「ま、とにかく神降ろしの日までにはまだ時間はあるから毎日修練してるってこと!」
「・・・そうか、神降ろしというやつは最早お前だけの問題ではないのだな」
違う、こんなことが言いたいのではない。
だがこれ以上の言葉が浮かばなかった。
「うん、そうだよ。さぁて、ここに来た本当の目的をしなきゃ!」
・・・つまりコイツと会ったのはただの偶然だったということか。流石にここで「アンタには死んでもらうね」されようものなら本気で殴ることになる。
「本当の目的だと?」
「ここはねー、私の秘密の稽古場なんだ。家に一人で集中したいって言って渋々了承してもらったんだ。ソレにかこつけて軽い変装して辺りをフラフラしてたりするけど」
「稽古・・・さっき言っていた『神降ろし』のことか?」
「そうそう、神降ろしするには『神楽』・・・えーっと舞踊、つまり神様を迎えるための踊りを披露するの」
「踊るだけで神がやってくるのか」
「うーんそのあたりはずぅっと昔の話になっちゃうからわかんないんだよね、オオヒメ様なら知ってると思うけど」
ふむ、神を呼び出せる踊りか。
「ちょうどいい、少しばかり興味が出てきた。演ってみろ」
あー、うん、なんとなくそう言うだろうなとは思ってたけどホントに言うなんて。
別に人前で舞踊を披露するのはいいんだよ。神降ろしの日でも多くの人たちに見られるんだし。
でも全く、何にも知らないおにーさんがあの舞踊についてどう思うのか気にはなった。
「まぁ実際に見てもらったほうが早いよね、じゃあやるよ」
これより奉る舞踊はフゥリが妖狐を憑依できるようになってから考案された舞。
両手に持った扇で輝く翼を。
九本の金色の尾で煌びやかな尾羽を。
それらを用いて完璧な動きを行うことにより雄大に羽ばたく神鳥をこの場に『現す』。
それは嘗てオオヒメ様がこの世界に豊穣と安寧をもたらすために行われた神楽。それを一切の隙も無い完全再現した御珠の舞踊。
『御巫舞踊ー迷わし鳥』
オオヒメ様の伝承を知るものならば目の前で舞う御巫がオオヒメ様であると疑わないだろう。
私が唯一、御珠の宗家から賜った舞踊。
そんな奇跡のような舞はやがて終演した。
「・・・で?どうだった?」
私は目の前で舞踊を見続けたおにーさんは眉間にシワができた状態だった。あれ?と思いつつも言葉を待ってたら。
「すまん、わからん」
私は扇を畳んでおにーさんの額めがけて投げた、おにーさんは不意打ちだったのか避けれず直撃。
ちょっと悶えてる姿でクスッとくるも、恐らく怒声が飛んでくるのですぐに言葉で追い打ちをしておく。
「流石にやれって言っておいてその仕打ちはないと思うんだよねぇ?」
「こんの・・・」
「まったく・・・ちょっと期待してた私が馬鹿みたいじゃん」
「ちがう、まて、はなしをきけ」
「へーぇ?、じゃあ聞いてあげよう」
正直まともな意見聞けるとは思ってないからいいけどさぁ、せめて凄いとか綺麗とか言ってほしいんだけど。
ごめん、嘘。
むしろわからんと言われたときちょっとスカッとしちゃった。
でもきっと何も知らないからそう言っただけで―――
「なんと言えば良いのかわからんが・・・『踊っている時のお前は本当にお前なのか?』」
「―――――――――え?」
「すまん、こうとしか言えんのだ。確かに俺の目から見てもキレのある動きをしていたことだけは解るのだが・・・それは本当にお前の舞というやつなのか?」
ああ、
なんで、
なんで、おにーさんは。
そうやってわたしのほしいことばをくれるの?
フゥリの踊りを見ていて思ったことを言ったら固まってしまった。どうにも見てて思い浮かんだのは『煌びやかな服装を身に纏い、鳥のように舞う名前も知らない女』だった。
そこにフゥリという存在はいなかった。
その『女』がそこに存在し、踊っているのだと思ってしまった。
「・・・・・・!」
なにかに驚いたような顔をして固まるフゥリだったが意を決したように俺に言う。
「だったら・・・だったらさ!もう一つ見てもらいたい舞があるの!見てくれるよね!?」
「ッ!・・・お、おう」
明らかに語気が強くなり興奮しているように見えたがその顔を見た時思わず目を反らしたくなった。
笑顔のように見えるが、なにかに縋るようなそういう表情を。
すぐにフゥリは扇を構え踊り始めた。
はっきり言ってしまうと先程のものと比べれば完成度は天地の差と言っても良いかもしれん。
だが、それなのに。
妙に『惹かれる』。
だからよく『観た』。
纏まりのない舞踊ではあるものの――――
その表情は、太陽のような笑顔であった。
そして恐らく完成していないのか途中で終わった。
「ど、どうだった!?」
その問いに俺は答えた。
「なかなか良い顔をしていたぞ」
間髪入れずに扇が飛んでくる。今回は先に気づいて手で払った。
が、二発目が俺の眉間に刺さった。なぜだ!?
「元々深そうな眉間のシワ、更に深くしてあげてもいいんだよ???」
「ま、まて、はなせばわかる」
「とりあえず人を誤解させるような、というか言葉が足りないのどうにかしようよ。そもそもさ・・・」
そこから長い説教が始まった。やれ「女の子の心がわかってない」だの「話す言葉を端折るのをやめろ」だの「無駄に良い顔が台無し」だの言いたい放題だった。口を挟もうとすると扇が飛ぶか肩を掴んで揺さぶってくる、特に後者は普通にキツイものだった。
説教が終わったときは薄っすらと空が赤みがかっていた。
「・・・ということだよ!わかった!?」
「う、うむ・・・わかった、わかったから。頼むから俺の話を聞いてくれ・・・」
長めの説教を終えた私は落ち着いたのでちゃんと話を聞くことにする。うーんやっちゃった・・・なんか感情を抑えきれずに色々ぶちまけちゃった・・・おにーさんには悪いことしたなとホントに思う。
「少なくとも俺は後の踊りの方が好み、だと思う」
「うん・・・なんで?」
「笑顔だったからだ、きっとそれが、なんだ、楽しいと言うやつなのだろう。うまく言えんが・・・その舞が、『お前』なんだろうと思ったのだ」
はぁ、まったく。私で良かったねおにーさん。その辺の女の子だったらイチコロになるよそれは。だって私ですらこんなに嬉しいんだからさ。
「しかしその様子だとまだ未完成なのではないか?」
「・・・そうだよ、まだ考えながら作ってる途中」
そう、この舞踊はまだまだ完成には程遠い。何を表したいのかも何のための舞踊なのかも決まってない。ただ私の、私だけの舞踊であることしか決まってない。
「そうか、いつか完成できるように頑張るといい」
そうか、そうか。だったら。
「じゃあさ!約束しよう!」
「いきなりどうした」
「私がこの舞踊を完成させたらいの一番におにーさん・・・いや、ライズハートに見せてあげる。だからそれまでにしっかり語彙力上げてちゃんとした感想を聞かせること!いい!?」
「しかし俺にそんな事をする理由が」
「ダメ、私を焚き付けたんだよおにーさんは。責任取ってもらわなきゃね?」
「ぬ・・・ぐ、慣れんことは言うものではなかったか・・・!」
あはは、ダメだよホントに。ちょっと諦めてたのに『私はまだ私でいて良い』んだって思わせたのが悪いんだよ。だからこの約束はちゃんと果たす。たとえオオヒメ様に認められて少し眠る事になってもその後に果たす。たとえおにーさんが何処か行っても必ず見つけ出す。
この契りは、私にとっても大切なモノになり得るから、だから。
「だから小指、出して!指切りするよ!」
「指を切るだと!?どういうことだキサマ!?」
「文字通りに受け取らないの!本当に指を切るわけじゃないから!できたとしてもやらないから!!」
「だったら何故指切りというのだ!」
「えっ・・・と、遠い昔はそうだったから・・・?」
「誰がするか!!」
「今はそんな事する人いないから!!大丈夫だから!!」
「・・・本当か?」
「凄く嫌な顔してるけどホントだから、そんな猟奇的なことしないから」
おにーさんが恐る恐る右手の小指を差し出す。あぁ、左腕はかなり刺刺しいもんね。悪い言い方すると異形。そして私は右手の小指をおにーさんの小指に絡める。
ゆーびきーりげんまん♪
うそつーいたーらっ♪
・・・。
「ねぇおにーさん、嘘ついたらどうしようか」
「どうすると言われてもだな・・・」
「お互いに破る理由ないもんね。なら約束破られたときに決めよっか!」
「よくわからんがそうしてくれ」
うそつーいたーら♪
そのとききーめるっ♪
ゆびきった♪
お互いの絡めた小指が離れる。いまここに契りが結ばれたんだ。
「罰とは指切ることではないよな?」
「ねぇなんでそこだけ執拗なの??」
未だにおにーさんの感性がよくわからないよ・・・。
なんというか変な約束をしてしまった・・・指、切り落とされないだろうな?だがそれにしても約束、約束か。俺がライズハートという存在としての最初の約束。あの時自爆覚悟で全て吸収されていたとしたら、成されなかった事。こんなところに飛ばされてどうするかと思ったがまさか、こんなことになるとはな。
ふと、胸の内に暖かい『なにか』があることに気づく。まさか俺の知らない感情か?だがそれは恐怖でもなく、哀しみでもない。ましてや怒りとも違う、なぜか安心する感情。
悪くない、いずれ理解してやろう。この感情を。
「ところでおにーさんさ、寝床、あるの?」
「・・・」
あるわけがない、俺がこの世界に引きずり込まれたのはフゥリと会う数分前だ。ツテなどあるはずがない。
「先に言うけど私は無理だよ、実家は宗家に監視されてるし宗家だって言い方悪いけど余所者には容赦ないからさ。正直おにーさんなら全員倒せるとは思うけど騒ぎにはしたくないんだよね」
それは、当たり前の話だな。後ろ盾も何もない俺がそんな事をしてタダで済むとは思えない。何故か力も落ちている感覚があるからだ。それでもその辺の有象無象からは俺に傷一つ付けられないだろうが。
「最悪野宿でも構わんが」
「それは流石に・・・イヤだよ?次の日見に行ってみたら顔面蒼白で咳しながら鼻水流して雨に打たれたせいでびしょ濡れでぐちゃぐちゃになったおにーさん見るの」
「すまん俺が悪かった」
流石にそれは洒落にならん、なんとかしなければ醜態を晒すことになってしまう。するとフゥリが提案をした。
「うーん・・・そうだ!あそこならここから近いしまだ使えるはず!」
どうやら何とかなるかもしれない。
そろそろ山に太陽が隠れだした頃、フゥリに連れられて更に森の奥に入る。そして俺たちが足を止めた場所にあったのはかなり小さめの小屋だった。
「・・・この小屋はなんだ?」
「これはね、木こり小屋だよ。もう誰も使ってないけどね・・・」
「・・・それは、いったいどういうことだ」
「去年の冬開け頃かな、ここで木こりをしてた人・・・私のおじいちゃんが亡くなってさ。誰の目にもつかない場所だから放置されているんだ」
「・・・そんな場所に俺がいても良いのか?」
「いいよ、というか私の立ち位置におじいちゃんがいてもそう言うと思うよ。・・・おじいちゃんが亡くなる前の冬はとても寒くて薪が無くなっちゃったんだ。ただでさえ高齢で身体が弱ってたのに皆の為に薪を樵りに行って無理して持ち帰ってきたんだ。何度も、何度もね。そのお陰で多くの人、特に凍えてた子供たちが助かったんだ」
俺はその話を静かに聞いていた。フゥリの祖父は成し遂げたのか、多くの人を救うことを。
「でも流石にそれが祟っちゃってね・・・持病が悪化してそのまま亡くなったんだ。最後までこう言ってたよ」
『フゥリ、これが薪を取ることしか出来なかった爺の生きてきた意味じゃよ。悲観なぞしておらん、ワシにやれることは全てやり遂げたのだから。人というものはなにか理由があって生まれてくるのだと思っておる。フゥリにもきっと、フゥリにしか成し得ない何か、生まれた理由がある』
「・・・それからずっと考えてるんだけど、私が生きている理由、わからないんだよ。本当に私が生まれた理由なんてあるのかな・・・?」
俺は率直に答えるべきだと判断した。
「わからん。だが焦ること無く前に進み続ければわかるはずだ」
俺と相対したあの男もそうだった。何があっても進み続け、その末に俺は地に伏せたのだから。
あの時、俺が存在する理由。すなわち生きる理由、意味など消え失せたのだ。
「今の俺もそうだ。最早消える寸前だった俺が何故この世界に放り込まれたか理解ができぬし、はっきり言うと俺が生きる理由なぞ消滅しているようなものだ」
「・・・そっか」
「だがそれに理由があるのならば。俺がこの世界に来た意味があるのならば。俺がまだ生きる理由があるとするならば」
だからこそ、俺たちはここからスタートラインに立つべきだと、ここから俺たちは歩き始めるべきなのだと、探し始めるべきだと俺は伝える。
「お互いに探せば良い、出来ることからやるべきだと俺は思う」
「出来ることから・・・フフッ、じゃあさっきの『約束』、守ってみせるからね?たとえ時間がかかっても、絶対に!」
「フッ、そうだな・・・お前が満足できる舞踊が完成するまで待たせてもらうとしよう」
そうして俺はこの小屋を使わせてもらうことになった。ちょっとした保存食はあるものの何か考える必要がありそうだ。
「じゃあそろそろ戻らないとうるさくなるから私は行くよ。また明日来るからね!」
「あぁ、すまないがよろしく頼む」
「じゃ!また明日ね!」
そうして、フゥリが手を振りながら帰路についた。
奇妙で、異質で、幾星霜とも思える。そんな一日が終わりを告げる。
こうして俺は『ヴィサス=スタフロスト』ではなく『ライズハート』として新たな世界で歩き出したのだ。
一回、脳内妄想をノートに纏めた方がいい気がしてきた