしたソウザはそれを意に介さず、首を鳴らしてチンピラたちを見渡した。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……ざっと十五人か。分隊って感じでもないし、コマツのじいさんが言うような半グレでもねぇな。ちょっとイキった仲良しグループか。くだらねぇ」

 

 拳を手のひらに叩きつけ、ソウザは不敵に笑う。

 

「かかって来いよ。それとも老人相手以外にはイキることすらできない臆病者ばっかりかぁ?」

「テメェ!!」

 

 それで戦端は完全に開かれた。

 挑発の言葉に憤ったチンピラの一人が、鉄パイプを握ってソウザへ殴りかかる。だがソウザは半身逸らすことで最小限の動きで躱し、そして流麗な動作でパイプを握った腕を捻り上げた。

 

「!!」

「ぐえぇっ!」

「真っ直ぐだな。性根も同じくらいだったら丁度良かったのに、よ!」

 

 捻った腕をそのまま引き上げ、悲鳴を上げるチンピラをソウザは投げ飛ばす。男は軽々と宙を舞い、仲間に衝突して下敷きにしてしまう。

 アリバにはその一連の動作すら、まるで決められた動きをなぞっているかのように美しく見えた。

 

「この野郎!」

 

 また別のチンピラがバールを手にソウザへと躍りかかる。ソウザは今度は躱すことすらせずに相手の懐に飛び込んだ。そしてボディブロー一閃。腹を穿たれたチンピラは嘔吐きながらダウンする。

 

「クソッ、なんだコイツ!」

「同時にかかれ!」

 

 事ここに至って目の前の男が只者ではないと察したのか、三人のチンピラたちは横並びに連携して同時に襲い掛かってきた。

 

「お、頭を使ったな。だが……」

 

 しかしソウザは慌てることなく、敢えて三人の真ん中へと身を躍り出した。

 

「はっ」

「へ?」

「あぁ?」

 

 まさか自分から出てくるとは思わず、手にした武器を振り下ろすことを忘れて三人は一瞬硬直する。そしてソウザにはその一瞬だけで充分だった。

 

「その程度の連携じゃ、的が増えるだけだ!」

 

 真ん中の男の胸ぐらを掴み、体重移動だけで足を浮かせる。ソウザはその男をそのまま武器へと使った。即ち、男の頭をその隣にいた男の頭へぶつけた。

 

「ぐげっ!」

「ごちっ!」

 

 星を散らして気絶する二人に、残された一人は武器を握ったまま狼狽する。

 

「え? え? え?」

「多人数戦では使える物は何でも使う。それが例え相手の身体でもな」

 

 最早技をひけらかすまでもない。顎を殴りつけ、男の意識を刈り取った。

 

「むん」

「さて……」

 

 鮮やかな手付きで五人を無力化したソウザはゆっくりと残りの男たちを振り返る。まだ人数で圧倒的なチンピラたちは、しかし蛇に睨まれた蛙のようにゴクリと喉を鳴らした。

 

「ここで帰るなら、勘弁してやるが?」

「――やっちまえ!」

 

 だがおめおめと逃げ去ることも選べなかった。許せなかったのだ。他ならぬ自分たちのプライドが。

 残った人数がほとんど同時に襲い掛かる。が……。

 

「……すごい」

 

 アリバはその様子を加勢することすらせずただ黙って見ていた。だって必要ない。チンピラたちの攻撃はソウザを掠めることすらできなかった。そしてソウザの的確な攻撃は、チンピラたちを確実に黙らせていく。

 筋肉に任せたところはある。だけどそれを打ち込むまでのテクニック、そして状況判断。どれも高レベルだ。

 アリバは知らずの内に食い入るように見入っていた。

 

「もう残り三人だけだな」

「チクショウ……」

 

 気付けばあれ程いたチンピラたちも、三人を残して壊滅していた。残った三人も及び腰だ。

 それも当然と言えば当然。結局、目の前の男には傷一つ付けられていないのだから。

 

「今すぐ帰れば見逃してやる。もう二度とここの土を踏まないという約束付きだがな」

「……てたまるか」

「あ?」

「このまま終わってたまるか! ナメられたら終わりなんだよ!」

 

 そう叫びながら残ったチンピラの中の一人――立ち振る舞いから恐らくはリーダー格――は懐から黒光りする何かを取り出した。ソウザの顔色が変わる。

 

「テメェ、チャカなんて持ち出しやがって!」

「流石にコイツにゃ勝てねぇだろうが!」

「……なら、やってみろよ」

 

 拳銃を手に優越の笑みを浮かべるチンピラの顔は、すぐに引き攣った。銃口を向けられてなおも衰えないソウザの威迫がそうさせた。

 このまま撃ったところで――効かないんじゃないか? そう思わせる程の迫力に、リーダー格は圧倒されてトリガーを引けない。圧倒的な武器を手にしてもまったく優位に思えないだけの武威を、ソウザは既に見せつけていた。

 迷った末、リーダー格が狙ったのは――。

 

「……だったらこうだ!」

「! テメェ!」

 

 銃口が動き、狙いを定めたのは震えて待つ老人たちにだった。

 

「ひぃ!?」

「テメェが護ろうとしてたモンをぶっ壊してやるよ!」

「クソがッ!」

 

 ソウザは銃口との間に身体を滑り込ませようと動くが、位置的に間に合わない。

 引き金を弾く方が、どう考えても速い――男が意趣返しの笑みを浮かべる。

 だがそれゆえに気付かなかった。

 間に合う位置にいた、少女が影のように飛び出してくるのを。

 

「ぐあっ!?」

「! アリバ!?」

 

 赤いマフラーをたなびかせて躍りかかったアリバの蹴撃は、リーダー格の手を打って拳銃をはたき落とした。反射的に取り落とした拳銃へ手を伸ばす男の顔面に、アリバは更に回し蹴りを叩き込む。

 

「グエッ」

 

 潰れたカエルのような悲鳴を上げて、男は意識を手放した。

 

「わっ、わぁっ」

「もうダメだぁ!」

 

 残った二人はもう勝ち目がないと悟ったのか、仲間を置いて逃げ出してしまった。

 そうして訪れた、一瞬の静寂。アリバとソウザは見つめ合う。

 

「………」

「お前……」

「ソウザちゃん、ありがとねぇ!」

 

 不意に見せた只者ではない身のこなし。その理由を問い質そうとするソウザに、老人たちが群がった。

 

「あ、いや……ま、これが仕事だからな」

「助かるよぉ。ソウザがいつもこういう奴らを追い払ってくれるからウチもやっていける」

「んだんだ。ソウザはウチの立派な用心棒だ」

「アリバちゃんも、ありがとね。怪我無かった?」

「あ、うん……大丈夫」

 

 口々に感謝の言葉を述べる老人たちに圧倒され、すぐにお祭りような騒ぎとなる。

 ブチ上がったテンションのまま宴会へと突入してしまったことにより、次にソウザとアリバが言葉を交わすことができたのは、夜も更けてからのことだった。

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