【二次小説】航宙軍士官、星を統べる (原作:航宙軍士官、冒険者になる) 作:高坂 源五郎
Ⅳ 対バクス戦争の終結 102話 【内戦篇⑧】 武力衝突
▫️トレーダー星系▫️
「彼らは何故、すぐに艦を停止しない? 見るからに損耗してる艦も多いじゃないか。このまま戦いになれば、あちらが不利な事は自明な筈なのに。」
「きっと、戦力差を推し測っているのでしょう。」
俺の疑問に、傍に立つイーリスが回答する。この戦いで〈イーリス・コンラート〉に負けはない筈だ。厚い外郭を貫く攻撃は、彼らの兵装では不可能だろう。唯一の例外はノヴァミサイルだが、〈イーリス・コンラート〉なら簡単に逃げられる。それに艦隊の退路となるワープポイント確保済みだった。対話に応じる以外、委員会に与した主力艦隊に選択肢はない筈なのだ。
「恐らく〈イーリス・コンラート〉は、彼らには脅威として認識されていないのではないでしょうか。」
「ええっ?」
「それは、流石にそんな事はない筈。」
セリーナとシャロンが揃って驚きの声を上げるが、淡々とイーリスは説明を続ける。
「〈イーリス・コンラート〉の性能諸元を公開したのは、『元首の航宙軍』に対してです。我が方の指揮艦は〈エーテルゼルダ〉です。相互の情報交流は、恐らくあのエーテル級によって堰き止められているのでしょう。」
「・・・なるほどな。」
本艦の性能を元首陣営が意図して秘匿しているのだろうと、イーリスはそう示唆して見せた。その前提に立つと、彼らの行動は理解できた。魔法としか表現できないこの艦は、従来の常識では力量を推し量れない。そして惑星アレスに到達する前の俺なら、魔法の存在なんてまるで信じなかっただろう。
惑星アレスの住人は数多いといえど、実際にこの艦の性能を見抜く資質を持つ人材は限られる。更に
(とすると、彼らにはこの〈イーリス・コンラート〉はどのように認識されているのだろう?)
その疑問を早速、イーリスに尋ねる。
「イーリス。本艦が航宙艦として認識されていない前提に立つと、彼らは本艦をどのような存在と見做しているだろうか?」
俺の質問にイーリスは直接答えず、傍受した通信記録を再生してみせた。通信封鎖が本格化する前、アイローラ提督が通信を送った直後の主力艦隊の誰かの反応だ。その時点では航宙軍内の通信回線が公開されていた為に、イーリスにとってはごく自然に聞き取れる内容の会話だったのだろう。
『アイローラ提督のエーテル級は、対ノヴァミサイル用のシールドの背後にいます。恐らくは小惑星にブースターを取り付けて曳航したものでしょう。』
再生はそこで途切れた。
「・・・なるほど。あの人達は、この艦を単なる岩の塊と認識しているのね。」
呆然とした口調でシャロンが呟く。アサポート星系が存続する上で本艦が果たした役割は大きい。それは各星系政府へ広く喧伝された筈だ。当然、主力艦隊にも伝わったと考えていた。だが詳細を秘匿されていたのなら、アサポート星系にたまたまタイミングよく帰還しただけの単なるギャラクシー級と認識されてもそう的外れではない事になる。むしろ真実の方が荒唐無稽な嘘と認識されかねない。
「元首陣営が〈イーリス・コンラート〉の性能を秘匿したか、或いは主力艦隊側が信じなかったか。」
「これは恐らくは、その両方なのでしょう。」
イーリスがそういうと、艦載AIらしからぬため息をつく。
「困りましたね。こちらとしては彼らを威圧する意図でしたが、彼らからすると玩具の剣を振り上げて威嚇しているように見えているのかもしれません。」
その時、相手のギャラクシー級が一斉に行動を開始した。僚艦は彼らを追うか躊躇いを見せたが、すぐに〈エーテルリンク〉を中心とした艦隊としてまとまった。恐らくそれらの艦艇は指揮官に制止されたのだろう。これにより、対象は大きく2つに分離した。アイローラ提督の指示した停船に従う者と従わざる者。こちらが対処すべきは、当然ながら後者だ。
「彼らは〈エーテルゼルダ〉を狙う腹だな。」
「はい、恐らくは。『はみ出し者が指示を聞かず』にという形をとるのでしょうね。しかもギリギリまで手出しせず、こちらを惑わそうというのでしょう。」
イーリスの分析は恐らく正確なのだろう。この状況に他に該当する説明はなさそうである。
「ギャラクシー級だけ稼働させておいて、『指示に従わないはみ出しものの仕業です』なんてよく言えるわ。」
「あら、ギャラクシー級だけを指揮する指揮官がいれば、そうなる可能性はなくも無いわ。」
セリーナとシャロンが口々にそう言い合う。
「単なるギャラクシー級が岩の後ろに隠れている。今のこの状況をそんな構図で考えているのだとすると、戦力比は20:1という認識でしょうか。」
イーリスは先ほどの俺の依頼を忘れていないようで、彼らの意図を推測してみせた。
「それで彼らは余裕を見せているのね」
「その考えが誤りだと、彼らもすぐに思い知る事になる。」
イーリスの説明にシャロンが納得を示し、セリーナは戦意を昂らせたようだ。いずれにしろ、これはもう事実上開戦するという事でいいだろう。俺は2人に呼びかけた。
「セリーナ、シャロン。」
「「はい!」」
「〈エーテルゼルダ〉他の艦隊防衛の為に最適な行動を取ってくれ。ただ、被害は最小限に抑えるんだ。まずは副砲による攻撃で機関部を破壊しろ。責任は俺が持つ。始めてくれ。」
「「了解!」」
「イーリス、アイローラ提督に通信を繋いでくれ。俺はアイローラ提督に諸々の了解を取る。」
「分かりました。」
ギャラクシー級は文字通り〈エーテルゼルダ〉に向けて殺到している。その意図は不明瞭だが、呼びがけに反応しない以上は悪意があると見て間違いない。
ギリギリのタイミングまでこちらの発砲は控えるにしても、専任の担当者を決めなければこちらの対応が遅れる。いちいち俺の指示を得ずとも、即応できる体制を取りたい。
司令官である俺はアイローラ提督と折衝する必要がある。ここはセリーナやシャロンには独自の判断で動いてもらおう。俺と彼女達なら上手く連携を取れる。アイローラ提督の出方は予測できないが、彼女の座乗艦の〈エーテルゼルダ〉に対する防衛行動なら当然容認されるだろう。
「通信回線を接続しました。」
「アイローラ提督、コリント少将です。停船命令に応じずそちらに向かうギャラクシー級は、脅威と判断しこちらで迎撃します。」
『了解した、コリント少将。支援を感謝する。こちらもスターファイターを全機発進させる。以後の詳細は戦術画面で共有を頼む。』
「了解致しました。」
アイローラ提督がすんなり飲み込んでくれた為、思いのほか早く相互理解できた。これでギャラクシー級に落ち着いて対処できる。
「セリーナ、シャロン。アイローラ提督の了解は取った。警告は不要だ。それぞれ副砲で機関停止を狙え。先頭から順に航行不能とせよ。」
「「了解!」」
即座に〈イーリス・コンラート〉の副砲が射撃を開始する。同じギャラクシー級であるだけに、イーリスはどこを攻撃すればいいかを知悉していた。それにこの攻撃は直接敵艦に叩き込まれる。シールドですら回避する攻撃なのだ。威力が低い副砲でも、機関部に必要な損傷を与えるのには十分だった。そもそも20隻という敵艦は〈イーリス・コンラート〉を相手にするのには不足している。彼らは全艦隊一丸となって飽和攻撃をかけるべきだったのだ。その場合、攻撃対象を捌ききれなくなる。〈イーリス・コンラート〉は無傷でも〈エーテルゼルダ〉を守りきれないだろう。その戦術を取られた場合、こちらは損害を避けるために撤退を決断せざるを得なかった筈だ。
「〈イーリス・コンラート〉には、ギャラクシー級も相手としてはサテライト級と大差ないところを見せてやれ。」
俺にそうけしかけられるまでもなく、セリーナとシャロンは次々とギャラクシー級を仕留めていく。機関を直撃された宇宙艦は惰性でそのまま直進する訳ではない。爆発の影響により推進ベクトルの大半は維持しながらも余計な方向に軸が傾く。その結果として、目標からはどんどんと遠ざかって漂流していく事となる。イーリスの演算は大まかな漂流の方向も考慮されている。普通なら玉突き事故が生じても不思議ではいい。だが、彼らは衝突しあうことなくバラバラに漂流を開始した。あれを拾い集める修理担当艦は大変だろうな。
2隻、4隻、6隻。その頃まではギャラクシー級への対処は順調だった。流石にそれだけの数を倒されて、彼らも警戒したのだろう。更に散開して攻撃対象とされるのを防ごうとした。通常の射程のある兵器なら、位置を隔てた二隻を同時に攻撃するのは容易ではない。しかし〈イーリス・コンラート〉は普通ではなかった。視界内に捉えてさえいれば、こちらの攻撃命中は約束されている。そして、散開して相互支援が困難になった敵に対して、敵の迎撃火線をくぐり抜けたスターファイターが攻撃可能距離に到達していた。
「セリーナ、シャロン。ここからはスターファイターの支援を優先してくれ。彼らの性能を見たい。」
「「了解!」」
そう二人が返事する間にも、8隻目、10隻目のギャラクシー級は機関を受けて漂流を開始する。
「スターファイターが標的を定めました。この分では、航行中のギャラクシー級の全艦が攻撃対象です。」
「さて,どうなるかな。」
スターファイターの獲物として、ギャラクシー級は流石に大物すぎる気はする。だが俺の心配は杞憂だった。4隻のギャラクシー級がスターファイターの攻撃で火花を上げる。味方機の損害はゼロだった。
「4チーム、5機ずつの編成がうまく機能したようですね。」
今回のスターファイターの出撃にはパイロットとして学生上がりの候補生が混じっている。そもそも成績優秀者しか選抜されないし、その中でも腕の確かな候補生しか出撃させてはいないだろう。基礎訓練を終えたばかりと言った段階のパイロットが大半の筈だ。それが5機がかりで1隻のギャラクシー級を対処可能なのは驚いた。ギャラクシー級の建造費用と比較した対費用効果は・・・考えたくもないな。
「それぞれの編隊のリーダーは誰だ?」
「ホーク中尉、ユッタ中尉、ルート中尉、カーヤ中尉の4名です。」
「宙兵指揮官のユーミ中尉は出なかったか。」
「出動は4名で十分ですし、ユーミ中尉は宙兵隊指揮官として待機したのでしょう。」
〈エーテルゼルダ〉には今回支援として幾人かの士官を送り込んでいた。スターファイターの数だけ揃っても、小隊長役は実戦経験者でまとまる必要がある。ルート中尉やカーヤ中尉はスターファイターも操縦出来る。今回はホーク中尉の指揮下で参戦する形となったのだろう。
「さて、これでこちらの破壊速度は2隻同時から6隻同時破壊にまで進化しましたね。敵はどう出るのでしょうか?」
イーリスが疑問を呈するが、敵は尚も前進を諦めなかった。接近すれば、エーテル級に一撃を浴びせられると考えていたのだろう。
「セリーナ、シャロン。スターファイターが担当できない敵はこちらで強制機関停止だ。」
エーテル級を旗艦とした戦術リンクに本艦も組み込まれている。スターファイターの動きは手に取るように分かるし、彼らも同じリング画面とエーテル級の管制をうけてそれぞれの獲物を区分している。
「それではスターファイターが標的としない艦を狙います。・・・エーテル級が割り当ててくれれば楽なのに。」
「一応、同盟艦だから気を使っているんじゃないかしら。こちらの性能もよくわからないだろうし。」
ギャラクシー級にはもう見せ場が残されていなかった。戦場はスターファイターの独壇場だった。仮にも航宙軍の所属でなければ、ギャラクシー級は最低でも大破させられていた筈だ。イーリスが全てのギャラクシー級が漂流していることをそれぞれ分割した窓枠の中に表示する。その枠の数で、期間停止したギャラクシー級の総数が明らかだった。
「終わったな。」
「スターファイターは流石ね。」
「まあ、直掩機もなしに前に出るギャラクシー級の方が悪く見えるわ。やはり対スターファイターでは艦隊の相互連携による防衛陣形が大事ね。」
セリーナがそう評価すると、シャロンが口を挟んだ。
「シャロンは特別時間をかけて検証していたものね?」
アイローラ提督とは、シャロンが中心となって既に対スターファイター用の防空陣形を編み出している。小型艦をギャラクシー級の死角に配置するのが骨子だ。
ただでさえ、ギャラクシー級は大口径で破壊力に優れた砲門が多く、小口径で命中力に優れた砲門が少ない。ギャラクシー級の艦載AIの優れた射撃管制能力を活かす兵装ではあるのだが、今回のように想定以上の機動力を持つ兵器には対抗できない。
サテライト級は小口径の砲門を軸としている。何よりも軽量で体積も小さい。ギャラクシー級戦艦の死角を補うように配置すれば、スターファイターはまずサテライト級から処理することを余儀なくされる。今回のようにギャラクシー級だけが飛び出す展開は、スターファイターからすると敵の親分だけが護衛なしに乗り込んでくる感覚だったのだろう。狩り放題だった筈だ。
「艦長。アイローラ提督の会談要請に、〈エーテルリンク〉が遂に応じました。会談成立で合意したとの事です。」
「こちらに虎の子のギャラクシー級を全て吹き飛ばされてから、ようやく反応するのね。」
シャロンが呆れたようにいう。
「戦力を小出しにしてくれた事は悪くなかったわ。こちらが対処不可能な量だと、被害が出たかもしれないし。」
セリーナがそう指摘する。やはりセリーナも飽和攻撃をこちらへの対抗戦術として警戒していたのだろう。その発想はイーリスは勿論、シャロンとも異なる。実際に留守を任せる事で、セリーナは次席指揮官として大きく成長しているのだ。俺なんかすぐに追い抜かれてしまうだろうな。
「やはりノヴァミサイルの衝撃波の影響があったのね。損耗艦が多かった事が、彼らの選択肢を狭めたんだわ。」
セリーナの言葉に俺は頷いた。
「なるほどな。さて、会談となれば俺も同席を求められるだろう。この場は皆に任せる。警戒を緩めないでくれ。」
エーテル級には同型艦とのドッキング機能があるらしい。それぞれの艦隊の旗艦は文字通りドッキングし、一隻の艦になっていた。推進装置がそれぞれ逆向きな為にそのままでは航行に多大なる差し障りはありそうだったが、安全保障としては簡単に身動きできない方が望ましい面もあるのだろう。俺は顔見知りの士官の案内で、会議室に足を踏み入れた。
「貴方が、コリント少将ですか。」
こちらに気がついて立ち上がると、そう言って挨拶をしてくれたのはアイローラ提督と並んで座り仲良く歓談していたカース准将だった。
「お会いできて光栄です。」
そう言って俺が手を差し出すと、彼は意外そうな顔をして握手を受け入れてくれた。
「これはご丁寧に。階級は、自分の方が下ですが。」
「バグス母星系破壊が評価されれば、階級はすぐに逆転するのではないでしょうか。」
「そうか。それはそうかもそれませんな。」
僅かに笑いを見せた彼とガチっと手を握り合った。実直そうな軍人である。実力もエーテル級の艦長に相応しいのだろう。
「コリント少将が到着したか。3名の参加予定者が揃たな。それでは、会談を開始しようではないか。」
俺が用意された席に座ると、仮想表示された艦載AIのエーテルリンク少佐とエーテルゼルダ少佐が大きく表示された。彼女達は一礼すると、相互に会話を開始した。その会話の内容は、文字情報として表示される。どうやらこの場は儀礼的な歓談の場であり、詳細は両陣営の首脳陣が艦載AIに要求を遠隔操作で伝え合うらしい。正直、俺の立場は立会人とでも言ったところか。肝心の会談内容が、事実上俺たちの横を通り抜けていくのだから。
しかし政府の代理という立場とすると、それも仕方がないのかもしれない。決定権どころが口出しする権利さえないのなら、それはそれで軍人とは気楽な存在なのだろう。また双方が指揮官を艦橋に残している。アイローラ提督の場合はサーラ艦長が、カース艦長の場合はチートス特使が艦橋に控えている。俺の場合、セリーナが指揮官として〈イーリス・コンラート〉に待機している。
「大筋は、我々2隻のエーテル級に艦隊の各艦を再分配という事で決まりましたな。」
艦載AIのやりとりを見て、カース艦長が用意されたティーカップを口元に運ぶ。アイローラ提督も、カース艦長には気を許している様子でそれに応じた。
「ああ。現状では力の分配による均衡を志向せざるを得ないだろう。」
アイローラ提督とカース提督の両名に艦を再分配する。それが両陣営の艦載AIがこの状況の妥協策として得た結論だった。アイローラ提督にせよカース艦長にせよ、どちらも歴とした航宙軍の指揮官である。カース艦長は階級が准将でしか無い点は見劣りするが、バグス母星系の襲撃成功という功績を考慮すれば准将からの昇進もあり得るという想定なのだろう。
「ギャラクシー級も均等に分配と出ましたな。」
「実際の忠誠心はどうであれ、やはり形式こそが大事なのだろうな。」
アイローラ提督は剣呑なことを口にしていた。となるとてっきりギャラクシー級の分配で揉めるかと思ったが、アイローラ提督は決定をすんなりと受け入れてしまった。
〈イーリス・コンラート〉を除くギャラクシー級は、全て十人委員会に従うだろう。見た目の配分と、潜在的な戦力の比較は異なる事になる。だがギャラクシー級が委員会側についても、元首側にはスターファイターが配備されれている。そうすれば、戦力としてはかなり有利な形となる事も双方の陣営が織り込み済みなのだろう。だから名目的な管理をどちらのエーテル級に委ねようとも、実態にはさして影響がないという感じか。いまは何よりも均衡状態を作り出す事に注力している感じか。
この均衡を崩す外的な要因があるとすれば、我々人類スターヴェイク帝国がどう動くかなのだろう。そしてどうやら『〈イーリス・コンラート〉は同盟国艦として別枠』で双方合意したらしい。
それは1:1にしてしまえば対立構造にしかならないが、意図して外部の判定役として同盟国を置くと安定するという判断もあるのだろう。鼎の脚という奴である。ただアデル政府内の争いに軍人が関与しない方が良いというのは、この場の3人に共通している認識と言える。それを正確に協定に反映すると、今回の形になるのは理解できなくもない。
「それでは航宙軍は対バグスの活動に専念する。我ら3名はそれで了解した。その理解でよろしいですな?」
この重要な合意についてカース准将が問いかける。AI任せにせず、言質をとっておきたいのだろう。指揮官同士が意思疎通できていれば、予期せぬ事態にも対処しやすい。俺とアイローラ提督は同意した。
「今更、どちらが先に発砲したかでは水掛け論になるのは艦載AI同士の対話で証明済みだからな。」
些かAI同士の議論に食傷したような口調でアイローラ提督が答える。艦載AI同士の話し合いの冒頭は、正統論だったのだ。人間が関与しない議論は感情的になりにくい。その分、議題が高速で展開するが、人間達は艦載AI同士の会話を文字で確認して千日手の様相なのを既に理解していた。
「航宙軍は対バグスのためにこそ使う力だと、自分もそう考えます。」
俺もそう回答すると、皆が合意した事に気を良くしたカース艦長が僅かに顔を綻ばせた。
「『次善の策こそが最良』という言葉もあります。我らが直接歪み合わなかったのは感謝したいですな。」
カース艦長はどこか泰然自若と落ち着いた雰囲気を維持していた。主力艦隊が一つの塊としてやってこられたのは、カース艦長のぶれない姿勢に負うところが大きいのもかしれなかった。
「十人委員会の各委員は、この会談の結果に納得されているのですか?」
俺は思わずカース艦長に尋ねていた。
「それはされるでしょう。なんと言っても、艦載AIを経由して直接今回の結論を導き出されたのはその方々なのでしょうから。」
「出来れば、このまま艦隊が権力掌握に使われる事が無いことを願いたいな。」
カース艦長の回答にアイローラ提督がそう意見を述べる。会談はそのまま細部の確認を終えると、波風もなく終了した。
▫️トレーダー星系惑星ランセル上空▫️
「あれが、アランの生まれ故郷なのね。」
リアとエルナが
「上手くいけば、後で着陸して故郷に寄る時間が確保できるかもしれない。でもまあ,状況的に今回は難しいな。」
合意達成に伴い、航宙軍の各艦隊は引き上げを開始していた。「話し合え」という元首の指示があったとはいえ、往路よりも数十番の艦船数に膨らんだ艦隊を得たのはアイローラ提督の成果だった。
代わりに配下の艦長の忠誠心は双方ともに計り難いし、アイローラ提督の麾下に配属になったギャラクシー級は全て明白に敵である。しかも損傷した艦の修理は、元首の陣営が行う必要がある。
「それはどうして? アランは今回も活躍したのでしょう?」
リアが振り返ると俺に尋ねる。エルナも惑星ランセル以上に、この話題に関心を持っている様子だった。夫の仕事に興味を持ってくれている間は、夫婦関係はうまくいくのかもしれない。
「そうだな。二つの陣営はそれぞれいがみ合っているとばかりおもったのに、当人たちが話をするとすんなり解決した気がする。これで本当に問題が解決しているのか、少し怪しいなと思ってさ。」
「人同士の大規模な衝突を回避した。大勢の兵士が故郷に帰れる。それが成果じゃない。」
「しかしそんな重大な事に、俺がこんな風に関与して良かったんだろうか。今の俺は航宙軍にとってはいわば外様なんだろう。結果として、状況を複雑にさせただけかもしれないのに。俺がした事は、決着を引き延ばしただけなのかもしれない。」
「それは違います。力ある者こそ、責任を負うのです。」
エルナの言葉にリアも同意した。
「そうね。アランには優れた力がある。だからこそ、困難な状況では皆がアランを頼るんだわ。その際は、アランが正しいと感じる方向を選び取るべきよ。」
「ええ、リア様の仰る通りです。困難な道に見えてもアランなら乗り越えられます。それに、私たちもついていますから。」
妻達の言葉が心に染みる。俺はただ黙って、この2人と手を握り合って窓の外の故郷の様子をただ眺めていた。
各艦は損傷した艦から割り当てられた行き先へとワープアウトを開始している。多くはアサポート星系へと向かうが、修理可能な数にも限りがある。損耗の程度の軽い艦は、十人委員の支配する惑星で修復を受けるのだという。
緊張緩和を維持する為だろう、エーテル級は結合されたままでいた。漂流しているギャラクシー級の問題が解消するまでは、互いにこの星系への残留を余儀なくされているのだ。そしてやや意外なことに、この空いた時間を活用すべく会食の開催が決定されていた。
「古来、食事を共にした者は親しみを増すという。今日の我らは人類スターヴェイク帝国という良き同盟者を得た。この出会いに感謝し、対バグス戦争の集結を祈念して乾杯しよう。」
チートス特使が乾杯の音頭をとると、皆でグラスを掲げてワインを飲み干した。主たる軍艦の艦長は既に帰還を開始している為に欠席をしている。今、この場にいるのは2つのエーテル級の搭乗員と俺をはじめとした〈イーリス・コンラート〉関係者である。
(コリント少将、早速チートス特使が君の歓心を買おうとしているぞ)
一堂に介してチートス特使の演説を聞き、それから各自が席に向かう。その際、ドレス姿のアイローラ提督がわざわざ俺の横に来てそう囁きかけた。
チートス特使とアイローラ提督は仲が悪いらしい。当然ながらこの二人の席は離されており、双方会話もしていない。アイローラ提督からすれば、チートス特使は自らを拘束した相手なのだ。今回の暫定的な体制を維持する為にも出席をしているが、互いに関わり合いたく無いらしい。結果として、俺や俺の妻たちが彼らの間に座ることになる。
今回の融和を記念し、チートス特使の隣にはサーラ艦長が、アイローラ提督の隣にはカース艦長が着席している。それでなんとなく融和の雰囲気が醸し出せていた。セリーナとシャロンは不測の事態に備える為にも参加を見合わせているが、リア、エルナ、ウルズラという3人の妻は参加している。そこに俺が加わるので、今回のメインテーブルを囲む人数はちょうど8人だった。
「前菜のサーモンは、今回の宴の為に妻のエルナが釣り上げたものです」
「ほう、脂が乗っていて実にうまそうですな。」
「ルイべ状にしてありますので、安心して生でお召し上がりください。」
ワインを飲んで饒舌となったチートス特使は機嫌良さそうだった。俺との会話も無理せずに弾んでいる。主力艦隊も比較的食糧事情は恵まれていたとはいえ、惑星でしか食べられないような豪勢な食事にワインが飲めるのは嬉しいのだろう。
また大勝利の後でもあるし、帰還の道筋もついた。何より彼らは、今回の話し合いでノヴァミサイル発射についての免責も得ている。艦隊の半分を手放したにしても、当面は役に立たない損傷艦ばかりである。それよりも功績をこちらに認めさせることで、折り合いがついて政治的な地歩が固まったと満足している様子だった。
確かにもう何事もなく均衡していくことができれば、彼の人生はアデル政府の中で栄達していくだけの煌びやかでも落ち着いたものになるだろう。本来の彼は、美食を楽しみアデル政府の中で栄達を夢見る普通の男なのだろう。
「元々、私は軍人ではない。艦隊はカース艦長という指揮官の元でさらに強固に生まれ変わるだろう。いや、ここはもうカース提督というべきだったかな。」
チートス特使は上機嫌にそういうと、カース艦長にむけてウインクしながらワインを飲み干してみせた。離れて座るカース艦長も同じようにワインで満たされたグラスを掲げると、一息に飲み干す。そうやって連帯を示すと共に、生きて歓談の時を迎えられた事を喜び合っているのだろう。干したグラスはそれぞれサーラ艦長とアイローラ提督がボトルを注いで埋めていた。
「今日は料理もワインも出し惜しみしません。心ゆくまで堪能してください。」
リアがホステスぶりを発揮してそう告げる。エルナやウルズラはそれぞれ料理を楽しんでいる雰囲気だった。
「エルナは自ら釣りをするのだな。」
「教えて差し上げてもいいのですよ。」
暇をしているのもあるのだろう、珍しくエルナとウルズラの会話が弾んでいる。ある意味では彼女達は同格であり同僚ともいうべき存在だ。それに見知らぬ異国人の中に混じると、自然と同じ惑星出身というだけで仲良くなれるのかもしれない。
(妻達が仲違いするようなら、皆で人類銀河帝国に遊びに来るのも良さそうだな。)
自分達の事を王族と知らない人々の中で普通を経験する。それは普段の立場を忘れらるからこそ、特別な立場になった彼女達を楽しませられるだろう。俺がニヤニヤしていたのだろう。ウルズラが俺の脇を肘でつついた。
(これアラン。美しき妻達がいて幸福だとはいえ、そう露骨に妻達を愛でていたら他の軍人に馬鹿にされるぞ。)
(気をつけよう。)
しかしまあ、今日の航宙軍は平和を勝ち取ったのだ。たまには、妻達を眺めて微笑むこんな日があっても良いではないのだろうか。
内戦篇という割にあまり派手な人類同士の戦闘は少なかった気がします。分裂篇とする方が正しかった気もしますが、かなり抑制されたとはいえ最後は人類同士の戦いもなんとかねじ込めました。
この先の人類銀河帝国の舵取りは困難な筈ですが、本来は多くの思惑を内包した一つの巨大な国なのでこのまま何事もなく終わる事も十分にあり得た未来だと^_^思います。ただ未解決の謎がありますので、やはりそこに触れていく事になる筈です。