死滅回遊は混沌へと堕ちて 作:単独禁区
前半渋谷事変
後半順平死亡直後と
昔書いた物のリメイクです。
「虎杖君!今動けるのは私たちだけ!歌姫先生の準備ができるまで時間を稼ぐよ!」
2018年10月31日、つまりは今日のことだ。渋谷事変と呼ばれることになる壮大な呪術テロが発生した。多くの一般人が怯え傷つき改造されて死んでいった。そして現在、その元凶であり今回のテロの下手人である男と虎杖悠仁は対面している。
この場にいるのはその二人だけではない。夏油傑の体を利用している呪詛師、羂索の側にいるのは裏梅という宿儺専属の調理師。それらに相対するのは呪術師たちと一人の受肉体。
だがその内の数人の呪術師は、既に裏梅により氷漬けにされている。そして今、その内の一人である西宮桃が鎌異断を放ったが、裏梅に軽く受け流されてしまった。
「
─────氷凝呪法『直瀑』
大声で叫び苛立ちを隠そうともしない裏梅、発動するのは自らの術式。羂索と裏梅を囲うように地面から生えてきた氷の柱、それらはバラバラに分解され呪術師達を襲う。
虎杖悠仁、西宮桃、脹相、彼らに油断はなかった。ほんの少しもなかった。虎杖悠仁に至っては満身創痍にも関わらず、対真人戦と同等の集中力で警戒していた。
足りなかったのは実力、経験、その他もろもろの何か。三人にとっては一瞬のこと、一歩動くより先にその時は訪れる。防御することも叶わずに、放たれた直瀑は三人を氷漬けにした。
動けば死ぬ、動かなくても死ぬ、最悪な二択に追い詰められた虎杖悠仁。だがしかし彼が死ぬことはなかった。それが幸か不幸かは現時点ではわからないが、ひとまず彼は安全になってと言えよう。何故なら虎杖悠仁が死が眼前に迫ったその時、思いもしなかった救援が駆けつけたからだ。
「久しぶりだね夏油君、あの時の答えを聞かせてもらおうか。どんな女が
「九十九由基!」
彼女の名は九十九由基、緊張感溢れるこの場所には似つかわしくない問いかけをしながら、式神を携えて登場した。ついでと言わんばかりに虎杖達を捕える氷を破壊して。
羂索を除く誰もが想像してなかった特級呪術師の出現、緊迫した状況。まさに今、舞台上に演者は揃った。揃ってしまった。それを彼は見逃さない。いや、この場においては彼女と呼ぶべきか。
「素晴らしかった、本当に素晴らしかったよ」
パチパチと拍手の音がする。これから羂索と問答を行うつもりだった九十九由基も、それに応えるつもりだった羂索も、裏梅も虎杖悠仁も、その場にいる全員が声の主を見た。見るしかなかった。この時ばかりは呪術師も呪詛師も受肉体も同様の行動をとった。
警戒の視線の先、彼らから十数メートルのところに立っていたのは女だった。北欧系の整った顔立ちに長い金髪、180はあるかという身長、その身から立ち登る包み込むような優しい呪力。何もかもがこの場に於いては異質だった。
「覚醒した真人に対して立ち向かった虎杖悠仁、一か八か一回きりのブラフで勝利への扉を開いた東堂葵、美味しいところも持っていった羂索、最後まで彼らしくあった真人。極上のショーを魅せてくれてありがとう。もはや感謝しかないよ」
いかにも楽しそうな声音でペラペラと女は話し続けた。羂索も九十九も裏梅もそれを止めはしない。理由は簡単、情報が欲しいからだ。誰にも気取られず現れた謎の女、視認できる呪力からしてかなりの強さであることが伺える。少なくとも一級上位、呪力量だけならば特級クラスだ。
そんなイレギュラー警戒するに越したことはない、喋っている間は静観して情報を集めようという魂胆だ。更に九十九の目的の一つに元々時間稼ぎはあるため、今の状況は好都合なのだ。
「おっと自己紹介が遅れたね。しかし本名を名乗るというのも少々アレだな、名前を使った呪術などで攻撃されるのはゴメンだし。ということで仮の名前を名乗らせて頂こう。私はアラン・スミシー。アランと呼んでくれ」
右手を心臓の位置に当てて、妙にカッコつけたポーズでアランは名乗った。裏梅は今にも痺れを切らして攻撃しそうな表情でそれを見ていた。
「さて、自己紹介も済んだところで私の目的を発表しようか」
まるで文化祭の発表をするときのように、友達へサプライズをする時のように、悪意なんて微塵も感じさせない顔でアランは言葉を紡ぐ。
「この度行われる死滅回遊にて懐かしき顔ぶれを集結させよう。生きるも死ぬも彼ら次第」
羂索の眉がピクリと動く。この時点で羂索はアランへの警戒度を最大限に引き上げた。死滅回遊の存在を知っているということはそれだけで驚異、いったいどこでその情報を手に入れたのだろうか。呪霊操術で数多の呪霊を使役する準備をしつつ、アランの話の続きに耳を傾ける。
「かつて下半身を食いちぎられて死んだ少年を、闇に堕ちた呪霊操術の使い手を、天与の暴君を、星漿体を、彼らを今再び甦らせる!」
「一応聞くけれど……何が目的でそんなことをするのかな?」
死者の蘇生などという荒唐無稽な戯言を言い放ったアラン、それに対して九十九が問いかける。答えが帰ってこないこと前提の質問、もしも回答が有れば万々歳だ。
実際問題死した人間を現世に呼び戻すことは不可能ではない。オガミ婆の降霊などがいい例だ。だが大量に生き返らせるとなると難易度が跳ね上がる。というよりほぼ不可能。だが
羂索陣営にも呪術師勢力にも属さない強者であると推測されるアラン、そんな彼女がなぜここに現れたのか、具体的にこれから何を知るつもりなのか、何を思考しているのか、それはが問題だ。
「何故?今何故と?おかしなことを聞くね九十九由基。
「読者?君の術式に関わる話かな?」
「いつまで下らない対話をしているつもりだ!直瀑!」」
終わる気配を見せない彼らの会話に嫌気がさしたのか、裏梅が術式を使用した。狙ったのはもちろんアラン、氷の塊は真っ直ぐ彼女の方へ突き進む。
だがアランはそれを避けた。当たる寸前で身をかがめる事で回避に成功したのだ。
「全くまだ話は終わっていないというのに、せっかちだね裏梅クン。だが確かに長居することでもないな。お楽しみは後にとっておこう。説明は以上で終了だ。次は死滅回遊で会おう」
そう言い終わると彼女は懐から拳銃を取り出した、呪力を帯びた銃火器だ。それを見た羂索は呪霊を、九十九は式神を、裏梅は氷をガードのために用意した。
だがその弾丸は彼らに向かって放たれはしなかった。
───────────
これは少し前のお話。吉野順平が真人に改造された次の日の話。
「人間の呪いである真人を『非人道的』と表現するのは少し躊躇われるよ」
吉野順平はオレンジジュースを飲みながら、円状の小さいガラステーブルの向こうで椅子に座る女の人の話を聞いていた。
はて、何故僕はここにいるのだろうか。
そもそも何故ジュースが入ったコップを持っているのだろうか。
自分は確かに真人に魂を弄られて改造されて、そして死んだ筈だ。
虎杖君は助けてくれようとした、だけどどうにもならなかった。
あの瞬間で記憶は途絶えている。
では何故僕は生きてジュースを飲んでいる、まさかこれは夢なのか?
そう思ってほっぺたをつねってみても、一向に夢から覚める気配はない。
「ん?これが夢だと思っているのかい?
成る程、施術の影響で記憶が混濁しているのか。
ならば改めてもう一度言おう。
私が死ぬ間際の君を回収して治療したんだよ、ここは夢の世界でもなんでもない、ただの無慈悲な現実だ。
しかし人は何故夢かどうかを判断するときに頬をつねるのかな、後でググってみようか」
来たことのない場所、会ったことがない人、今に至るまでの全く覚えてない過程、この三つが揃っているというのに不思議とパニック状態にはならなかった。
ここ最近特異な状況に置かれることが多過ぎたからなのかもしれない。
この奇妙な状況、目の前の女の人の言葉に何て答えればいいのかわからずに、僕は押し黙ってしまった。
「さて、頭は冴えてきたかな?
さっきまでの君は受け答えもおぼつかなかったからね。
脳が覚醒したのならこれからの話に移りたいんだが」
「あ、あの……ちょっと待ってください。
正直言って何がなんだか……」
「まぁ無理もない。
そもそも君は呪術という非日常的超常現象に触れてから三日と経っていない、しかも自分が死んだとおもっているんだろう?
そんな状況下で目の前には見知らぬ女、なら困惑するのも無理はないさ。
時間はたんまりとある、幾らでも質問は受け付けよう。
答えられるだけのことは答えると約束するよ。
私のことはアランと呼んでくれ」
答えられるなら答えるという言葉に「なんだか政治家の問答みたいだ」と場違いな感想を抱きつつ、現状把握のために周囲をぐるっと見渡す。
改めて見たところ、ここはホテルの一室みたいだ。
真横に置かれたダブルベッドは見るからにフカフカで、床に敷かれた絨毯には奇怪な模様が描かれていた。
僕は今までビジネスホテルか格安民宿しか泊まったことがない、そんな僕でも一瞬で理解できた。
ここはかなり高級なホテルだ、もしかすると最高級かもしれない。
後ろのの大きいガラス窓からはスカイツリーが見えるのに加えて、東京の夜景がこれでもかというほど綺麗に写っていた。
高速道路を走る車のライトが、恐らく夜の十時を過ぎているというのにまだ付いているビルの明かりが、街中を照らすネオンが、それら全てが窓という一つの長方形の中に芸術作品のように収まっていた。
「運ばれるなら警察病院とかだと思ったんですけど、ホテル……ですか?」
僕を救出して治療したということは、虎杖君と同じ呪術師なんじゃないかと最初は思った。
冷静になった脳みそで考えてみたら今の僕は犯罪者、呪術という異能を復讐のためだけに使った犯罪者。
呪術の世界で犯罪者をどう扱うのかは全く知らない、でもここまでやった僕が無罪放免じゃ済まされないことくらいはわかる。
ならば呪術界の法律とか一般社会の法律で裁くために、呪術師が一旦僕を治療したというのは筋が通る。
だから警察の病院とかに運ばれたんだと考えた、そもそも呪術を使える人間を警察が裁くのかどうかは知らないけれど。
だけどここは高級ホテル、警察病院でもなければ呪術師の巣窟というわけでもない。
率直に言って意味がわからない。
「ふむ、どうやら勘違いしているみたいだね。
私に君を裁く気はないよ、そうする義務も理由もないからね」
「アランさんは呪術師じゃなんですか?」
「そうだった時期もあるけどね、かなり前に呪術師を辞めたんだ。
色々あって人を殺しちゃってさ、呪詛師認定されたというわけさ……ああ、呪詛師というのは呪術師の犯罪者バージョンのことだよ」
人を殺した、それをなんでもないかのように言ってのけるアランさんに、一瞬真人さんのことを重ね合わせてしまった。
それと同時に学校でのことがフラッシュバックする。
少しだけ現状を把握して、モノを考えられる余裕が出てきたことによる過去の再生。
───澱月の毒で倒れる生徒
───僕の話に耳を傾けてくれた虎杖君
───そして真人さんが僕を殺して
僕が死んで死んだが僕で真人さんが到底想像できなかった虎杖君で死んで死んで死んだ母さんが倒れてて氷嚢を探してそれが何もできなくて神様なんてどこにもいなくて世界は残酷で僕はバカで何もできなくて母さんを殺したのが誰かおあれ人なんだって知ったのは何故なんだ。
「死にっ、たくないッ」
「大丈夫か⁉︎」
突っ込んでくるトラック、工事現場から落ちてくる鉄骨、突然抜ける二階の床、そんなこと普段は微塵も考えもしなかった。
自分が死ぬかもしれないんてほんの少しも思考することはなかった。
母さんが死んで初めて『人間は死ぬ』ってわかった、でもまだまだ心から理解したとはいえなかった。
でも、でも、真人さんに殺されかけてようやく心の底から理解した。
死ぬのが怖い。怖い、ただ怖い。
『命の価値を履き違えるな』『まやかしで作ったルールで僕を縛るな』『奪える命を奪うことを止める権利は誰にもない』全て僕の言葉だ。
人の心は魂の代謝であって、ただのまやかしだとそう信じたかったから、自分が正しいってそう思いたかったから言い放った言葉だ。
そんな風に強がっても僕は結局小心者の臆病者だ。
その証拠に今こんなにも震えている、死の実感に恐怖している。
「……落ち着いて。
ゆっくり、ゆっくり息を吐くんだ。
それでも震えが治らないなら私の術式を使わせて貰おう」
息を吐く。吸う。吐く。吸う。
少し落ち着いてきたのを感じる。
ほんの少しだけ、死への恐怖が薄れてきた。
「ありがとうございます……」
僕は微笑んだ、それを見たアランさんも微笑みを浮かべた。
───────これは始まりだ。吉野順平という一人の人間が取り返しのつかないところに至るまでの話だ。無論それだけではないが。