【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 101話 【内戦篇⑦】 力による対話
▫️惑星アレス上空▫️
ウルズラは些か困惑していた。アランがセシリオ滞在の予定を切り上げて『
それにクレリアや
クレリアがアランの子を授かった今、ウルズラも後に続かねばならない状況である。若さを理由に後回しにする事など、許されない。彼女の授かる予定の女児の運命は、ルージ王子の子との婚姻が決まっている。また『男児を産んでいけない』という定めもない。つまり、彼女がアランの子を産みさえすれば何れかの王国を得るのも夢ではないのだ。
そんな事を考えながらアランの差し向けた
「姫様、我らはどこに連れて行かれるのですか」
「まさか、このまま天国に召されるのでは。」
随行した臣下達が些か取り乱す。例によって女王であるウルズラを姫様扱いしても、ウルズラは咎めなかった。
「皆、落ち着け。アランが我らを危険に晒す筈がない。それにクレリアや
他の妻の名を出すのは癪だが、この場合は仕方がないだろう。しかし、あまり臣下達を落ち着かせる効果は無かった。ウルズラの話など、聞いてはいやしないのだ。
「私、まだ死にたくありません。」
侍女達は互いに抱き合って悲鳴をあげている。ロベルタや男衆を欠くと、ウルズラの臣下はいささか頼りない集団であった。
「安心せよ。アランは確かに
セシリオの有力貴族から集められた新参の侍女の中には、ウルズラの女王としての地位に些か疑いの目を向ける者もいた。そういった者たちは、皇帝となったアランとウルズラが夫婦だと知ってはいても信じきれないらしい。
ウルズラはアランが権力を握る為の傀儡の女王であり、アランとウルズラは冷めた夫婦関係だと見做されていた。それはあり得る話しである。ただアランは違うのだ。アランによりウルズラは妻の輪の中に入っている。だから、今回アランが訪れてウルズラとの蜜月ぶりを披露する事でようやく新参の臣下にもウルズラの得た地位の高さが伝わった所だった。
「ほら、見よ。もう、何事もなく到着したではないか。」
口ではそう強がって見せても、最終的には、窓の外のの景色に空と海と大地が戻ってウルズラ自身もホッとしていた。ウルズラのようなアランの妻の為には、専用の館も用意されていると聞く。
実際にその館が見えてきて、ようやくウルズラの侍女達も得心した。その様子を見て、ウルズラは『それみてみい』と優越感に浸った。
そもそも、アランが妻達を危険に晒すはずがないのだと。戦地に同行させるにしても、配下に厳重に守らせるだろう。クレリアや
「どうだ、これなら何も支障ないであろう?」
「はい。姫様に相応しい立派なお屋敷ですね。」
訪れた先は避暑地といった趣である。元は迎賓館だけ用意された場所だが、新たに幾つかの屋敷が移築されていた。これなら、アランと子を為す
▫️アサポート星系 惑星アデル▫️
雨が降っているのに、宙港は活気に満ちていた。〈イーリス・コンラート〉が運び込んだ大量の食料品が、宙港の一角にうず高く積み上げられているのだ。
「これで、惑星アデルも一息つけましたね」
ゲインズブール補佐官は、同僚のブルワジットにそう話しかけた。食料供給は現政権の泣きどころと言うべき弱点だった。
「ええ。大都市圏への配送は全て手配済みです。今夜中には配送を終えますので、明日の朝までに都市圏の飢えが全て解消されることになるでしょうね。」
雨の中、部下の差し出す傘の下で作業を監督しているブルワジットがそう返す。〈イーリス・コンラート〉が通告してきた予定数量は、この惑星を慢性的な飢餓から救うには十分な量だった。食料供給さえどうにかなれば、今の政権は延命できる。この量を得られるなら、待たされた甲斐があったというものである。とはいえ、コリント少将の不在はたかだが1週間程度に過ぎない。もし最寄りの星系から食料を輸入しても、今回以上の時間を要しただろう。
「まさか、貴方も部下と共に徹夜するのですか?」
「ええ、だって議会の支持率を上げる好機です。徹夜くらいしてみせる価値はあるでしょう?」
ブルワジットはスターファイター計画の担当だが、臨時で食料供給の担当も行う事になっていた。功績を得る重要任務と見て、自ら担当を買って出たのだ。
惑星アデルに帰還してすぐにサイボーグ宙兵を率いるニコラス少佐と挙式した彼女は、以前の派手な髪色や服装とは異なりすっかり落ち着きを見せていた。コリント少将を籠絡する役目も辞退した今の彼女は、元首陣営内の足場固めに注力しているのだ。伴侶となったニコラス少佐が元々は敵陣営に与していたからである。なりふり構わ余裕はなかった。今回のように簡単に功績を上げられる機会を、逃す気はない。
「ところで、外交使節も食料と共に到着した様ですね。」
ブルワジットが問い返す。外交使節を迎えに出たゲインズブールもまた、部下にささせた傘の下にいた。彼らは話しやすい様に、わざと隣り合っている。これなら、雨の効果もあって盗聴の心配はまずない。
航宙軍士官のようにナノムを体内に注入すれば秘密の話には苦労しない。だが、どのような形であれ通信を用いれば会話が記録されるリスクが生じる。そしてナノムには上位権限が設定されている。そうである以上、ナノム使用者は最悪の証人になり得る。バグスを相手にする軍人ならまず問題はないが、政治家には不向きな装備なのだ。政権交代した際に、彼等の秘密が全て暴露されるようでは差し障りがある。この為、政府の秘密を預かる者の間ではナノム使用は見送られていた。
「ええ。使節の名はルミナスだそうです。コリント少将の妻、いや確か婚約者の一人だそうですよ。」
ゲインズブールは通信で知らされた人類スターヴェイク帝国の使節の名前を告げた。ルミナスと呼ばれるその女性は、例によってコリント少将が惑星アレスで得た妻の一人なのだという。
コリント少将は妻の数が多過ぎるので、外交使節でなければゲインズブールもわざわざその名前を記憶しようとはしなかっただろう。ルミナスというその名前は、昔話や伝承にもあるようなごくありふれた名前だ。コリント少将の妻であれば惑星内の影響力については申し分ないのだろうが、覚えやすいが忘れそうな名前としかゲインズブールには感じられなかった。
だが、『コリント少将の代理人にはこちらに有利な条件を呑ませ、コリント少将に承認させる』という元首の思惑に最適な標的ではある。今回の食料やスターファイターの建設費、そして救助された難民など惑星アレスに対する負債が積み上がっている。これからの外交交渉で解決すべき議題なのだ。話の持っていき方では、それらを全てタダで済ませる様な展開も可能かもしれない。だから、物事をアデル政府の利になる形で決着させる。その為に、わざわざ雨の中をゲインズブールは使節の出迎えに出たのだ。
「スターファイター計画では、彼らは誠実にやってくれています。あの計画が落ち着くまでは、余り無理な要求をし過ぎないようにしてくださいね。」
ブルワジットが、やんわりとゲインズブールに釘を刺す。『こちらのスターファイター計画に影響が出たら困ります』と。ブルワジットからすると、ゲインズブールは些か性格が悪い。
〈イーリス・コンラート〉への補給を渋って見せたりと、全般的に他者への協調性が低いのだ。彼が出世するには有利な資質ではあるのだろうが、共感性を重視するブルワジットとは真逆のタイプである。
「大丈夫、いつも通りですよ。貴方が良い補佐官で、私が悪い補佐官。どこかで役割を交換しましょう。そうすれば、何もかも全てがこちらの思い通りに動くでしょう。」
予告された時刻に、その
航宙軍において
だが、その機体は要人を運ぶに相応しい優美さを兼ね備えていた。形状は一眼で
まず、機体の大半が薄紅色に塗られている。それは限りなくピンクに近しい桃色と赤みの強い2色のグラデーションで表現されていた。塗装加工する前提として、機体全体に特殊な表面処理が行われている。そうする事で、質感からして他の
このような手の込んだ品は、単に予算を積み上げるだけでは実現できないだろう。デザイナー何その感性の命ずるままに作り上げた姿をそのまま写し取ったかのような、正に工芸品と呼ぶべき機体である。
きちんとしたデザイナーと高性能なAIによって、時間をかけて検討された成果物である事は間違いなかった。二人の元首補佐官は暫し呆気に取られた。彼らには、航宙軍の備品である
「・・・なんて、贅沢な」
それでも羨ましそうな感想を漏らすブルワジットの声に、手厳しいゲインズブールの声がかぶさる。
「あれこそ、予算の無駄遣いだと評するべきでしょう」
地表に接近してくると、淡く偏光しているシールドが見えた。要人が使うのに十分な防御性能を発揮する為に、予算が無尽蔵に投じられているのだろう。ゲインズブールが『無駄遣い』と評したのは的確な批評だったかもしれない。
この
「惑星一つとはいえ皇帝になったのですから、可愛い妻の為にはやりたい放題なんでしょうね。」
ブルワジットが漏らす感想には、隠しきれない羨望の響きが混じっている。古代や中世はいざ知らず、現代社会において惑星の富を全て我が物とする独裁者が誇る贅沢とはどの様なものなのだろうか。夫に愛される新妻だからこそ、そこには敏感になる。
「それだけ、彼らからは余力の全てを巻き上げる甲斐があるというのものです。富を蓄えていたのでしょうから、カジノ流の勝負を挑むのも良いかもしれませんね。」
ゲインズブールが欲望をのぞかせる。最新のテクノロジーを駆使すれば、賭け事で負けはない。彼らは夜の賭博勝負の大勝ちで、昼の交渉の劣勢を覆すという行為も頻繁に行なっていた。その為の設備も多数用意してある。
「いきましょう。補佐官が2人揃って出迎えたら、外交使節も満足するに違いないわ。」
音もなく静かに着地した
「では、そうしますか。」
ゲインズブールとブルワジットは雨の中を連れ立って、外交使節一行を出迎えに着地した
これからの役目に不安を覚える今のルミナスは、アラム聖国でさえ恋しく感じる心境だった。今なら、あの好ましくないスカリでさえ一口くらいは美味しく食べられそうな気さえする。
『今回の任務は、華奢な私には不釣り合いだわ。』ルミナスの中の未成熟で少女な部分がずっとそう主張していた。心の中でチクチクと針を突き立てているかのようだ。『誰かに任せてしまいましょう』『私は安全な所で成果を待ちましょう』『そうするのが、弱い私にはお似合いなのではなくて?』
ルミナスは改めて同行した臣下達の顔ぶれを見渡す。ルミナスを見つめ返す臣下は、皆やる気に溢れている。だがルミナス自身で挑まなければ、サイヤン帝国をめぐる陰謀の真奥に辿り着けないだろう。そんな確信がルミナスにはある。
どんな優秀な者でも、鍵を持っていなければ閉ざされた扉の先には進めない。そしてルミナスの抱くこの復讐心という複雑な感情こそ、事態究明の鍵と言えるだろう。
この猛烈な復讐心を欠いていては、謎の前まで辿り着いても妥協させられるか誤魔化されてしまうのではないだろうか。そしてそれは、本人がそうだと自覚しない内に完了する。秘密とは、それが大掛かりで堂々と存在しているほど見抜けなくなるものなのなのだ。
だが、ルミナスだけは世界の過去を知っている。旧世界からの変化の幅を見極められる。そして妥協を許さない復讐心に支配されてもいる。復讐心が、絶対に諦める事も見落とす事も許さない。だから目の前のこの新世界のどこに欺瞞があるか、ルミナスならば突き止められる。
これはルミナスだけがサイヤン帝国の亡霊の姿を見聞きし、その導きに従っている様なものだ。覆い隠された真実とは、実に厄介な代物だ。全てが陽の光の下に暴き出されるまで、自らの存在をを聴こえる者に対してただひたすらに訴え続ける。だから、『自分だけはその真実に到達できる』という確信がルミナスにはあった。
ルミナスは、これまでほぼ全ての事は人任せにしてきた。クレリアやコンスタンスの祖先である最初の結婚相手も、周囲に薦められるままに土地の有力者を選んだ結果である。そして自分に子を授かっても、その養育も周囲に任せた。ルミナスは何事も人任せにできる性質である。皇女としてそう育てられ、そうなるように周囲に仕向けられてもいる。
だが今回だけは違う。文字通り、サイヤン帝国臣民の生きた証が彼女に掛かっている。ルミナスにとって丸で人に任せられず、これだけ重要で失敗が許されない責務は初めてだった。
「大丈夫です。ルミナス様にはいつも通り振る舞われれば、こちらの目的は彼らには覆い隠せます。」
柄にもなく気後れしているルミナスの様子を察したのだろう、背後からマシラがそう囁く。そうだった。ルミナスが最も得意な事は、その本心を誰にも悟らせない事である。それは陰謀渦巻く宮廷で育った王侯貴族の嗜みである。配偶者として添い遂げる予定のアランでさえ、彼女の本心を完全には掴んでいないだろう。
「そうね。それでは、手早く済ませてしまいましょうか。」
逡巡していたルミナスが決意を固めた。ルミナスが逡巡していたのは、時間にしてはほんの数十秒のことだった。ルミナスの決意を受けて、フランツイシュカが指示を出す。その指示に呼応して、
職員の手で機体の脇に仮設の天井が設置されたのを確認し終えたからだろうか。高貴さを感じさせる衣装に身を包んだその女性が姿を現すと、激しい雨の中なのに花のような強い芳香がした。ゲインズブール補佐官は、その衝撃でよろめいた。もし自分で傘をさしていたら、きっと手から傘を取り落としていただろう。
「皆様、お出迎えをありがとう。」
花の様な笑みを浮かべて、ルミナスは笑った。ルミナスは普段は笑わない。せいぜい微笑むのが彼女の最上級の感情表現である。笑うとは媚びである。君主とは、けして臣下に媚びないものなのだ。敢えて言えばルミナスは笑うのではなく己の境遇を嗤った。曇りなき笑顔に見える今のルミナスのこの表情は、復讐心を覆い隠すために存在している。ルミナスがけしてこの様に笑わない事を知悉する臣下達から見れば、その様子は魔物が獲物を襲いかかる様な仕草だった。
「私が貴国を担当するゲインズブール補佐官です。ご来訪を歓迎します。」
進み出たゲインズブールが挨拶して手を差し出す。握手する為だったが、ルミナスはその手に自らの手を預けた。逡巡したゲインズブールが、促されるままにルミナスの手を取り口付けして古風なしきたり通りの挨拶をする。ホロフィルムでしか見た事のない古い作法の記憶だったが、ルミナスは拙い仕草の挨拶を外交儀礼に従って黙って受け入れた。
「まず最初に、訪れたいところがあるのだけれど。」
カレイド卿が湧き上がらせるフェロモンが、今もルミナスを通じてゲインズブールに注がれている。同性であるブルワジットもルミナスの色香に顔を赤らめた程の濃度のフェロモンは、ルミナスの素肌に触れてしまったゲインズブールの関心を一挙にルミナスへと引き寄せる。
ゲインズブールは、今はもうルミナスから目を逸らせなくされている。この場合の男の視線は、賞賛でもある。実際、女神と称えられるルミナスの顔は美しい。些か風変わりな今日の髪型でさえ、異国風の情緒を醸し出していた。
「まずは、皆様でお車に。その後でこの星のどこへなりとご希望の場所にお連れしましょう。」
ゲインズブールの発した『この星のどこへなりと』は、本来は修辞でしかないセリフだった。しかし、ルミナスは素早く空中に漂うその言葉をバシッと捕まえてみせた。
「それでは政府銀行へ。国の代表として、まずは銀行を訪れる必要があるのです。」
ルミナスの指示で、背後に控えていた随行員のロベルタが金属製のトランクを抱えて前に出る。ロベルタがトランクを開けて見せると、宙港の照明を反射して金属の鈍く淡い反射光が溢れる。トランクの中身は金の延べ棒である。ゲインズブールの関心が、この時だけはルミナスから金に惹きつけられる。カレイド卿は金塊の放つ効果が最大となるように、この時だけはフェロモンの放出を絞っていた。
「・・・・これは、見事ですね。」
アデル政府の使用する金の延べ棒は1つあたりは12.5Kgである。8本なら丁度100Kg 、16本なら200Kgにもなる。きっと、コリント少将の指示なのだろう。用意された全ての金塊は規定のサイズに見える。そしてスーツケースを持つ侍女は、片手で軽々とそれを支えていた。それ自体はパワードスーツがあれば不思議な話ではない。人類スターヴェイクは鎧風の古風なデザインのパワードスーツを用いると、元首補佐官は知っている。だからゲインズブールは、力持ちの侍女の謎よりも金塊の方により惹きつけられる。
「なるほど、これを銀行に預け入れられたいと。滞在費用の事は、精算を急がれずともまずはこちらで立て替えますものを。」
人類スターヴェイク帝国は別の国家であり、貨幣体系も異なる。為替レートすら、未策定なのだ。これまでの精算は、アラン・コリント少将の給与口座という決済手段に依存していた。しかし外交使節とその随員の為の費用としては心許ない。その為に、コリント少将は婚約者に貴金属を持ち込ませたのだろう。
「些少かもしれませんが、同じ物を今回は200ケース用意しました。」
「そ、それほどの量を何に用いられるのでしょう?」
「だって、せっかく人類世界の中枢と言われる場所で資金が制約されるなんてつまらないでしょう?」
そう言ってルミナスは再び笑った。2人の元首補佐官は完全にルミナスに呑まれている。
「賢明なる皆様なら、もうこちらの意図はお分かりなのではなくて?」
そう言ってルミナスは笑みを浮かべる。まさかこれが全て賄賂だというのではあるまいな、そうゲインズブールは期待する。無論自分ではなく元首政権への賄賂だろうが、これを得られれば元首政権は一気に活気付く。
「お初お目にかかります。私はブルワジット補佐官と申します。誤解が生じない様に、どうか用途をお聞かせください。」
一礼して進み出たブルワジットが、丁重にルミナスの真意を問う。美女と金塊に魅入られた様子のゲインズプールが早速失態を示しかねないと危惧したのだ。
「この金塊を担保として、時価相当額の残高を持つ口座を発行頂きたいのです。」
ルミナスの意図が、国家間の決済の為の担保だとゲインズブールはようやく理解した。
「貴国の決済口座の開設でしたか。」
「それで、金の積み下ろしの為に
「・・・分かりました。その様にこちらで手配致しましょう。」
ブルワジットも呆気に取られる程の、ゲインズブールの快諾だった。本来、宙港以外の
「金とクレジットの変換レートは、1年前のもので構いませんわ。食料危機で金もだいぶ高騰しているようですね。その差額は、そちらでお納めください。」
さらっと贈賄を示唆すると、ルミナスは呆気に取られて立ち竦む補佐官二人を尻目に用意された車に乗り込んだ。お供の侍女と女性の護衛が後に続く。相手がパワードスーツ姿である事を想定して、用意された車は人が立って乗れるサイズである。それでも、ロベルタやクリスティーナが搭乗する際に車体は大きく揺らいだ。
ゲインズブールの申請で、人類スターヴェイク帝国の
「元首補佐官直々の指示ともなると、やはり物事が迅速に進みますね。ルミナス様。」
「本当にそうね。」
政府銀行の応接室では、作業完了を臣下に任せたルミナスとマシラが悠々と茶を飲んでいた。現在、宙兵が警戒にあたる中で金塊は全て銀行内に運び込まれた。ブルジワットは宙港に留まらざるを得ないゆえに、この場の政府担当はゲインズブールのみである。だから担当者がゲインズブールに問う。
「今回の金塊ですが。関税については、いかが致しましょうか?」
個人としてであれば、関税が生じる。ただ国家間の取引については、その限りではない。
「これらの金塊は、売却される予定はありますか?」
ゲインズブールはルミナスに問うた。
「いいえ。これらは口座開設の担保として用いる為に用意しました。刻印も我々の物です。外交交渉で取り扱いを決めた後に、2国間の協議で不足する通貨の決済に使用されるかもしれませんが。いずれにせよ、担保ですもの。アデル政府の承認がなければ口座から取り出せない理解でおりますわ。」
ルミナスの回答は、ゲインズブールの予期した回答と一致する。
「結構です。国家間の決済口座開設を目的としての担保という事ならば、種々の関税は無しでよろしいでしょう。」
彼らが会話する間にも、銀行の職員達が総出で金塊の受け入れを行っていた。不審物の有無は宙兵が確認を終えているので、職員は成分分析を行って金塊が額面通りの品であると確認していく。
「全て申告の通りです。提出された資料の数量で間違いございません。」
銀行職員の差し出した鑑定書にゲインズブールが素早く目を通す。全金塊の品質確認は数度にわたって行われる予定だが、現時点では数量と価値は申告通りの内容で間違いなさそうである。
「クレジット換算すると、ざっとスターファイター200機相当の額か。」
スターファイターのアデル政府の調達価格も量産の恩恵もあってかなり抑えた金額となっている。500機の調達を予定しているわけだから、受け入れる人類スターヴェイク側も200機相当の残高を保有しても何らおかしくはない。この調達価格はアデル政府側が提供する部品のコストは含まない、純粋な一機あたりの価格である。操縦装置といった部品代の精算だけでも、それなりに人類スターヴェイク側にも調達コストはかかるのだ。
「必要であれば、金を追加させましょう。」
ルミナスのそぶりに、ゲインズブールは慌てる。この量の精査だけでも時間を要する。追加すれば、更なる業務圧迫を招きかねない。市場に放出する意図はないが、噂が流れるだけで金市場の暴落にも繋がりかねない量である。
「いや、ここまで準備していただければ充分でしょう。これらの金塊を担保として、政府保証の決済口座を開設しましょう。」
「そうですか、よしなに。」
二国間の貿易関係は、通貨で決済せざるを得ない。当然、人類銀河帝国側の通貨であるクレジットの放出という形で決着する事になる。しかし両国間の為替変換レートは未策定である。今回のように金塊という決済手段を持ち込まなければ、アデル政府に有利なレートに設定されただろう。
売り手と買い手という関係でいえば、人類スターヴェイク帝国が売り手である。スターファイターにせよ、緊急輸入された食料にせよ彼らが販売者だ。このような場合、人類銀河帝国の取る常套手段がある。
販売代金として渡す人類銀河帝国のクレジットに、相手国が依存するように仕向けるのだ。単に製品を安く買い叩くのは帝国流ではない。気前よく高いクレジットで買ってやる。ただ、貿易に必要な経費を高く設定する。そうする事で、より商品を売らないと赤字になるように仕向ける。そして一般的に、多売は薄利に繋がる。各国が競って人類銀河帝国という巨大市場に群がる形こそが望ましい。そうする事で新たに発見された人類の星系は、自然に人類銀河帝国に組み込まれる展開となってきた。
それが可能なのは、人類銀河帝国が人類圏の安全維持と輸送手段を独占しているからだ。だが、人類スターヴェイク帝国はこれまでと異なりその範疇には収まらない。独自の輸送手段を持ち、航宙軍が担当するより安全で高速に金塊を輸送して見せた。他の国では、担保となる貴金属を輸送するよりも、黙って人類銀河帝国の言いなりになる方が遥かに安くつくのだ。
これら輸送や安全の経費が人類銀河帝国に依存しない経済圏の出現。さらに言えば、人類銀河帝国は防衛産業や食品で人類スターヴェイク帝国に依存している。過渡期特有の一時的な状況であるにせよ、その不均衡の是正は、これからの交渉の題材でもある。このままでいけば、アデル政府は今回と同量かそれ以上の金塊を吐き出させられる立場になりかねない。
(よほど優秀なブレーンがいるのか。或いは艦載AIの支援か。この用意周到さは油断できんな。)
現金不足なら、アデル政府が幾らでも貸付出来たはずである。それには当然利子が発生する。先にアデル政府のクレジットに依存させておけば、外交交渉を優位に進める武器とできただろう。しかし、相手は素早くその道を塞いできた。カレイド卿のフェロモンに籠絡されていても、ゲインズブールの計算高い点は変わらない。ただ、優先順位が少し置き換わったり、目が勝手にルミナスの姿を求めてしまうだけなのだ。
「それでは、次こそホテルへご案内しましょう。後は今後の日程を確認し、解散となります。」
案内されたホテルではまた一悶着あった。用意された部屋にルミナスが不満を表明したのだ。アデル政府は中層のフロアを貸し切っていたのだが、滞在費用の出所が不明瞭だった為に最上級の部屋ではなかった。ルミナスはそれを嫌ったのだ。資金の決済に疑問の生じなくなった今、この惑星で1番のホテルの最上階を貸し切る『義務』があるとルミナスは主張した。警備の関係からホテルの移動は認められなかったが、部屋は最上の階層に移動した。ルミナスとしては全て当然の措置である。
「ホテルのグレードは、これならばまあ良いでしょう。私がこのホテルに宿泊した、それこそが最上の格付けでしょうから。」
最上層の部屋の見分を終えたルミナスが、及第点を与える。臣下達は素早く荷物を運び込みにかかった。
「お車は一台置いておきます。滞在中はご自由にお使いください。明日からの協議はよろしくお願いします。」
「ええ、こちらこそ。歓迎式典の方も、よしなに。」
ゲインズブールはどうしてこうなったのだろうと考えながら、ルミナスの宿泊するフロアを後にした。それでもルミナスに散々振り回されても悪い気がしなかったのは、やはりフェロモンが影響しているからであった。
しつこくルミナスにまとわりつくゲインズブールをようやく追い出したルミナスは、ふぅーと息を吐いた。滑り出しとしては悪くなかったが、やはり相応に負担を強いられていたのだ。
「監視装置は、全て対処しました。」
フランツイシュカがそう報告する。彼女の能力は優れた視力であり、量子通信装置の放つ微かな揺らぎさえも検知する。貸し切ったこのホテルのフロア内の監視装置は全て取り外すか、無効化していた。今回、フランツイシュカはパルスライフルなどの現代兵器で身を固めてもいる。その為に、ナノムの注人を終えて中尉相当の階級を得ていた。同じ訓練を受けたアダーと共に、現代兵器の対処が役回りなのだ。
ロベルタやクリスティーナ、それにマシラも近代兵器の知識は有している。ただこれらの兵装を使いこなすのは、『フランツイシュカに全て任せる』という申し合わせをしていた。アダーもこれらの兵装は使えるし腕前もそれなりなのだが、『フランツイシュカには到底及ばない」というのが全員の一致した結論である。
「さて、今夜の予定は『疲れた』という理由で全てキャンセルしました。皆は、どう動きますか?」
カレイド卿を除く臣下一同を集めたルミナスが、そう切り出す。元々、歓迎式典は後日としてある。下交渉が何も為されていない以上、今回は長期の滞在を予定している。初日の内輪のささやかな招待など、儀礼的なものなので行く必要はないだろう。
「私はホテルを探索しましょう。ルミナス様のお目に叶う品を持ち帰ります。それに賭博場があるようですから、少々金を落として知己を確保致しましょう。」
ルージの提案に、ルミナスは笑みを見せる。
「頼みましたよ。ロベルタを連れていくように。今日はまだ、羽目を外し過ぎてはいけません。」
ルージはルミナスの弱点を狙う勢力に投げ与える餌である。到着初日から夜遊びする。そんな遊び人としてルージの名を売っておく事は、大事だろう。初日は妻であるロベルタを連れて行かせて、羽目を外させない。実際に餌に食いつかせるのは、もっと後でいい。今の段階では『妻であるロベルタがいない時がチャンスだ』と感じさせる事が、相手を釣り上げる為には肝要となるだろう。
「私とフランツイシュカは、交代でルミナス様の警護を致します。」
クリスティーナがそう宣言する。クリスティーナとフランツイシュカは共にザイリンク帝国の出であり仲は良い。帰順した際の条件もあってこの2人の忠誠の対象はルミナスになっているが、特別にまだザイリンク帝国に籍をおく両属関係が認められていた。ルミナスの臣下が、ザイリンク帝国に就職したような格好である。
「では、アダー様と私は少し逢瀬を楽しんで参ります。」
マシラがそう宣言する。
「そうね、それがいいわ。」
ルミナスが容認した。今のところ彼らはよくやってくれていた。初めての土地で観光もしたいだろう。次に自由に動けるのがいつかも分からない。それに結局のところ、ルミナスは臣下にはとてもとても甘いのだ。
▫️アサポート星系 エーテル級空母〈エーテルゼルダ〉▫️
「コリント少将が入室されます。」
警戒にあたる当番兵が声を張り上げる。俺が入室すると、作戦室内で立ってスクリーンを眺めていたアイローラ提督が身をくねらせてこちらへと振り向いた。
「よく来てくれたな。」
帰還を目論む主力艦隊の対応を協議する為、俺は到着早々にアイローラ提督からの呼び出しを受けていた。
「予定していたより、帰還が遅くなりました。」
「惑星の為に食料を運んでくれたのだろう? 君を悪くいう者はいないさ。」
そういうとアイローラ提督は身振りで俺に着席を促した。
「早速だが、主力艦隊の動向については聞いているな?」
「はい。『主力艦隊がノヴァミサイルでバグスの母星系を破壊した』、と。」
「そうだ。ただし、〈イーリス・コンラート〉がバグスのベータ群と交戦している。つまり、バグスは未だ健在という訳だ。」
航宙軍にとってはそれこそが問題だった。政治家の対立に端を発する内戦危機より、バクスの危機を人類が忘れることが懸念材料と言える。
「それで元首閣下は、主力艦隊との交渉をお望みだ。」
「・・・それは可能なのですか?」
「『ハッタリでも何でも使っていい。まずは交渉のテーブルに着かせろ』、だそうだ。」
俺は息を吐いた。
「ノヴァミサイルをアサポート星系に向けて撃った相手に対して、道義的にはどうなのです?」
俺の言葉に、アイローラ提督は意外だな、という顔をしてみせた。
「君こそ、航宙軍士官の帰順に熱心だったと思ったがな。航宙軍の分裂は、君も私も望むところではないだろう。それに道義的には、艦隊の大半は上からの指示に従ってるだけだ。彼らを我が方に巻き取れれば、それが一番良いのではないかな。」
▫️トレーダー星系▫️
バグス母星系を襲撃した航宙軍主力艦隊は、トレーダー星系への帰還を果たした。主力艦隊は多数の艦を喪失している。その筆頭に挙げられるのは、ノヴァミサイルを放ったコリンズ艦長の〈イサティス〉だろう。
「戦犯とはいえ、コリンズは立派な男だった。」
ノヴァミサイルこそ、使用を躊躇うべき禁忌の兵器だ。その威力を目の当たりにした今だからこそ、コリンズがアサポート星系の人類に向けて放った罪の深さが分かる。しかしそれを理解した今においてもなお、人類の為に命を賭した戦友を悼む気持ちが艦隊の中には確かに存在している。
アサポート星系には、コリンズの妻子もいた筈である。自らの妻子のいる星系にノヴァミサイルを撃つ。それは命令されたからなのか。或いは家族をバグスの餌にしたくない一心だったのか。どんな事情があっても許せる行いではないが、コリンズの罪を償おうとした姿勢だけは認められつつあった。
トレーダー星系にワープアウトした艦は、バグスの不在を確認し終えると乱れた隊形を修正すべく整列を開始していく。
「やはりバグスでは、トレーダー星系への長距離ワープの航路を算出できなかったようだな。」
チートス特使はバグスの痕跡がない現在の状況を見て満足そうである。その様子は『計算通り』と言いたげにさえ見える。
エーテル級の演算能力は、既存の航宙軍艦艇を大きく凌駕する。そしてエーテル級でなければこれほどの長距離ジャンプを計算できない以上、技術で劣るバグスでは到底ワープアウト出来ないというのは正しい推論だったのだろう。
バグスの追跡を振り切ったものの、艦隊の再編は遅々として進まなかった。それは、主力艦隊にはもう無傷の艦などほぼ存在しないからだ。
多くのバグスと砲火を交え、ノヴァミサイルの放つ衝撃波に晒された。仲間の為に散った艦も多い。喪失艦は全体の2割近くに及び、戦力としては出発前の7割というところだった。勝利しても尚、これ程の損失である。失敗していれば、文字通り艦隊は全滅していただろう。
「〈エーテルゼルダ〉のアイローラ提督より、通信が入りました。」
艦載AIの放つ声に、艦橋は騒然とした。まさか出発地点であるトレーダー星系に、アイローラ提督が待ち受けているとは予想していなかった。
「何だ? 何と言ってきたっ!?」
チートス特使の怒号のような問いかけに、エーテルゼルダ少佐は淡々と応える。
「『航宙軍の全艦艇はこれより我が指揮下と見做す。主力艦隊を構成する各艦は、機関を停止せよ。そうすれば攻撃しない。停船と帰順は元首の統べるアデル政府の指示である。全ての艦は法の支配に従え。』との事です。」
「痴れ者が!」
恐らく〈エーテルゼルダ〉の率いている戦力は多くない。しかしバグスの母星系を破壊して出発地に帰還した直後だけに、彼らも油断し切っていた。しかも今回は、先に元首陣営側の命令を発せられている。今更通信のシャットアウトを実行してももう遅い。全艦に今のアイローラ提督の指示は伝わっているだろう。こうなると、主力艦隊のまともな艦艇は相反する指示の板挟みとなる。こちらが指示を出しても、期待した反応は得られないかもしれない。
「エーテルリンク少佐、〈エーテルゼルダ〉は現在どこにいるのか?」
カース艦長は、冷静に艦載AIに対して敵の捜索を要求した。一拍間をおいて、艦載AIがアイローラ提督の座乗艦である〈エーテルゼルダ〉の位置を特定する。
「アサポート星系に繋がるワープポイント近傍に、出発時点では存在しなかった小天体が存在します。その背後に、〈エーテルゼルダ〉他の艦隊が隠れているようです。」
「あれか。」
チートスが全艦に位置情報を送信しながら、問題の天体を拡大する。彼の目には、〈エーテルゼルダ〉を核とした小艦隊がその天体を盾にしているように見える。
「あんな所に小惑星をわざわざ運び込んだのか!? そうか、ノヴァミサイルの放つ衝撃波の盾にしようというのだな。」
ノヴァミサイルにより破壊された天体が超新星と化すにはそれなりに時間を要する。主力艦隊が行ったように、最初の衝撃波は爆心地との距離次第では耐えられる。それなりの天体の影に隠れれば、無傷でやり過ごせるだろう。チートス特使はそう判断した。合理的な説明は、それしか考えられない。
そして今の〈エーテルゼルダ〉は単艦ではない。スター級に加えて、それなりの数のサテライト級を従えている。一斉に爆撃すれば、あのサイズの小惑星でも何とか移送できるのかもしれない。
「しかし、どうやってあんな巨大なものを運んだ。いや、それよりも優先して考えるのは『今はどうするか』だな。」
エーテル級の演算能力は、これまで不可能とされた長距離ワープを可能とした。ワープする距離の拡大が可能なのだとしたら、巨大質量のワープも可能なのではあるまいか。チートス特使は、今初めてエーテル級を相手にする厄介さを痛感していた。
「味方艦が続々と〈エーテルゼルダ〉の要請に従い、機関を停止させています。」
仮想表示されたディスプレイ上では、味方艦が続々と戦線を離脱していた。機関を停止し、信号を放つ。その数は残存艦の2割強から3割に上昇していく。そう言った対応を取るのは、被害の程度が重い艦が多い。艦体に受けたダメージを理由として、人類同士の正面衝突への参加を避けようというのだろう。
「ギャラクシー級各艦、戦隊を従えて前に出ろ。〈エーテルゼルダ〉に圧をかけるのだ。多少強引に行ってもかまわん。」
味方の狼狽ぶりに焦ったチートス特使が、そのように指示を下した。今のところは開戦ではなく圧をかけるのみだが、流動的な事態になれば開戦を辞すつもりもない。
「まだだ!まだ艦隊は動くな。減速して〈エーテルリンク〉を中心として隊形を組み直せ。人類同士の正面衝突は、今は可能な限り回避せよ。」
カース艦長はチートスの下した指示とは相反するような指示を出す。艦橋の中で、チートス特使とカース艦長は暫し睨み合った。先に目を逸らしたのはチートスである。〈エーテルリンク〉はチートスでなくカース艦長の指示に従った。それを見て、主力艦隊を構成する艦の多くは〈エーテルリンク〉を基準とした元の位置に戻りつつある。
カース艦長が止めたにも関わらず、ギャラクシー級は〈エーテルゼルダ〉に向けて最大戦速で突進していく。どう見ても、敵に挑み掛かる姿である。
艦隊に後から合流したこれら20隻のギャラクシー級は、十人委員会の私兵に等しい。各委員の影響下の強い惑星で建造され、人類銀河帝国の危機にあっても温存された艦だ。それらのギャラクシー級は
「後悔するぞ、カース。」
「特使、どうか落ち着いて下さい。私は人類同士の衝突を回避したいだけだ。特使も、まだ攻撃の指示を発令されてはいないでしょう。行き違いで済ませられる内は、そうするべきでしょう。」
カース艦長がそこまで伝えると、チートスは理解を示した。カース艦長としてはチートス特使の同類となるのは些か不本意だが、取り返しのつかない人類同士の内戦が深化するよりもましである。内戦に加担する艦の規模は抑えておきたい。
「む、そうか。明確な指示がなくこのまま始まれば、責任の所在は曖昧となるか。」
表立って人類同士の大規模内戦を開始するのは、それなりの大義名分を要する。しかし艦隊の一部が暴発した形なら、言い訳はできる。それが限りなく黒に近いグレーであっても、明々白々な悪であるよりは余程いい。ここでのチートス特使とカース艦長の方針は一致していた。それなら、この2人が争う必要はない。
「そうだな。〈エーテルゼルダ〉如き、ギャラクシー級だけで簡単に対処可能か。」
そう見極めると、チートス特使も落ち着きを取り戻した。迎撃の為に発砲すれば、あちらに非が生じる。どうせ『停戦命令に従わないから、攻撃した』と主張するだろうが、それなれば全ては水掛け論に出来る。有耶無耶にする事は、数で勝るこちらが有利となる道であろう。
〈エーテルゼルダ〉が従えているのは、スター級重巡洋艦〈アイネイアース〉をはじめとした数十隻の艦に過ぎない。20隻ものギャラクシー級であれば、彼らの殲滅さえも可能だろう。
「〈エーテルゼルダ〉は、艦載機を発進しています。」
「
「いえ、射出されたのは新型のスターファイターです。F-Typeと表示されています。」
その時にようやくカース艦長は気がついた。彼らは同じ航宙軍同士であり、情報のやり取りが発生している。つまりこれは、こちらの位置や指示内容が相手にも筒抜けなのではないか。
「〈エーテルゼルダ〉とその指揮下への情報共有を切断しろ。以後、位置情報をはじめとした艦隊の情報共有先から除外する。今は惑星管理AIも除外せよ。」
「了解しました。」
不意を突かれた主力艦隊は、完全に後手に回っていた。こちらの精密な位置情報は相手の手の内にある。だが、どのみちもう標的に向けて突き進むギャラクシー級は止まらないだろう。
「20対2では、彼らに勝ち目がなかろうな。いやスター級はギャラクシー級に遠く及ばない。やはり20対1というべきか。スターファイターとやらが合っても、数が少ない。サテライト以下の戦力では、役にたたんだろう。」
チートス特使の言葉に、カース艦長は違和感を覚えた。
「彼らの窮状を救ったギャラクシー級が合ったはずですな。それに、あの新たな衛星の中にギャラクシー級のタグが見えましたが。」
「そうか。それでも20:1が10:1となるだけだ。こちらの勝ちは揺るがんよ。」
「敵わないなら、せめて速やかに降伏してほしいものです。」
チートスはカース艦長の言葉を鼻で笑ってみせた。
「それは無理だろうな。あの女提督ももう失敗続きで後がない筈だ。自分に従う艦が半数を超える事に欠けていたのだろう。ギャラクシー級という新戦力がある迄は、予期していなかったのだろうな。」
チートス特使の言葉に、カース艦長も頷いた。そうかもしれない。委員会に忠実な私兵が加わっているとは、しかもそれがギャラクシー級だとは予期できないだろう。カース艦長の知る〈エーテルゼルダ〉の戦力では状況打破は難しいだろう。今は、アイローラ提督が降伏する余地を残すほど事態を過熱させない事がカース艦長に可能な最善ではないだろうか。カース艦長はアイローラ提督に何か策がある事を願った。
「そろそろ始まるぞ。」
最初に飛び出したギャラクシー級が、天体を回り込んで〈エーテルゼルダ〉を射程に収めようとしていた。脅しなのか直撃を狙ったのか。ビーム砲を放った瞬間、そのギャラクシー級は逆に被弾して艦体から火を吹き出す。
「何事かっ?!」
主力艦隊が注視して見守る中の失態に、チートスが慌てふためく。
「未知の攻撃手段により、被弾しました。〈ゼツエイ〉と〈セキト〉の二艦は機関を破壊され漂流しています。」
まだ敵のスターファイターとの交戦には入っていない。つまり、なんらかの砲撃が行われているのだ。
「〈テキロ〉〈キョコウ〉も同じく機関部に被弾しました。」
「一体、どうなっている!」
この謎が解けぬ限り、勝利は覚束ない。予想外の事態に焦る中、敵のスターファイターが攻撃を開始した。
「何だ、あの機動は?」
そのスターファイターは僅か20機程度でしかなかったが、全機がビーム砲の砲火を『くぐり抜けた』。人類には到底不可能な筈の挙動である。
「普通ならGで即死している筈だ。」
「AIに操縦させているのでしょうか。まさか、いやそれしかあり得んか。」
エーテル級という新造艦は、その演算性能の全貌をまだ見せていない。ドローンのような無人機を操縦させるとしたら、あのような無茶な機動を可能とするのも辻褄が合う。
「それなら、以後は対処可能だな。」
同様の結論に達したのだろう。残るギャラクシー級の各艦は電波妨害を開始する。無人機であれば、信号が途絶すればそこで終わりな筈である。
だが再び、スターファイターは全機とも猛烈な火線をくぐり抜けた。あの機動力は本物であり、そしてAIはスターファイター側にも搭載されているらしい。
「AIの自立運用だとしても、あり得ないだろう。」
仮に生体改造したクローンを搭載しているにしても、そう何度も負荷のかかる機動に耐えられるものではない。過酷なGの衝撃か、或いは反応の遅れというどちらかの限界によりビーム砲の餌食となる筈なのだ。
「〈ウスイ〉〈レッカ〉、機関部に被弾して漂流を開始します。」
20隻のギャラクシー級も、既にこれで6隻が大破していた。まだ半数を超えているとはいえ、相手の手の内は未だ見えない。戦場には、『ギャラクシー級が敗れるかもしれない』という嫌な気配が漂い始めていた。
スターファイター型番
A-Type
原型機。コリント少将のデザイン。
以後の全型番に対して装甲が優れている。原型機として優秀だが、以後は生産性を重視した調整が実施される。飛行訓練用のテスト機や将官クラスの搭乗機として少数ながら生産が継続している。
B-Type
火力強化の1例目。ホーク中尉のデザイン。
A-Typeの装甲を量産に適した簡易モデルに変更した機体。特徴は従来1門しかない
C-Type
機動力強化の1例目。ユッタ中尉のデザイン。
A-Typeの装甲を量産に適した簡易モデルに変更した機体。装甲を簡易化した分、機動力を強化している。また
D-Type
火力強化の2例目。B-Typeの回転砲塔式ガトリングビーム砲が左右合計2門。C-Typeのリボルバー方式の
E-Type
センサー強化の1例目。C-Typeのセンサーを強化したモデル。回転砲塔式ガトリングビーム砲は長射程のもの1門に変更されている。索敵やノヴァミサイル迎撃を企図したモデル。人類が生存する各星系の防衛部隊として配備予定のモデル。
F-Type(C2-Type)
量産型の1例目。C-Typeの直系。能力的にはD-Typeから
コメント:
スターファイター各モデルについては、機動戦士ガンダムのザクⅡのオマージュです。C型やF 方が一年戦争初期に活躍しました。実際の機体性能の特性はザクとは異なります。
R-TYPE(有名SLGゲームと同じ名前)まで辿り着きたい気持ちはありますが、F-Typeで量産が決まりました。R型番到達は無理だと思います。