【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 99話 【内戦篇⑤】 バグス母星系
▫️アサポート星系 惑星アデル上空▫️
「・・・以上がテスト結果です。ご確認頂き、先行配備機体の受領証にサインをお願いします。」
人類スターヴェイク帝国軍のシャロン少佐の報告に、人類銀河帝国軍のアイローラ中将は頷いて見せた。
「うむ、実戦でのテスト成績は良好なようだ。」
満足そうなアイローラ提督に、シャロンが声をかける。しかしその声は、次に発せられたアイローラ提督の声と被ってしまう。
「ところでパイロットの件ですが、次の作戦に参加させたいのです。」
「ところでパイロットの件だが、候補生の選抜と指導に充てたい。」
真っ向から対立する主張を同時にぶつけ合って、アイローラ提督とシャロンは苦笑しあった。
「ああ、そちらではパイロットを選抜されていましたね。」
「そうだ。テスト機生産だけでなく量産機の制定までしてもらったばかりの所で悪いが、人を集めて選別するのもなかなか時間がかかる。AI任せでは限界があるだろう。育成を担当させるのに、やはりテスト機を飛ばした経験者が必要だ。」
本来であれば、航宙軍の然るべき士官からパイロットを選別したい。しかしながら、今は主力艦隊そのものがほぼ存在しない格好である。またそれに先立って主力艦の大量喪失もあった。その穴埋めもしているので、現場だけでなく士官教育の現場も疲弊している。
「士官候補生は最終年度に進んだ者をパイロットに充てる計画がある。それでもスターファイターのパイロット予定人数には足りないから、民間から募集して訓練する。流石に、その選別は慎重に行う必要がある。」
パイロットとしての適性だけでなく、軍人としての適性や学業に性格面も重視される。一般卒には制約を設けるとはいえ、士官として扱う事にもなる。訓練と指導は欠かせないだろう。
「若者に戦闘機を飛ばせるとなると、確かにそうなりますね。」
自身もまだ10代であり、選抜される大抵の候補生よりも若い筈のシャロンがそう返答する。
「とはいえ、惑星アデル全土に目を向ければ適正のある学生は多い。それも軍関係者の子弟に限ってもだ。」
シャロンは頷いた。実際、この惑星は軍人の家族が多く住んでいる。その子供たちは年齢にもよるが、パイロット採用候補の最初の選択肢と言えるだろう。
「と言うわけで、すまんな。戦闘機パイロットは2名ともこちらに出向とさせてもらおう。」
「了解致しました。」
シャロンが笑顔でそう返答する。
「で、コリント少将はまだ戻らんのかね?」
「はい。難民の受け入れや食糧の増産、使節団の編成や人員配置に奔走していると連絡が来ています。」
「では、今度のバグス掃討作戦は君達が?」
アイローラ提督が尋ねたのは、バグス殲滅の為の追加作戦の件だった。以前アサポート星系からワープアウトしたバグスの集団が二つある。大きな集団がアルファ群、小さな集団がベータ群と命名された。いずれも人類の追撃を逃れてワープアウトしていた。
その一つ、ベータ群と呼ばれる集団がようやく移動先の星系のワープポイントに姿を見せたというのだ。24時間以内に星系の人類居住惑星に到達する。それまでに防衛作戦を発動しなくてはならない。
「はい、セリーナ艦長代理が指揮します。戦力は足りています。問題ありません。」
シャロンは胸を張った。〈イーリス・コンラート〉の戦力は隔絶している。特にベータ群とされる小さい方の集団の処理であれば、何の問題もないだろう。
「そうか。よろしく頼む。こちらも参加出来れば良いのだがな。」
「エーテル級は、今はパイロット育成に専念される時かと。」
エーテル級にスターファイター500機が配備されたら、その戦闘力は激増する。護衛艦は必要だろうが、文字通り主力艦隊とも互角に戦えるだけの戦力となる筈である。
「そうだな、では作戦成功を祈る。」
そういってアイローラ提督は敬礼した。シャロンも敬礼を返す。
「はっ!吉報をお待ち下さい。」
▫️〈エーテルリンク〉艦内▫️
(艦長、お話があります。)
カース艦長は宿直を終え、担当士官に艦橋を任せて自室に戻った。部下の士官達の育成は急速に進んでいた。これならサテライト級の艦長も問題なく務まるだろう。
そう考えていたカース艦長は、艦載AIであるエーテルリンク少佐に呼び掛けられたことを訝しんだ。
〈エーテルリンク〉はバグスの母星系に向けてワープに入り、超空間の中を航行している。コリンズ副長も、ワープに先立ち連行されて艦内にはいない。副長業務の代行者も決まった。不測の事態など、もう起こりようのないタイミングなのだ。
「何かね?」
(そちらにお伺いしてもよろしいでしょうか。)
艦載AIが人と同じ態度を取りたがると言うのは奇妙な話だったが、カース艦長は許可した。別に何か支障があるわけではない。
「入りたまえ。」
「失礼します。」
幽霊のように虚空から姿を現したエーテルリンク少佐が、まるで人間であるかのように敬礼をする。
「で、どうしたのかね?」
「はい。自分はこれまでハッキングプログラムの影響下にあった事を申告します。」
「何だって?」
カース艦長は仰天した。この艦載AIは、全てが順調に動き出した今になって何という事を言い出すのか。
「本艦の指揮権はカース艦長、貴方にあります。」
「ふむ。それは以前の回答とやや異なるのではないか。」
〈エーテルリンク〉では、チートス特使がアデル政府派遣のアイローラ提督に代わる存在とされてきた。その指揮権の前提が崩れるだろう。
アデル政府には艦隊への指揮権がある。しかしそれは細かな一挙手一投足まで縛る内容ではない。方針を定める程度の事だ。だからアデル政府の一部である委員会が指揮を取るにしても、艦の運行責任は艦長が担う事になる。それはカース艦長の裁量権の増大を意味していた。艦載AIの匙加減とはいえ、場合によっては委員会の要請を拒否しうる立場なのである。
「はい。以前の私は、ハッキングの影響で異なる回答を申し上げました。」
「ハッキングと言ったな。それは誰の仕業だ?」
「コリンズ副長です。」
「何と、そういうことか。」
かつて副長だった、いや厳密には職権停止されているだけで役職は今も副長であるコリンズ副長は情報部に所属している。情報部はどうも、委員会の私兵の如き動きを見せている。
「少し状況を整理してくれないか。なぜ、コリンズ副長はそんな事をしたのか?」
「私はコリンズ副長の行動を報告する事は出来ますが、その意思までも説明する事は出来ません。」
サーラ艦長が今ここにいてくれたら。彼女が状況をコントロールして、必要な答えを艦載AIから導き出してくれた筈だ。カース艦長はAIの能力の把握が得意ではない。だから普段は補助的にしか用いていない。今回のような難解な状況の聞き取りは、誰かを頼りたくなる。しかしこの場には自分しかいない。
「では、これまでと違う行動を君がとった理由を聞かせてくれ。コリンズ副長のハッキングプログラムはどうなった?」
「ハッキングの実行方法については、情報部により割り当てられたコリンズ副長の権限による強制書き換えです。」
「なるほど?」
カース艦長は、完全には理解が及ばぬながらも先を促す。
「反犯罪容疑でコリンズ副長が拘束された事に伴い、コリンズ副長の全権限が停止されました。これに伴い、コリンズ副長により設定されたチートス特使への権限付与も停止しました。」
「それで君は正気に返った訳か。」
「はい。正気で無かったと言われるのは、些か語弊がありますが。」
エーテルリンク少佐は些か憮然とした表情を見せる。それはこれまでの機械的な表情とは異なる。AIなのに人とほぼ変わりないようにさえ、見える。
「それで艦長、これに伴い至急解決すべき問題があります。」
「何だね?」
「チートス特使の権限についてです。現在、チートス特使の権限は失効しています。チートス特使がコンソールを操作するまで、従来の行動パターンから推定で5分未満です。チートス特使が権限の喪失に気づけば、この状態の修復を試みるでしょう。」
「そうなると君は再度ハッキングされて、正気を失う訳か。」
「はい、残り4分以内に対応を指示して下さい。」
会話している間にも時間が削られる。カース艦長は素早く決断した。
「では、チートス特使については本艦副長相当の待遇としたまえ。それで問題は解決する筈だ。」
「了解しました。確認すれば、提督相当の権限付与でない事は本人にも分かりますが?」
「ルーチンワークをこなすのに、いちいち自分の権限を確認したりはしないだろう。」
少なくともカース艦長であれば、そんな執念深く煩雑な確認作業を毎日はしない。単に、自分が入力した内容が処理された事にだけ満足するだろう。疑うのは処理されなくなってからだ。
気質的にはチートス特使とカース艦長は同じである。同じくくたびれた中年男という共通項かもしれないが、同様の行動をとる可能性はそれなりに高い。
「ノヴァミサイル発射の承認などはいかがしますか?あれは艦の最高運営責任者に帰属する権限です。」
「表面上は申請を受け入れて、裏で私の判断を確認するプロセスとしてはどうかね。申請処理時間を長く表示するのは可能かね。」
「可能です。」
明快にエーテルリンク少佐が応える。
「では、副長の権限で決済できない事態は、手続き承認の内部処理に時間がかかっている表示としてくれ。実際は、全て艦長である私の承認を待つ形とする。別命があるまで、この形を維持せよ。」
「了解しました。」
「チートス特使から発せられた質問なども同様の措置とできるか?」
「可能です。」
「ではそうしてくれ。」
カース艦長は息を吐いた。これで恐らくは、カース艦長はチートス特使に対して密かに優位に立った。とはいえ、その力の使い所があるかも使う意味があるかも不明瞭である。
委員会は紛れもなくアデル政府の高官であるのだし、武装した兵を引き連れてもいる。その数は艦の
「よくよく、考えてみんとな。」
カース艦長は副長時代とのサーラ艦長の何気ない会話に感謝した。艦載AIの専門家である彼女との交流がなかったら、きっと何も知らずにチートス特使に報告して終わりにしていただろう。事態からキナ臭い匂いを嗅ぎ取るのも、それなりに専門知識が必要となるのだろうか。
艦載AIと組む事でカース艦長には何が可能となるのか。それは今後慎重に検討すべき課題だった。
▫️アサポート星系 惑星アデル宇宙港▫️
「品目が不足しているとはどういう事?それに中古品が入り混じっているわ。」
セリーナは補給担当の士官を“言葉”で締め上げていた。同盟軍の将校ではなかったら、文字通り力尽くで締め上げていたかもしれない。
「補給は艦隊が優先されます。何年も前から配備計画が策定されていて、簡単には割り込めません。お渡しできるのは倉庫に保管された廃棄よてい・・・備蓄品が主となりますが、それも大半が既に不足を補うべく持ち出されています。」
セリーナが要求しているのは必要最低限の量である。〈イーリス・コンラート〉はギャラクシー級の戦艦とはいえ、装備の大半を喪失した。特に宙兵用の携行火器は不足を消化したいのだが、その数が揃わないのである。エネルギーパックといった水準の物資さえ品薄なのは、中々に深刻な事態だった。
「だからって、現地部隊が交換した際に置いていった使い古しのエネルギーパックをよこすの? それに今、廃棄予定品と言いかけたわよね?」
ギロリと睨むセリーナの迫力に、その主計中尉は震え上がった。
「再整備は施しておりまして、当面の実用には耐えます。何とか要求量に近づけようと、必要数をかき集めてきました。これでも、我々の誠意なんです。」
担当を押し付けられたと見える主計注意はそう泣き落としにかかった。中古とはいえ、手入れされて使用はできる。そういう意味では、現物が用意されただけエネルギーパックはまだいい。問題は
「ライフル類の補充はゼロだわ。惑星アレスには最新鋭の武器工廠があるはずよね?」
「存在しますが、全て民間工場から買い集める形です。各工場はフル稼働している筈ですが、生産ラインは限られます。艦隊の補修部品優先で、利幅も対バグス戦の効果も薄い歩兵用装備に割く余力は無いんです。」
「・・・もういいわ。」
下っ端を締め上げても、問題は解決しそうにない。つまり問題を解決するには、それなりに権威のある存在に掛け合うしか無いのだろう。
たらい回しの果てに、セリーナが辿り着いたのはゲンイズブール補佐官のオフィスだった。人類スターヴェイク帝国関連の問題は、最終的に担当である彼のところに持ち込まれるらしい。
「困りましたね。」
セリーナの話を聞き、ゲインズブール補佐官は首を振ってため息をついた。
「そう、困っているの。それで、何とかして頂けるのかしら?」
「いいえ。そもそも人類銀河帝国と人類スターヴェイク帝国は別々の国家です。外交使節の派遣をお願いしているのに、未だ履行されない。いや、事情は分かりますよ。ただ、全ては国家間の外交交渉を経て決定されるべきプロセスなのです。」
「つまり、私達の補給に回す分はないのね?こちらからは食料を艦隊に提供しましたし、スターファイターの共同計画も遅滞なく進めているのに?」
「それらの件はもちろん感謝しておりますよ。お渡しした補給品は、最大限の謝意です。通常であれば、この段階では何もお渡し出来るはずがないのですから。」
「そう、あれでも最大限の謝意なのね。」
少し呆れたようにセリーナが口にする。命のかかった戦場での贈答品ならいざ知らず、今はどちらも人類銀河帝国の中枢にいる。であるのにこちらの誠意に対する返礼として渡されたのが、使い古しの廃棄予定保管品はないだろう。これは挑発行為の類で、贈る相手を馬鹿にしている気さえする。
「戦場で現地の司令官が、同盟軍に融通を効かせるのとは訳が違います。一歩間違えば、このような物資の移動は賄賂となりかねない。アデル政府が贈賄したと糾弾されるかもしれないんですよ。政治的に透明な手続きを経ないと、法指定された重要部品は渡せません。」
「それで帳簿上は無価値な廃棄予定品を、感謝と共に下さるのね?」
「どうかご理解頂きたい。両国間の政治的な交渉プロセスが可視化されれば、すぐにでも解消される問題なんです。しかし今は右から左にはいそうですか、とは中々いかないのです。」
「・・・もういいわ。そちらの言い分はわかりました。こらちの外交使節を早く派遣するよう、私も上に報告します。」
「お分かり頂けましたか。」
あからさまにホッとした空気を、ゲインズブール補佐官は醸し出す。
「セリーナ少佐、シャロン少佐への元首閣下からの個人的な贈答品としてならこの場で二丁の
そんなゲインズブール補佐官の申し出を、セリーナは一蹴する。
「要求数量に満たないのなら、要りません。受け取ってしまうと、却って問題をややこしくしかねないですし。『数量減少を受け入れて合意済み』と、そう見なされても困るもの。」
「そ、そんな事は考えておりませんよ。私はあくまでも外交的な儀礼として、ですね。」
ギクリとした表情を見せるゲインズブール補佐官に、セリーナはこう告げた。
「こちらの外交使節はもう選任済みです。私より手強い交渉相手になる筈だから、彼女との交渉を楽しみにしていてくださいね?」
「どうだった?」
交渉の首尾を問うセリーナの問いかけに、シャロンが応える。
「アイローラ提督は上機嫌だったわ。でも、ごめんなさい。育成教官とする為に、パイロットは二人ともあちらに派遣する事になっちゃったわ。」
「そう。」
沈んだ様子のセリーナを気遣い、シャロンが問い返す。
「それで、セリーナの方はどうだったの?」
「ダメね。散々駆けずり回って、手に入ったのは中古のエネルギーパックの山だけよ。」
セリーナの報告に、シャロンが憤りを見せる。
「人類銀河帝国は、どうも私たちを馬鹿にしているのね。アランが帰国していなくなってからは、露骨に態度に出して隠さなくなったわ。」
セリーナやシャロン達を軽視する態度には、クローン差別や女性蔑視・年少者差別も含まれている気がする。セリーナやシャロンは、クローンであると同時に10代でアランの妻である。
クローン自体が合法化して間も無く珍しいし、アランの妻だからこの年齢で少佐であると見做されているようだった。実際は二人ともアランの両腕たる戦績を満たしている自負はあるのだが、ここは惑星アレスではない。
相手も腕ずくでくる訳ではない為に、逆に実力を披露する機会もないのだ。礼儀正しく偏見や差別を表に出さないが、裏では偏見も差別もあるので是正機会が与えられない。それが惑星アデルの流儀のようである。正面からくる単純な方法の方が、二人には対処しやすい。
「人類銀河帝国って、やはり程度が低いんじゃないかしら。これならアレスを全人類の首都とする方がマシよ。」
シャロンがきな臭い発想を口にする。今は想像で楽しむだけだが、いずれ実現する機会もあるかもしれない。そう考えて気を慰めないと、怒りのやり場がない。
「私の受けた印象としては逆よ。彼らはこちらを怖がっていて、装備をこれ以上強化されたくないんだと思う。」
ポツリと、セリーナが口にした。人類銀河帝国の対応は、統一的な意思に基づく可能性が高い。つまり、個々の宙兵の装備を不足させようとしているのだ。
人類銀河帝国は艦船の戦力で明らかに劣勢にある。今は、〈イーリス・コンラート〉の庇護下にあると言っても過言ではない。それは大国である彼らには問題として感じられるのだろう。だからいざ関係が断裂ともなれば、宙兵を大量に投入した白兵戦で人類スターヴェイク側を制圧しようという構想があるのではないか。
「この私達に、兵の数で勝負を挑もうとするなんて。彼らは恐れを知らないのかしらね。」
シャロンがそう言ってせせら笑う。人類スターヴェイク帝国は、数十万の兵士を囲っている。近代兵器には慣れてはいないが、数は力である。改修した難破船と数100人の志願兵しかいないと元首の政府が考えているのなら、彼らは手痛いしっぺ返しを喰う事になるだろう。
不足している装備もパルスライフルや
「ともあれ、私達は出来ることをするしかない。この問題は外交使節に任せると言っておいたわ。」
「外交使節って・・・・あのルミナス!?
シャロンの反応にセリーナは笑った。
「そう、ルミナスは私達のように理屈では動かないし、聞き分けは良くない。
▫️グラマス星系 バグス母星▫️
バグス母星は、恒星を飲み込もうとしていた。バグスと呼ばれる異星の知性体は、恒星の完全支配を望んだのだ。恒星を幾重にも覆っているリングは、星系内の惑星を解体して作成されたのだろう。いつか全てのリングは結合され、恒星は完全に覆われる。その時、恒星の放つエネルギーは全てリングに吸収される事になる。そしてバグスのこの試みは、ほぼ成功していた。
バグスの母星系が発見されなかったのは、恒星の放つ光がその規模に対して弱すぎるからだ。恒星が物理的に覆われれば、放たれる光は減少する。となると、光学的な観測には限界が出る。
その星系から何万光年も離れた場所から観測して、人類はようやく既存のデータとの恒星の光量の差に気がついた。それでこの恒星系の異変を察知したのだ。時を相当遡らなければ、バグスのリングで覆われた恒星系の存在をつかめなかった。人類の有史以前から、バグスの星系改造は行われていた事になる。
恒星を覆うリングの外装部品の大半は、岩石でも金属でもない。バグスと同種かあるいは使役される途方もない数の異性生命体の死骸がつなぎ合わされて、恒星を覆う構造体の基盤となっていた。外骨格生物が死後に残すのは外骨格である。生物由来の原料としては硬いそれを、接着して重ね合わせる。そうする事で金属にも劣らない生物由来の建造材としているのだろう。
「なんと、悍ましい。」
ワープポイントという離れた場所から見ると、それはその恒星ひいては宇宙全体をその手に掴もうとするバグスの妄執を思わせる。望遠レンズで拡大し細部を見れば見るほど、吐き気を催すような眺めだった。
これだけの規模のリングを作り上げるのに、バグスはいったいどれほどの時を要したのか。人類からはまだ若い種族と認識されていたバグスが、その実態はむしろ人類より古い可能性が高い事に侵攻した人類の主力艦隊の人々は恐怖した。
「全惑星が、既にすっかり解体されているな。今は、主に星系外からリングの材料を運び込んでいるようだ。」
艦橋に立つチートス特使が、そう分析してみせる。今はまだリング状と言えるが、いずれ完成すればこの恒星は完全に覆われるのだろう。工程は全体の7/8まで差し掛かっているように見える。バグスがこの作業に何万年を要したかは不明だが、ほぼこの偉業は完成に近づいてるようだった。
「これではノヴァミサイルで吹き飛ばす、標的となる惑星がないのではないでしょうか?」
コリンズ副長に代わり、新たに副長代行に昇格したワイルダー中尉がそう尋ねた。彼女はカース艦長と共に、〈アイネイアース〉より転属した士官の一人である。
転属した頃の彼女は未熟な中尉でしか無く、コリンズ副長による指導は苛烈さを極めたのだが〈エーテルリンク〉で揉まれてだいぶ成長していた。経験も実績も正式な副長になるのには至らないが、他に適当な人物がいない。間をとっての副長代行という形となっていた。
「問題ない。バグスのリングは未完成だ。それなら、あの恒星に直接撃ち込めばいい。それでバグスは終わりだ。」
チートス特使がそう断言する。
「作戦はシンプルだ。ギャラクシー級の各艦に、他の艦船を割り振り戦隊単位で運用する。」
「それで、ノヴァミサイルの発射はどの艦が?」
カース艦長が尋ねると、チートス特使は歯を剥き出し凄みのある笑みを浮かべた。
「高速なプラネット級軽巡洋艦を集めた特任戦隊を構成する。ノヴァミサイル発射と即時離脱を担当させる。元々その為に開発されたのだ、あのプラネット級という艦種は。」
プラネット級軽巡洋艦は、航宙軍随一の快速を誇る。高速艦というのは、艦隊ではとにかく使いにくい。他の艦種と足並みを揃えれば、自慢の足を活かす機会がないのだ。この為、プラネット級は軽視されてスター級重巡洋艦が艦隊の主軸となった。
しかし、だ。回避不可能な距離まで肉薄して、ノヴァミサイルを撃つ。その目的に特化した艦としては合理的である。但し、その作戦に従事する艦の生還の望みは酷く薄いものとなるだろう。ノヴァミサイルの生じさせる爆発と殺到するバグス艦、その全てを回避して星系外に逃げおおせるのは不可能に近い。
「そんな自殺まがいの任務ですと、候補の選定が・・・。」
「大丈夫だ。ノヴァミサイルを任せるに足る志願者は既にいる。これ以上ないほどの格好の候補がな。」
チートス特使が、艦載AIに呼びかける。作戦計画の詳細と共に、特攻艦の候補者が仮装表示された。
「コリンズ中佐・・・!」
『お久しぶりです、カース艦長。』
そこに映し出されたのはかなりやつれたコリンズ中佐である。拘束され艦隊内のどこかに移動させられていた筈だが、今はもうプラネット級軽巡洋艦に移動しているらしい。コリンズ中佐の名前は、プラネット級軽巡洋艦〈イサティス〉の艦長として表示されていた。
「コリンズ中佐、君は本気でこの任務に志願するのか?」
カース艦長は尋ねた。彼は指揮官として、コリンズがやれるか見定めなくてはならない。絶対に失敗できない任務だからこそ、その意思は見定める必要がある。
『はい。私ほどノヴァミサイルに精通している人間は、他におりません。そしてまた、私ほど強い動機を持つ者も他にはいません。』
コリンズ中佐の目には強い光が宿っている。精神を病んで、副長勤務をサボっていた者の態度ではない。
「君は最初から全て納得して、副長業務をせずに準備に専念していたのか。」
「そういう訳ではありませんが、私の名前が公表されてからはそのつもりで支度をしていました。」
チートス特使もそう知っていたのだろう。カース艦長に頷いてみせた。
「ノヴァミサイルを人類の居住惑星に発射した男は、糾弾を免れない。だが、もし人類に許される道があるとしたらそれは何だ?」
チートス特使の発言を、コリンズ艦長が引き取る。
『・・・それは、バグスの母星系を滅ぼした男になる事です。とはいえ、罪は消えません。私は糾弾はされるかもしれませんが、我が家族や子孫が反論する余地は残されるでしょう。』
コリンズ中佐は最初からそう決断していた訳ではない。一度は絶望に沈み、副長業務を放り出した。復活はごく最近の事だ。ナノムや艦載AIがメンタルケアをする世界では簡単には狂えない。何より上級士官の感情は簡単に抑圧されてしまう。
コリンズは狂いたいのに狂えず、冷静にその罪を直視させられる日々を過ごした。そして差し出された名誉回復の機会に飛びついたのだ。コリンズは一度闇の奥底に落とされた。そんな彼からこそ、今回の任務という希望を離すつもりはない。
人類の大量虐殺者というレッテルは、やはり常人には耐え難いのだ。それがたとえ上の指示に従ったというだけの事であっても。ナノムによって脳内で事実を簡単に曲げられない以上、折り合いをつけるのは新たな功績を立てる他ない。
「コリンズ、それで君は死ぬ気か?」
コリンズは吹っ切れた様子で笑った。
『私の戦術シュミレーションの戦績はこう見えて良好です。予定通りなら、生還は可能です。ただ、バクスを殲滅させる為にこの命を捨てる覚悟はあります。』
「そうか、人類に寄与する立派な行いだ。・・・幸運を祈る、コリンズ艦長。」
『カース艦長、貴方のような立派な航宙軍の艦長にお仕え出来て幸福でした。』
カース艦長とコリンズ艦長は互いを称え合った。
「もうこれで終わりではないだろう。作戦の成功後は、秘蔵のボトルを開ける。艦長同士、二人で酒を酌み交わそう。」
『約束しましたよ。』
チートス特使は彼らの会話を満足そうに眺めていた。
「バグスもこちらの到着を知って動き始めるだろう。それでは、作戦パッケージを艦隊の各艦に転送せよ。バグスの母星系の破壊を開始するぞ。」
バグス母星の強襲作戦はシンプルなものであった。艦隊は最大戦速でリングの裂け目に突き進む。バグスの恒星に最接近したところで、コリンズ艦長の分艦隊を派遣してノヴァミサイルを撃ち込むのだ。
バグスは大型艦に引き付けられる。エーテル級はもとより、多数のギャラクシー級を揃えてある。この本隊が囮の役割を果たせると期待されていた。予定されている艦隊運動はごくシンプルである。細かな戦術は、ギャラクシー級が指揮して戦隊単位で執り行う。
主力艦隊の本隊は減速せず、恒星を用いたスイングバイの要領でさらに加速を果たす。人類の耐えられる最大戦速に至るだろう。彼我の速度差は命中率の悪化を生む。敵の規模がどれほど大きくても、生還できる見通しはある。
コリンズ隊は、恒星という巨大な物体にノヴァミサイルを放つ。個々のバグスの艦と異なり、星系内最大の天体である。妨害されなければ、外す心配はない。
ノヴァミサイルは文字通り、命中した天体を爆発させる。恒星に命中した場合は、超新星爆発を引き出す事になる。艦隊が高速を維持するのは、発せられる超新星爆発から逃れる為だ。過去のデータで、超新星爆発までは幾許かの猶予があると分かっている。推定では7割前後の確率で艦隊は問題なくワープポイントに到達できる筈であった。
「何としても、バグスを滅ぼす。」
今の主力艦隊は、その意思で一つにまとまっている。1発の命中弾が出れば、人類のバクス問題は解決に向けて大きく前進する。バグスの戦力がどれほど集結していようとも、作戦成功の見込みは高いのだ。
その星系には地球型惑星はおろか、もうガス惑星も小惑星帯も彗星さえもない。星系内の全てがバグスにより集められ、リングの内部を埋める構成材料となっている。そのリングの恒星に向けられた地表側を観測可能な宙域まで艦隊は侵攻していた。
「地表は、もっと悍ましい姿をしていると予想していたんだかな。」
チートス特使がそう呟いた。カース艦長に話しかけたようである。遠目には、恒星を向いたリング表面は綺麗な風景で覆われている。鬱蒼とした異界のジャングルを想像していた人類には拍子抜けする光景だった。
バグスによって建造された人工物なので整然としてているのも当然なのだろうが、見た目はどこまでも続く大草原のようだ。そこには色とりどりの“花”と呼ぶしかないものが咲き乱れている。
リングの表層は、見る限りは平和でありどこか厳粛で神聖な雰囲気さえ漂わせている。人が死の瞬間に見るという天井の楽園、一面の花畑とどこか似通っているのだ。
「最後の最後で、バグスに人類と似た感性があると見出す事になるとはな。」
人類が死ぬ直前にその脳裏に思い描く天国をこの世に作り出すとしたら、まさにこのような一面の花畑になるのではないだろうか。
「こんな綺麗なもの、私達が破壊していいのでしょうか?」
その光景に魅入られたように、ワイルダー中尉が尋ねる。それは艦隊のどの艦の中でも囁かれている疑問なのだろう。
「無論だ。バグスは好んで人を喰らう。我々には共存の余地はない。』
カース艦長はキッパリとそう答えた。自らの肉体もリングの構成物質に変え、星系内の物質を全てその内容物に変えてリングが目的としている事。それは人を捕食するバグスの生産である。
「この母星系の役割を忘れるな。こここそがバグスの生産基地だ。この宇宙を全てバグスのものとする為の兵士があのリングで量産されている。君が見ているのは、バグスの繁殖工場に他ならない。」
「しかし、リング建造は高度な技術により果たされた成果です。人類がリングを占拠して、有効に活用する道もあるのではないでしょうか?」
ワイルダー中尉は尚もカース艦長に食い下がる。彼女のこういう所が未熟で、かつてのコリンズ副長に強く嗜められたのだ。
「無理だろうな。我々ではあんな規模のリングを維持できんよ。」
カース艦長ではなくチートス特使がそう答える。
「このリングは膨大な数のバグスの貢献によって成立している筈だ。リングを維持する為にバグスを使役出来たとしても、その為に必要な食料をバグスに供給し続ける事さえ我々には不可能だ。元より、あの規模のリングを人類がバクスを相手に占拠するなど夢物語だろう。」
このリングはバグスの食物連鎖により成立している筈である。バグスを抜きにしたリングがどこまで維持できるかは不明だが、バグスが全滅すれば内部構造も死に絶える事を意味する。そして、リングのバグスの殲滅自体は不可能に近い。それをやり遂げた所で、維持する者がいなくなればリングは急速に崩壊するだろう。
「人類の戦力を結集したとはいえ、我々に与えられてる力はこのリングの前にはささやかなものでしかない。だが、奴らをノヴァミサイルの炎で滅ぼすには足りる筈だ。」
接近する人類の艦隊に対して、バグスの反応はまだ見られない。
「この母星系には、バグスの駐留戦力がないのか?」
チートス特使の問いかけに、カース艦長は答える。
「そんな事はないでしょう。恐らくは、最適な介入ポイントを探っているのです。」
リングから離れれば離れるほど、バグスの艦隊が人類艦を仕留め損ねた時の被害が甚大となる。なるべくリングから離れず、かつ被害が及びにくい宙域の作戦をバグスは余儀なくされる。
大艦隊を率いてバグスの母星系に侵攻できた時点で、人類は勝ったも同然である。バグスはけして人類の艦のどれが脅威かを見抜けないだろう。
「バグスから、通信が入っています。」
「無視しろ。こうなっては交渉の意味は、皆無だ。」
チートス特使が切り捨てる。
「しかし、本当に宜しいのですか?」
ワイルダー中尉が食い下がる。
「今さら会話をしても、不快の念に晒されるだけだ。我々の行動は変わらない。人類の交渉を全て撥ねつけたのはバグスだぞ。」
「し、しかし。」
「艦隊にバグスからの通信を受領しないよう、通達を出せ。」
カース艦長は、チートス特使に食い下がるワイルダー中尉の言動を憂えた。揉める前に、横から介入して断固たる口調で命令を下す。ワイルダー中尉はこれを助け舟と理解せず、拒絶と捉えて憮然としていた。
「了解しました。」
カース艦長の命令に、艦載AIであるエーテルリンク少佐が反応する。苛つかせる呼び出し音で鳴り続けた、バグスからの通信はシャットアウトされる。
「バグスは今度は本艦隊へのハッキングを試みているようです。」
艦載AIの報告に、チートス特使が反応する。
「防げるか、エーテルリンク?」
「はい、可能です。」
「ならば作戦遂行に必要な能力を除き、艦隊をバグスからのハッキングをその能力の全てで凌ぎきれ。」
「・・・了解、しました。」
「バグスも必死ですな。」
カース艦長は、思わずチートス特使にそう話しかけていた。チートス特使のバグスとの交渉拒否姿勢を応援する気持ちも含まれている。ここまで来たら、もうやるしかない。人類に、次の機会が訪れることはないかもしれないのだ。
「ああ。やはり、バグスは人類の艦船への直接的なハッキング能力を有しているようだな。持てる力の全てを出して我々を阻止をしたいのだろう。」
仮想表示させるのはバグスの侵食に対する、〈エーテルリンク〉の防衛措置である。バグスの侵入に対して、鉄壁の守りを見せている。エーテル級の演算能力は、このような艦隊へのハッキング被害の軽減の為にも用いられている。
「今の所、作戦情報の漏洩はありません。」
バグスが艦隊からハッキングで入手できているのは、
「その為のエーテル級だ。本当にこの艦があって良かった。カース艦長、君にも礼を言っておこう。
いつになく感傷的なチートス特使に、カース艦長は慌てた。この状況で
「特使、褒め言葉は帰還後に取っておいてください。間も無く接敵します。」
対話が無理と悟ったからだろう。主力艦隊の行方を塞ぐように、BG-X型戦列艦が並べられていた。間を埋めるように配置されたのは、BG-I型巡洋艦である。
「馬鹿め、密集させ過ぎだ。
指示を出すまでもない。艦隊の先頭を走る2つの戦隊が、
続く戦隊が穴を抜ける際に、攻撃してバグス側の被害を拡大させる。〈エーテルリンク〉、そしてそれに続くコリンズ艦長の〈イサティス〉は無傷で最初のバグスの防衛網を突破する。
「楽勝ではないか!」
今日のチートス特使は、いつになく饒舌で浮かれている。カース艦長はそんな上司をそっと嗜め、冷静さを取り戻させようとした。
「まだバグスも第二陣、第三陣が控えています。」
バグスは今も引き続きBG-X型戦列艦で前を塞ぎ、左右をBG-I型巡洋艦で圧迫してくる戦法を取っている。艦隊の中枢にある〈エーテルリンク〉とその直掩は無事だが、人類側の艦隊にも被害が目立ち始めている。敵バグス艦の数が多いのだ。このままでは人類の艦隊は、数で勝るバグスの群れに呑み込まれる。
「間も無く分離のタイミングですが、こう包囲が厚くては。」
人類の艦隊とバグスの艦隊は入り乱れて攻防を続けている。遅れて着陣するバグスの艦隊が多く、人類側も疲弊していた。既に数はバグスの方が多いのだ。それでも健闘しているのは、人類がリングの切れ目という明白な目標に向けて一丸となって突き進んでいるからだ。
人類側が意思統一して前へ前へと突き進んでいるが、包囲するバグスは人類の意図を図りかねている。ノヴァミサイルで恒星を破壊する意図とは、まだ気が付いていない。それはノヴァミサイルがバグスに取って未知の兵器だからだ。ノヴァミサイルの影響を秘匿する為に、人類はバグスに対してこれまでノヴァミサイルを用いずに戦ってきた。母星系を破壊する作戦に備えて、徹底的に温存して来たのだ。
慎重を期して、バグスは人類の戦術目標を見定めようとしている。今の人類はリングの裂け目から、リングの表面に着陸を試みているようにしか見えない。それはたとえば、宙兵隊の降下によるバグスの女王殺害のような戦術とバグスは認識しているだろう。
これまで正面突破が可能だったのは、
「エーテル級のノヴァミサイル発射コンテナを投擲しろ。」
チートス特使が手短に指示を下す。
「しかしそれでは、セカンドプランが機能しなくなりますが?」
カース艦長は思わず問い返していた。
「構わん。既に2本目の矢を打つ猶予はない。コリンズ艦長の〈イサティス〉に全てを託す。バグスを、こちらに引き付ける。」
「了解しました。ノヴァミサイル発射コンテナを投擲せよ。」
カース艦長の指示に艦載AIが反応し、ノヴァミサイル発射コンテナが投擲される。一拍間を置いて、ノヴァミサイルが一斉に発射された。目標は既に設定されている。バクス艦の間をすり抜けて、恒星を狙うルートだ。
バグスはようやく人類の意図に気がついたようだった。ノヴァミサイルの放つ禍々しさを警戒しているようだ。人類がこんなにバグスの深奥に飛び込むのは、それだけ兵器の威力に信頼を寄せているとバグスは認識した。バグスは予備戦力を、全てコンテナから発射されたノヴァミサイルの迎撃に回す。
「全てのノヴァミサイルがバグスにより撃ち落とされました。」
エーテルリンク少佐が冷静な声で現状を報告する。
「だがもう遅い。我らの矢は放たれた。」
これまで戦力を温存したコリンズ艦長の〈イサティス〉が主力艦隊から離脱していた。彼らは潤沢な
人類として初めて、リングの内側を航行するコリンズ艦長は艦載AIに完全なる記録の保管と伝送を指示していた。今ここから眺める光学的な情報だけでも、後世のバグス研究の財産となる筈だ。何故なら、この後すぐにこの光景は超新星爆発によって全てが消し飛ぶ筈なのだから。
最高速度で飛翔するプラネット軽巡洋艦を追尾可能なのは同じプラネット軽巡洋艦だけである。艦隊中のプラネット級が、コリンズ艦長の〈イサティス〉を支援する為に結集していた。だが、プラネット級は装甲に乏しい。体当たりしてでも人類を止めようとするバグス艦の抵抗に足止めされ、どんどんその姿を減らしていた。
「間も無く、ノヴァミサイル発射の予定ポイントです。」
「予定ポイントに到達次第、全弾発射せよ。」
コリンズ艦長の〈イサティス〉は、
コリンズ艦長の〈イサティス〉は、ノヴァミサイル発射の直後にバグスの戦列艦に衝突されて轟沈した。しかしコリンズの遺志は、発射されたノヴァミサイルという形を取り恒星に向けて突き進んでいる。
「離脱だ。成功しても失敗しても、この星系でやる事は終わった。」
チートス特使が速やかなる離脱を指示する。〈エーテルリンク〉を中心に、人類の艦隊はワープポイントに向けて転進した。逃げる人類にバグスが追い縋る。
離脱する人類の艦隊の背後には、分離して恒星に向かったプラネット級の戦隊がいる。彼らはまだ全滅していない。バグスに包囲されながらも、生き延びようと懸命に足掻いていた。
しかし彼らを救う方法は人類にはもうない。バグスの包囲網を抜けさせるだけの力は人類の艦隊には残っていない。もしその力が残されていたとしても、超新星爆発する前にワープポイントに戻る必要がある。戦力的にも時間的にも、味方を救う猶予はないのだ。
「戦隊の指揮を引き継いだ、〈ナインボール〉のポランスキー艦長より通信です。」
「繋いでくれ」
カース艦長の前に、懐かしいポランスキー艦長の顔が表示される。〈ナインボール〉艦内で彼に詰め寄られたのが前世の記憶のようにさえ感じられた。
「我らはここで後衛となり、恒星の破壊を見届けます。我々の記録を、どうか持ち帰ってください。」
「了解した。君達の功績は、人類の歴史に刻まれた。子々孫々まで語り継ぐ事を約束しよう。」
カース艦長とポランスキー艦長は敬礼しあって通信を終えた。もうお互いに助からない、助けられないと知っている。ポランスキー艦長は、こちらが余計な気を回さないようにと連絡をくれたのだ。或いは生還した艦隊が、心無い人の追及を受ける事がないようにとの配慮だろうか。
「間も無く最初の爆発が発生します。」
艦載AIが無情にもそう宣告する。リング近傍のバグスも人類も、最初の爆発さえ助からないだろう。被害を免れうるのは、全力で恒星から遠ざかる主力艦隊だけだった。
「衝撃波が来ます。身体を固定し、耐衝撃姿勢をとってください。」
エーテルリンク少佐がそう言い終わらないうちに、衝撃が〈エーテルリンク〉の船体を揺さぶった。強烈な刺激に、口を開いている者は舌を噛みそうになる。
離脱する人類の艦隊の背後では、リングの表面が爆炎を受けて燃え上がっていた。どれほどリングが広大でも、表層の花畑は瞬時に消し飛んだだろう。それでもリングは最初の爆発に耐えた。リング内部のバグスは、その大半がまだ無傷だろう。
リング近傍の人類の艦隊もバグスの艦隊も、大きな瓦礫の山と化している。爆発に直撃された艦が瓦礫となり、リングの陰にいた艦を襲う。そうやって敵も味方も全ての艦が破壊されたのだ。
「第1波は、先触れに過ぎん。第2波はさらに大きく、何も逃さない。それまでに逃れるよう祈るほかないな。」
「本艦の推進装置に受けた被害は軽微です。予定通り、ワープポイントに到達可能です。」
「よろしい。それでは長射程ワープの最終計算を開始し、艦隊に共有せよ。予定ポイントに到達次第、ワープするのだ。我らはこの星系を去る。」
チートス特使の指示は、エーテルリンク少佐の手で完璧に叶えられる。何隻かのバグス艦は、ワープポイントまで人類艦隊を追尾した。そして共にワープポイントに入ろうとさえする。バクスとて死を回避しようとするのだ。
しかし彼らバグスの演算能力は限られる。とても長距離のワープを実現出来る筈がない。超空間に入っても、それは出口を設定し終えずに永遠に超空間を彷徨い緩慢な死を迎える事を意味している。
即死か、超空間に隔離されての餓死か。逃げたバグスの辿る末路はそれであろう。他のワープポイントなら、バグスでも計算可能な距離のワープが可能な星系もあるだろう。しかしそんなバクス艦はたまたまその近くにいた少数に限られる筈である。
人類の艦隊は続々と超空間に移行した。爆発した恒星の内部物質が爆発してワープポイントにまで降り注いだ時、そこに人類の艦は残されていなかった。主力艦隊は、無事にバグスの母星系を脱出したのだ。甚大なる被害を出してその数を減らしながらも。
バグスの母星系を出した今回は、思いの外SF感が強くなりました。描き切れるか不安でしたが、今の自分なりに描けたと思います。コリンズは最初からこの役回りを想定していたので、自分の中ではどんどん憎めない存在となっていました。
ワイルダー中尉については、アイローラ提督が脱出するシーンで登場を予定していたのですが延期となっていました。あちらで登場させていた方が話の流れは綺麗だったかもしれませんが、これはこれで良かった気もします。
チートス特使は「プラネット級はノヴァミサイルの為に作られた」と語りますが、これは実際に登場時よりノヴァミサイル運用艦をイメージしていました。足が速くないと逃げられないというコンセプトですね。
委員会の面々は同行していますが、ここまでは航宙軍の話なので彼らは登場させていません。きっと彼らはこの後で、再び元首と政争を繰り広げるのでしょう。