【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる)   作:高坂 源五郎

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Ⅳ 対バクス戦争の終結 100話 【内戦篇⑥】 即位

Ⅳ 対バクス戦争の終結 100話 【内戦篇⑥】 即位

 

『主力艦隊がバグスの母星系の破壊に成功した』との知らせが、超光速(FTL) 通信を経て人類銀河帝国中を駆け巡った。元首の下で新たな秩序を得たアサポート星系は、そのニュースを衝撃と共に受け止めた。

 

『バグスの母星系破壊こそ、人類への最大の貢献ではないか。』

 

そのような声が、元首の政府の膝下でも囁かれ出していた。食糧不足が解消していない以上、アサポート星系の不安定は払拭しきれていない。落ち着きを見せつつあった現在の体制も、再び不安定な兆しを見せ始めていた。

 

 

 

 

▫️アサポート星系 元首公邸▫️

 

「まさか、彼らがバグスの母星系の情報を秘匿していたとはね。政治的にはとんだ失態ですよ。」

 

三人の補佐官を前にして、元首は悔しさを滲ませた口調を隠しきれなかった。

 

「まだ我々にはスターファイター計画があります。急がせれば、主力艦隊がアサポート星系に戻るまでには間に合います。」

 

いつになく厳しい表情を示す元首に、補佐官のブルワジットがそう意見具申する。しかし元首は、その意見を即座に切り捨てた。

 

「政治的に劣勢な今の情勢では、武力に頼るのは愚かです。それにスターファイターがどれほど高性能で集めた学生パイロットがどれだけ優秀でも、初運用の兵器で初陣を飾る彼らに全てを託せる筈はないでしょう。」

 

元首が恐れるのは主力艦隊の経験と勢いである。チートスの下でバグス母星系を破壊した主力艦隊は、一体となって苦難を乗り越えた。そのような勢いとまとまりを見せた敵に対抗する上で、経験のない兵士と実績のない兵器を用いるのは限られた勝ち目を更に薄くする行為に他ならない。

 

「頼みのコリント少将は、惑星アレスから未だ戻らない。少将麾下の戦力も、バグスのベータ群にさえ苦戦中だとか?」

 

「どうやら、そのようです。」

 

元首の視線を受けて、人類スターヴェイクを担当するゲインズブール補佐官はそう返答する。

 

「あの艦は、どうやら一度にそれほど多数の艦を処理できないようです。」

 

「なるほど。スターファイター計画は、彼らのその弱点を補う為に用意されていた策という訳ですか。」

 

〈イーリス・コンラート〉はどのような難敵にも勝ちうる。しかしその主砲は単発であるらしい。その厚い外装で、他の兵器も搭載しづらいようだった。だから擦り潰し攻撃のような体当たりを行うのだろう。

 

つまり〈イーリス・コンラート〉は敵艦の数が多ければ、対処に時間がかかる。更に敵に散開されてしまうと、主砲で狙撃するのが主な攻撃の為に単独艦の弱みが出る。宇宙は広大なのだ。バグスが逃げる場所には事欠かない。

 

実際は元首達の想像通りではない。〈イーリス・コンラート〉にはギャラクシー戦艦としての主砲や副砲を搭載する余地は幾らでもあるのだが、航宙軍とは同盟関係にとどまっている中で人類スターヴェイク側もその問題を切り出せないでいるのだ。自然、〈イーリス・コンラート〉の性能を推測している元首の側も、現在の能力が限界と見ていた。

 

「いずれにせよ、今するべきことは主力艦隊への対処です。即時開戦は政治的にも軍事的にも危険極まりない。だから、軍事力の発揮は最後の手段とするべきでしょう。コリント少将の『従う者は処罰せず元の地位で迎え入れて欲しい』との申し入れもある。」

 

「それでは、話し合いの場を持たれると?」

 

ゲインズブール補佐官が元首の意向を確認する。

 

「ええ、議会に対する体裁も必要です。相手の出方を伺いつつ、まずは交渉を持ちかける他ないでしょう。上手くすれば、アイローラ提督やコリント少将があちらの主要な艦長を幾人か引き戻してくれるやもしれません。」

 

元首の判断に、3人の補佐官も同意する。まずはアイローラ提督を通じて、アラン・コリント少将を呼び戻す。そして全戦力を結集して、主力艦隊の帰還に備えなくてはならないだろう。

 

 

 

 

 

▫️惑星アレス 首都アレス▫️

 

リアの近臣と呼ぶべき親しき臣下達だけを招き、俺はリアと共にアレスで即位を果たした。俺は大陸全土を統べる皇帝となり、リアは共同統治者として女帝となる。

 

「アラン様、リア様。臣下一同を代表して、心よりお祝い申し上げます。」

 

式典では、ダルシム将軍が率先してそう挨拶してくれる。

 

「皇帝とは諸王の王。ザイリンク帝国すら成し遂げられなかった大陸統一を、アラン様とクレリア様が成し遂げられました。」

 

ライスター卿の示す態度は普段と変わらないが、心なしか安堵した表情を見せていた。かつて彼が養育したアマドがイリリカの国王位を得た。再びアマドの国王の地位を敬いつつも、直接仕えるクレリアと俺が女帝と皇帝に即位したことに満足を隠せない様子だった。彼としては、これで万事丸く収まったという事なのだろう。

 

「我ら一同、お二人の御子を待ち侘びております。」

 

久しぶりに顔を見せたロベルトが、涙で顔をクシャクシャにしながらそう祝福してくれる。ロベルトも若い妻に新たに子を産ませた筈だが、やはり後継ぎのことが気がかりなのだろう。

 

「「「両陛下の治世が、永遠に続かんことをっ!」」」

 

皇帝即位については、これまで俺が周囲の人々を待たせる形となっていた。産まれてくる子の身分にも影響するようで、皇帝の子として産みたいというクレリアの意向は俺にも伝わっていた。

 

ただ俺が航宙軍士官である以上、人類スターヴェイク帝国の意向に左右される立場でしかない。祖国が予想以上に苦境にあったとは言え、スムーズに元首の内諾を得られたのが今回の即位に繋がっている。

 

この為、人類スターヴェイク帝国内外で大きな抵抗はなかった。むしろ『俺が支配下の国々を焦らし試す為に、意図して即位を遅らせている』と思われている程だった。

 

敗戦したイリリカ王国は、人類スターヴェイク帝国の完全なる支配下にある。藩屏としての役割を担うアマド・ベルティーが、イリリカ王国の王女と結婚しで新国王となっていた。

 

東方の雄だったザイリンク帝国は5カ国相当の規模にその領域を削られた。イリリカ王国を前に支配下の諸国が造反して滅亡寸前だった為だが、今は人類スターヴェイク帝国の事実上の庇護対象として国家再建の途上である。

 

ザイリンク帝国の旧国土の大半は人類スターヴェイク帝国領となる。現在は直接の婚姻関係はないが、俺がクレリアとの間に為す子の妃を出す事を約束しあっている。

 

海洋大国デグリート王国は俺の婚約者であるエヴリンを次期女王とする事を決定した。セシリオは女王ウルズラが我が妻であり、アラム聖国も女王であり女神のルミナスが我が婚約者である。

 

これらの主要国を含め、現在では大陸の全ての国が会盟(アライアンス)に加わる構成国となった。これは法と経済における惑星統一を意味する。惑星アレスの発展の為に、同じ法と価値観を共有する関係だ。

 

この体制の総仕上げとして、今回の俺とリアの即位がある。会盟(アライアンス)により、各国の処遇と発展はすでに約束されている。今後問題となり得るとしたら、各国内の支配体制の問題くらいなのだ。

 

そこで各国の王家をはじめとした支配層は、人類スターヴェイク帝国の傘に入る事で既存の国家支配の構造がそのまま保護される事を望んだ。形式としては各王家が帝室を支える形だが、実態としては王家は全て皇帝に庇護される対象となる。

 

『勝ち馬に乗った上で、皇帝と認める事で自分たちの特権階級としての地位を認められたいという事です。力関係はやや異なりますが、相互承認の一つの形ですな。』

 

大陸の権力構造に詳しいライスター卿は、皇帝就任に伴う各国の思惑をそう分析してくれた。彼は水面下での交渉を俺が不在としている間にも担当してくれていたのだ。

 

大陸の覇者である我々に今更敵対して滅ぼされる愚を冒すより、人類スターヴェイク帝国を統べる俺とリアをより高い地位に祭り上げる方が彼ら王家にも利がある。

 

各王家や貴族家はその特権を保持したままで、面倒事を上位国家である人類スターヴェイク帝国に委ねる形となる。そうすれば、彼らの地位は盤石でもう揺るがない。

 

こちらの思惑としても、イリリカ・ザイリンク,海洋大国のような仮想敵となりうる国々には人類スターヴェイク帝国の支配下で発展してもらう方が都合がいい。

 

会盟(アライアンス)によって、大陸の全ての国が法と価値観を共有している。全ての国が、こちらの方針に沿って共に発展して惑星アレスを開発していく。先に会盟(アライアンス)という形で相互の安全と発展が担保されたからこそ、形式をそれに沿った形に改める事を全構成国が望んだのだ。

 

王という歴史的経緯も権威も有する支配者が法に沿った国内統治を行うのであれば、人類スターヴェイクが彼らの行いを否定することはない。王政が人民の弾圧に傾いた場合は確かに厄介である。個々の悪政を取り除く事は容易ではない。

 

そのような事態に対処する為にも、法の遵守と人も往来の自由を原則としている。その原則を強引にでも守らせる限り、悪政を行う国からは人が離れて衰退していく事になるだろう。それに上から押し付けた一律の政治が最善とは限らない。

 

個々の国家には、それぞれの実情にあった統治を心掛けて貰えば良い。不要な口出しはお互いを疲弊させるだけだろう。上手く回ってさえいれば、どれだけ奇妙に見えてもそれは成功した統治と見做していい。

 

成長と安定が約束される限りは、各国は人類スターヴェイクの下でまとまりを見せるだろう。つまり、全ては人類スターヴェイク帝国が明確な人類繁栄の未来図を描いているからこそ実現したのだ。

 

全てが人類を超えた叡智である宰相イーリスの手腕に委ねられている。他の人類惑星の技術と経済の発展経緯という膨大なデータにアクセス可能なイーリスであれば、過不足なく適切な成長速度を維持する事は容易い。

 

「そなた達の忠義で、アランと私はこの日を迎えることが出来た。今日は我らの即位の日だが、むしろ皆の忠義に報いる日としたい。今日は、存分に過ごしてくれ。」

 

クレリアの挨拶で、この場に呼ばれた者を参列者とした宴が始まる。式典の場にはセリーナやシャロン、エルナやアリスタそしてウルズラなどの姿はない。彼女達は既にそれぞれの国の女王としての地位を得ている。

 

この為に大陸各地に散った守護星(サテライト)のメンバーが中心であり、ライスター卿父子やベルタ三将など旧ベルタ王国の者も多い。

 

リア以外の妻を欠いてやや残念な気もする。しかし、本日の主役はリアなのだ。女王という地位を得ている彼女達も、全てクレリアという女帝の下につく存在である事を示す為にも必要な措置だった。エヴリンやタラ、それにギルベルタなど今は侍女とされる存在も奥に控えている。

 

「アレスでの宴が全て終わったら、それぞれの女王の元にも顔を出して。」

 

共同統治者としての表情を見せて、リアが俺にそう助言する。

 

「リアはそれでいいのかい?」

 

「新皇帝がすぐに訪れたと知れば、彼女達の国の者も安心するでしょう。そうでなければ、立場が悪くなる可能性もある。彼女達も我が臣下。序列をハッキリさせる為にも、必要な事だわ。」

 

そう言いながらもリアの腕が、俺の腕を掴んでいるのは離れ難い思いもあるからだろう。

 

「アラン達の船に移ったら、例の提案を受け入れましょう。あまり嫉妬はしないようにと思っていたけれど、アランと長く離れているのは嫌だもの。」

 

 

 

 

▫️ドラヴィダ星系 〈イーリス・コンラート〉艦橋▫️

 

〈イーリス・コンラート〉は、ベータ群と呼称されるバグス集団を追ってドラヴィダ星系に転移していた。

 

『ご来援を歓迎します。お陰で望外の戦果を稼げました。これほどの戦果を挙げるのは、サテライト級としては実に稀有な事です。こちらが手柄を奪う形となり、本当に申し訳ない。』

 

セリーナの通信相手は、先発していたサテライト級駆逐艦〈エペイオス〉のサリダ艦長だ。彼女は、『申し訳ない』と発言した割には満足そうにしていた。初老の彼女は経験豊富な筈である。そんな彼女が経験にないというのだから、実際サテライト級としては稀な戦果ではあるのだろう。

 

〈イーリス・コンラート〉と〈エペイオス〉が行ったのは一種の追い込み漁である。先行していた〈エペイオス〉の潜む宙域に、〈イーリス・コンラート〉がバグスのベータ群を追い立てたのだ。

 

バグスの進路に光子魚雷(フォトンビート)をばら撒いた結果として、〈エペイオス〉は大量のBG-I型巡洋艦を仕留めていた。しかしその攻撃を逃れたベータ群は、散会して複数のワープポイントから逃亡しようとしていた。こうなると、〈イーリス・コンラート〉の主砲がいかに強大でもバグスが離脱する前に倒せる数に限りが出る。

 

「これまでバグスを監視されていた〈エペイオス〉に対する正当な評価です。追撃がひと段落するまで、貴艦の収容が遅れるのはご了承ください。」

 

『承知しました。貴艦への収納に備えてこちらも待機します。』

 

セリーナは同盟相手との通信を切ると、モニターで戦況を確認した。バグスのベータ群は完全に崩れていた。現在は散開してワープポイント目掛けて突き進んでいる。バグスも〈イーリス・コンラート〉相手にそれが最適な行動だと学んだようだった。

 

ここで今スターファイターで追い討ちをかければ、殲滅も可能だろう。しかし今の選択肢に、スターファイターという手札はない。バグスに対処戦術を確立したと錯覚させたようだった。次回以降の作戦で回収する伏線として機能するならそれも悪くない話である。後は、現状に即した次善の策を取ればいい。

 

「砲撃は休まず続けて、ここでBG-X型戦列艦だけでも全滅させましょう。」

 

「「了解」」

 

イーリスとセリーナの応答を背に、セリーナは考え込んだ。主砲は一撃で、副砲も集約すればBG-X型戦列艦は沈められる。恐らくは、バグスの撤退前にBG-X型戦列艦の排除は間に合う。そうすれば、ベータ群の脅威度は一気に下がる。このまま分裂して各地に散らばるのなら、他の星系の駐留艦隊でも対処できるかもしれない。

 

遂に最後のBG-X型戦列艦が破壊された。後は、BG-I型巡洋艦をどこまで減らすかの勝負となる。戦況に集中するセリーナの背中に向けて、ルート中尉が声を発した。

 

「アイローラ提督より、最優先通達です。」

 

「そう、読み上げて。」

 

「『十人委員会派の航宙軍主力艦隊が、バグス母星系を破壊。以後の対応協議の為、コリント少将には至急アサポート星系へ出頭を求む』です。」

 

「・・・信じられない。バグスとの戦争は、これでもう終わったというの?」

 

主砲の操作を止めて、驚きの声を発するシャロン。じっと考え込んでいたセリーナは、艦長代行として決断した。

 

「情勢は予断を許さないようです。可及的速やかにアラン・コリント司令に復帰してもらいましょう。カーヤ中尉、〈エペイオス〉に連絡を。予定を前倒しして、収容を急いで実施すると連絡を。僚艦の収容を終え次第、惑星アデルに帰還します。」

 

 

 

 

 

▫️惑星アレス ノール王国▫️

 

三日間の宴を終えた俺がギルベルタを従えて向かったのは、エルナの元だった。序列としてはクレリアに次ぐのは、エルナとセリーナとシャロンの3名だろう。それぞれザイリンク帝国より得た王国の女王に即位している。

 

新たに女王となった彼女達は、今となってはセシリオの女王として即位したウルズラともその位置は比肩し得る。子孫にその地位を継がせられるという意味では、ウルズラより上だろうか。

 

「ようこそお越し下さいました、皇帝陛下。」

 

彼女の家名を冠した新たな王国で臣下を並べて俺を出迎えてくれたエルナは、すっかり女王然とした装束を身に纏っていた。謹厳な女騎士姿が記憶に残るだけに、俺はエルナの変貌ぶりに狼狽える。

 

「なんというか、・・・エルナは綺麗だ。」

 

「まぁ陛下。陛下のご寵愛には感情致しますが、まだ皆の目もございますから。」

 

俺は、用意された王座に座り新たなエルナの臣下となった者達の挨拶を受ける。エルナの地位の高さや俺との関係性の深さに、彼らは大いに気を良くしているようだった。

 

冒険者として同じパーティーメンバーでもあったから当然のことなのだが、当事者にとっては当然の関係性も目にしなければ中々伝わらないらしい。逆に両者が一緒にいるところを見れば、関係性は見て瞬時に伝わるものでもあるのだろう。今回もリアの采配は、やはり的を射ていたようだった。

 

(私がクレリア様に継ぐ待遇を示された事に、皆満足しているのです。)

 

共に隣り合った玉座に座り、エルナが前を向いてにこやかな表情を保ったままで俺にそう小声で囁きかける。

 

(クレリア様とアランの私への寵愛が深いと、これで皆分かったようですから。)

 

エルナの臣下の筆頭は、ずっと副官を務めていたオデットとなる。彼女だけは人類スターヴェイク帝国の臣下としての籍も持つ。クレリアの先祖代々の家臣というわけでは無いから、エルナにとっては頼もしい相棒だろう。軍の編成に明るいオデットの下で、王国軍の編成も進んでいるとの話だった。

 

俺にとって宴席での顔見知りは、エルナやオデットしかいない。エルナは家臣達の対応で忙しい。それでオデットと軍の編成について話し込んでいると、エルナが強引に割り込んできた。

 

「皆の者、妾と皇帝陛下は今夜は忙しい。名残惜しいが、そろそろ散会としましょう。」

 

それは俺やオデットのような身内には露骨なクレリアの真似であるが、この国の者達には真面目な女王然として見えるのだろう。オデットと俺は吹き出さないように下を向いて、エルナの堂に行った話しぶりを耐えていた。貴婦人達を中心に忍びやかな笑いが起きているのは、女王が皇帝と臥所を共にする、子種を授かると高らかに宣言したからだろう。

 

「さ、これで誰も邪魔をしないでしょう。女王に子を授からなかったら大変ですから。」

 

笑顔のエルナが俺に駆け寄ってくる。

 

「ではオデット、また。」

 

「はい、陛下。エルナ女王も今夜はお楽しみですね。」

 

「何を言うのです、オデット。すぐに貴方の番が来ますよ。」

 

エルナに支えられるようにして、俺は用意された寝室に向かった。

 

「オデットは、最近失恋をしまして。」

 

「そうなのか? 俺の知っている相手だろうか。」

 

「ええ、相手はカトルです。」

 

エルナは西方部屋の備えとしてコリントスに勤務した時期がある。コリントスには、都市化と西方での物流な基礎を構成する為にカトルを派遣していた。仕事を共にする機会もあり、エルナ曰くカトルとオデットは相思相愛の間柄となったようなのだが。

 

「それぞれ、任地が変わってしまったでしょう。それで上手くいかなくなっているようで。カトルも、アランと同じで女の影がちらついているようですから。」

 

俺の印象ではカトルはまだまだ遊びたいように見える。しかし、貴族の多婚が奨励されるこの世界では特にこの結婚に支障はないだろう。

 

オデットはエルナの部下だが、旗揚げ直後から仲間入りしている。直臣としては古い部類で能力も人柄も問題はない。

 

「当人達の気持ち次第だが、リアと相談してみよう。」

 

「頼みましたよ。両陛下直々のお申し付けなら、カトルもオデットも逃れられないはずですから。」

 

ワインの酔いもあってか、エルナがニヤリと笑う。

 

「おいおい、結婚は周囲がそうやって迫るものじゃない。あくまでも二人がその気なら、だ。」

 

「さっ、着きました。」

 

中に放り込まれるような形で、俺はエルナに寝室に連れ込まれた。

 

「先ほどは、アランも綺麗になった私の姿に驚いたようですね?」

 

エルナが衣服の裾を持ち上げて、長い脚を露わにして俺に見せつけるようにする。

 

「どうでしょうか。アランは興奮しましたか?」

 

武人らしいスポーティーなエルナも好ましいが、それは貴族の令嬢として育てられ気品を兼ね備えていてこそだ。近衛でもエルナの立ち姿は美しいいだけでなく、その品格で群を抜いていた。艶やかに装われると、またエルナの新たな魅力に気付かされるのだ。男としてそんなエルナを好きにできるのはいい。

 

「ああ、興奮するさ。」

 

そう言って俺がエルナを抱き寄せて、その唇にキスをすると途端にエルナは困り顔になった。

 

「アランはこちらに興味なさそうなそぶりをする癖に、偶にこうして肉食になるから戸惑います。」

 

「それだけ、今のエルナが綺麗なんだよ。」

 

エルナは俺の腕の中で嬉しそうに身をくねらせた。2人の体は衣服で隔てられているが、もうくっつきあって離れ難い。

 

「褒められ慣れていないから、もっと褒めてください。」

 

俺は重ねてエルナの美しを讃える。

 

「今日のエルナは、宴の場の誰よりも輝いて見えたよ。」

 

「あの話どの独身の貴婦人であれ、アランが声をかければ断らないでしょうに。本当に、今夜お相手するのが私でいいのですか?」

 

「当たり前だ。夫婦じゃないか。」

 

「これで言質は取りました。しっかり子を授かったと確信するまで、もう離しませんよ。」

 

そう言ってエルナは舌なめずりをする。

 

「心配しなくていい。リアを俺の祖国に連れて行く約束をしている。エルナ、君も同行するだろう?」

 

俺がリアだけでなくエルナも祖国に連れて行く気だと分かって、エルナはホッとしたような泣き出しそうな、なんとも言えない嬉しそうな表情を見せた。

 

「もう。やはりアランもリア様も、私が居なくては駄目なようですね?」

 

 

 

 

 

俺がセシリオに向けて出発したのは、その翌日だった。

 

「私が同行するのなら、こちらも支度があります。今回はすぐに解放して差し上げましょう。」

 

エルナはそう言って昼には俺を解放した。それなりに満足したのも理由なのだろうが、彼女なりに俺を助ける意図もあるのだろう。

 

「私も、少し休みたいですし。」

 

エルナが寝不足をアピールする。

 

「エルナは声が大きいんじゃないか。少し慎みを持つ方が。」

 

俺の言葉に、エルナがサッと頬を赤らめた。

 

「主君は臣下の前では我慢を示さないものなのです。それに臣下に皇帝との仲を見せつけるのは政治の基本ですから。」

 

 

 

 

 

▫️惑星アレス 首都アレス▫️

 

鉄道でアレスに移動したルミナスの元には臣下が続々と集っていた。皆が一騎当千の強者である。セシリオから到着したルージ王子とロベルタを笑顔で自室に迎え入れたルミナスだったが、次に現れたヴァルターとカレイド卿夫婦の姿にその笑みが強張った。

 

「あの毛むくじゃら、彼は一体どなたかしら?」

 

ルミナスが、侍女の装束を纏ったマシラに尋ねる。コンスタンスを女王代理として残したルミナスには侍女役がいない。ルミナスには侍女のいない生活は考えられない。見た目で、マシラを侍女に任命したのだ。

 

「カレイド卿の夫のヴァルター将軍です。クレリア女帝の近臣です。」

 

「あら、それはまずいわね。」

 

ルミナスとしては、今回の遠征には本気も本気である。万全の体制で臨みたい。そこに気心の知れない粗野な武人が混ざるのは避けたい。クレリアの側近なら尚更マズイだろう。

 

「それじゃあ、彼には外れてもらいましょうか。なんだか、場を乱しそうな人種に見えるもの。」

 

ルミナスの物言いは偏見でしかないのだが、マシラも頷いた。マシラから見ても、ヴァルターはこの洗練された貴人たちの一行には相応しくない。自分の他にロベルタもクリスティーナもいる。戦力は足りているのである。

 

「我が夫は、同行させて問題ないでしょうか?」

 

それでも堂々とマシラが尋ねたのは、ルミナスの思惑は問わねば分からないからだ。そして自慢する意図もある。マシラにとってアダーは自慢の夫である。間違いなく、ヴァルターやルージ王子よりは上だと自負していた。ルミナスからお褒めの言葉がもらえるなら、この機会にぜひ聞いておきたい。

 

「ええ。問題ないわ。彼はシュッとしたハンサムだし、そつがないでしょう。どこにでもすぐ馴染みそう。責任感と安心感が滲み出ているわ。」

 

ルミナスの言葉にマシラは大いに頷いた。流石、女神様(ルミナスさま)は全てを的確に把握しておられる。

 

「それに、今回は隙を見せる役回りはルージ王子に固定したいのよ。」

 

ルージ王子は肥満体の見た目に反して頭が切れるし、自分を利用しようと近づく者のあしらいは慣れている。

 

生粋の王族として生まれた彼は、陰謀の世界に慣れきっているのだ。自己の立場を利用しようと悪意を秘めて近づく相手を識別するのは、得意中の得意と言っていい。ルミナスと同等の水準を誇る逸材は、アランの臣下の中でも彼しかいないだろう。そんな言わば玄人であるルージを、『無能なパーティ好きの王族』としてこちらの隙に見せるのが今回の作戦の肝なのだ。

 

王族が邪な意図を持つ者を見抜くセンサーとは、巨乳の主が自分の胸を盗み見る男の視線を気がつくのと同質のものだ。或いは、禿頭を見る他者の視線に敏感な男のそれである。そんなルージという切り札の横に、筋肉馬鹿のヴァルターという本物の弱点を晒しては全てが台無しである。

 

武官一筋できたヴァルターに、腹芸は無理だろう。しかも今回は、カレイド卿には女スパイ(マタハリ)役を任せる事になりそうである。色気担当のカレイド卿が間抜け顔のコブ付きでは、些か具合が悪いのだ。

 

ツカツカとルミナスは、ヴァルターに歩み寄った。そして冷酷に告げる。息の根を止める時は、ズバッとやるのコツである。そしてルミナスは皇女の中の皇女である。この類の指示には手慣れていた。

 

「貴方、呼んだのは手違いなの。ここで帰ってくださらない?」

 

ヴァルターは口をパクパクと開けて何か発言しようとするも、言葉が出なかった。今回は、ルミナスの臣下達を招いた旅行と聞いてきたのだ。彼としてはすっかり新妻とのハネムーン気分だったのである。

 

「そういう事だから、ヴァルター。」

 

妻であるカレイド卿にとって、ルミナスの指示は絶対である。そしてルミナスの指示が絶対という事も、ヴァルターは散々聞かされていた。

 

「そんな、俺はてっきり。」

 

「埋め合わせはするから、ね?」

 

カレイド卿の長い腕がヴァルターに伸ばされ、彼の顔を優しく包み込む。カレイド卿の放つフェロモンが、他の全てを忘れさせる。ヴァルターには愛する妻がいる。幾多のライバルを蹴落として、ヴァルターが夫としての地位を得たのはそれが真実の愛だったからではなかったか。

 

「わかったよ、お前。」

 

なんとかなった事を見定めると、マシラを従えたルミナスはその場を後にした。〈イーリス・コンラート〉が迎えに来れば、人類銀河帝国に長期滞在する事となる。それまでに、自分と臣下達には万全の用意を整えなくてはならなかった。




今回は駆け足かつ規模の小さい話となりました。
蛇足となりそうな展開を書いては消すの繰り返しで難航したのですが、
元首たちを出すと話がなんとかまとまったので不思議なものです。

ヴァルターの処遇は最初からこのように「呼ばれたら要らない存在扱いされる」でした。
少し可愛そうな気もしますが物見遊山ではなく、ルミナスも真剣勝負なので仕方がないのです。多分。
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