【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 98話 【内戦篇④】 長距離侵攻作戦
▫️トレーダー星系 惑星ランセル▫️
「スゲェ、遂に来たっ!」
惑星ランセルで、シレン中尉は夜空を見上げていた。上空を多数の光点が行き交っている。バグスの艦艇はあのような推進光を発しない。という事は、あの光の全てが人類の艦である。遂に、航宙軍がこの惑星に到達したのだ。それはシレン中尉が見た事のない程の、とんでもない数の大艦隊だった。
この惑星で生き残った航宙軍士官として、シレン中尉は部隊を艦隊に復帰させるのが自分の使命だと信じている。ランセルの民兵連中と別れるのは悲しかった。この惑星の食料事情は良かったし、民兵達からの待遇は良かったからだ。
「・・・やめておけ。」
艦隊に連絡を取るために民兵の通信コンソールを借りようとすると、民兵指揮官のサンダースからキッパリと拒否された。
「何故ですか。だって、あれはバグスじゃない。航宙軍の艦隊ですよ。味方なんです。」
シレン中尉がサンダースにそう抗議しても、サンダースは首を横に振るばかりである。そして次に続くサンダースの言葉に、シレン中尉は絶句した。
「よくよく聞いてみると、ありゃ反乱軍だ。関わらん方がいいぞ。一度参加すれば抜けられなくなるし、反乱罪に問われる恐れまである。それに、な。人類同士の殺し合いに参加することにもなりそうだ。」
人類同士が殺し合うとは、サンダースは何を言っているのか。シレン中尉は戸惑い、乾いた笑いを発する。
「ははは。反乱軍だなんて。・・・だってあんなに大勢の艦がいるんですよ。まさかバクスと戦争している今の世の中で、そんな不毛な争いが起きるわけがないでしょう。』
ゆらり、とサンダースが椅子から立ち上がる。腹の突き出た中年男にも関わらず、それは機敏な動作だった。サンダースはシレン中尉の目の前に仁王立ちになった。サンダースの目とシレン中尉の目が正面からぶつかり合う。
「俺はそういうのは、聞けば大体分かる。俺も艦隊に食糧供給で全面的に協力しているが、これは本心からじゃねえ。攻撃されない為の保険でやってるんだ。こちらがいい顔して協力的なら、そうそう下手な真似はしてこないからな。」
サンダースが本気で止めてる事は良く伝わった。それでも、シレン中尉は懸命に食い下がった。
「何かの間違いって事じゃ無いんですか。きっと関係ない昔の別の艦隊の話を取り違えていたりとか。」
サンダースも、色々な可能性を検討済みだったのだろう。シレン中尉から目を逸らしため息をつくと、改めて子供を諭すように丁寧に説明してくれた。
「いいか。トレーダー星系は典型的な農業惑星だ。いわゆる後進国ってやつよ。そんな所に、あんな大艦隊で押しかけるのがそもそもおかしいって事くらい分かるだろう?」
「しかし、それなら誰と誰が戦っているんです?」
サンダースは腕組みをする。
「ちょっと探りを入れてみたんだが、な。実はアデル政府が分裂して航宙軍の艦隊の取り合いをしてる。」
シレン中尉はそう聞いて絶句した。いや、この話はどう考えても荒唐無稽だろう。
「そんな。アデル政府が分裂するなんて。そんな事、ある訳がないですよ。」
サンダースはシレン中尉の抗議を無視し、説明を続ける。
「で、奴らはバグスの大規模侵攻を前にアサポート星系を見捨てた側なんだ。いや、破壊しようとした側という話さえある。奇跡的に生き延びたアサポート星系の元首と議会はカンカンに怒ってていて、艦隊を取り戻そうとしている。俺は元首率いるアデル政府とも話をしたぜ。」
サンダースのトレーダー星系における地位は高いらしい。単なる民兵の指揮官や牧場の経営者に留まらないのだろう。惑星の行政にも深く食い込んでいるようだった。
「そもそも航宙軍の士官達が、アサポート星系を見捨てる作戦に同意なんてしないでしょう。」
「勝てない数のバグスがそこにいた。そして逃げる事を政府に命令された。苦渋の決断として逃亡した。これならどうだ?」
「・・・」
サンダースの言葉にシレン中尉が沈黙する。荒唐無稽な話とはいえ、それならば起こり得る。
「トレーダー星系に到着してから、事情を聞かされたって連中も多いらしい。艦隊中が、『こんな筈じゃなかった』って揉めてるってよ。だから、惑星にいる俺の所にまでこの話が伝わってくる訳でな。」
「・・・サンダースの、こういう話は正確だぜ。」
サンダースの副官役のクラファンが、横から口を出す。
「サンダースは指揮官としたら下の下も良いところだが、飯の調達とこの手の情報に間違いはない。俺達が、いやトレーダー星系全てがサンダースにかかってんのさ。」
普段は寡黙なザリンスキーも口を挟む。
「少し様子を探れ。何も考えずにノコノコ近づくのは間抜けのする事だ。」
宙兵上がりのザリンスキーにそう言われると、シレン中尉も戸惑う。どうもザリンスキーは、現役時シレン中尉よりも階級が高かった節があるのだ。民兵の幹部達が総出で反対するとなると、どうやら本当にあの艦隊はいわく付きらしい。
「中尉の部隊が出頭しなくてもいいように、俺が話をつけてやる。だからここに残れ、な?」
いつになく真剣なサンダースの口調に、衣食住全てを部下共々お世話になっているシレン中尉は黙って頷く他なかった。
▫️トレーダー星系 航宙軍主力艦隊▫️
十人委員会が率いる航宙軍主力艦隊は、アサポート星系を脱出して遂にトレーダー星系に到達した。
『惑星ランセルの首脳陣とは話がついている。食料の積み込みを開始せよ。』
惑星ランセルには食料輸出の為にマスドライバーも建設されている。惑星軌道には低コストで到達可能であり、艦隊への食糧供給は極めてスムーズに行われた。
多数の
『我らは、バグスに襲われたアサポート星系救出に戻るべきではないか』
主力艦隊は、バグスに襲われるアサポート星系を見捨てて逃げた。それは艦隊内で周知の事実である。こうして食料を手にしてゆとりが生じると、『戻るべき』との声が強まった。特に有能で勇敢な艦長達にその声が強い。
だが、チートス特使は例によってそのような声を黙殺した。次の方針が示されない事もあり、艦隊内の不穏の空気は高まっていた。
停泊中の艦隊では、食料の積み込みと共に人が
半舷上陸が与えられても、知らない惑星でする事など少ない。なら艦隊内で恋人同士で過ごす事を選択する者が多い。艦隊側にとっても、普段は別の艦で勤務する恋人を妨げる理由はない。惑星降下するよりも艦に戻る為の時間は少ないし、当事者の満足度が高い為だ。
人が移動し合うそんな折には、艦長クラスも
「カース艦長、我々はもう我慢の限界ですよ。」
カース艦長は、訪問先のプラネット級〈ナインボール〉の艦内でそう声をかけられた。艦隊の他の艦に乗り組んでいる、馴染みの女性士官を訪問したところである。
「君は、確か。サテライト級からプラネット級の艦長に昇格になった、ポランスキー艦長か。」
「ええ。失礼ですが、お時間を頂いても?」
ポランスキー艦長の背後には彼と同格の艦長が5人いる。1人2人の艦長と遭遇するのは偶然もあり得る。この人数でこのタイミングは待ち伏せされているのだろう。しかも休暇を取っている際は、互いに見て見ぬ振りをするのがマナーなのだ。声をかけられる事など、まずない。つまりこれは、カース艦長の訪問を確信して予め人を集めたのだろう。
「カース艦長、今は大事なお話を優先なさって。本当にごめんなさいね。」
カース艦長の訪問予定先の女性が、廊下の話し声を耳にしてそっと部屋のドアを閉める。その仕草は巻き込まれるのを恐れると言うより、これから起こることを知っている素振りである。
やはり彼女自身が、カース艦長を誘き出す餌役を承知していたという事なのだろう。カース艦長はため息を吐いた。道理で久しぶりに魅力的なお誘いの連絡が寄せられる訳だ。今日ばかりは緊張を解放して楽しめる日だと思っていたのだが。まあ、この様子だと命までは取られないだろう。
「分かった、それでは話を聞こうか。」
カース艦長は他の艦長にぐるりと取り囲まれ、空いている会議室の一つに誘われた。
▫️カフト星系 惑星ベリル▫️
ルート・バールケ中尉は部下を率いて惑星ベリルに降り立った。
(海が初めての者も多い。装具が錆びないように後で手入れさせないと。)
ルートは頭の中のナノムを使ってメモを取る。きっとイーリス大尉なら、何か的確なアドバイスをくれるだろう。
(イーリス・コンラート大尉。配置点につきました。
(了解したわ、中尉。)
アサポート星系を訪れて、〈イーリス・コンラート〉は通信装置を完全に回復させた。その結果として、全
ルートはマニュアル操作で操縦系統を切り替えた。専用のスイッチが追加されているので、パチンとスイッチを入れるだけでいい。操縦を知らない兵でも、通信でどのスイッチを操作すればいいか伝えやすい意図を込めて増設された大きな赤いスイッチだ。コクピット内のスイッチ類の表示が緑から赤に切り替わり、
(
(
ルートの問いかけに、イーリスが応じる。これで
今回の救出作戦では、3万人に及ぶ避難民は全て
〈転送門〉を使用しないのは、技術の秘匿の為だ。コリント少将は、同盟相手にさえ手の内を隠すつもりなのだろう。そのような複雑さを秘めた貴族的とも言える政治情勢は、ルートには親和性が高く理解しやすい。
ユーミやカーヤやユッタは同盟相手の人類銀河帝国は味方だと素直に信じ切っている。しかしルートや直属の上官であるセリーナやシャロンは少し違う。味方として受け入れつつも、裏切るかもしれない相手として警戒を緩めていない。
いや彼女達はコリント少将以上に、この同盟者に対して危機感を抱いているとさえ言える。貴族社会における裏切りは、最も効果的で普遍的な戦術である。だからこそどこででも起こり得る。それなら上官の及ばぬ点を補佐するのが、部下としても務めであるだろう。
それに、
ルートがそう考えを巡らせていた時、ナノムがバグスの接近を検知する。
「敵が来ます、戦いの構えを取りなさい!」
兵を叱咤すると、ルートは
上空からイーリス大尉の操作する偵察用ドローンが襲撃を仕掛けるバグスの隊列を間引く。〈パイオーン〉の支援については分からなかった。恐らくは、より高速で飛翔する空中のバグスを叩き落とすのに専念しているのだ。
海の中でも躊躇せずバグスが迫り来る。人類の3倍はあるような大型種だ。
「ジャイアント・アンツ種・・・」
厄介なのは、身体が完全に海面の上に出ている事だろう。バグスは口ではなく腹で呼吸する。だから口を攻撃に用いても、呼吸には影響しない。だから大型種は、海の中にいても危険な相手だった。
水中に潜ればやり過ごせるが、
いや、バグスの思考は人類とかけ離れている。『そこに餌がある。だからバグスは来る。』その程度の浅い理解にとどめる方が無難だろう。
宙兵のパルスライフルの放つ閃光が、続々次々と大型のバグスに突き刺さる。しかし、当然ながら効果は薄い。あのような大型種、本来は
(私が、なんとかするしかない。)
ルート中尉は決意すると、今回の為に用意した獲物を背中から引き抜いた。大型の魔剣試作第一号である。しかし大型バグスに接近するのは容易ではない。その時、天啓が閃いた。
実戦は本当に大事だ。こうして実戦で試す事で必要な手順が分かるのだから。
(イーリス大尉、偵察ドローンの管理権をこちらに回してください。)
(了解したわ、中尉。)
ルートの意図を知ってか知らずか。イーリスがルートに手近な偵察ドローンの管理権を委ねる。
(よし、これならいける。)
「皆は持ち場を守り、バグスの接近防止に全力を尽くして。」
そういい置くと、ルートは偵察ドローンにしがみつき宙に舞う。セリーナやシャロンが得意とするドローンを用いた移動方法。ルートは土壇場で、それを実戦に活かそうと考えていた。
大剣を構え、片手でドローンに捕まり大型バグスの頭上に出る。ルートの意図を理解した軍曹が、部下を叱咤激励する。
「ルート中尉が仕掛けるぞ。攻撃が失敗しても成功しても、こちらで支援して中尉を回収する。」
「おおっ!」
宙兵が軍曹の手で、突撃隊形に組み替えられていく。
「大丈夫。失敗なんて、しないわ。」
そう宣言すると、ルートの大魔剣が魔法の輝きを放つ。ルートはドローンから手を離す。真っ直ぐに眼下のバグスに向けて落下していくと重力を味方に一撃でバグスの頭部を切り裂いた。
兵達が歓声を上げる。兵達だけではない。避難民達も、自分たちを苦しめた大型のバグスが始末される姿に快哉を叫んでいた。
「さあ、次に向かいます。」
ドローンを降下させ、ルートは再びセリーナやシャロンの為に増設されたドローンの手すりを掴む。余りにも捕まり飛行をするから、危なくないように設置された装備だ。それが今、戦場で活用できた。
ギチギチと大バグスが警戒音を発している。ルートという脅威を警戒している。海の中は足場が悪い。他のバグスの支援も難しい。ここが自分達の狩場でなく死地になりうるとようやく気がついたのだろう。一斉に引き返し始めた。
「もう遅いわ。貴方達はここで全滅させる。」
ルートはそう宣言すると、次の標的の大型バグスの横をドローンと共にすり抜ける。ルートの大魔剣に切断された大型バグスの足が宙に舞う。その大型バグスは姿勢を乱し、海に浸かる。ルートはドローンを上昇させた。そして希望する高さに達すると、ドローンから手を離す。重力が、ルートを捕まえる。ルートはその重力をも味方にして、2匹目の大型バグスに向けて上空から飛びかかった。
▫️惑星アレス▫️
クレリアの元には、アランが帰国しているとの報せが次々と舞い込んでいた。そしていつの間にか〈天空城〉が、アレスの湖の上から消えている。あの自在に飛ぶ城は、アランを出迎えに動いていたらしい。
アランがルミナスと面会したとの報せや、アランが海洋大国の大陸領に赴いたとの報せもクレリアは耳にしていた。ザイリンク帝国を除き、彼らはアランとクレリアの治世における最大の外的要因である。すぐに現地へと移動できるアランならば、まず彼らに気を使うのも理解はする。
しかし、正妻たるクレリアはアランから蔑ろにされ過ぎているのではないか。『今日こそはアランが来る』そう胸を高鳴らせてずっと待っている、そんな健気な妻であるクレリアの事ももう少し考えて欲しいものだ。
魔道通信装置という便利な品がある為に、最近は大陸中の情報がよくクレリアの元に集まるのだ。加えてアレスで始まった新聞事業は、各大都市圏に勢力を拡大している。記事は通信網で相互にやり取りされるので、既に『コリント卿、帰国』という見出しが刷られている。正妻であるクレリアに、まだアランから直接の知らせは送られてきていないというのに。
クレリアはポンとベッドに飛び乗る。そして室内に誰もいない事を良いことに、うつ伏せになると足をばたつかせた。なぜ、待つ身とはこんなにも辛いのだろうか。
そもそもアランを祖国に帰らせるのには、一抹の不安もあった。アランも明言しなかったが、もう戻れない可能性を考慮していたように見える。もちろんそんな事があれば、皆黙ってはいない。アラン達でさえ驚く大遺跡の力は、この惑星アレスにあるのだ。なんとしてもアランが残した部下達を叱咤激励して、彼の祖国に行く方法を見つけただろう。
クレリアは寝返りを打つと、少しだけ膨らみ出した腹を撫でる。そう、ここにはアランとの愛の結晶が宿っている。この子のことさえなければ、アランと同行していたかもしれない。逆にこの子の存在があったから、家臣は皆安心してアランを送り出せたのだ。
「リア」
その時、寝室の扉が開いた。中にアランが駆け込んでくる。クレリアの願いが天の女神様の元に届き、愛する配偶者をこの地に遣わせてくれたのだろうか。続きの間では侍女達が、廊下では衛兵が立ち騒いでいる。アランの急な帰還に驚き、情報を伝えあっているのだ。予告せぬ来訪は本来は止められるべきだが、アランなら彼らが素通りさせても全くおかしくはない。
「アラン!いきなりの訪問で驚いたわ。隠す事はないけれど、せめて予告をして欲しい。」
そこでクレリアは少し考える。アランが何かサプライズを仕掛けたり、或いは急にその気になってリアの寝室を訪れても、仰々しく予告されては雰囲気もあったものではないのではないか。それでアランの足が遠のくのは、一番望まない結果に繋がる。
「いや、今のは忘れて欲しい。私がアランの訪れを拒む事はないのだから。私はどんな時でもアランを受け入れるぞ。」
そういってクレリアは立ち上がり、アランに笑顔を見せる。このお腹の子は女の子かもしれないし、ルドヴィーク家を継がせる子も必要である。クレリアはまだまだアランの子を産まねばならないのだ。最低でも3人、上手くすると5人くらいはいけるのではないかと密かに計算していた。
ルドヴィーク家を直系で復興させ公爵家にする所まではクレリアの中で既定路線である。アランが皇帝に即位した暁には、ルドヴィーク家を新たな王家と為す事も可能だろう。
その為には、アランと懇ろな関係を維持する必要がある。アランには多数の側室もいるのだし、中には高位の存在が多い。妊娠している間は自由にしてもらって構わないが、あまり子を産む間隔が空いてしまうのも考えものなのだ。
アランはクレリアに歩み寄ると、慎重に彼女を抱きしめた。きっとアランなりにお腹の子を気遣っているのだろう。
「すまない、ちょっと君を驚かせたかったんだ。」
クレリアは、『分かっているわ』という顔をして見せる。賢明な妻とは母上のように、夫を手の上で転がすものなのだ。それで、夫は側室を設けていても、父上のようにこまめに正室のところに戻るものなのである。
『祖国の首脳と話をしてね。アラム教国や海洋大国とも話を通してきた。この星の皇帝として即位すると決めたよ、リア。もちろん君が皇后として、俺と共に即位することになる。」
クレリアの顔が輝く。
「素晴らしいわ、アラン。ようやく決意してくれたのね。」
新しく生まれる子が皇帝の子か、或いは女王とその共同統治者との間に産まれた子か。同じようでいてもまるで違う。口には出さなかったが、出来れば皇帝となったアランの子としてこの子を産みたい。
「諸々の手配があるだろう。即位式は1年後で考えている。」
ふむ。アランの即位計画には早速微調整が必要なようだ。一年後では腹の子が産まれ出てしまう。
「アラン、その間に何か異変があったらどうするのだ。即位は吉日を選び、直ちに行うべきだ。式典は同じ日の一年後、そこに参列者を招き盛大に行えば良い。」
「・・・そうか。」
リアに諭されて、アランは考え込む。リアが言う通り、状況の変化は起こりうる。横槍を入れられないよう素早く即位しておく事は、恐らく政治的な立ち居振る舞いとしては重要なのだ。
「分かった、そうしよう。日取りはリアに決めて貰おう。」
「嬉しいわ、本当に嬉しいの。」
リアは心ゆくまでアランに抱き締められた。お腹の子の事がなければ、このまま情熱的に愛を交わしていたかもしれない。しかし流石にそれは自重せねばなるまい。お腹の子の事もあるが、行為は繁殖の為に為すべきだろう。自らを安売りして、アランに飽きられるのも避けたい。
「ところで、そうと決まれば相談があるんだが。」
クレリアはギクリとする。まさかまた嫁が増えるのだろうか。いや、ルミナスは式を挙げていないとはいえアランの婚約者である。海洋大国の王女も既に迎え入れ、クレリアの侍女という名目で花嫁修行をさせている。同じくクレリアの侍女として、二人が信頼するタルスの娘のタラも花嫁として予定しているのだ。まさかもうこれ以上は、アランの女は増えないのではないか。
「君の事だ。祖国との話し合いがついた以上、次に祖国に戻る際は君にも俺に同行して貰えないかとそう考えている。」
それは心惹かれる誘いだった。いけるものならクレリアも行きたい。アランの祖国を目にする機会など滅多に与えられないだろう。・・・しかし、今のクレリアには難しい。
「嬉しいわ。でもせっかくのお誘いだけれど、この子の事があるから。」
「そういって、クレリアはお腹をさすってみせる。」
「これは以前から提案しようと思っていたんだけれど」
アランは慎重な口ぶりで切り出した。
「ルミナスが顕現した時、どこに入っていたかを覚えているかい?」
「・・・何だか、透明な筒に入れられていたわね。」
「そう。あれは人工の子宮のようなものなんだ。それを幾らでも用意できる。僕らの子供を、その中で育てる方が良いのではないだろうか。」
クレリアは疑った。アランは子供を見せ物にする気なのだろか?
「そんな事をして、本当に大丈夫なのアラン?」
クレリアの目が険しくなる。
「大丈夫だ。祖国の、特に軍では当たり前にしている事なんだ。」
「この子に、本当に何の影響もないと言い切れるの?」
子の健康は絶対条件である。健康的な男子でなければ、皇統を継ぐ資格はまず得られない。他の女の産む健康な男子に取って代わられる可能性がある。
「俺の祖国の他の人間と同じように、セリーナやシャロンもこの方法でこの世に生まれたんだ。赤ん坊の様子をごく小さな頃から見守れるし、対処すべき異常もすぐに分かる。それに、イーリスが見守るから間違いなんて起こらないさ。」
アランは自身たっぷりだった。クレリアとしても、イーリスは信頼すべき対象だと承知している。
「イーリスの事は信じられるけれど、そうした方が良いかどうかまでは。」
「そうしてくれれば俺も安心できるし、お産で君の身を不用意に危険に晒す心配もない。体型も崩れない筈だ。」
体型が崩れない。クレリアは今のほっそりとした体型は気に入ってる。王宮では出産の為に宿さがりした女官が、子を産んだ後にふくよかな体型になり戻るのを何度も見てきた。
出産とはそう言うものだと思っていたが、体型維持が容易なら検討の余地は大いにある。イーリスも子を産んだ事があるような話をしていたが、体型を維持していたのはそのような手を使ったからかもしれない。
特に一年後の式典は、長く人々の記憶に残る筈である。皇太子を産んだ為にふくよかな体型になるのは仕方がないが、そうならずに済むのならそうしたい。側室が増えてもアランの愛情が減ったと感じた事はないが、体型が変わればクレリアに注がれる愛情も減ってしまうのかもしれない。
「アランが、そこまで言うのなら考えてもいいのかもしれないわ。アランの子は、皆同じ扱いにするのなら受け入れてもいい。」
慎重な口ぶりで、クレリアはアランの提案を受け入れる意向を示す。他の妻達も同条件にするなら、後継者問題には繋がらない。むしろクレリアが有利となる。
「リア。子供を授かって本当に嬉しいが、君を抱けなくて寂しいんだ。」
アランからの唐突な欲望の吐露に、クレリアはドギマギする。2人はまだ若い。お腹の子供の事がなければ、クレリアはアランが不在で独寝を強いられるのをもっと本気で憤っていたかもしれない。顔を赤らめながら、クレリアは答える。
「アラン、それは私も同じ気持ちだわ。」
「大丈夫。胎児には何の危険もないし寧ろ安全に守れらる筈だ。それに君の身体はすぐに次の子供を作れるようになる。」
僅かな欲望を滲ませたアランの視線。アランの望みとクレリアの望むが一つに溶け合う。
「もう、アランたら私にすぐに次の子を孕ませようとするのね。」
照れたクレリアは恥じらいを見せた。応じる気持ちはあるが、白昼堂々と迫られるのはやはり気恥ずかしい。
「リアとの子供なら、何人だって欲しいさ。」
ああ。それならば。クレリアが想像していたよりもアランとの間に為す子供はずっと多くなるのかもしれない。
▫️トレーダー星系 〈エーテルリンク〉艦内▫️
「本艦隊は分裂の危機にあります。このままでは、統制を保てませんぞ。」
ポランスキー艦長との予期せぬ密談から数時間後、〈エーテルリンク〉のカース艦長はチートス特使と面談してそう進言していた。
ポランスキー艦長のグループは思いの外参加者が多かった。しかも彼らは慎重派でもある。彼らは曲がりなりにも航宙軍としての筋は通そうとしていた。アイローラ提督のいない現在、エーテル級の艦長であるカース艦長を支持するというのだ。そして航宙軍の代表として、チートス特使に要求を通して欲しいというのである。
『話すだけはチートス特使と話をしよう。だから先走る事はしないでくれ。』カース艦長としては、そう言って以後の交渉を引き受ける他なかった。
そんなカース艦長に対し『この交渉が失敗した場合、我々は過激派に合流せざるを得ません』とポランスキー艦長はそう警告した。過激派がどう動くかまでは分からないが、おそらくは艦隊を離れてアサポート星系に帰還しようというのだろう。
情報部出身のコリンズ副長が職務放棄をした今、情報部はまともに稼働していない。残された部員は個々で懸命に働いているが、その活動は焦点を欠いている。ノヴァミサイルを使った反動は、委員会の手先となって働く彼ら情報部メンバーの士気まで根こそぎ奪っていたのだ。
航宙軍の士官は、カース艦長をはじめとしてノヴァミサイルの発射まで知らされてはいない。どんな事態になっているか正確に把握出来てはいないが、不穏な空気は感じ取っていた。それに惑星に降下した者達が噂を聞きつけていた。何か、ひどくまずい事が艦隊とアサポート星系の間にあったのだ、と。
「私は艦隊の中にアサポート星系への帰還を願う過激派が存在すると本日忠告を受けました。問題は過激派の主張が、アサポート星系への帰還であり多くの
コリンズ副長が精神を病んだ結果、〈エーテルリンク〉はチートス特使とカース艦長の二人で切り盛りしている。
当初のギスギスと緊迫した関係は影を潜め、彼らの間には一種の協調関係すらあった。互いの立場を守れるなら一応は協力し合う形で落ち着いている。そして、『人類の為に艦隊を保ちたい』という点では二人の思惑は一致していた。
だからこそ、カース艦長はポランスキー艦長を宥めて最後の勝負に出ていた。ここでチートス特使を説得する。
「あれだけの数のバグスを相手に、アサポート星系が持ち堪えられた訳がない。現に、
カース艦長の真剣さが幾分かは伝わったようである。門前払いを喰らうかと思っていたが、チートス特使が真正面からそう返答してした。『話すに及ばず』という対応でなかった事にカース艦長は内心安堵した。チートス特使とて、艦隊の反抗的な雰囲気を察知する耳も目もあるのだろう。色々悪評はあるが、決して無能な男ではないのだ。
チートス特使は、アサポート星系のである主要な機能は破壊されたと確信していた。チートス特使の視点に立てば、アサポート星系からの
「今になって冷凍睡眠を出て事情を知った
この二人は互いの立場を守っている限り、共存は可能だった。互い、組みたくも無い上官や部下と仕事した経験には慣れきっている。そういう意味では、『同じ方向を向いている限り、足を引っ張られる事はない』と互いの働きを相互に認め合ってすらいた。
「分かった。それでは
チートス特使がそう応じたのは、この航海の間で培ったやはりカース艦長との一定の信頼関係があった為である。
(昨今の情勢では計画は微修正する必要がある。それならば、艦長の過激派の一部をカース艦長に抑えさせればいいだろう。)
そう判断したチートス特使は、カース艦長に今後の計画を打ち明けた。計画の詳細を聞かされたカース艦長は驚愕した。
「・・・それならば、確かにこの艦隊を説得出来るでしょうな。今の窮地が、チャンスに変わるやもしれません。」
状況説明の開始に先立つこと数十分前、艦隊の各艦に宛てたアデル政府との
そして〈エーテルリンク〉よりノヴァミサイルが発射された事。ギャラクシー級戦艦〈イーリス・コンラート〉の来援が間に合い、アサポート星系の被害が軽微だった事が艦隊のネットワークで公表されていた。
『コリンズめ、しくじっていたのか。』その知らせを聞き、チートス特使はコリンズ副長の失敗を呪った。アサポート星系の破壊に失敗したのも問題なら、艦隊のネットワークの情報封鎖にも失敗していた。エーテル級に乗り込む情報部が総出で対策をしているが、事実は既に明るみに出ていた。このようなニュースは艦隊中を巡るのが早い。噂は光速で駆け巡る。この話を知らない者など、もう艦隊内にはいないだろう。
ならば、過去を悔いても仕方がない。この状況に適合する、次善の策を用意する他ないのだ。むしろ状況がハッキリした分、選択肢が絞られてやり易くなったとさえ言える。
〈エーテルリンク〉を接続先として、全
今も聴衆は、艦隊の首脳陣に怒っている。今は何か怒りを向ける矛先を探していた。チートス特使が何か一つでも失言すれば、すぐにでも艦長達による糾弾会に変わりそうな雰囲気と言ってもいい。
「見たまえ。」
そんな外野の声に出されない圧力を遮るように、チートス特使は一つの資料を提示した。
「これだ。これこそが、バグスの母星系だ。」
その瞬間に参列者全員が沈黙し、表示された資料に着目した。確かにその惑星の生態系は人類のそれと全く異なって見えた。誰の目にも、それが人類の惑星とは異質で遥かにかけ離れたバグスの生態系だと分かる。
「この艦隊の目的地はこのバグスの母星系だ。バグスと人類の諍いの最終的解決の為、我らはこの地に赴く。長きに渡るこの人類の宿敵を、永遠に葬り去る。エーテル級に配備されたノヴァミサイルがあれば、この星系全域の破壊は可能だ。」
この演説は仮想表示だが双方向である。それでチートス特使からは艦隊に所属する全員が自分の聴衆のように感じられている。聴衆の反応は離れていても伝わる。演説するチートス特使は、ゆっくりと全員を見渡した。ようやく聴衆は、彼の話を真剣に聞く気になったようだ。
それぞれの艦内では、皆が各艦の艦長を先頭に整列している。しかし、今は参加者全員が皆が、チートス特使の語る内容に引き込まれていた。そして次に語られる言葉を聞き漏らすまいと彼の発言に意識を集中している。これならば、いけるだろう。
「ここトレーダー星系から、我々は超長距離ワープに入る。通常では使用できないワープポイントだ。だが、〈エーテルリンク〉の優れた演算能力なら長距離侵攻が可能となる。エーテル級とは、このような意図のために建造された艦である。」
艦長達を前にしたチートス特使の演説は、予定通りの所要時間で進行している。間も無く、トレーダー星系には彼の為の援軍が到着する。艦載AIであるエーテルリンク少佐の計算通りにワープポイントからその姿を見せる筈だった。チートス特使の脳内に、エーテルリンク少佐のカウンドダウンの声が伝わる。
(支援艦隊の来援まで、3.2.1・・・)
「見たまえ。この究極の侵攻作戦の為に我々は艦隊戦力を結集する。新造のギャラクシー級を全て惜しみなく投じる。その数は、実に16隻にもなる。」
今スクリーンに大写しされるのは、ワープポイントに次々と到着するギャラクシー級の姿だ。次々とワープアウトする姿に、気せずして歓声が湧き上がる。その優美なシルエットに胸を熱くしない航宙軍の士官はいないだろう。そう、これで完全にこの艦隊は完成された。強力な味方の来援に、艦隊内から大きなどよめきが湧いていた。チートス特使は、演説をかき消されまいと声を張り上げる。
「人類の母星であるアサポート星系において、ノヴァミサイルが不本意な使われ方をした事は残念に思っている。発射された経緯は、現在調査中だ。既に容疑者として〈エーテルリンク〉のコリンズ副長を拘束し事情を聞いている。」
その話を聞いてカース艦長は驚いた。ノヴァミサイル発射は、コリンズ副長の仕業らしい。彼に命令した者がいる筈だが、全ての罪は彼に被せられるのだろうと、カース艦長は感じる。副長として精神を病んだというのは方便なのか、或いは本当だからこそコリンズ副長は切り捨てられたのか。
どこまでが策略でどこまでが責任回避か。それはまだ不明瞭だった。だが生贄の羊が誰か、それについてはもう明白である。果たしてコリンズ副長は最初からこうなると分かっていて、ノヴァミサイル発射という悪事に加担したのだろうか。
「この艦隊がノヴァミサイルを意図して発射したと疑惑の目で包まれている中、諸君らがアサポート星系に戻っても残念ながら犯罪者の片割れと見做される事であろう。だが、バグス殲滅という偉業を成し遂げればどうだ。我々の行いは全て肯定される。そして故郷に英雄として帰還する事になる。バグス殲滅より重い使命は、航宙軍には他にないのだからな。」
聴衆は食い入るようにチートス特使を見つめている。彼らの視線は『早くバクスと戦いたい』そう訴えかけていた。
アサポート星系は無事だった。しかし彼らは悪事の片棒を担いだと糾弾されそうになっていた。この汚名を返上し、名誉を挽回する機会が必要なのだ。そしてチータス特使は、
チートス特使は話しながら聴衆の反応を確認していた。皆、彼の言葉に耳を傾けて賛同している。彼は、無事に艦隊の士気回復をやり遂げたのだ。もう演説を締めくくる頃合いだった。
「私は断言する。エーテル級と言う道標と、ギャラクシー級という新たな戦力を加えてこの艦隊にはバグスの母星系を殲滅するだけの力が完全に備わったと。諸君、ついに時が来た。我らこそが、人類をバグスから解放する救世主となるのだ。」
チートス特使の演説は、艦隊士官達の万雷の拍手により締め括られた。主力艦隊の意思は、今ここにバグスの母星系殲滅という目標で完全に意思統一されたのだった。
早めに完成しましたので早めの公開となります。次回は11/14木曜公開予定です。